神奈川県藤沢市は、「湘南」エリアの一角に位置している自然豊かな街です。都心からのアクセスも容易なことから、江の島をはじめ観光スポットでは多くの人々で賑わいます。しかし、藤沢は江の島だけではありません。藤沢のソウルフードと称され長い歴史をもつ地域密着型の飲食チェーン店「味の古久家」があることをご存じでしょうか?


味の古久家の原点は、1947年に誕生した和菓子店の「古久家」。和菓子店の開業で歴史をスタートさせますが、その後「街中華の店」の経営に舵を切ります。現在では藤沢を中心に、街中華の店やラーメン店、カフェ、手作りの餃子が24時間購入できる無人直売所を展開中です。



「3代目社長」から新会社の代表へ。  

今回、インタビューに応じてくださったのは「味の古久家合同会社」の代表を務める小林 剛輔さん。小林さんはグループ会社の「株式会社古久家」で3代目社長を務めたのち、2019年、会社の分社化に伴いポジションを移動。現在は、味の古久家をはじめ各店舗の運営にあたっています。



味の古久家の原点は「和菓子店」にあり

味の古久家の原点は、1947年に神奈川県藤沢市の北部にある街「長後」で創業した和菓子店「古久家」にあります。創業者の小林 三郎氏は、小林さんの祖父にあたります。第二次世界大戦の最中までは川崎市で商いをしていましたが、川崎市で発生した空襲の影響もあり、三郎氏の妻(小林さんの祖母にあたる)が生まれ育った実家のある横浜市泉区へ疎開しました。戦争が終わり、三郎氏は横浜市泉区の近隣にある長後で、親戚が運営していた「穀物集荷所」の伝手を頼り和菓子店を開業しました。


しかしなぜ、現在は中華料理チェーンを展開しているのに、和菓子店から古久家の歴史が始まったのでしょうか?

「戦後、(三郎氏が)甘いお菓子が売れるだろう、人々が求めるだろうと考え、和菓子店を開業するに至ったそうです」と小林さん。世の中の人々が飢えに苦しんでいた戦争が終わり、時代が変化していく中でお菓子に需要が見いだせると三郎氏は踏んだそうです。そして、三郎氏は和菓子店に続き、次々とアイデアを実現していきます。


「戦争が終わり、海外の戦地から人々が引き上げて来る中、戦後の復興で景気も徐々に上向き、街で働く人たちが増えていきました。そこで、甘いお菓子だけではなく、働く人たちのお腹を満たせる食事が必要になってくると考えていたようです」


それから三郎氏は、和菓子店から食堂、仕出し料理に寿司店など、様々なジャンルでチャレンジをしていたとのこと。現在、街中華の店以外にもカフェや餃子直売所を運営している味の古久家。かつて、三郎氏が取り組んでいた「チャレンジ精神」は、孫の剛輔氏に受け継がれているのではないでしょうか。



一念発起して街中華の店へ転換

ジャンルにとらわれず、様々な料理でお店を営んできた古久家ですが、転機が訪れます。1970年代に入り、三郎氏は和菓子店を閉店し、街中華の店の経営に絞る決断をしました。


和菓子店を閉店するに至った理由は2点あります。1つは、和菓子を作るのに労力が必要であった点が挙げられます。小林さんのお話によると、当時の古久家では、40人以上の従業員が住み込みで和菓子作りのために働いていたそう。和菓子作りは仕込みの時間が長く、商品が出来上がるまでかなりの手間がかかります。人手が必要となり、労働時間が長くなっている状況を、三郎氏は危惧していました。


もう1つの理由は、洋菓子がお茶の間に普及していった点が挙げられます。当時の日本は高度経済成長期で、人々の生活も豊かなものになっていきました。ケーキやアイスクリーム、チョコレートなどの洋菓子が一般家庭にも行きわたるようになり、三郎氏は危機感を覚えます。洋菓子の台頭で、世の中の食事が一気に変化するであろうと考えました。


「和菓子にかかる労力」と「洋菓子の台頭」、2つの理由がきっかけで三郎氏は和菓子店を閉店する決断をします。そして、様々なジャンルに挑戦してきた中で、街中華の店へ力を注ぎ始めたのです。



様々な業態へチャレンジ、そして分社化

古久家は長らく、街中華の店を中心に運営を続け、藤沢の地域に根付いて着実に拡大を続けていきました。現在は、藤沢市を中心にグループ全体で街中華の店とラーメン店を合計で11店舗、餃子直売所を3店舗、カフェを2店舗(2022年3月時点)運営しています。


和菓子店を閉店してからしばらくの間、中華料理に絞ってお店を運営していましたが、1999年「安価でラーメンが食べられる」をテーマに新規ブランド「湘南あっさり豚骨ラーメン 寅そば」を立ち上げます。その後も、自社の製麺工場で使用していた跡地にカフェ「森のCAFE’ KO-BA」を開店するなど、古久家は展開を続けます。


そして2019年、更なる転機が訪れます。「創業100年永続プロジェクト」と称し、1970年代より続いていた「株式会社古久家」は一部店舗を「味の古久家合同会社」の運営に移し、「分社化」を試みたのです。それまで、全店を統括していた株式会社古久家の3代目社長を務めていた小林さんは、分社化した理由を次のように語っています。


「会社が大きくなり過ぎてしまうと、お店を運営する上で舵取りが難しくなるデメリットがあります。将来を見据えると、会社を分けたほうが効率よく運営ができるだろうと判断して、分社化することを決めました」



「古久家」と「味の古久家」。社名や屋号でお店のスタイルは分けましたが、ルーツは同じです。古久家は創業時からの伝統を守り、味の古久家は新しいチャレンジを続けつつ、古久家の歴史を繋いでいるのではないでしょうか。



味の古久家が展開している主なお店の紹介

味の古久家は現在、藤沢市内(一部藤沢市外もあり)で4ブランドの飲食店を展開しています。ジャンルは多岐にわたり、身近にして誰でも気軽に立ち寄りやすいお店となっています。



「味の古久家」  

地元・藤沢市民なら言わずと知れた「味の古久家」は、親しみやすさを重視した街中華の店です。ラーメン系をはじめ、餃子など多彩なメニューが用意されています。地元市民だけではなく、江の島など藤沢に点在する観光地を巡る人々も食事に立ち寄り、人気を集めています。



卵を多く使用したストレートの特製中太麺は、自社工場でどのような味付けにもマッチするよう作られています。特に、「サンマーメン(あんかけラーメン)」は、もやし・にんじん・白菜・キクラゲ・豚肉と具沢山。醤油ベースのスープが中太麺と馴染みやすく好評で、人気を集めているそうです。神奈川県でも「ご当地麵」と称される一品を、味の古久家でも味わえます。



餃子は手作業で餡を包んでいるのが特徴。味の古久家に来店する3人に1人は注文するほどの高い人気です。



また、お土産用の惣菜や中華まんの店頭販売も行っていて、特に中華まんに注目です。肉まんとあんまんに加えて、「チャーシューまん」もラインナップしています。



取材の際、チャーシューまんを購入して試食してみました。中に大きめのチャーシューが入っており、噛めば噛むほどおいしさがしみ出します。1個だけでも十分に食べ応えがあるボリューム感です。


小林さんのお話によると、餃子や醤油味の「名物ラーメン」、サンマーメン、特製焼きそばがお客様に人気とのこと。小林さんがおすすめするメニューの1つが「特製焼きそば」です。中華鍋にて油をふんだんに使い、丹念に焼き上げた一品となります。

定番メニューに加えて随時入れ替わる季節限定メニューもあるそうです。お店に伺った際は季節限定メニューもチェックするとよさそうです。



「湘南あっさり豚骨ラーメン 寅そば」


「湘南あっさり豚骨ラーメン 寅そば」は、1999年に古久家で展開を始めた、ラーメンをメインとした第2のブランドです。長らく「古久家」ブランドを定着させていた中で、なぜ2つ目のブランドを立ち上げるに至ったのか、小林さんは次のように語っています。


「お客様に手ごろな価格でラーメンを提供できるようにしたいと考えたのがきっかけです。古久家=ラーメンというイメージが強くありましたが、同じブランド(古久家)で今まで扱っていたメニューより安い価格の商品を置くのは、お客様の中で出来上がっているイメージを壊してしまうと考えました。古久家よりさらに身近な存在を作るためにも、【湘南あっさり豚骨ラーメン 寅そば】というブランドを立ち上げました。」



第2のブランドとなる「湘南あっさり豚骨ラーメン 寅そば」の強みは、ラーメンをカスタマイズできる「自由度の高さ」です。



中細縮れ麺に豚骨をベースにしたスープを組み合わせている点は、味の古久家で提供しているラーメンとは異なります。醤油・塩・味噌の3種類からベースとなる味を選べるのが特徴です。


また、サイドメニューに用意されている「真・焼餃子」は、ラーメンのお供に注文するお客様が多いとのこと。



筆者も真・焼餃子を試食してみました。程よく焼き加減がついている表面のサクサク感と、中に入っている餡の肉汁が口の中で広がります。店頭で冷蔵お持ち帰りの販売も対応しているため、自宅でもお店の味を味わえます。


「気軽に入って食事ができる」をテーマに、藤沢市内と近隣の高座郡寒川町にて合計4店舗を展開中です。



「森のCAFE’ KO-BA」

「森のCAFE’ KO-BA」は、2003年にオープンした味の古久家で運営されているカフェです。森のCAFE’ KO-BAの敷地は、かつて古久家の製麺工場があった場所。しかし、製麺工場が別の場所へ移転することとなり、跡地の有効活用策として新たにイギリスの湖水地方をモチーフとしたカフェへリニューアルしました。


複数の木々が立ち並ぶ中にひっそりと建つ一軒家風のお店は、「森の隠れ家」のような印象です。店内ではコーヒーやスイーツをはじめ、カレー、パスタ、パンなどの軽食を揃えています。


今回の取材では、CAFE KO-BAの店長を務める中新田(なかしんでん)さんにおすすめいただいた「フロマージュブラン」を注文し、試食しました。中新田さんのお話によると、フロマージュブランはスイーツメニューの中では10年以上も提供しているとのこと。口の中へ入れると舌触りが滑らかなクリームチーズと、甘酸っぱさのあるイチゴのソースが絶妙です。


同じ敷地内には、ドッグランが設置されていて愛犬とのお散歩を楽しめるほか、花の直売所も併設しています。年に数回、フリーマーケットや地元野菜の直売会が行われるなど地域でも憩いのスポットとなっています。



「餃子製造直売所」

「餃子製造直売所」は、2021年に味の古久家がスタートさせた新たなお店です。小林さんは、コロナ禍以前から「手作りの商品をその場で買ってもらい、おうちで楽しんでもらう」スタイルに着目していました。

検討を重ねた結果、味の古久家の各店舗で味わえる餃子を販売できるよう冷蔵パック化し、代金を料金投入口に入れて販売する方法を取り入れました。24時間お店が開いているため、餃子が食べたくなったらいつでも買いに行けるスタンスが魅力のお店です。


現在は藤沢市の湘南台と長後、高座郡寒川町の3ヵ所にて店舗を展開しています。餃子だけでなく、数量限定商品でチャーシューや唐揚げなど、味の古久家のサイドメニューも購入可能です。味の古久家や中華そば寅に足を運べないときでも、おうちで餃子が楽しめるのが餃子製造直売所の強みではないでしょうか。



味の古久家が見据える「未来」とは  


味の古久家が2021年より始めた「餃子製造販売所」は新しくチャレンジしている業態  


創業以来、藤沢を中心に「街中華の店」を展開し続けている味の古久家。分社化を行い、街中華の店に加えてカフェや餃子直売所を展開する中、どのような未来を思い描いているのでしょうか。小林さんは次のように熱く語ります。


「創業から75年が経ち、藤沢市に住む皆さんをはじめ多くのお客様に育てていただきました。今後も藤沢でそれぞれのお店を続けることがお客様への恩返しになると考えています。100周年に向けて、お客様がまた来たいと思い続けてもらえるお店でいられるよう、チャレンジを続けていきたいです。」


また、いくつか小林さんが語った中で、印象深い言葉がありました。

「変わらないために変わり続ける」


この言葉から、新しいチャレンジを続けても、決して「生まれ故郷」をないがしろにするのではなく、今後も藤沢に根付いてソウルフードであり続けるとの意思を強く感じ取ることができました。これからも、藤沢の街で味の古久家の「魂」が込められたラーメンや中華料理を味わえるのではないでしょうか。


味の古久家が藤沢の人々を元気にし続けていく姿を筆者は応援していきます!藤沢へ観光にいらした際は、ぜひ味の古久家のお店で「ソウルフード」を味わってみてくださいね。



■ 味の古久家


ホームページ

https://kokuya.jimdo.com


・味の古久家 藤沢店

Facebook

@kokuya.fujisawa


Instagram

@ajikoku_hujisawa


・中華そば寅 長後店

Facebook

@torachogo


Instagram

@tora_chogo


・森のCAFE’ KO-BA

Facebook

@cafekoba


Instagram

@cafe_ko_ba


・餃子製造直売所 湘南台店

Facebook

@kokuyagyouza1


Instagram

@ajikoku_gyoza



関連記事