コロナ禍で客足が途絶え、お客さんもお店に来たくても来られない中で「お店の味を届けよう」という動機から始まったレトルトカレーの開発。大阪市福島区に本店がある「洋食ヨコオ」オーナー・横尾淳さんは、東京のメーカーが発売していたレトルトカレーに対抗心を燃やしていました。



客足が途絶えたコロナ禍で店舗外収益を得るために考えたこと

2020年から世界中で猛威を振るった新型コロナウィルス感染症(以下、コロナ禍)は、経済活動の停滞を招き、とりわけ飲食店は大打撃を被りました。大阪市福島区に本店を構える「洋食ヨコオ」も例外ではありませんでした。


「コロナ禍で、お客さんが店に来られません。スタッフは料理をつくりたくてもつくれないし、アルバイトの子もシフトをどんどん削られていく状況でした。飲食店って、お客さんが来てくれないと、何もすることがないんです」

常連のお客さんは「お店に行きたいねんけど……」という気持ちはあるものの、感染リスクを警戒してお店に足が向きません。


お客さんのニーズとお店の経営対策のため、家庭で楽しめるものを考えた結果、たどり着いたのがレトルトカレーでした。

「そうなると、そんじょそこらのカレーではダメなんです」 

お客さんが「お店に行きたいけど行けない」という話から始まっているので、お店と同じクオリティあるいはそれ以上でなければ意味がないといいます。 



お客さんに美味しいものを届けたい


「原価や利益率はあまり考えず、まずは美味しいものをつくろうということからスタートしました」

横尾さんが初めに取り組んだのは、市販されている売れ筋のレトルトカレーを食べてみることでした。

「売れ筋商品の価格帯は、だいたい500円前後です。まずは売れているものから食べてみました」

いくつか食べていくうちに、横尾さんはあることに気が付きます。

「同じような味だと思いました。それに、食べた後はお腹にもたれる。原材料の表示を見たら、脂と小麦が多いわけです」

売れ筋商品のほかに、東京と佐賀のメーカーが2000円で発売しているレトルトカレーも食べてみました。

「美味しいけど、2000円という価格が微妙な感じ。また買いたいかと問われたら、ちょっと考えますね」

上は2000円の高級カレー、売れ筋は500円前後という価格帯で、その中間の商品がありませんでした。また、値段が高いカレーはたしかに美味しいけれど、和牛入りを謳っているのに肉が少なく、期待したほどではない印象だったそうです。


ならば「これを超えるものができひんかな」と、挑戦したくなったといいます。

「自分たちでやろうと盛り上がってきて、浪速(なにわ)の商人(あきんど)魂と相まって『東京に負けてられへん!』という対抗心に火が付いたんですな」



原価を度外視して素材を選んだ結果3種の「大阪産(もん)」が揃った 

横尾さんがレトルトカレーを開発するのは、実は初めてではありませんでした。2017年から2年の歳月をかけて、「ごちそうカレー」という商品を開発した経験がありました。そのとき蓄積したノウハウがあり「せっかくつくるなら、どこにも負けないカレーをつくろう」と意気込んで、材料選びから取りかかりました。


カレーの味を決める要素のひとつが、肉の旨味です。和牛を使うことは初めから決めていました。ところが肉屋さんから「こんなお肉があるよ」と、カレーに適した肉を提案されても、気持ちがあんまり動かなかったそうです。

「やっぱりコストが壁になっている。いちどコストの壁を取り払って、とにかく美味しいものをつくろうと考えました」

そうすると、選択肢が広がります。

「大阪でいちばん旨い和牛は『なにわ黒牛』です。分かっているけれど、値段がベラボーに高い」

なにわ黒牛は、佐賀牛のA5ランクや熊本の「和王」より高い値が付く最高級の和牛で、しかも月に5頭しか出荷されない希少な和牛です。高級レストランのシェフたちに押さえられていて、ほかの飲食店にまわるのは順番待ちでした。新規で卸してもらうのは、ほぼ絶望的だったのです。

「なにわ黒牛を使いたいけど、値段も値段だし。ものには限度というものがあるし、どうなのかなと思いました」 



横尾さんと「なにわ黒牛」(画像提供/洋食ヨコオ)


レトルトカレー1個あたり100gの肉を入れます。レトルトパックの製造を委託しているメーカー側の事情で、一度に製造する数量は1000個と決まっていましたから、肉は最低でも100kg必要でした。肉屋さんも「なにわ黒牛を手に入れるのは難しい」と腰が引けていましたが、横尾さんは諦めきれません。ごちそうカレーの製造を委託していたメーカーに生産者との間に入ってもらい、卸してもらえないかお願いしたところ、やっと分けてもらえることになりました。


旨味とともに大事な要素が「甘味」です。甘味を出すには玉ねぎを使います。横尾さんのお店では淡路島産の玉ねぎを使っていましたが、よくよく調べてみたら大阪府の南部、泉州地域でも玉ねぎが栽培されていることが分かりました。JA大阪泉州のホームページによると「泉州地域のたまねぎ栽培の歴史は古く『日本のたまねぎ栽培の発祥の地』ともいわれています」という解説が掲載されています。

「そんなに良い玉ねぎが大阪にもあるんだったらと思い、取り寄せて食べてみたら、甘くてびっくりしましたよ」 


 次に、横尾さんがこだわったのが「後味」でした。後味の切れを良くするために、柏原産のワインを使いました。大阪府柏原市は、ワインの産地でもあります。

「レトルト食品は高温で殺菌するからワインの香りがなかなか出ないけど、果実の酸味がうまく出ると、後味がきれいに切れます」

もちろん、どんなワインでもいいというわけではありません。玉ねぎの甘味に勝ってはダメ、果実味が出すぎてもダメ、渋みが前に立つのもダメという条件をワイナリーの社長に相談したところ「要は後味にきれいな酸味が欲しいのやろ?」と提案してくれたのが「マスカットベーリーA」という赤ワインでした。


「なにわ黒牛」「泉州玉ねぎ」「マスカットベーリーA」は、いずれも「大阪産(もん)」の認証を受けています。それを狙ったわけではなく「良いもの」を選んだ結果、偶然にも「大阪産(もん)」だったのです。「大阪産(もん)」とは「大阪府域で栽培・生産される農産物、畜産物、林産物、水産物と、それらを原材料として使用した加工品のこと」(大阪府ホームページより)で、一定の条件を満たしているものを、申請に基づいて大阪府知事が認証する制度です。余談ながら、横尾さんが開発したレトルトカレーも、「大阪産(もん)」の認証を受けています。



「大阪産(もん)」の認証を受けた商品に付けられるロゴマーク(画像提供/大阪府 環境農林水産部流通対策室ブランド戦略推進グループ) 



思い通りの味になるまで

2021年12月、「ごちそうカレー」の経験をもとに、どこにも負けないカレーの開発が始まりました。


「玉ねぎから甘さを引き出すことにこだわりました」

そのためには、玉ねぎを飴色になるまで炒めます。それを入れるとたしかに甘味が出るのですが、ひとつ問題がありました。レトルトカレーはパック詰めした後、摂氏110度で加熱殺菌します。その過程で玉ねぎも肉も溶けてしまい、食感が物足りなくなってしまうのです。その問題を解決するために考えたアイデアが、ザク切りした玉ねぎを生のまま後入れすることでした。加熱殺菌の過程で適度に火が通り、形も食感も残すことに成功しました。肉も溶けて小さくなってしまうので、初めから大きめにカットすることで、形が残るように工夫されています。


そうすると今度は、あらたな問題が生じました。

「形を残そうと思って肉を大きめにカットしたり、玉ねぎのザク切りを後入れしたりしたら、中身がゴロゴロしてパックが膨らんでしまうのです」

メーカーからも「密閉しづらい」といわれたそうですが、横尾さんは「許容される限界まで入れてほしい」と妥協を許しません。ですから、完成品は一般的なレトルトカレーと比べて、やや分厚くなっています。 


こうして原価の壁を取り払って選んだ材料でつくったレトルトカレーの、値段がいくらになったのかが気になります。

「できあがってみたら、価格が1800円になっていました(笑)」

横尾さんはこのレトルトカレーを「大阪極(きわみ)カレー」と命名し、今年6月1日~3日まで、東京都庁の全国観光PRコーナーで先行販売しました。 



東京都庁の全国観光PRコーナーで販売


「ところが、やっぱりまだコロナ禍でしょ。都庁の展望台がコロナワクチンの接種センターになっていて、観光客がゼロに近い。たまに売り場を覗いてくれるのは都庁の職員だけで、しかも値段を見たら私のほうを見てくれない(笑)」

本来なら1800円で売りたいけれど、小売価格を1500円に設定したといいます。

「1500円でも、たしかに高いです。『高い』といわれることは想定していましたから、なぜ高いのかを説明しました」

説明を聞いて「じゃぁ、いちど食べてみようか」と、興味半分で買ってくれる人もいたそうです。そういう人の中には「美味しいから、また買いに来ました」というリピーターもいました。ただ残念だったのは、感染予防策の一環で試食を出せなかったこと。300食を用意して、売れたのは70食にとどまりました。

「フロアにカレーの香りを充満させて、一口でも食べてもらえたら、間違いなくもっと売れていたはず」

それでもリピーターが現れたことで、本当に美味しいものは支持される感触を得たといいます。


ちなみに「大阪極カレー」の調理過程は企業秘密ですが、隠し味を教えてくださいました。

「先代が店のメニューで出す欧風カレーに、少量の醤油を加えていました。醤油を加えることで、日本人にはどことなく馴染みのある風味になります。大阪極カレーにも、醤油をほんの少量入れています」



試食を用意していただいた大阪極カレー。舌にピリッと来る後入れ用特製スパイスあり(右)とノーマル(左・小皿)の2種類。 



ところで「洋食ヨコオ」ってどんなお店?

横尾さんが営むお店は、1971年創業の洋食レストランです。現オーナーの横尾淳さんは先代オーナーで創業者の長男で、子供のころから父親の後を継ぐものと思っていたそうです。

「高校を卒業してから、よそのお店に住み込みで働きました」

父が営むお店で修業を始めたのは、20歳を過ぎてからでした。親の元でいよいよ厳しく仕込まれたのかと思いきや、そんなことはなかったといいます。

「先代は『好きなことをやれ』という方針でしたね。その代わり、責任も自分で取れということです」


- 横尾さんは、どんなお店づくりを目指したのでしょうか?

「子供の頃の話になりますが、私の実家がレストランをやっていることを、学校の友達はみんな知っています。『美味しいもの食べられていいな』と羨ましがられました」

たしかに、美味しいものは食べてきましたが、家族そろって食卓を囲んだことはほとんどありません。そのような経験から「家族が楽しめる場所が必要」と考えました。



「洋食ヨコオ」の店内 


「会話が楽しく、行きやすいレストランにしたいという目標がありました」

先代が、堅苦しくなく、また家族という枠にこだわることもなく、常連さんが「いつもの、頼むわ」といったら、シェフがすべて承知している店づくりをしているのを間近に見ていました。


コロナ禍を機に先代が引退し、横尾さんは正式に2代目オーナーとなりました。お店の近くにホテルがオープンしたことと、コロナ禍がようやく落ち着きをみせ、ファミリー層に加えて遠方からのお客さんも訪れるようになりました。

「あきらかにご近所に住んでいる方ではなく、話す言葉も大阪弁ではないお客さんが増えました」

それでもお客さんの大半は、先代からのリピーターが多いといいます。もっとも、一見さんもすぐリピーターになるようです。


今後の展望を尋ねると「まずは『今』をしっかりやること。コロナ前みたいに、常に予約で満杯という状態には戻っていないので、そこまで戻すために何をなすべきかに注力したい」とのことでした。 


一方で、やはり「大阪極カレー」も推しています。

「2025年に開催される大阪・関西万博を視野に入れつつ、東京発のレトルトカレーを超えるものをつくりたかった。タイミング的に3年後に万博があって、値段も味もレトルトカレーの限界を超えています。大阪の『ええもん』をふんだんに入れたカレーを『高いなあ』と敬遠するのではなく、関心をもって『おもろいやん』といってもらえたらうれしい」


まずは「大阪極カレー」に興味をもってもらって、大阪にも「ええもん」があることをたくさんの人に知ってもらいたい浪速の商人、横尾さんでした。



■ 洋食ヨコオ


ホームページ

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