大阪府阪南市は、お年寄りが多い街です。「ちょっとコンビニまで」「ちょっと歯医者まで」という「ちょっと」のお出かけが難しいお年寄りを支援するため、介護事業「Ryu Group」代表の妹尾晃典さんは、電動アシスト付きの三輪自転車タクシーを考案しました。秋には本格的に事業化するべく、準備を進めています。



トゥクトゥクからエンジンを外した? 電動アシスト三輪自転車タクシー「トゥクタク」

大阪府阪南市で、ときおり赤いトゥクトゥクが公道を走っている光景を目にします。トゥクトゥクとは、オートバイのような運転席の後ろに2~3人の客を乗せて走る小型の三輪タクシーで、主に東南アジアの国々で運行されています。


タイから輸入したトゥクトゥク


阪南市で赤いトゥクトゥクに乗っているのは、介護事業「Ryu Group」代表の妹尾晃典さん。

トゥクトゥクを介護事業に利用できないかと考えて「まずは自分で乗ってみよう」とタイから新車を輸入したそうです。

「介護事業をやっていると、移動困難者の問題に直面します」

 「スーパーまでいきたい」あるいは「ちょっとお出かけしたい」など、バスやタクシーを使うほどではない「ちょっとそこまで」の外出に不便を感じている、いわゆる移動難民や買い物難民といわれるお年寄りが少なくありません。


「僕らがやっている整骨院で、無料の送迎をやっています。でもそれは、整骨院から自宅までなんですよね。『整骨院の帰りにスーパーで降ろして』とか『歯医者で降ろして』という要望が結構あります。お年寄りの『ちょっとそこまで』に困らない街作りをしたいと考えたのが始まりです」


ちなみに阪南市における65歳以上のお年寄りが人口に占める割合は、2015年で4割を超えており、2045年には6割を超えると試算されています。阪南市は交通の便が良くありません。移動手段がないためお年寄りが外へ出る機会が減り、フレイル(虚弱)が進み、ますます行動範囲が狭くなります。次第に社会参加が困難になり、生きがいを感じにくくなる悪循環を断ち切ることが課題だといいます。


「若い人たちが、市外へどんどん流出していくんですよ。市外で働くのではなく、市外へ移り住んでしまうのです」

市民の高齢化は年々加速する一方です。「どうせ高齢化が止まらないのであれば……」と、妹尾さんは逆転の発想をしました。「老年人口が、生産人口に変わればいい」 では、なぜそこにトゥクトゥクなのかというと、注目を浴びるためだといいます。

「福祉移送なら、全国どこの事業者さんでもやっています。注目を浴びる方法は何かないかなと考えたわけです」


 ドライバーの後ろに2人が乗る


そこで目を付けたのが、タイで走っているトゥクトゥクでした。

「タイではトゥクトゥクがいっぱい走っていて、手を挙げたらすぐ乗れて、しかも安いじゃないですか」

トゥクトゥクをお年寄りの移送に利用できないかと考えた妹尾さんは、まず自分が乗ってみようと、タイからトゥクトゥクを輸入したのです。


また、トゥクトゥクでお年寄りを移送することが、法的に可能か否かを近畿運輸局に問い合わせてみました。

「返事は『NO!』でした。自家用車で客を運送する白タクになるからだそうです」

でも妹尾さんは、それぐらいでは諦めませんでした。「じゃぁ、どうしたらいいですか?」と尋ねて、違法にならない方法を教えてもらいました。

「エンジンを外してくださいといわれました。エンジンを外したら、運輸局の管轄ではなくなるので」

エンジンのない自転車ならば、道路運送法の許可は必要ないのだそうです。


試作初号車の外観


こうして、トゥクトゥクの自転車版を運行することと、比較的元気なお年寄りにドライバーをやっていただくという構想ができました。トゥクトゥクの自転車版は既製品がありませんから、つくってくれる業者を探して設計から依頼しなくてはなりません。

「大阪信用金庫さんに相談したら、製造してくれる業者さんをマッチングしてくれました」


こうして試作初号車ができあがり、トゥクトゥクとタクシーをあわせて「トゥクタク」と名づけられました。2人分の客席の後ろにドライバーを配置したレイアウトになっています。客席をドライバーの前に置くことで、万が一お客さんの体調に異変があったときは、いち早く気づいて適切に対処できるのが最大のメリットだそうです。


電動アシスト付きなのでお年寄りでもスイスイ漕げる



事業発展の原動力は「祖母の助けになりたい」

妹尾さんはいま介護事業所を営んでいますが、もともとは大阪体育大学を出たあと体育教師になるつもりでした。しかし、講師をしながら教員を目指していた当時、お付き合いしていた女性と結婚することになり、手に職をつけようと柔道整復師の専門学校へ3年間通いました。専門学校へ通っている期間は、父親がやっていた整骨院を手伝ったそうです。


「起業しようと考えていたので、柔道整復師の免許を取ると同時に独立しました」

 3~4年は整骨院だけを営んでいましたが、妹尾さんの祖母に介護が必要になってきました。

「リハビリできるデイサービスがあれば、うちのおばあさんも楽だろうなと考えて、最初につくったのがリハビリデイサービスです」


妹尾晃典さんと祖父の吹田忠生さん(右)


やがて祖母の足がだんだん不自由になってきたことで介護タクシーを、入浴が困難になってきたことでデイサービスを、祖父が祖母を介護する老々介護になってきたことで訪問介護も始めることになり、介護サービスはほぼ祖父母がきっかけでつくってきたのだそうです。


「今は要介護度に応じてサービスを分けています。要介護も要支援も受けていない元気な方には、お年寄り向けのスポーツクラブ。要支援1から要介護1ぐらいまでの方には、リハビリデイサービス。要介護2から要介護5までの方には、1日型のデイサービスがあります」


お年寄りが手先で行う動作を回復または維持するトレーニングができるように晃典さんの父が制作したオリジナル機材「マルチボックス」


さらに飲食店「TAKIBI RYU」を計画しており、今年の年末あたりから着工する予定で準備を進めているといいます。

「朝はモーニングセット、昼はランチ、夜はバーみたいなお店づくりを考えていて、そこに子ども食堂の仕組みを導入します。たとえば一般のお客様が1,000円のランチを注文します。でも800円ぐらいの中身なんです。差額の200円をチケットにして『○○さんからの未来チケットです』として壁に貼っておきます。子供はそのチケットを取って、無料で食事ができるようにします」


「TAKIBI RYU」にはトゥクタクを配置しておき、登録制のドライバーにも待機してもらい、電話かLINEでお呼びがかかったら駆けつけるシステムも考えているそうです。


お年寄りが元気でいられる社会を目指して



長距離は難しいが、自治会や地域コミュティで運用すれば広範囲での運行が可能

トゥクタクの基本的な運用は、比較的元気なお年寄りに運転してもらって、少し弱りがちなお年寄りをサポートすること。比較的元気なお年寄りとはどんな人かと尋ねてみると、妹尾さんは「祖父です」と即答しました。


妹尾さんの祖父・吹田忠生さんは、御年80歳。背筋をピンと伸ばして歩く姿勢は足腰がしっかりしていますし、言葉もはっきりしています。阪南市商業界連合会監事と東鳥取地区商業会会計も務めておられて、まだまだ現役です。トゥクタクを事業化するにあたってクラウドファンディングで支援を募ったときは「トゥク爺」というキャラクターに扮してクラウドファンディングのページに登場したそうです。


妹尾さんの祖父は御年80歳。まだまだお元気だ


「ペダルが軽いから、普通に自転車を運転できる人やったら全然問題ないです」(吹田さん)

阪南市の西側は海に面し、東側に山があって坂の多い地形になっています。市内には路線バスとコミュティバスが運行されていますが、市内を縦横に走っているわけではないため、家から最寄りのバス停まで歩いて10分以上かかる地域があるそうです。そんな交通機関のすき間を埋める足として、トゥクタクを使ってほしいとのこと。

「電動アシスト付きとはいえ人力で漕ぎますから、長距離は厳しいです。おおむね2km圏内での運行を想定しています」


また、山手の住宅地に拠点を設けて、地域の自治会で運用してもらう構想もあるそうです。

「坂の上から下をつなぐのは、バスじゃないと絶対にきついですね。だから上のほうにある住宅街では、そこで拠点を設けて、自治会の中で運行してもらおうと考えています」

妹尾さんは、まず自分たちが実績をつくって、市内へ広げていこうとしています。

「この秋から年末にかけてオープンしていこうと思っています。1年ぐらいかけて、登録ドライバーも増やして、ここ東鳥取地区でしっかり広げていけたらと思っています」


トゥクタクの基本コンセプトは、比較的元気なお年寄りに運転してもらって、移送難民の助けになること。ですから元気なお年寄り(65歳以上を想定)にドライバー要員として登録してもらい、実務に就く前には「Ryu Group」のスタッフが受けている同じレベルの研修プログラムも用意されているそうです。


トゥクタクの運転席


「応急処置はもちろん、介護事業で研修している内容を受けていただきます。それができるのは、介護事業者としての強みですね」

しかも「Ryu Group」の事業所は阪南市内に点在しているため、乗客に異変を感じたら最寄りの事業所へ運んで、適切な応急処置を施すこともできるとのことです。



バリエーションが広がるトゥクタク……キッチンカーも構想中

トゥクタクは完全オーダーメイドなので、比較的自由にバリエーションを変えられることも、既製品にはない強みだといいます。

「じつは人を乗せるだけじゃなくて、キッチンカーもつくる計画があります」


その一例が、お寿司屋さんのキッチンカーです。阪南市は海がきれいで、大阪の都心部から釣りに訪れる人が多い地域です。ところが、釣った魚をそのまま持って帰ると、奥さんから「捌くのが大変」と怒られたり、そもそも魚の捌き方を知らなかったりする人も少なくないのだそうです。


「たとえば板前さんがトゥクタクに乗って釣り場へ行って、釣った魚をその場で捌いて、お寿司に加工して持って帰ってもらうのですよ」

あるいは保育園で、車輪がついた大きなバスケットに子どもを乗せて、保育士さんが押したり引いたりして移動している光景を見かけることがあります。それをトゥクタクでやれば、保育士さんも楽になるでしょう。トゥクタクの車体はキャパシティに余裕がありそうなので、ほかにもいろいろなバリエーションのアイデアが生まれそうです。


トゥクタクのバリエーション



2025年大阪・関西万博でトゥクタクを走らせたい

2022年の秋からスタートするトゥクトゥクの将来について、妹尾さんはどのようなビジョンを描いているのかを聞いてみました。


「今さかんにいわれている『企業の社会的責任』(CSR=Corporate Social Responsibility=)をしっかり果たして、全国的にお年寄りがお年寄りを支援する仕組みを全国展開していきたい。また、『Ryu Group』のビジネスとして、トゥクトゥクの販売で収益をあげていく」


直近では、2025年の万博も視野に入れているとのこと。阪南市が伊藤園と包括協定を結んでいることから、「Ryu Group」が伊藤園とご縁ができたそうです。

「伊藤園さんが、今年4月から『泉州「お茶のある暮らし」プロジェクト』を開始しています。それに関連して、トゥクタクを伊藤園カラーにして、万博に出展できるようにしたいと考えているところです」

『泉州「お茶のある暮らし」プロジェクト』とは「茶畑の造成や栽培、食育などの連携を通じて、地域社会のつながりを創出する」という目的で、阪南市と伊藤園が共同で取り組むプロジェクトです。


運転席から見た前方視界。量産型では屋根をもう少し高くする。


「それとプラスして、会場内を移動する足に使ってもらうことも狙いにいっています。カーボンニュートラルやSDGs寄りの強豪は今のところは出てないので、かなり有利だと思います」


お年寄りが「ちょっとそこまで」の外出に困っているから、その助けになりたいという動機で始まった三輪自転車タクシー「トゥクタク」。比較的元気なお年寄りに運転してもらうことで収入が得られる仕組みをつくり、さらにバリエーションを広げてキッチンカーを計画。3年後の万博会場で走らせようという構想も生まれました。


数年後の阪南市はお年寄りにやさしく、街のいたるところをトゥクタクが走るSDGs先進都市になっているかもしれませんね。



■ リュウ鍼灸整骨院


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