長野駅から徒歩15分ほど。スナックや居酒屋が立ち並ぶ、いわゆる「夜の街」権堂。2018年に、ビンテージ古着と定食カフェの複合ビル「COMMA/polka dot cafe」がオープンしたことを皮切りに、続々と個性豊かな新しいお店が増え続けている注目度の高いエリアです。


四季ごとに違った顔を見せる「ツタハウス」。  


その中でも、一際目を引くツタまみれの三階建てのビル・通称「ツタハウス」。一見なんの建物かわかりませんが、近づいてみると中には2台の鏡とバーバーチェアーが。


そう、ここは美容室「SHiZEN.」。1・2階は美容室、3階は使用料フリーのポップアップスペースとユニークなお店です。オーナーの高橋大樹(タイジュ)さん(28)は長野市出身、美容師歴は9年目。コロナ禍真っ只中での独立から約1年半、「美容師人生、順風満帆!」と笑顔で語ります。



「だいたいのことはそれなりにできちゃう」中で、唯一ハマった美容師の仕事

「俺、だいたいのことはそれなりにできちゃうんです。たのしそー!やってみたい!で、興味があるものはなんでもやってきたかもしれない。とりあえずやってみる。でも俺、まじで飽き性で。やることなすことそれなりに出来ちゃうからすぐ満足してしまって、なかなか長続きしないんですよ」


そんな高橋さんが、人生で唯一のめり込んだのが美容師の仕事。専門学生の頃を含めたら、もう11年続いています。お客さんの髪の毛をきれいにしていくのは大前提として、ワクワク感も味わってほしいそう。楽しいと思ってもらえるような接客を心がけていると語ります。



カット中の高橋さんと、「SHiZEN.」の前に勤めていた店舗から付いてきたお客さん。和やかに会話をしながら施術を進めていきます。


「お客さんの脳内にある「なりたい自分」の仕上がりイメージを、会話の中からつまんでつまんで作りあげていくのは結構パワーを使います。でもそれが楽しい!ふわふわいくと中途半端な仕上がりになってしまうので、しっかり会話しながら髪の毛を仕上げていきます」



「大樹って美容師っぽいよね」その一言から始まった順風満帆な美容師人生  

高校卒業後、長野理容美容専門学校に進学した高橋さん。卒業後は市内に複数店舗を持つ「ALPHA」でアシスタントを務めたのち、「THE DOTS」に移転。姉妹店「chika by DOTS」の店長を経て、2020年に独立し、「SHiZEN.」をオープンしました。順調に美容師としてのキャリアを積んでいる高橋さんですが、美容師を目指したきっかけは高校時代の友人の何気ない一言でした。


「おしゃれはもともと好きだったけど、美容師を目指していたわけではなくて。中学生の間は3年間ずっと坊主だったし。高校生になっても洋服とかは興味あったけど髪の毛のセットはしたことなかったですね」


「進路を考え始めた高校生の頃、友だちに 『大樹って美容師っぽいよね』と言われたのが美容師を目指したきっかけ。じゃあ俺、美容師になるわ!って」


大学進学を考えてはいたものの、特に将来の夢もなかった高橋さんは、勧められたまま美容の専門学校に進学します。長野の学校を選んだ理由は、地元に友人が多かったから。10代の頃は人に流されやすく、自分の意思があまりなかったと振り返ります。そんな高橋さんに自我が芽生えたのは、地元長野市で活躍するカメラマンたちに出会ったことでした。



「長野はつまんない、東京は楽しそう」が一変した地元長野でのヘアショー  

「長野にいても楽しくないな、東京は楽しそう」と上京を目指していた高橋さんですが、長野市内でストリートスナップを撮影していたカメラマンと出会い、意識が変わり始めます。


「今から8年くらい前かな、ストリートスナップが流行ってて。SNSはまだそれほど主流ではなかったから、WEBサイトみたいなやつにファションスナップが投稿されてたのね。東京では盛んだったけど、地方ではいまいちで。でも、長野でそれをやってるカメラマン2人を見つけて、長野で面白いことやってる人いるじゃん!って」


ストリートスナップを撮ってもらううちに、カメラマンたちと仲良くなった高橋さんは、カメラマンの1人が長野市で主催した大規模なファッションショー・ヘアショーに専門学生部門で施術者として参加します。東京から有名な美容師やモデルを呼んだ大規模なショーが地元で開催されたことに刺激を受けた高橋さんの中に、はじめて自我が芽生えました。



専門学校卒業後、高橋さん自身もヘアショーの企画・運営を手がけるようになりました。  


「長野なら、ストリートスナップを始めたとか、ヘアショーをやるとか、それまで誰もやっていなかったことができる。ここはなんもないと思ってたけど、逆になんでもできるってこと。東京で1とか10とか、すでに出来上がっているものに乗っかるより、長野で0から1を作る方がめっちゃ面白いじゃん!自分で何か「楽しい」とか「わくわくする」ことをしたいな!って思った。長野に残って美容師をやって、ここで自分のやりたいことをやろうって決めたのはその時かな」



「状況を変えるには環境を変えるしかない」美容師としてのキャリアを積んでいく  

専門学校卒業後、高橋さんは長野市内に3店舗をもつ「ALPHA」で4年間勤務します。アシスタントのうちは出勤前の8−9時に朝練、毎日違う店舗をローテーションし、勤務後はまた夜練。スタイリストになってからは店舗が固定になり、お客さんも付くようになりました。


勤務3年目に差し掛かった頃に、専門学生の頃から交流があった美容師の先輩が独立し、駅前で美容院「THE DOTS」をオープンすることに。高橋さんに「うちで働かないか」と声がかかりました。


「美容師にとって、店舗を変えるのはかなり大きな決断。お客さんが付いてこないかもしれない、売り上げが下がるかもしれない。めっちゃ怖かった。誘われてから1年間渋りました。でも、もともといた店で売上が伸び悩んでいて、このままだと中途半端な美容師になると思って。状況を変えるには環境を変えるしかない。もういいや、行っちゃお!って決めた。そしたら売上爆上がり!お客さんも付いてきてくれました」



THE DOTS勤務時代の高橋さん(左から2番目)。  


「THE DOTS」で再スタートを切った高橋さん。勤務3年目には、地下に出来た姉妹店「chika by DOTS」で店長になります。店長という肩書きがついたことで、「もし自分がお店を出したら」と構想が膨らみ始めました。



独立を志したきっかけはコロナ禍「美容師やべぇ、独立しちゃお!」  

「しばらくは店長としてやっていこう」と考えていた高橋さんが、独立を意識しはじめたのは2020年の春。コロナ禍がきっかけでした。これまでと生活様式が一変し、働き方を考え直したのかと思いきや、むしろ「美容師ならこんな世の中でもやっていける!」と背中を押される形だったそう。


「4月に初めての緊急事態宣言が出ましたよね。当時はやばいウイルスが来た!って、長野市でも人が全然外を出歩いていませんでした。美容院の休業要請が免除になっても自粛ムードで全然お客さんが来なくて。売上がドーンと下がって半分になりました。美容師やばいかも、ってさすがに焦りましたね。でも、売上が激減したのは最初の1ヶ月だけ。次の月からまた売上がいつも通りに戻って、そこからまた普通の売上に。なんなら毎月毎月お客さんが増えて売上は伸びていったんです。世の中がこんな状況なのに、お客さんはずっと来てくれる。美容師ってすげぇ、いけるわ!お店だそう!って決めました」



「美容室+α」のお店を作りたい。中学からの友人と物件探しをスタート  

「動き出したらもうどーん!って感じでしたね。その頃ちょうどDOTSの先輩も独立していたので、起業と経営の相談に乗ってもらえました。自分の店をやろうって決めたのは5月で、そこから物件を探して、DOTSのオーナーに辞めると伝えたのは8月。物件が決まって改装工事が入り、オープンは12月21日。やるって決めてから約半年、トントン拍子でいけちゃいました」


高橋さんの中学からの友人の安藤さん(28)も、ちょうどその頃古着屋を始めようとしているところでした。もともと独立するなら美容室+αにしたいと考えていた高橋さんは、安藤さんを誘い、「洋服と美容がトータルで揃うお店を作ろう」と2人で物件探しを始めます。


しかし、服屋と美容院、どちらもできるテナントとなると広さや家賃でなかなか折り合いがつかず物件探しは難航しました。それぞれ別のお店としてやっていくルートも考えようと、高橋さんと安藤さんは個人でも物件探しを始めます。



高橋さん(左)と安藤さん(右)は同じ日にそれぞれのお店をオープン。傘立てをお揃いに。  


駅前でイメージにぴったりの物件を見つけたものの、詳しく問い合わせたら美容院としての営業が不可な店舗。少し焦り始めた高橋さんは、駅前から少し足を伸ばし、権堂エリアの古着屋「COMMA(コンマ)」のオーナー駒込さんに相談にいきました。



「ツタハウスは?いい感じじゃん」夜の街・権堂でツタまみれのビルに一目惚れ  

2018年に、県内での古着屋勤務を経て独立した駒込憲秀さんと、都内での飲食店勤務を経て長野に帰ってきた山田大輔さん、同級生のお2人が1階と2階をそれぞれ自分のお店に改装した複合ビル「COMMA/polka dot cafe」。高橋さんは高校生の頃から通っていました。


「ノリさん(駒込さん)に相談にいったら、『ツタハウスは?いい感じじゃん。ちょうど4月に空いたところだよ』と斜め向かいのビルを紹介されました。でも権堂って夜の街だと思っていたし、「COMMA」以外のお店はほとんど馴染みがなかったからここでお店をやるイメージは全くなかった」


さらに、長野駅前と権堂は徒歩15分ほど。あまり遠くないように思えますが、地元民からするとまったく別の地域で、隣町くらいの距離に感じるそう。「THE DOTS」のお客さんが、駅前から権堂まで付いてきてくれるかな?と不安がよぎります。


しかし、いざツタハウスを見に行った高橋さんは一目で建物に惚れ込みました。



高橋さんが「ツタハウス」と出会ったのは初夏。青々とツタが茂った様子に「めっちゃ自然じゃん!」と衝撃を受け、のちにお店を「SHiZEN.」と名付けました。


ツタハウスは、その名の通りツタが生い茂った3階建てのビル。2014年から2020年までは、映像ディレクターを中心にクリエイターたちが集い、映像に特化したシェアオフィスとして使われていました。


イメージしていた店舗の規模感は、椅子4席にシャンプー台が2台。ここなら1階と2階をサロンにしても3階のフロアをまるまる別の用途に使えます。まさにイメージ通り。「なんかいけそうだな」と直感した高橋さんは早速その場で持ち主に電話。一度内見をと勧められますが、高橋さんは「俺、もうここでやるって決めました」と即決します。


「もちろん、早く物件を決めないと始まらないって焦りもありました。でもそれ以上に、感覚的にここいけそうってわかって。建物自体の魅力もあるし、「COMMA」も近くにあるし大丈夫だろ!って、気持ちに火がつきました」



2020年冬、美容室「SHiZEN.」オープン  

当時のツタハウスは、2階は畳ばりの和室、和式便所と簡易的な風呂場があり、3階は押入れのある物置状態。大規模な改装が必要でした。長野市から新規事業応援の補助金を借り入れ、まずは業者に入ってもらい内部の取り壊しから始めました。


改装前の3階の様子。改修を経てポップアップスペースに一変します。
  

おおまかな改装が済んだら、そこからはDIY。SNSや口コミで人を集めて壁塗りと大掃除を行いました。


「開店前から、人との関わりがあるお店にしたかったですね。「自分が携わったお店」って意識が生まれた方が、親近感が湧くだろうし。やること全部に話題性を出したいっていうのもありました。あそこなんかやってるらしいぞって。でもやっぱりビジネス的な面より、「みんなでやったほうが楽しいっしょ!」っていうのが根本にあったかな」


当初の構想通り、1・2階は美容室、3階は使用料フリーのポップアップスペースとして、「SHiZEN.」が完成。「あのツタハウスが美容院になるらしい」とオープン前から話題を呼び、好調な滑り出し。「THE DOTS」時代のお客さんたちも付いてきてくれました。若者だけでなく、今では地域の50−60代の方からの予約も入るそうです。


権堂エリアのお店ともつながりが増えました。ただ髪を施術して終わりではなく、「旅好き?じゃああのお店に行くといいよ」「シーシャ屋ならおすすめありますよ」「ご飯これから?そしたらあのお店がいいかも」と、施術中の会話を通して、地域との縁もつないでいっています。



「コミュニティを作りたい」使用料フリーのイベントスペースの運営  

高橋さんが大事にしているのは、「髪をやるだけで終わらせない」、+αのワクワク作り。お客さんとの会話に重点をおくのはもちろん、自分でお店を作るにあたってはじめたのがビルの3階を活用した使用料フリーのポップアップスペースの運営です。


ポップアップが「SHiZEN.」の広告になり人を呼ぶという思惑はありますが、それ以上に「コミュニティを作りたい」という高橋さんの強い思いがあります。


市内出身の学生によるセレクト古着屋「stITch」。  


「美容室だけだったらお客さんと自分だけのつながりになってしまうから、それを超えたつながりを作りたいんです。イベントスペースにすれば、いろんな人が入れ替わるから、流れがうまく循環する。毎回色が変わって俺も楽しいし」


オープンからこれまで、タトゥーの施術、手描きの服屋、フォトスタジオ、マクラメ雑貨、写真展、作品展、リメイク古着、フリーマーケットと多種多様な参加者によるポップアップが行われてきました。


手描きの服屋「青彩衣」のポップアップ。期間中は店内で制作も行いました。  


ポップアップがきっかけで「SHiZEN.」に来店し、そのまま「SHiZEN.」のお客さんになった方も多いそう。ポップアップ自体も、人が人を呼び毎月新しい企画が進んでいます。美容室だけでは叶わなかった、人の流れを生む導線が育っていっています。



「ここ長野で、俺はゼロからイチを作りたい」高橋さんと「SHiZEN.」のこれから  

2022年4月には新しく美容師の麻場さん(28)が加わり、新体制となりました。麻場さんは、高橋さんのALPHA時代の同期で、専門学生時代からの友人でもあります。


「次の目標は、30歳になるまでに店舗展開をすることです。うまくいってるから多分大丈夫!同期の麻場には、2店舗目の店長を任せることを見越して新しく「SHiZEN.」に加わってもらいました。自分はずっと髪の毛のことしか学んでこなくて、経営は初めてだったけど、おかげさまで毎月売上はあがっていっています。今の所まったく不安な部分がなくてめちゃくちゃ順調!」


現アシスタントの中村さん(23)は、「THE DOTS」勤務時代のお客さんでした。  


コロナ禍で開催を見送っていた、長野市での大規模なヘアショーの企画主催に向けても動き始めている高橋さん。市内の美容院、アパレル、飲食店、アーティストなど、色々な人を巻き込んだイベントにしたいと意気込みます。


「すべての根本にあるのは、まず俺自身が楽しいと思えること、ワクワクすること。でも、何かを俺一人でやるのは限界がある。いろんな人の力を借りれば、1しかないパワーも10になる。みんなでやりたい。みんなで作りたい」


「俺が長野でワクワクすることをしていれば、地元を出て都会に行こうとしている次世代の若い子たちが、「長野で面白いことやってるやついるじゃん」って長野に残るかもしれない。それがつながって、きっとここはどんどん面白い場所になっていく。いろんな人を巻き込んで、ここ長野で、俺はゼロからイチを作りたい!」


「大樹って美容師っぽいね」の一言からはじまった、高橋さんの美容師としての人生。長野市で先陣を切って活躍する若手に影響を受け、長野に残ることを決めた高橋さんは、今では長野市をさらに面白い場所に変えていく最先端に立っています。そして、「美容室」の垣根を大きく超え、町と一緒に育っていく「SHiZEN.」。高橋さんと「SHiZEN.」が、長野の町と人を巻き込みゼロから作っていく「ワクワク」に、これからも注目です。



高橋大樹さん(28)

1994年生まれ。長野市で生まれ育つ。高校卒業後、長野理容専門学校に進学。「ALPHA」、「THE DOTS」、「chika by DOTS」の勤務を経て2020年11月に独立、長野市権堂で「SHiZEN.」をオープン。DJとしても活動している。最近の趣味はキャンプ。


SHiZEN.のInstagram

@shizen.nagano


SHiZEN.のポップアップInstagram

@shizen.popup


高橋さんのInstagram

@taiju_shizen


SHiZEN.の予約はこちらから

https://beauty.hotpepper.jp/slnH000505499/



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