大阪の食文化は、昆布なしでは成り立ちません。ところがここ数年、産地の北海道では天然昆布の収穫量が激減して、大阪の昆布業界が大打撃を受けています。それは大阪の昆布文化が衰退することも意味しています。

そんな現状を少しでも食い止め、大阪の昆布文化を発信するために「大阪昆布ミュージアム」をつくったのが、大阪市中央区・空堀(からほり)商店街にある創業119年の老舗「こんぶ土居」の4代目代表取締役・土居純一さんです。


「こんぶ土居」代表取締役・土居純一さん



「大阪名物の昆布」が忘れられている

大阪名物といえば、何をイメージしますか?多くの人は「たこやき」「お好み焼き」などの「粉もん」ではないでしょうか。筆者の記憶では、昭和から平成の初め頃まで大阪の名物といえば「昆布」で、テレビコマーシャルも盛んに流れていました。それが今、収穫量が減り、需要も減って、衰退の一途をたどっています。「昆布が大阪名物であることも、種類ごとに用途が分れていることも、若い世代では多くの方がご存じないでしょうね」と嘆く土居さん。


ひとくちに「昆布」と呼んでいますが、市販されている昆布は、主に真昆布、羅臼昆布、利尻昆布、日高昆布の4種類。真昆布、羅臼昆布、利尻昆布は出汁用、日高昆布は佃煮などに利用されます。


上から真昆布、羅臼昆布、利尻昆布、日高昆布


昆布は、東北の一部を除き、ほとんどが北海道で収穫されます。江戸時代から明治にかけて、日本海側を航行した北前船。関門海峡から瀬戸内海へ入る西廻り航路が開拓されると、北海道産の昆布が大量に「大坂」へ集まりました。その昆布が浪花(なにわ)の食を支え、出汁の文化を育んだのです。

「それ以前にも、若狭湾から琵琶湖を経て、京都、大阪へ陸路で運ぶルートはありました。でも一度に運べる量が限られてしまい、労力も大変です。希少品になるので、一般庶民の口には入らなかったでしょう」

その後、船で大量に運ばれるようになると、庶民にも手が届く食材となり、出汁、佃煮、とろろ昆布などの加工品や昆布を使った料理が発達しました。

「西廻り航路の開拓で、天下の台所と呼ばれた大阪に昆布文化が花開いたのです」

こうして「大阪名物は昆布」といわれるほど昆布文化が根付いてきましたが、昨今は忘れられがちです。


土居さんがクラウドファンディングで支援を募ったり、私財を投じたりして「大阪昆布ミュージアム」をつくったのは「昆布の街・大阪」の歴史や文化を発信する拠点にしたいという熱い想いからでした。


建設工事中・内装に貼る杉板を窓から搬入


ミュージアムをつくると決めたら、即実行に移したといいます。

「長年温めていた構想があって、満を持して動き始めたというのではなく、思い立ったらすぐ行動に移しました。出来あがるまで1年ちょっとでしたね」

階段に貼る段板の油塗装やイベントスペースのために特注した椅子の座面を貼るなど、経費節減のためにDIYで自作した部分も多いそうです。


特注の椅子・写真では見づらいけれど社名のロゴが入っている



4階建てのミュージアムに入ってみると

「大阪昆布ミュージアム」をつくるにあたって、土居さんはもともと自社の倉庫があった場所に4階建てのビルを建てました。その中にミュージアムを開設し、昆布を保管・熟成させる蔵(くら)も備えます。昆布文化を伝える資料館としては大阪初で、あらたにビルまで建てたことから、土居さんの「昆布文化を守りたい」という想いの強さが分かります。


1階玄関を入ると、壁に貼られている杉板の香りが漂ってきました。できたての新しい香りだと分かります。


昆布漁の説明と漁具が展示されている1階


正面突き当たりの壁には、大阪昆布ミュージアムをつくるために、クラウドファンディングで支援をしてくれた人たちの名前が額に入れて掲示されています。


この部屋は、昆布の産地である北海道の昆布漁を紹介するスペースになっていて、昆布漁師さんが実際に使っていた漁具が展示されています。海底に生えている昆布を船の上から探す「箱めがね」、海底に差し込んで昆布を絡めとる「マッカ」、マッカを使わずに昆布を刈り取る「鎌」、船を操る「櫂(かい)」など、土居さんが漁師さんから譲り受けたものです。 


壁には、海底に生えている天然昆布や昆布漁の様子がパネルで紹介されているほか、反対側の壁には大漁旗が飾られていました。


北海道南かやべ漁業協同組合から贈られた大漁旗


「これは北海道南かやべ漁協の川汲(かっくみ)支所から先代に贈られた旗です」

先代社長で土居さんの父・成吉さんが30年間にわたって真昆布の産地を訪問し、昆布の価値をアピールし続けたことに対する感謝の印として贈られたのだそうです。

「大漁旗は本来、漁船を新造したときに仲間の漁師から贈られるものです。大阪の昆布屋に贈られたのは、先代が昆布漁師さんたちから仲間として認められた証しなのです」

2004年からは土居さんも産地を毎年訪れて、昆布漁を手伝ったり漁師さんたちとの親交を深めたりしています。 壁に飾ってある大漁旗は大きく見えますが、これでも一般的なサイズの4分の1だそうです。

「本来の大きさだと飾れる場所がないので、この大きさにしてもらいました」


そして1階の展示スペースでひときわ目を引くのが、床のショーケースに収められた巨大な真昆布です。通常ここまで大きく育つのは珍しいそうで、長さは4メートルもあります。


4メートルに育った真昆布


2階は公開していないとのことで、エレベーターで4階のイベントスペースへ上がります。そこには長さ3メートルほどある楠の一枚板を使ったテーブルが置かれ、社名ロゴが入った特注の木製椅子が10脚用意されています。今後、昆布を使った料理教室や出汁のとり方講習ほか、ワークショップやセミナーなどに使いたいとのこと。


4階のイベントスペース


壁の本棚に目をやると、漫画「美味しんぼ」の単行本がズラリと並んでいます。じつは「こんぶ土居」は、過去に2度「美味しんぼ」に登場しているのです。原作者の雁屋哲さんが自ら取材に訪れたそうです。


「こんぶ土居」が登場したことがある「美味しんぼ」



昆布は大阪で熟成させておいしくなる

3階は「熟成庫」になっていて、天然昆布と養殖昆布が保管・熟成されています。筆者は不勉強で、昆布を熟成させてから市場へ出すことは、このときが初耳でした。市販されている昆布の多くは熟成されていないそうですが「こんぶ土居」では熟成させてから販売しているのだそうです。「とれたての昆布は、おいしくありません」と、土居さんはいいます。


3階は熟成庫


大阪の昆布屋さんでは、昔から「昆布は梅雨を越えてから」といわれています。夏場に北海道で収穫された昆布は、秋口に大阪に着きます。そこから冬と春、さらに梅雨を越えた時季においしくなっているというのです。

「梅雨の時季にいちど湿気を吸い、夏が来たら吐き出します。そのとき、昆布の質がガラリと変わっています。昆布にどんな変化が起こっているのか、じつは未だに解明されていないのです」

旨味の成分であるグルタミン酸の量は、熟成後も変わらないそうです。

「2004年に初めて北海道へ行ったとき、収穫したての昆布を食べてみました。大阪で食べる同じ昆布とは思えないほど、おいしくなかった」


土居さんも、実験をやってみました。

「エアコンを入れて、温度と湿度を一定に保ちます。でもそれは熟成ではなく、ただの保管ですよね。品質を保つことはできますが、熟成になっていない」

では温度管理をしないで放っておけばいいかというと、そうでもないといいます。

「環境が悪かったら、昆布は劣化してしまいます。昆布にとって良い環境とは、狭いところに密集して入れることです」


奥に天然昆布、手前に養殖昆布が保管・熟成されている


今は段ボールケースが使われていますが、段ボールがない時代には稲わらで編んだ「むしろ」が使われていました。

「稲わらがもつ吸放湿の作用で、昆布が良い状態に保たれていたのでしょう」

その名残として、大阪昆布ミュージアムでも「むしろ」を敷いた上に昆布を積み上げています。

「初めは熟成させようと意図したのではなく、たんに保管だったのでしょう。江戸時代はエアコンがありませんから、温度管理をしたくてもできません。必然的に高温多湿な環境になったのが結果的によかったのかも」



昆布の価値に関して理解を深めてほしい 

熟成庫に積み上げられている段ボールケースは、大きさによって8kg・10kg・15kgの昆布が入っています。側面には「川汲」や「尾札部(おさつべ)」など産地とともに「養」や「促」といった表示があります。「養」は2年間養殖された昆布、「促」は1年間養殖された昆布を意味し、天然ものには表示がありません。


2016年に収穫された天然の真昆布


じつは今「天然真昆布」がほとんど収穫できなくなっているのだそうです。養殖昆布も本来なら2年間育てるのを、天然昆布の不足を補うために1年で収穫されてしまうといいます。そのため1年物は「促成」の「促」と表示されるわけです。

「本当に危機的な状況にあります」

土居さんが毎年訪れる北海道南かやべ漁協によると、今年の「天然真昆布」の収穫量予測は、ほとんどの浜で「ほぼゼロ」だそうです。利尻昆布、日高昆布、羅臼昆布は、真昆布ほど深刻ではありませんが、減少傾向にあるとのこと。真昆布と同じ状況に陥るのは、時間の問題かもしれません。


「養」の表示は2年養殖を表す


「海の環境が悪くなっています。グローバルな要因は、温暖化で海水温が上がっていることですが、ローカルな要因もあります」

その一例が、防潮堤を設置したり護岸工事を施したりして、砂浜が減ったことだといいます。

「なぜそこに砂浜があるかというと、山から川砂が運ばれてくるからです。そのエリアに特有の潮流があって、最終的に溜まるところが砂浜ですよね。そこをコンクリートで固めてしまうと、砂の行き場がなくなって海底に堆積しますから、昆布の着生に問題が出てくるわけです。また、川水が運ぶ栄養塩の供給にも問題が出ていることが想像されます」

人の安全を守るためにつくられたものが昆布の生育を邪魔しているという、悩ましい問題があるようです。


「促」の表示は1年養殖を表す


私たち消費者から見て、昆布の収穫量が減っている印象は薄いかもしれません。それは養殖昆布が安定して供給されていることと併せて、そもそも家庭で昆布から出汁をとったり食材として料理に使ったりすることが少なくなっているため、需要が落ち込んでいることも大きな要因だといいます。


土居さんは「昆布業界は典型的な斜陽産業」といいますが、昆布文化の復興を諦めたわけではありません。

「小さな資料館ですが、大阪と昆布との関わりの歴史や食文化に至るまでご理解いただけるかと思います」


大阪・空堀商店街にある「こんぶ土居」


始まったばかりの大阪昆布ミュージアム。昆布に関する真の価値について理解を深める場にしたいというのが、土居さんの切なる想いです。

施設は完成していますが、どのような体制で運営するか、スタッフの配置をどうするかなど、取材時点ではまだ固まっていないため、見学を希望する人は電話で問い合わせてほしいとのことでした。



■ 大阪昆布ミュージアム


住所

〒542-0012

大阪府大阪市中央区谷町7-6-6


お問い合わせ

こんぶ土居

06-6761-3914



・ こんぶ土居


ホームページ

https://www.konbudoi.jp


住所

〒542-0012

大阪市中央区谷町7-6-38


電話番号

06-6761-3914


営業時間

9:30-18:00


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日曜・祝日

年末年始とお盆


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