下水から海へ流出するプラスチックゴミの約8割は、私たちが営む日々の生活から排出されています。それがマイクロプラスチックとなって魚の体内に取り込まれ、魚を食べる人間の体内にも取り込まれる負の連鎖が起こる。そんな事実を知って憤慨した森川誠榮さんが1人ではじめた清掃活動は、やがて仲間ができて「クリーンアップレンジャーズ」の活動へと発展しました。
ストローが鼻に刺さったウミガメの痛々しい姿を観て一念発起
森川さんがプラスチックゴミを意識するようになったのは、YouTubeでたまたま観た動画でした。
「鼻にストローが刺さったウミガメを海から引き揚げて、ストローを抜いてあげようとしていました。人間が捨てたストローが、何かの拍子に刺さってしまったのでしょうね。ペンチのような道具を使って引き抜こうとしているのですが、よほど深く刺さっているみたいでなかなか抜けません。ウミガメの鼻から真っ赤な血がしたたり落ちて、痛々しい映像でした」
それがきっかけでプラスチックゴミに関心をもち、WEBや書籍などで調べ始めたといいます。
「プラスチックは自然界に存在しませんから、海へ流出させているのは人間の仕業なのです」
さらに調べを進めていくと、日本財団がWEBで公開している日本財団ジャーナルの記事に〈海へ流出するプラスチックゴミの8割が、人間が出す生活ゴミ〉という記述をみつけ、プラスチックゴミの中でもとくにマイクロプラスチックが曲者だと知ったそうです。
参考:日本財団ジャーナル
https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2020/43293
5㎜以下の微細なプラスチック粒子を、マイクロプラスチックといいます。私たちの生活から排出されたプラスチックが、自然環境の中で小さな破片になって海へ流れ込み、魚がエサと間違えて食べてしまいます。海洋プラスチックゴミは現在、日本のみならず世界中で問題視されていて、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の14番目「海の豊かさを守ろう」にも掲げられています。
参考:外務省HP・持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html
プラスチックゴミは、目に見えないほど微細な粒子になっても完全に自然分解されるまでに何十年もかかり、その間ずっと海を漂い続けます。もちろん、原形のまま漂うプラスチックゴミも問題で、海洋生物が誤って飲み込んでしまったり、前述したウミガメのように危険な目に遭ったりします。 「これは、なんとかしないと……」
人が捨てたゴミは人が始末しなければいけない
一念発起した森川さんは、4年前ほどから淀川河川敷の清掃を始めました。
「なんで淀川かというと、職場から近かったからです。せめて身近なところから始めようと思いました」
ひと口に淀川河川敷といっても、長大な範囲に及びます。森川さんが清掃範囲と決めたのは、河川公園が広がる太子橋地区と呼ばれるエリアでした。はじめは、たった1人で始めたといいます。
「近いといっても、歩いたらけっこうな距離です。拾ったゴミは持ち帰らないといけないから、一度に拾えるのは45リットルのゴミ袋にひとつ分かふたつ分でした」
これでは埒が明かないと思い、ご近所に「手伝ってくれない?」と声をかけました。趣旨を説明し、3年前からはクリーンアップレンジャーズとして、毎月第2土曜の午前9時30分から11時までと決めて活動しています。
街のゴミを減らせば海へ流出するゴミも減る
それでも、拾ったゴミを持ち帰らないといけない事情は変わりません。
「45リットルの袋にいっぱいつめて、1人で2袋を持って帰るのが精いっぱい。当然、持てる分しか拾えないわけです。それを職場へ持ち帰って分別し、業者さんに回収してもらっていました」
プラスチックゴミを減らそうと始めた清掃活動ですが、上流から次々に漂着するペットボトルが、無限に続くのかと思い心が折れそうになることもあったといいます。
河川敷に流れ着いたり不法投棄されたりするプラスチックゴミ
「ペットボトルだけではありません。スーパーの食品トレイやショッピングカート、ラジカセ、家電製品、バイクのヘルメット、バイクそのもの、粒がバラバラになった発泡スチロールなどのほか、未開封で賞味期限まで半年もある人参ジュースが、なぜか30本まとめて放置されていたこともあります」
とりわけ悪質なケースでは、河川敷で禁止されているバーベキューをしたあと、道具類がそのまま放置されていたこともあるそうです。
「コンロも食材も残った炭も、そのまんま置いてあるのです。ここでたった今までバーベキューをやっていたみたいな状況で放置してありました。中には1人ぐらい『片付けようよ』と思った人がいたかもしれない。でも周りの空気を読んでしまい、言い出せないのでしょう」
放置されたバーベキューセット
残った炭は次にバーベキューをするときに使えます。コンロやシートは繰り返し使えますし、ゴミは分別すれば資源として再利用できます。つまり〈Reduce⇒ごみを減らす〉、〈Reuse⇒繰り返し使う〉、〈Recycle⇒資源として再利用する〉の〈3R〉を意識すれば、このような行為はできないはずです。
森川さんたちが清掃しているエリアには川の流れが滞留するポイントがあって、そこへ大量のゴミが流れ着いて溜まっています。1人2袋ずつ持ち帰っても、残さざるを得ないゴミのほうが多すぎました。
「もっと効率よくゴミを処理できないだろうか。持ち帰らずに済めば、もっとたくさんのゴミを拾える」
そう考えた森川さんは、淀川を管理する国土交通省の淀川河川事務所に相談しました。河川事務所では毎週月曜日に、河川敷を車でパトロールしています。相談の結果、「月に1回だけということなら、そこに置いといてくれたらいいですよ」と、河川事務所がゴミを回収してくれることになりました。
「これで持ち帰りを気にせず、拾い放題になりました」
清掃活動で集められたゴミと不法投棄されていた自転車
ただしこれは、森川さんが河川事務所と直接相談した結果です。誰でも河川敷にゴミを投げておいたら回収してくれるという話ではないので、誤解のないように願います。
側溝へ捨てられた吸い殻は海へ流れていってしまう
川へ流出するプラスチックゴミや河川敷に不法投棄されるゴミに加えて、森川さんはタバコのポイ捨てにも憤りを感じているといいます。
「側溝や排水溝へ捨てたら見えなくなるし、火が消えるから罪悪感が薄れるのでしょうか。あるいは、悪いことと知りながら証拠隠滅のつもりなのか」
路上で歩きタバコをしている1人1人に注意をしてまわることは、物理的に無理でしょう。ならば「どうせポイ捨てするのであれば、路上に捨ててほしい。そのほうが拾いやすい」と森川さんはいいます。
それでも雨や風で排水溝まで流されてしまいますが、はじめから排水溝へ捨てられるより回収率は上がるでしょう。
側溝へ投げ捨てられたタバコの吸い殻
「梅田の商店街で早朝に90分ほど清掃活動をやると、タバコの吸い殻だけでもすぐに1000本くらい集まります。いくら拾ってもキリがありません。でも、やらないわけにはいかないのです」
タバコのフィルターは合成樹脂ですから、海へ流れ出してしまうとマイクロプラスチックと同じく、長い年月にわたって漂い続けるそうです。
「排水溝へ流れた吸い殻は、下水道を通って下水処理場で処理されるんじゃないのと思うでしょ?」
日本の下水処理技術は世界的に見ても優れていますが、排水のすべてが処理施設へ流れていくわけではないそうです。
「下水道には、汚水と雨水が同じ管を流れる〈合流式〉と、別々の管を流れる〈分流式〉があります。分流式は川や海へ直接放流されます。だから吸い殻が分流式の下水道へ流れ込んだら、そのまま海へいってしまうわけです」
また合流式の下水道でも、雨量が多いときは市街地を浸水から守るため、溢れた水が川へ流れる仕組みになっています。
今では遠くから清掃活動に参加してくれる人が増えた
クリーンアップレンジャーズは、もともと商店街のメンバーに声をかけて始まった活動で、固定のメンバーはいないといいます。
「清掃活動に参加するもしないも自由です。河川敷へ行ってみたら、僕1人しかいないときもありますよ」
ゴミ拾いや環境活動を検索できる〈BLUE SHIP〉というWEBサイトで「○月○日にゴミ拾いをやります」と告知するようになってからは、大阪市内の他区、豊中市、吹田市、あるいは京都からも参加してくれる人が現れたそうです。
「毎回、初めてお会いする人がおられます」
清掃作業は安全が最優先で、無理をしないことが原則とのこと。
「淀川の河川敷は水際まで降りることができるのですが、ここ数カ月間は増水していて、降りていきづらい場所があります。ゴミが見えているのに拾えないのは悔しいですよ」
そんなことがあるかと思えば、河川敷に群生している葦(あし)の中へ投げ込まれているゴミもあるそうです。
胴長靴を着けてゴミを回収する森川さん
「外から見えにくいから、わざわざ投げ込んであるのです。悪質ですよね」
それでも森川さんは、葦をかき分けて入って行ける場所なら拾いに行くといいます。淀川の河川敷では、地区ごとに申し合わせたわけではなく、クリーンアップレンジャーズのほかにも、清掃ボランティアをしている個人やグループがいくつかあるようです。
「いわゆる“こっち側”だけじゃなく、対岸でも同じように清掃活動を行っている人たちがいますよ」
森川さんにとってボランティアで清掃活動をし続ける意味とは?
「当初から応援してくれる人たちもいましたが、一方で『無駄やからやめとき』と忠告してくる人もいました。でも、川や街の清掃は無駄ではないといいきれます。街を汚さないように気をつけようと、上から目線で他人の意識を変えたいとも思っていません。せめて私たちが実際に川や街で清掃している姿を目にしたとき、何かを感じていただきたいのです」
ときには他の地区へも足を延ばして、子どもや若者に想いが伝わることを期待しながら、森川さんたちは清掃活動を続けています。
最後に余談ながら、環境省が2018年9月に発表した「海洋ごみをめぐる最近の動向」によると、海洋ゴミの65%以上をプラスチックゴミが占めています。
参考:「海洋ごみをめぐる最近の動向」
https://www.env.go.jp/water/marirne_litter/conf/02_02doukou.pdf
また日本財団と日本コカ・コーラが共同事業として行った〈海洋ごみ対策と資源循環を目的とした河川流域調査〉では、海洋ゴミの7〜8割は私たちが住む街から発生しているという報告もあります。
参考:海洋ごみ対策と資源循環を目的とした河川流域調査の報告会
https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/pr/2020/20200221-40860.html
さらに、2016年のダボス会議で環境省大臣官房審議官の早水輝好氏が〈海洋ごみとマイクロプラスチックに関する環境省の取組〉の中で報告した試算によると、プラスチックゴミが海に流出し続けると、2050年には世界中の海に生息している魚の量より海洋プラスチックゴミの量が重たくなるそうです(重量ベースでの試算)。
参考:海洋ごみとマイクロプラスチックに関する環境省の取組
https://www.env.go.jp/water/marine_litter/00_MOE.pdf
このバイクの残骸も川から引き揚げられた
同じ報告の中で、海へ流出しているプラスチックゴミの量が、年間800万トンにもおよぶことが指摘されています。あまりに多すぎて具体的にイメージしづらいですが、たとえば廃プラスチックを満載したダンプカーから、1分おきに1台分のプラスチックゴミを1年間海へ流し続ける感じです。とんでもない量であることが分かります。
飲み終えて空になったペットボトルを、ゴミ箱や回収ボックスに入れるだけで、海へ流出するプラスチックゴミを削減できます。1人1人が意識すれば、そうとうな量のゴミを減らせるはずです。
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・鼻にストローが刺さったウミガメの動画
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