新宿から電車に揺られること約1時間半。奥多摩より2つ手前の「鳩ノ巣」に、「カフェ山鳩」があります。改札を出て左に曲がると見えてくる、大きな鳩のマークが目印です。来る人来る人に「ようこそいらっしゃいました。」と声をかけるのは、原島さん夫婦。

今回は、あたたかな笑顔から優しさが溢れ出る秀伍さん(写真右)に、お店の歴史や人気メニューの誕生秘話、ご自身のことをお話いただきました。



カフェ山鳩ができるまで


家族経営で3代続く山鳩の創業は、今から約74年前のこと。現在の形に落ち着くまでには、さまざまな歴史がありました。もともと山鳩は、秀伍さんのおばあさんが営むタバコ屋さんでした。昭和30年頃、富山の薬屋さんを泊めたことをきっかけに「民宿山鳩」を始めることになります。それ以来、家族で民宿を経営。


近くの会社で働く方が泊まったり、足立区、葛飾区の公的な山の家として利用されたりしていたそうですが、目の前にある青梅街道の交通量が激しくなり「うるさくて寝られない」という苦情が多くなっていきました。 


そこで一家は、多摩川を挟んだ対岸に民宿を移転する決意をします。秀伍さんの母方のおじいさんが青梅で喫茶店を営んでいたことや「観光業だけでやっていくのは危ない」という知見もあり、民宿山鳩の跡地に「カフェ山鳩」を誕生させることとなりました。 


 創業当初のコンセプトは、“女性が安心して集える場所” “舅・姑(しゅうと・しゅうとめ)の悪口を安心して言えるお店”。今ほど女性への理解が進んでいない時代に、こうしたコンセプトを掲げられたことから、原島家の寛容さが伝わってきます。 



人気No.1メニュー 「ハヤシライス」は思い出の味


カフェ山鳩の人気No.1メニューは「ハヤシライス」。お皿いっぱいに盛られたハヤシライスは、運ばれてきた瞬間から気分が上がります。


いただいてみると、今まで食べたことのないような、深みのある味わいが広がります。スプーンを進めるごとに、お店の歴史さえも脳裏に浮かんでくるようです。程よく酸味の効いた人参サラダや、付け合わせのさつまいもも抜かりなく美味しくて、あっという間に完食してしまいました。 


しかしハヤシライスを提供するのは、少し珍しいような……。カレーライスではなく、ハヤシライスを選んだ理由は、何かあるのでしょうか?


「カフェ山鳩をオープンさせるにあたり、生前の祖父が好きだった『ハヤシライス』をメニューに入れようとみんなで決めたんです」


牛肉・玉ねぎ・しめじを煮込み、数種類のスパイスでコクを出した自家製ハヤシライスは、今となってはカフェ山鳩を代表するメニューとなりました。 


カフェ山鳩には、ほかにも魅力的なメニューがあります。サラダ感覚で食べられる「そばサラダ」や、生地から手作りしている「具だくさんピッツァ」などは、多くの人から支持を得ている一品。最近では、シナモンロールも人気があります。日によっては、奥多摩や青梅の自然を活かした食材がメニューになることも。思い出の味にも、新しい味にも出会える点が、お客様に愛される理由のひとつなのかもしれません。



チームワークが売り!カフェ山鳩を構成するメンバー


カフェ山鳩のスタッフは、秀伍さんのご両親、秀伍さん夫婦、伯母さん、3名のパートさんの計8名で構成されています。パートさんは、通称「山鳩 キャッツ・アイ」とも呼ばれ、お店の躍進に貢献。中にはカフェの創業当初から働いている方もいらっしゃるそうです。全員が家族のような関係で、メニューも一緒に考えています。料理やホールの担当はきっちり分かれておらず、チームワークのよさで運営を行っています。


それぞれの関係性を見ていると、ずっと昔から一緒に働いているように見えるのですが……秀伍さん夫婦が加わったのは、つい2年前のこと。お子さんが小学校に上がるタイミングで移住を決断しました。


「若い頃はとにかく鳩ノ巣を出たかった」という秀伍さん。洋服が大好きだったこともあり、おしゃれなお店のある都心に魅力を感じていたと言います。しかし、サーフキャンプなどアウトドアの遊びに出会ってから、自然の中で暮らす方がよっぽど楽しいと思えるようになったのだそう。フリーで働き出したことや、「地元に馴染むためには30代半ばで帰った方がいい」という意見もあり、鳩ノ巣に戻る決意をしました。



コロナ禍真っ只中での移住……

しかしながら移住を決断したのは、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた2020年。これからというときに、大変だったのではないでしょうか?


「もちろん苦しいこともありました。ただ、買い物に行くのも控えなければならない時期だったので『お家で食べるものを提供したい』という想いが全員にありました。それでみんなで考えて、テイクアウト事業を強化することにしたんです」


秀伍さんはこれまでの仕事のノウハウを活かして、テイクアウト用のチラシを作成。奥多摩の新聞のチラシに折り込んだり、手渡しをしたりして口コミが広がっていきました。FacebookやInstagramでも宣伝を開始しましたが、地元の方にはSNSよりも紙が有効だったそう。その甲斐あって、今でもたくさんの方がテイクアウトをしてくれています。


「地元の方には本当に感謝している」という秀伍さん。繁忙期になるとテイクアウトメニューを買いに来て、閑散期になるとお店に食べに来てくれる方が多いそう。こうした助け合いは、スタッフが一丸となって地元の方のために働いている結果とも言えそうです。 



親族ともそうでない人とも繋がり、あたたかく受け入れる


カフェ山鳩の店内を見渡すと、壁にかけられた絵画に目が留まります。実はこれらの作品は、奥多摩在住の作家さんや、その生徒さんが描いたもの。秀伍さんのお父さん・俊二さんがカフェを建て替える際、奥多摩に住む作家さんに「私たちは奥多摩が好きで創作活動を続けているのに、発表する場がないんだよ。」と言われたのをきっかけに、わざわざギャラリーを作ったのだそうです。


かれこれ20年以上、さまざまな方たちの発表の場として使われてきたこのギャラリー。どんな人でも優しく受け入れる原島家の優しさを、ここでも感じさせられました。


また、青梅でお花屋さんをしている母方のいとこ・海藤さんにも、閉店後のお店を貸し出しているそう。月に2回開催されるフラワーアレンジメント教室ですが、商売っ気がなく、いいお花をたくさん持って来てしまうのだとか。カフェ山鳩は、自然とあたたかな人を引き寄せる場所なのかもしれません。



3代目が考えるカフェ山鳩のこれから


最後に、お店の3代目である秀伍さんに、これからの展望を聞いてみました。 


「新しい事業をしたいという気持ちは、今はありません。ただ自分たちには、いろいろなことを整理する役目があると思っています。先のことを考えて、持続可能なものを残していく。今あるものを精選して、もっとよくしていく。そうして自分たちの代でも、変わらずに愛される“カフェ山鳩”を継続していけたらいいなと思います」


終始柔らかな口調で語り続けてくださった秀伍さん。その裏で明るく接客を続ける奥さん。カフェ山鳩の歴史の中ではまだまだ若いお2人ですが、この2人に会うためにお店を訪れる方も増えていることでしょう。今回の取材をきっかけに、私もそのなかの1人になりました。

いつかまた、このあたたかな空気を感じに、鳩ノ巣を訪れたいと思います。



■ カフェ山鳩


ホームページ

http://yamabatonosu.com


住所

〒198-0106

東京都西多摩郡奥多摩町棚沢380


営業時間

10:00-17:00

※ 夕方以降、予約が入っている場合などは閉店が早まる場合があります。 

  詳しくはお電話にてお問い合わせください。


定休日

月曜日

※ 祝の場合は翌日代休


アクセス

JR鳩ノ巣駅より徒歩1分


Instagram

@yamabato_tokyo


Facebook

@yamabato



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