かつては一家に1台あったミシン。でも、重くて準備も面倒などの理由で、あまり使われなくなっています。「ミシンをもっと身近に感じて使ってもらうには、軽くて簡単に操作できてオシャレな外観にすればいい」と、ミシン開発に乗り出したのは、大阪にあるミシンメーカーでした。


斜陽産業といわれていたミシン業界で、販売台数8万台以上という空前のヒットを放った、株式会社アックスヤマザキの3代目社長・山﨑一史さんに開発の経緯を伺いました。




「若いときは洋裁学校へ通ってたんやで」……夢中でミシンを操作するおばあちゃん

大阪府八尾市にある老人介護施設「くつろぎの里」を訪れたとき、ミシンを使って夢中で縫物をするお年寄りの方がおられました。その中の1人、幸子さん(取材時86歳)は、慣れた手つきでミシンを操作していました。

「若いときは洋裁学校へ通っていたから、基礎はできてるねん。楽しいよ」 


ミシンを中心にコミュニケーションが生まれる(ミシンを操作している方が幸子さん)


くつろぎの里で使われているミシンが、ちょっと変わっていました。片手でヒョイと持ち上げられるほど軽く、小型で、外観もなかなかおしゃれ。重い、操作が難しい、外見がダサいと敬遠されがちな従来のミシンとは違い、ずいぶんすっきりしたデザインです。


名称は「孫につくる、わたしにやさしいミシン」。


開発したのは、大阪市生野区にあるミシンメーカー・株式会社アックスヤマザキの3代目社長・山﨑一史さんです。

「本棚に収まる大きさと軽さを追求しました」

開発の過程で、くつろぎの里を利用するお年寄りの方たちに試作機のモニターになってもらったというこの商品。お礼に完成品を寄贈したところ、ミシンが得意だという人が自発的に使い始め、ミシンを中心に人の輪ができて新しいコミュニケーションが生まれたそうです。今では、八尾市内にある縫製工場から端切れを譲ってもらい、同じ市内にある保育園の子供たちのために、布でおもちゃをつくって寄贈しています。


「ミシンを使った作業は、脳の活性化に効果があるんです」と、山﨑さん。脳トレ第一人者の川島隆太博士が最高技術責任者を務める株式会社NeUに、ミシン作業と脳波との関係を調べる実験を依頼したところ、ミシンを使うと脳の「背外側前頭前野」が活性化することがわかったといいます。

「頭の中で完成品をイメージして手順を考え、目的意識をもって手を動かすことが、脳の活動を活発にするようです。また、自分のためではなく、子供たちのためにという動機も大きく影響しているみたいです」

ミシン作業が脳によい影響を与えるらしいという話は、ミシン業界ではずっと以前からささやかれていたそうです。

「そのことを、実験で確認できました」


もっとも、ミシン作業をした結果、元気に歩けるようになったり認知症が改善されたりするということではありませんが、夢中になってミシン作業をする幸子さんたちを見ていると、たしかにメンタルに良い影響が出て、元気に過ごされていることが分かります。


ミシンを操作する以外にもハサミを使ったり布を織ったりして手先を使う作業が多い


くつろぎの里を運営する株式会社GLOBAL FLATの企画推進マネージャー・岡本潤さんは「理学療法士がつくったメニューをこなすだけでは見えてこなかった、個人が得意なことを発見できたのは、このミシンのおかげです」と喜んでおられました。


ミシンを操作するほかにも、布を折る、ハサミを安全に使う動作などがリハビリ効果を生んでいるといいます。また端切れを無駄にせず、素材を有効活用してつくったものを、子供たちが使ったり遊んだりするサイクルができていました。

「昔の手続き記憶、たとえば自分なりのやり方を思い出すのは、すごくいいことなんです」(岡本さん)

また、リハビリを受ける立場から「ミシンを教える立場」へ役割の変換が起こるため、デイサービスに来て同じ時間を過ごしても、充実感や満足度が格段にアップするのだそうです。



新規開発した子供用ミシンで1億円の赤字危機を脱出

できあがった製品を見れば、あたかも当たり前にできたように見えるかもしれません。しかし実用化に至るには、山﨑さんの並々ならぬ苦労がありました。


山﨑さんの祖父が1946年に創業した株式会社アックスヤマザキは、ミシン一筋の老舗メーカーです。創業当時は大型のミシンを国内で生産して海外へ輸出していましたが、やがて為替が円高に推移すると、輸出業としての採算が厳しくなりました。父親が2代目社長を継いでからは、ミシンをやや小型化して海外生産・国内販売にシフト。大手ミシンブランドのOEM生産が、売り上げの9割を占めたといいます。


「それが1990年代後半で、売り上げのピークでした。つくって納品すれば売り上げになりました」

OEM先が販売してくれるので、アックスヤマザキは製造して納品するだけでよかったそうです。


しかし、その後、OEM先が事業解散。ブランドだけが他の事業者に引き継がれましたが、これまでのようにOEM先が販売してくれることがなくなったため、ブランドマークをつけて製造したミシンを、アックスヤマザキが自ら販売しなければならなくなりました。

「売り上げは、見事に下がりましたね」


アックスヤマザキのラインナップ


また、一家に1台ミシンの時代ではなくなっていました。既製服が大量に出回り、お母さんが子供のために服を手縫いすることがなくなりました。


山﨑さんが入社したのは2005年。3代目社長に就任するまでの10年間は、主に営業をやっており、OEMの受注をとるために競合他社と競り合う日々でした。しかしミシン業界全体が縮小の一途をたどっており、いずれは業界ごと消滅するのが時間の問題といっても過言ではありませんでした。社長に就任したのは、2015年8月。その年は、アックスヤマザキが1億円の赤字を出すかもしれない、危機的状況にありました。

「弱小メーカーですから、ブランド力も競争力もありませんでした」


そんな年に発売したのが、子供用ミシン「毛糸ミシンHug」でした。


「小学校5年生になると、学校でミシンを習います。でも一般用のミシンですから、糸を通す最初の手順でつまずく子が多い。そして操作も、子供がやるには簡単ではないので、うまくできない子はこの時点でミシンが嫌いになってしまいます」

小学校でミシンが嫌いになったら、将来の顧客を失うことになります。

「まずは、ミシンは楽しいと認識してほしい。たとえばテレビは、電源を入れるだけで映像と音が出ます。ところがミシンは、しまってある場所から引っ張り出してきて、糸をかけて、下糸をセットして、たいへん面倒な工程を経ないと準備が整いません。そこが課題でした」


そういったミシンの特性こそがミシン離れの原因だと、山﨑さんは気づいたのです。

「ミシンとはそういうものだといってしまうとそこで終わりですから、なんとか解決したいと考えました。じつは子供用のミシン構想は、2012年からもっていて、新製品会議の席で企画を出したんですよ。そうしたら、当時社長だった父親に激怒されました」

山﨑さんは、社長が喜んでくれると思っていたそうです。

「ところが、大げさでもなく本当の話なんですけど、書類を投げつけて『会社をつぶす気か!』と怒鳴って、会議室を飛び出して行っちゃったんです」

先代は、新しい機能を付けたり改善したりするなど、既存の機種を改良する提案を期待していたようだったといいます。


最上段の右から2台目が「毛糸ミシンHug」初期モデルで、最下段右端が現行の「毛糸ミシンふわもこHug」


「子供用ミシンの構想は父親の期待から離れていたので、納得させようと、気持ちを切り替えました」


そんな経緯を経て発表された子供用ミシンが「毛糸ミシンHug」です。その名が示すように毛糸を使って布を縫合する仕組みでした。下糸がなく、糸掛けはわずか1秒で済み、誤って針で手を傷つけない工夫がなされています。下糸なしでどうやって縫うのかといえば、5本の針で毛糸を打ち付けて、布に絡ませる仕組みです。上糸と下糸で縫うより強度は落ちますが、子供が初めてミシンに触れる入門機としては十分な機能でした。


子供用ミシン「毛糸ミシンふわもこHug」(現行モデル)


12月のクリスマス商戦に玩具として発売した「毛糸ミシンHug」は、2か月間で2万台が売れ、1億円の赤字危機を大幅に縮小することができました。社長に就任したとき、山﨑さんは「1年で黒字にできなかったら、私が責任を取ります」と社内に宣言して「毛糸ミシンHug」に取り組んでいました。それがミシンとしては異例の大ヒット商品となり、社内は活気づいたといいます。そして翌年には、宣言通り黒字に転換したのです。



「生活感が出て恥ずかしいからミシンを隠す」……ならば「見せたくなるミシン」をつくろう

「ターゲットを絞って求められる商品を提供すれば売れる」との確信を得た山﨑さん。次に取り組んだのが、子供をもつお母さん向けのミシンでした。 友達の奥さんや身近な人たちからヒヤリングしてみると、ミシンに対して「重い」「めんどくさい」「操作が難しい」「見た目がダサい」と、散々なイメージをもっていることが明らかになりました。一方で「子供が幼稚園や保育園に入るとき、手作りでなにかつくってあげたい」という人も少なくなかったそうです。


「潜在的な需要はある。使わない理由を解消すれば、ミシンは売れるはず」

ヒヤリングした中に、こんな意見がありました。

「生活感が出て恥ずかしい。ママ友が来るときは、見られないように隠している」

なるほどデザイン家電はあっても、「デザイン家電のようなミシン」は見当たりませんでした。


「機械むきだしの外観をダサいと敬遠されているなら、オシャレなデザインにして、見せたくなるミシンをつくればいい」

小型軽量でオシャレな外観のミシンを開発する中で、最も苦心したのは操作性でした。子供用の「毛糸ミシンHug」とは違い、大人が使うミシンです。上糸と下糸で縫うという基本的な機構は変えられません。昔は家におばあちゃんがいたり、近所のお年寄りがいたりして、教えてくれる人がいました。


それに代わる手段はないだろうかと山﨑さんが思いを巡らせていたある日、奥さんがスマートフォンでレシピ動画を見ながら料理をつくっているのを見て閃きました。

「ミシンの横にスマホを置いて、使い方やつくり方の動画を観られるようにすればいい」

動画サイトを開設し、二次元コード(QRコード)を読み取るだけで動画にアクセスできるようにしました。


二次元コードで使い方の動画にアクセス。針カバーはスマホスタンドになる。


「これで、ミシンは難しそうというハードルを越えられる」

さらに、小さな子供が誤って針でケガをしないように、使わないときは針にかぶせておく「針ガード」をつけました。ミシンを使うときは、取り外した針ガードをスマートフォンスタンドとして使える形状にして、使い方を動画で観ながら作業ができるわけです。


こうして出来上がったのが「子育てにちょうどいいミシン」でした。コーヒーメーカーを思わせるようなマットブラックの外観、重さ2.1kgのコンパクトボディで、価格は1万1千円(税込み)。2020年3月28日に販売を開始すると、飛ぶように売れました。


マットブラックのオシャレな外観「子育てにちょうどいいミシン」


「発売から9カ月間、供給が追い付きませんでした。電話が鳴りっぱなし。お客さんの中には『電話もメールも返事がないから直接来たわ』という方もおられました」


折しも新型コロナウィルスによる感染症で、世間は深刻なマスク不足でした。山﨑さんは急遽、動画に「マスクの作り方」を追加しました。


「今年8月末時点で8万台以上が売れています」

会社にあった他の機種も「子育てにちょうどいいミシン」のヒットに引っ張られて、在庫が空になるほど売れたそうです。

「世の中のニーズに合致したのでしょう」


この色がお年寄りの目に優しいという「孫につくる、わたしにやさしいミシン」



「孫につくる、わたしにやさしいミシン」の次は? もちろん構想中

子供用ミシンの次にお母さん用のオシャレなミシンを発表してヒットさせた山﨑さん。次はお年寄りが使いやすいミシンに取り組みました。それが冒頭で紹介した「孫につくる、わたしにやさしいミシン」です。


お年寄りの方が使いやすく安全なミシンを追求し、軽量小型はもちろん、電源コードを足に引っかけてしまうのを防止するため、乾電池でも動くようにしました。これは「毛糸ミシンHug」と「子育てにちょうどいいミシン」にも採用された機構です。


3機種ともに軽量小型なのでトートバッグに入れて持ち運べる(このときは「孫につくる、わたしにやさしいミシン」)


また、従来のミシンにはなかった、斬新な機構が取り入れられていました。

「試作機のモニターになってもらった人たちを見ていると、針に糸を通すとき体を屈めたり本体を傾けたりして針穴を覗いていました。あの角度がいちばん見やすいというのです」


というわけで、土台をスライドして本体を傾けるスイング機能を採用。ほかに、すべり板を外すとルーペとして使えたり、針の速度を遅めに設定したりするなどのアイデアも盛り込みました。


糸を通すとき針穴が見やすい工夫「スイング機能」


「針の速度は、わざと遅くしてあります。速すぎると手が追い付かず、失敗しやすい。それで嫌気がさしてしまわないように。操作に慣れた人は、遅いと感じるかもしれません」

くつろぎの里の幸子さんがそうでした。

「針が遅いねん。もうちょっとはよならんの?」といわれて、苦笑いしていた山﨑さんが印象的でした。


「毛糸ミシンHug」と「子育てにちょうどいいミシン」で培ったノウハウを活用し、使いやすさを追及して開発された「孫につくる、わたしにやさしいミシン」は、2021年2月に発売。注文の電話が2週間鳴りやまなかったというほど、これも大ヒット商品となりました。


検品が済んだ「孫につくる、わたしにやさしいミシン」


子供、お母さん、お年寄りと、顧客層を絞って商品開発に取り組んで成功した山﨑さん。男性向け家庭用ミシン「TOKYO OTOKO ミシン OM-01」を11月4日に発売することを発表しました。


男性用の「TOKYO OTOKO ミシン OM-01」を発表(本棚下段の黒いミシン) 


「既製品では物足りない。自分の道具は自分でつくりたい男性は多いはず」

デニム生地を12枚重ねて縫えるほか、厚さ5mmまでのレザーも縫えるとか。無骨な外観のパワフルなミシンをつくってくれました。 



■ 株式会社アックスヤマザキ


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