長野県立大学グローマルマネジメント学部の1期生である青木寛和さん(22)は、在学中の2019年に同級生3人で古着屋「TRIANGLE」を立ち上げました。2021年からは長野市内で「朝ごはん会」を企画。「衣食住の人になりたい」と語ります。



「入ってからが勝負!」志望校を諦め、新設の大学へ進学  

長野県立大学のパンフレットに「起業した先輩」として大々的に載り、「青木さんがいたから県大に進学しました」と後輩たちに慕われている青木さんですが、受験当時は長野県立大学への進学は眼中に無かったそうです。


「横浜市立大学しか見ていませんでした。オープンキャンパスで、古民家を回修して自分のお店を作った先輩の話を聞いて、俺もやってみたい!と思ったんです。大学に入学してからやりたいことを探れるカリキュラムも、都会でありながら地方の良さもあるキャンパスも魅力でした」


幼少期から秘密基地を作って遊んでいたという青木さん。高校生の頃、親戚の叔父さんがガレージを改修し仲間の集まる場所を作ったことで、さらに自分の「場」を持つことに憧れを募らせました。大学生でもできるんだ!と驚いた青木さんは、横浜市立大学を目指して猛勉強します。


叔父さんにカスタムしてもらった愛車「TRIANGLE号」と青木さん。


「そういう志望理由なら、この大学も面白そうだよ」と長野県立大学を勧めてくれたのは当時の担任の先生でした。見事長野県立大学のグローバルマネジメント学部に合格を果たした青木さんですが、第1志望だった横浜市立大学は不合格となりました。


「入学金を払う当日の朝まで、浪人して横浜市立大学を目指すか、長野県立大学に進学するか悩みましたが、『入ってからが勝負!』と長野県立大学を選びました。いざ入ってみたら、大学名のネームバリューを気にするんじゃなくて『一からなにかやりたい!』ってやつらがたくさんいました。規模感もちょうどいいんです。興味があることが似ている人同士がつながりやすくて、すぐやりたいことを行動に移せる」



「古着屋やりたい!」  

青木さんと同学部に進学した、松前さんと百瀬さんの2人もキャンパスで出会い「一緒に古着屋をやろう」と意気投合。起業に向けた情報収集のため市内を回り始めた2人は、当時長野市善光寺門前のゲストハウス「1166バックパッカーズ」で開催されていた朝ごはん会に参加し、そこで紹介された市内の古着屋「COMMA」に通い始めました。


同時期に、自転車で市内を回ってお気に入りの店を開拓していた青木さんも、COMMAに通うようになり、2人と顔見知りになります。


「もともと古着を好きになったのは、高校2年生の修学旅行先がきっかけでした。旅行先が沖縄で、私服だったんです。『おいやべぇぞ、こんなGAPのスウェットじゃだめだ!』と友人たちを誘って古着屋に行きました。古着屋って、かっこいいあんちゃんたちが集まるイメージがあったので、かっこいい服を買うならとりあえず古着屋だ!って」


百瀬さん(左)、青木さん(中央)、松前さん(右)  


そこから、地元である栃木県のの古着屋「zombie」に通い始めた青木さん。「これ着なよ」と、叔父さんからもリーバイスのデニム、ヴィンテージのジャケット、ハーレーの革ジャンなどを譲ってもらいました。量産された新品の服とは違い、着てきた人の愛着や歴史を感じる古着の魅力にどんどんハマっていった青木さん。同じゼミにも所属していた松前さんから「一緒に古着屋やる?」と声をかけられ、二つ返事で仲間に加わります。


しかし、「僕たち古着屋やりたいんです!」と声に出し始めたものの、物件探しや流通の仕組みづくり、古物商許可証の取得などが思うように進まず苦戦します。



はじまりの場所、「シンカイ」  

突破口となったのは、松前さんが受講した県立大学での講座「長野ミライ会議」でした。講師として参加していたのが、「やってこ!シンカイ」(※現在の店舗名は「シンカイ」)運営メンバーの藤原さん。松前さんから古着屋の構想を聞き、「やってこ!シンカイ」でインターンをしないかと誘います。


「やってこ!シンカイ」は、Webを中心に編集を手がける株式会社Huuuuの代表・徳谷柿次郎さんが営む「ナナメの交差を生む場所」。全国のデザイナーやアーティストの作品の販売、ローカルに特化したイベントを企画しています。青木さんももともと、「行けばいつも誰かがいる、寄り道の場所」として通っていました。


現在の「シンカイ」の様子。この日は地元の大学生を中心に若者が集まっていました。


「大学生って何もやってなくても許されるはずなのに、当時の自分は何者でもない自分に焦りがありました。周りの『何かをやっている』ように見える同世代の友人たちにちょっと嫉妬したり。そんな中で、当時の『シンカイ』は、すごい大人たちが、『なにもしない』をしにくる場所だったんですよね。自分に対しても、対等に接してくれました。いろんな人に出会えて、ゆるくただ単純に楽しい時間を過ごせる場所。『何者にならなくたっていいんだよ』という空気がありました」


インターンとして「やってこ!シンカイ」の運営に加わることを決めた3人は、1年次の9月ごろから当時の店長ナカノさんとともに、日々の店番やお店作りのアイディア出し、イベントの企画を始めていきます。



「白湯を配ればいいんじゃない?」  

当時、「やってこ!シンカイ」はお店としてスタートを切ったばかり。次第に地域の人から「シンカイ=お店」と認識されはじめたものの、「世代を超えた人々の交流が生まれる場所」にはなかなか届いていませんでした。


「全ての始まりは、『白湯配り』でした。インターン生になってから2ヶ月目くらいで代表の柿次郎さんとみんなでご飯に行って、『シンカイ、どうしたらいいんだろう』って話していたら、柿次郎さんが『白湯を配ればいいんじゃない?』って言い出したんです。京都の打ち水があるなら、長野の冬は寒いから白湯を配ろう!って」


白湯配りをする3人。コップに占いを書いてみたり、工夫しながら行いました。  


「やってこ!シンカイ」の合言葉は、店名の通り「やってこ!」。店長ナカノさんの「よし、明日からやるよ!」の一言により、早速翌日の朝7時半から店頭での白湯配りが始まりました。これがのちに古着屋「TRIANGLE」の開店と、青木さんの「朝ごはん会」へとつながっていきます。



自転車ばあちゃんとの出会い

「毎日白湯を配っていたら、段々道ゆく人の顔を覚えてくるんです。その中で、ヘルメットを被って自転車で坂道を猛スピードで下っていくおばあちゃんがいたんですよ。いつもは通り過ぎるだけだったけど、ある日キキーッと目の前で止まってくれて、白湯を飲みつつ立ち話をしたんです」


自然と話しているうちに「家に余ってる服があるんだけど、若い子着ないかな」と尋ねられた青木さんたちは、その日のうちにお家に招かれて服と家具を譲り受けました。


「インターンがきっかけで、アパレルブランド「ALL YOURS」の社長さんに古着屋開業の相談をしていたんです。『買い付け業者がいくような倉庫にある古着じゃなくて、販売の循環にすらまだのっていない服がこの世にはある。まだ着られるのに捨てられていく服。そこに価値をつけられたら面白いよね』とお話してもらいました。そこから、「クローゼットに眠っている服を寄付してもらって運営する」という構想がぷくぷく膨らみ始めてはいたんです。でもどうやって?となっていたところで、自転車ばあちゃんとの出会いがありました」



「古着屋TRIANGLE」がオープン  

「ドネーション古着」の構想が形になってきた3人は、新聞やテレビで着なくなった服の寄付を募りました。すると、近所の方々から100着を超える服が集まってきたそう。新婚旅行のオーストリアで買ったという立派な刺繍が施されたベスト、旅先のベトナムでオーダーしたというアオザイ、手作りのワンピースに手編みのニット……。続々集まってくる服には、1点1点物語がありました。


服を寄付しに訪れた地元の方とおしゃべりする3人。  


服の寄付を通して世代を超えた交流が生まれます。 「やってこ!シンカイ」のサポートにより、古物商許可証の取得も完了。始めは「やってこ!シンカイ」を間借りして毎週日曜日のみの営業でしたが、古民家の蔵を見つけ、DIYを経て2019年の8月には市内で実店舗をオープン。大学入学からわずか1年足らずの出来事でした。



「はやくはじめちゃった弊害」  

県立大学に通いつつ、古着屋の運営を続けてきた青木さん。「学生なのにすごい」と思わず言いたくなってしまう青木さんの活動ですが、「学生」という立場ゆえの悩みもあるそう。


「学生なのに、というより、学生だから応援してくれる人たちがいました。正直、今後『学生』というレッテルが剥がれた時に自分がどうなるのか考えるところではあります。『すごいね』と言われることに関しては、まだぜんぜんできてないな、ゆるゆるだなぁという気持ちがあります」


青木さんは就活が目前に迫った3年生の終わりの時点で、「TRIANGLE」をもっと頑張りたい、でも店の運営1本でやっていく自信もないという葛藤から休学を選びました。


「自分は、構想を練りながら経験を積んでお店を始めた人たちと違います。若かったからこそ始められたし、支えてもらえた部分も大きいけれど、何もない状態で始めたゆえに中途半端なままの部分がずっとあります。だからこそ、『TRIANGLE』をいますぐなんとかするより、もっと長い目で育てていきたいんです」



「じゃあ俺がやったるよ!」  

「TRIANGLE」1本ではなく、アルバイトを続けつつ、自分の気分がいい時間や空間を保持した上でお金が入ってくる流れも作りたい、という思いから始まったのが、「朝ごはん会」でした。きっかけとなったのは、県立大学の同級生小倉さんが始めたコーヒースタンドです。


小倉さんが代表を務める「ODDO Coffee(オッドコーヒー)」。コーヒー好きによるコーヒー好きのサークルから始まり、市内のマルシェやイベントでの出店を経て2021年の4月に長野駅前で実店舗を開業。「コーヒーから発見を」をテーマに、自家焙煎のオリジナルコーヒーを提供しています。


「ODDO coffee」でコーヒーを淹れる青木さん。  


「小倉に対しては、同期だからかな、張り合っちゃう部分があるんですよ。運営メンバーが朝弱いから朝営業はやらないって聞いて、絶対朝やったほうがいい!俺がやったるよ!って乗っかりました。俺も朝弱いのにねぇ。ちょっと面白そうだなと思ったら首突っ込みたくなっちゃうんですよね」


この日は店舗の前で朝から催し物があったため、小倉さんと2人で。  


「青木がやりたいならいいよ」と快諾してもらい、白湯配りと同じ「やってこ!」マインドでさっそく翌週から毎週火金の朝にODDO coffeeの店頭に立ち、「ODDOモーニング」を始めた青木さん。はじめはコーヒーの提供のみでしたが、次第に朝食も出し始めました。


シンカイの現店主長崎さんもODDOモーニングに。  


試行錯誤を重ね、現在はODDO coffeeの裏手にある粉門屋仔猫のパンを使ったハーブチキンとチーズのサンドイッチ、スモークサーモンとわさびタルタルのサンドイッチの2種類が定番メニューとなりました。


「今来てくれるのは遅番の人やお休みの人に観光客、ODDOの常連さんがメインです。通勤の人たちへのアプローチはこれからの課題ですね。せっかく路面にあるお店だから、生活の一部に入り込みたいです」



いい人たちがいる場所でいい朝を始められたら  

ODDOモーニングは出張出店と銘打ち、青木さんの原点である「シンカイ」にも広がっていきます。


「いい朝から始まった日は、その日1日がご機嫌で過ごせますよね。早起きは苦手だけど、朝コーヒーを始めたら朝から友人たちが来てくれて、自分の生活レベルも上がっていく感じがありました。もっと、いい人たちがいる場所でいい朝を始めたくなったんです。みんなで『いただきます』したいじゃないですか」


始めは、ODDOモーニング同様、コーヒーとトーストを出していた毎週日曜日のシンカイでの朝ごはん会。2ヶ月ほど経った頃、長野県立大学の栄養健康学部で食育を学んでいる後輩の百田さんが仲間に加わったことから、今の和食スタイルの朝ごはん会に切り替わりました。



朝から炊きたてのお米とお味噌汁を  

「百田はもともと『TRIANGLE』のお客さんです。通ってくれているうちに仲良くなりました。『古本屋さんをやってみたい』と話していたので『やりゃあいいじゃないの』って『TRIANGLE』の一角を貸して古本屋のポップアップを一緒にやったりしていたんですよ。百田がInstagramに作った料理の写真をあげているのをみていたので、百田メインの朝ごはん会をやらないかと自分から誘いました」


百田さん(左)とシンカイの厨房に立つ青木さん。  


誘いに応じた百田さんと一緒に、「やってこ!」マインドで早速翌週の朝ごはん会は和食の会になりました。


「長野はそもそもモーニングの文化がないんです。ましてや朝から炊きたてのご飯と味噌汁が食べられる店はほとんどない。シンカイの古民家の空気ともすごく合って、いい会になりました。百田も楽しそうで、『できることなら来週からもやりたいです』と言ってくれました」



朝から炊きたてのご飯が食べられます。  


「おはようございます、朝食やってますよ」 「晴れやかな日曜の朝ですね。素朴ながら口元がニヤリな朝食をご用意しました」ー毎週日曜日の朝、「朝ごはん」の看板がシンカイの前に出されます。


ふきみそととろろ昆布のおにぎり、卵焼き、春菊のおひたし、なますに豚汁……。なるほど、思わず口元がニヤリとしてしまうお品書き。「あら、なぁに、朝ごはんだって」と立ち止まったご婦人2人に、「おはようございます、やってますよ」とにこやかに声をかける青木さん。


「シンカイの朝ごはん会は、ちゃんと日曜の朝をいい時間にしようと思って食べにきてくれる人が多いですね。毎週きてくれている人もいます。ただ食事をしにくるというよりは、いい朝を過ごすために集まってきてくれる。普通の定食屋と違って、他の人と顔を合わせられるのもいいですよね。自分は基本厨房にいるんですが、シンカイ現店主の長崎が、『今日はどちらから来たんですか?』って参加者の方にうまく話を振って場をつないでくれるんです」


並んで「いただきます」をする参加者の人々。奥に立っているのが長崎さん。  


朝食が出てくるまでの間、長崎さんのサポートもあり、「いい朝ですね」と自然に会話が生まれていきます。さっきまで「はじめまして」同士だった参加者たちが、揃って「いただきます」をするうちにだんだん打ち解けていく。世代や職業を超えた人々が、朝の食卓を共にすることでゆるやかに交差していきます。まさしく「いい朝」がそこにはありました。毎週通いたくなる人がいるのも納得です。



近隣の飲食店の店主と歓談する青木さん。いろんな人が集まってきます。  



「衣食住の人になりたいんです」

復学をし、現在は大学4年生の青木さん。今年やってみたいことはありますか?と聞くと、「うーん……」と少し考え込んでから、「衣食住そろえたいんですよね、自分のライフワークに」と答えてくれました。


「古着屋で『衣』、朝ごはんで『食』ときたら、次は『住』かな。『TRIANGLE』の事業の一環で、中野市で古着の回収をしたら3日で1000着近く集まったんです。反応のよさに驚きました。回収のために1軒1軒お家を回って、おじいちゃんおばあちゃんと話ができるってよく考えたらすごい地域への入り方ですよね。家具や古道具の回収、空き家活用などにも広げて行けたらいいなと思っています」



「焦り」は悪くない。  

「最近は、後輩たちのことを考える方が多いですね。自分にとって『焦り』は悪いことではなかったので、否定はせず、でももし彼らの焦りが苦しいものなら、もっとゆるくていいんじゃないって言える立場になりたい。今も、すごい同世代に嫉妬する気持ちもあるけれど、それを原動力に繋げる方法を知っています。俺は俺のことを頑張ろうって思います」



「1年前に取材を受けていたらもっとかっこつけてたかも。だんだん等身大に近づけているかな」と朗らかに笑う青木さん。「何かをやっているように見える」同世代と自分を比べて、「何かしなきゃ」と焦る気持ちは、学生に関わらず、誰もがぶつかる壁なのではないでしょうか。


「自分は何者なんだ?」と悩む中で、「いい人といい時間を過ごしたい」という純粋な気持ちを原動力に「やってこ!」マインドで動いてきた青木さんの周りには、自然と世代を超えた人々が集まってきます。「衣食住の人」を目指す青木さんがつなぐゆるやかな町の交差は、長野の町にどんな風景をもたらすのでしょうか。



青木寛和さん(23)

栃木県小山市で生まれ育つ。2018年長野県立大学グローバルマネジメント学部起業家コースに進学。大学1年生の頃から、同期の松前さん、百瀬さんと「シンカイ」でインターンをはじめる。2019年3人で「古着屋TRIANGLE」をオープン。2021年度に1年間休学をし、2022年に復学。休学中に始めた「ODDO coffee」、「シンカイ」での朝ごはん会は現在も続いている。


TRIANGLEのInstagram

@triangle.furugiya


シンカイのInstagram

@shinkai_nagano


ODDO coffee のInstagram

@oddo.coffeeroaster



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