桜、梅、桃の花を愛でるように、梨の花にも魅力があります。「梨の産地に花の文化を根付かせて活気づけたい」。奈良県五條市東阿田町にある「梨の花農園・RIKAEN」を拠点に活動する「大阿太高原梨の花プロジェクト委員会」統括の春名久雄さん(69歳)にお話を伺いました。



マメナシの花  



景観が台無し。梨づくり発祥の地が、今はソーラーパネルだらけに。  

梨は秋の味覚として、日本の食文化に根付いています。

梨の中でもとりわけ甘いといわれる二十世紀梨は、1888年に千葉県松戸市で偶然に発見されました。黒斑病にかかりやすいため栽培が難しい品種でしたが、1900年代の初頭、農学者の奥徳平(おく とくへい・1878~1927)が、枝についている果実にパラフィン袋をかぶせる方法で黒斑病を予防できることを確認しました。奥氏がその技術を普及させた奈良県の大淀町は、近畿地方における梨の一大産地となり、豊水梨、幸水梨、洋梨なども栽培されるようになりました。


ところが、最盛期には100軒を超えた梨農家が、現在ではわずか42軒にまで減っています。梨の価格が上がらない、後継者がいない、息子に継がせることを親が躊躇するなど、様々な要因が絡み合い、梨農家は年々減り続けています。


折しも大淀町では環境対策の一環として、太陽光発電を中心とした再生可能エネルギーを積極的に取り入れる施策を進めています。梨づくりをやめた農地は、なだらかな斜面で日当たりが良いため、ソーラーパネルの設置場所としては申し分ない環境です。あれよあれよという間に、ソーラーパネルが増えていきました。


このような状況を憂慮したのが、大淀町で小学校の校長を務めていた春名久雄さんです。春名さんは、梨の生産地である大淀町に「梨の花」を愛でる文化を根付かせようと、2015年に有志を募って「大阿太高原梨の花プロジェクト委員会」を発足させました。


「梨の価格はここ20年ほど据え置きです。それでも栽培にかかるコストは上がる一方だから、経営的に成り立ちません。若い世代が夢をもって後を継ごうという展望がなく、将来への不安のほうが大きい。この町で135年続く梨づくりを手放したくはないけど、手放さざるを得ない深刻な状況です」



大阿太高原梨の花プロジェクト委員会統括・春名久雄さん  


梨づくりをやめる際は、「やめる」と決めたらすぐに木を伐採してしまわないといけないそうです。木は生きていますから、人が手をかけなくても時季が来たら実をつけます。実は収穫されないまま腐って落ちてしまい、そこから病気が発生して、梨づくりを続けている近隣の畑に迷惑をかけるからです。


「木を切ったあとの土地が、ソーラーパネルの設置に最適なんです。ここ10年ほどで一気に増えました」

ソーラーパネルを設置すると、自然の景観が著しく損なわれてしまいます。春名さんはもともと梨の花を根付かせようとして活動を始めたのですが、これ以上パネルを増やしたくないという想いも動機のひとつだといいます。


余談ながら、遠くない将来に、老朽化した太陽光パネルの大量廃棄が予想されています。そのとき適切な処分先を確保できないことが懸念されるため、政府はパネルの設置を制限する区域を設定したり、パネルの廃棄処分を適切に行う体制をつくったりするなどの対応策を、今年夏までに取りまとめることになりました。(4月19日付NHKニュースから要約)

参照:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220419/k10013588101000.html



教員時代に見た梨畑の風景は、白い絨毯を敷き詰めたように美しかった。

教員時代の春名さんは、自宅がある五條市から勤め先の小学校がある大淀町へ通勤していました。

「春の遠足で、このあたりによく来ていました。ちょうど梨の花が咲く時季です。高台へ上がって見たら、あたり一面に真っ白い花が咲いて白い絨毯を敷き詰めたような光景です。それが見とれるくらい美しかった」


梨農家では、梨の枝を「梨棚」に固定して横へ伸ばします。梨棚とは、人の背丈ぐらいの高さに網の目のように張ったワイヤーで、そこへ枝を固定して上へ伸びないようにしています。



枝を横へ伸ばすためにワイヤーを縦横に張った「梨棚」  


「人の手を加えた美しさだけど、見事だった」


春名さんはその当時から、ある疑問をもっていました。

「梅、桃、桜は花見の文化が根付いているし、それぞれに果実を食べる文化もある。ところが多くの人が梨から思い浮かべるのは、秋に出てくる果実だけでしょ。梨と聞いて、花を思い浮かべる人はいますか?10人いたら10人が、秋にスーパーの店頭に並ぶ果実を思い浮かべるでしょ」

いわれてみれば、梅、桃、桜の花が咲き始めたら春の訪れを感じて「お花見をしようか」という気分になるけれど、梨と聞いて花をイメージする人は少ない。

「梨は桜と同じバラ科です。桜が散った後、バトンタッチするようなタイミングで咲き始めて、見ごろを迎えます。梨の花だけ、なぜか花見の文化がないのです。万葉集にも、果実は出てくるけど花は出てこない」


ならば「梨の花を愛でる文化をつくって根付かせようじゃないか」と考えたのが、梨の花プロジェクト委員会が発足するきっかけでした。


「これから先、梨の果実栽培は衰退する一方です。この地で梨づくりが始まって135年かけて形づくられてきた景観も年々失われつつある。それでも、何かきっかけがあったら再生する可能性があるはず。それは、よそから来た人間の視点だからこそ発想できたことです」


また、春名さんは「奥氏が伝えた方法を連綿と受け継いでいる大淀町は、二十世紀梨の栽培技術では今もトップクラスのはず。それをソーラーパネルで潰していいはずがない」ともいいます。



3年間ひたすら梨の花の魅力を説き続けて、町に条例ができた。  

春名さんらプロジェクトメンバーは、2016年5月、大淀町に隣接する五條市東阿田町にある約1万平方メートルの梨畑を買い取って活動拠点にしました。


「ここで梨をつくっていた人が体調を崩して梨づくりをやめたので、買い取ることにしました。この土地を買うために、20人が資金を出し合いました。その中には、名前は伏せますが著名人もいます。1人何万円、何十万、何百万円など、出せる範囲で出してくれました」


買い取った土地に構えたのが、今の「梨の花農園・RIKAEN」です。RIKAENにはビオトープ、バーベキューハウス、テラス、ドッグラン、ツリーハウスなどがつくられ、カフェも併設されており、誰でも自由に入って見学できます。


この通路を抜けたら1万平米の敷地が広がる  


RIKAENに併設されているcafeあだむる  


二十世紀梨の木も約40本残っていて、秋には実をつけます。ただし、ここで収穫される実は直売のみで、市場へは出荷されていません。

「朝見てまわって、いちばん食べごろの実だけを選んで獲るから美味しいよ」


日本の梨は接ぎ木で栽培されます。接ぎ木の土台になるのがマメナシという品種です。接ぎ木の土台にせずそのまま育てると、豆粒みたいに小さな実をつけますが食用には適さないといいます。春名さん曰く「鳥も食わない」そうですが、真っ白な花を咲かせるので、RIKAENでは観賞用として育てています。



RIKAENの全景  


RIKAENで育てたマメナシは、吉野川に面した国道370号の堤防沿いに街路樹として植えられており、木が成長する約10年後には見ごろを迎えるそうです。ほかの場所にも順次梨の植樹を進めており、これからも増やしていく計画だといいます。



吉野川の堤防・国道370号沿いに植えられているマメナシの街路樹  


「花の魅力をひたすら喋りまくった。文化として梨の花を根付かせたら人が来て、町の活性化に繋がる。花を植えようといいまくった」

出会った人には、花の魅力をひたすら説き続けてきたといいます。それでも当初は、梨の花の価値を高く評価してくれる人は多くはなかったようです。

「あからさまに夢を否定されることはなかったけど、『よっしゃ、明日から手伝うわ』という人も少なかった。梨の実づくりの本場で、梨は花もあると叫んでいる。何かおかしなことを始めよったなぁという感じやなかったかな」


ところが、3年目あたりから様子が変わってきたといいます。

「同じことをいい続けていたら『この人は、本気かもしれない』と思ってくれるようになってきた。役場も真剣に耳を傾けてくれるようになって、町の先進事業モデル認定を受けた」


プロジェクトの発足から3年目、町議会全員一致で「大淀町梨の花条例」が制定され、2018年4月1日に施行されました。条例の前文には、次のように明記されています。

〔 町は、この町花である梨の花をより一層普及させ、町民が梨の花に親しみをもつことで、ふるさと大淀町への愛着と誇りを醸成し、町民及び町が一体となって梨の花によるまちづくりを推進する 〕


これには春名さんの理想と目的が、そのまま反映されているそうです。

「活動を始めて7年目に『梨の花並木路づくり植樹会』をやったときは、ボランティアに交じって役場の職員が大勢参加して汗を流してくれた。有難くて嬉しかった。これで、ようやく未来への種まきができたと思った」

7年目でようやく種まきですから、本当のスタートはこれからだといいます。



とにかく1人でも多くの人に知ってもらうこと。SNSは強力な武器に。  

「文化を根付かせるには多くの人に知ってもらい、関心をもってもらうこと。言葉ではダメ。ここまで足を運んでもらって、実際に目で見てもらうこと。そのためにマルシェをやったり、梨とは無関係のイベントにも場所を提供したり、こっちからもイベントをつくって仕掛けていく」


これまでもバーベキュー、キャンプ、音楽会、映画会、結婚式、農園のライトアップなどできることは何でもやって、来た人たちに梨の花の魅力を語ってきた春名さん。SNSが強力な武器になっているそうです。



屋根付きのBBQサイト  


「ここへ来て梨の花に魅力を感じた人は、SNSで発信してくれる。1人が感動してくれたら10人に伝わる。報道メディアより早く広く伝わっていく。現に『ツイッターで見て来ました』という人がいる。実際に見てもらい感動してもらって、情報発信してもらって、はじめて小さな文化が生まれるんです」



一度だけ使ったことがあるというドラム缶風呂  


子供だけが入れるツリーハウス  


RIKAENを開園した当初は訪れる人がほとんどいなかったそうですが、最近では平日でも「見学させてもらっていいですか」と、何組かの人が訪ねてくるようになったとか。 大阿太高原では、梨の収穫期に梨を買いに訪れる人は多くても、春の花を鑑賞するために訪れる人はほとんどいなかったのです。


「それが今では、梨の花を鑑賞するために、わざわざ遠方から来てくれる人がいます。これまでになかった情景や。それらの人は、梨の実のことも聞いてくる。『大阿太高原の梨の実は美味しいよ』と梨の実も宣伝する。梨の花はきれいですよと100万回唱えても、リアルな発信力には勝てない。実際に見える形にして、多くの人に認知してもらう。吉野といえば桜といわれているように、大淀といえば梨の花といわれるくらいまで、全国的に認知されたらいいな」


春には梨のお花見をして、秋には果実を味わう。そうして梨の花を産業とする文化が根付けば、自ずと人が集まり、町が再生するはず。

「町の商工会も我々の活動に関心を寄せて支援してくれています。梨の実と梨の花がリンクして、生産者が元気になってくれたら嬉しい」


真っ白な梨の花が咲き乱れる光景は、さぞかし美しいでしょう。大淀町を梨の花で埋め尽くしたあとは、全国に梨の並木道が出来ることを春名さんは夢見ています。



■ 梨の花農園 RIKAEN


ホームページ

http://nasinohana.jp/rikaenfo/rikaen.html

  

住所

〒637-0021

奈良県五條市東阿田町217-1

農園エリアは常時開放、入場無料。


大淀町梨の花条例

http://www.town.oyodo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/k437RG00000689.html


RIKAEN周辺の航空写真(ソーラーパネルの設置状況がよく見えます)



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