新潟県十日町市、越後妻有(つまり)地域を拠点とする女子サッカーチーム「FC越後妻有」をご存じでしょうか?今年で設立から7年目を迎えます。所属選手たちはサッカー以外にも、地域を支える貴重な担い手として活躍しています。選手、監督にお話を伺いました。



FC越後妻有とは?

FC越後妻有は、NPO法人「越後妻有里山協働機構」により2015年に創設されました。同機構により2000年から開催されている世界最大級の国際芸術祭「大地の芸術祭」から派生したサッカークラブです。

この十日町市に移住しサッカーに取り組みながら、NPO法人の職員として就労することで、地域の課題である過疎化や農家の後継者不足を解決することも目的とされ、全国からチームメンバーを募りました。


2015年の創設当初、チームは所属選手わずか2名のみでのスタート。当時は同じ地域のクラブチームに混ざる形での練習や試合参加の機会も多かったそうです。そこから少しずつ選手が加わり、一昨年には初めて単独チームとして新潟県リーグを戦い、全勝優勝を成し遂げました。昨年からは、さらに上のカテゴリーとなる北信越2部リーグに出場、今季も同1部昇格を目指します。


県内出身者をはじめ関東・関西・中国地方、九州出身の選手も在籍するFC越後妻有の選手たちは、サッカー選手として日々の練習に打ち込みながら、農業や大地の芸術祭運営にも携わるなど、地域をさまざまな形で支える貴重な「戦力」でもあるのです。



Photo by ホシノミホ


JR十日町駅から車でおよそ30分のところにある「奴奈川キャンパス」。2014年に閉校となった旧奴奈川小学校校舎の3階にある体育館でFC越後妻有の練習が行われていました。取材当日、周囲は雪で覆われていましたが、敷地内には芝生のグラウンドもあり、夏場の練習は屋外でも行われています。


練習中の体育館内は活気にあふれていました。選手の皆さん全員がはつらつとし、コミュニケーションの声が響き渡ります。この日は選手9人が参加し、パス交換やミニゲーム、トラップやシュートの練習などが行われ、常に明るい雰囲気に包まれていたことが印象的でした。選手の皆さんは、午前中にチームの練習を行い、午後からそれぞれの職場に向かいます。

練習終了後、貴重なお時間の合間にお2人の選手、そして監督にもお話を伺いました。



お米を育て、届ける喜びと達成感  

『初めて来た時は、山に囲まれている景色や田んぼの多さに驚きました』


そう話すのは、昨年入団の新島汐海選手です。訪れた当初は、それまで住んでいた出身地である神奈川県との環境の違いにも驚いたとのこと。1年が経過した現在、生活面でもまだ慣れない部分が多いそうです。


ポジションはディフェンダ―。1対1の守備を得意とする頼れる存在です。

業務では「農業チーム」の一員として、棚田の維持・管理を担当し、稲刈りや田植えなどお米作りも経験しました。田んぼでの農作業も、最初は『とても大変』だったそうです。しかし、農業を1シーズン過ごすと、別の感情も芽生えたと言います。


『夏は日陰も無く、強い日差しの下で作業しますし、練習の後の業務になるので、体力的にもきついと感じることも少なくありません。だけど、秋には稲刈りや、収穫したお米の出荷作業にも携わるのですが、その時にはお米を皆さんに届けられる喜びなどを強く感じました』


大変さはあったものの、達成感が強いと語ってくれた新島さん。また春からの農作業でも『(農機具などの)機械もまだ触ったことが無いので、できることを増やしていきたい』と頼もしい言葉を聞かせてくれました。



田植え作業を行う選手の皆さん Photo by Yanagi Ayumi  



昨年の農作業の様子  



地域の皆さん、職場の方々への感謝

もう1人、一緒にお話を伺ったのは入団3年目、埼玉県出身の髙橋咲希選手。チームの人数が現在ほど多くない頃より所属しています。ミッドフィールダーとしての自身のプレーの特徴を『泥臭いプレーを意識しています』と説明してくれました。業務では、芸術祭イベントの拠点となる「越後妻有里山近代美術館MonET」に勤務しています。


学生時代よりアートイベント「大地の芸術祭」に何度も足を運んでいたことで、クラブの存在や、土地柄についてもある程度の知識があった髙橋さん。それでも、移住してからの生活では、特に冬の大変さを感じたと言います。


『雪がどれくらい降るかは知ってはいたものの、実際に住んでみると想像以上でした』


日本でも有数の豪雪地帯として知られている十日町市。住み始めたばかりの頃はもちろん、現在も日ごろの雪掻きなど、苦労する部分は多いようです。それでも冬の間、雪と共に生活する中で地域の人たちの「人柄」に触れることができたエピソードを語ってくれました。


『去年、かなり雪が降った日があって、家から車が出せなくなり2時間くらい1人で雪掻きをしていました。その時、見かねた近所の人が総出で手伝ってくれたんです。皆さん当たり前のように手伝ってくれて、この街や地域の人たちの優しさや温かさを実感しました。昔から雪が多い土地だからこそ、街全体が温かかったり、助け合う気持ちを皆さんが持っているんだと感じる出来事でした』


生活面や、日々の活動においても地域、職員の方々への感謝の思いを常に抱いているという髙橋さんは『仕事やサッカーで、皆さんに喜んでもらえるような結果を残したいです』と、来るべき新シーズンを見据えています。



 明るい雰囲気に包まれる体育館での練習風景

  

いちばん身近な人たちに認めてもらえる存在に

FC越後妻有を率いるのは就任2年目になる、元井 淳GM兼監督です。これまで、Jリーグやなでしこリーグなどトップカテゴリーのクラブも指導するなど豊富なキャリアも持ち、就任1年目の昨シーズンは、チームをリーグ3位に導くなどその手腕を発揮しています。シーズン開幕へ向けての意気込みや、チーム作りへの想いも伺いました。


『雪国のチームとして、練習環境などで他のクラブとは違う面も多いです。それでも冬の間、しっかりと技術面や戦術面の向上はできており、また、去年1年間リーグ戦を共に戦ったメンバーが全員残ってくれました。チーム力を積み上げるうえでは、その点が非常に大きいですね』


『試合は始まってみないとわからないのですが』と前置きしながら、選手への信頼や自信に満ちた言葉を聞くことができました。また、カテゴリー昇格を目指し活動する上で、冬の間体育館での練習が続くことについても、元井監督はチームが成長できることへの「チャレンジ」と位置付けます。


『選手は自分自身と向き合って、純粋に練習に取り組み、サッカーを楽しんでいます。楽しみながら着実に向上しており、それは素晴らしいことだと感じています。彼女たちとともにこのクラブの未来を作っていきたいし、この地域の「御用聞き」のような存在になれたらと思っています』


ゴールキーパーとの1対1の練習


自身も1年前に県外よりこの土地に移り、選手とともに活動してきた元井監督。「スポーツを通して社会課題をクリアする」というクラブの指針に共感したこともあり、就任を決断しました。そしてFC越後妻有に身を置く中で、試合の結果と共にもう1つ、追い求めていることがあると言います。


『試合での「勝ち」というのはもちろん重要ではありますが、それ以外の部分でもさまざまな「価値」をこの地域に創っていくことを目指しています。結果にこだわるばかりではなく、1番身近な人たちに認めてもらえるように、私たちのありのままをみてもらいたい、地域の皆さんが喜んでくれて応援してもらえるような存在になっていきたいですね』


昨年、監督就任前に訪れた現地視察では、土地の風土に触れ『来る前は不安もあったけど、来てみたらワクワクした』そうです。就任2シーズン目の今季、選手とともに成長したいとも語る元井淳GM兼監督が、チームにどんなベクトルを示してくれるか非常に楽しみです。



練習を指導する元井淳GM兼監督(左から3人目)



2022年シーズン開幕、今年は芸術祭イベント開催も

チームは、4月9日に2022年シーズンの開幕戦、そして5月21日にはホームでの初戦を迎えます。選手、監督にとって1部リーグ昇格を目指す新たな戦いが始まります。

さらに業務では、「越後妻有 大地の芸術祭 2022」が4月29日より11月13日まで、145日間にわたり開催され、選手のみなさんもさまざまな形で携わります。もちろん、農作業も本格的に始まるなど、春の訪れとともにFC越後妻有メンバーの活躍の場が、さらに広がっていくことは言うまでもありません。


またFC越後妻有の各種SNSでも、日頃よりさまざまな情報が発信されており、地域の様子なども知ることができます。春からもチームの活動状況の他、農作業の風景など選手一人ひとりの豊かな表情が伝えられることでしょう(取材当日の練習の最後にも選手たちによる、大地の芸術祭のPR用動画の撮影が行われていました)。



練習後、体育館ステージ上で撮影 (前列、1番左が新島さん 中央が髙橋さん)


最後に、今回お話を伺った髙橋さん、新島さんのお2人にFC越後妻有への想い、現在のチームがどのように映っているか、聞いてみました。3年間をこのチームで過ごした髙橋さんは、地域や職員の方々と歩んできたこれまでを振り返り、語ってくれました。


『これまでサッカーだけでなく、地域の方々や職員の皆さんと一緒に過ごし、農業や芸術祭の活動などに携わってきました。だからこそ、県外からの選手が殆どの私たちのチームが受け入れてもらえたんだと感じています。チームの発足から、サッカーと仕事の両方で、皆さんに支えていただきながら積み上げてきた形が、現在の私たちの姿だと捉えています』


そして新島さんは、1年間、新しい環境でさまざまな経験をしてきたことで、チームとしての強い繋がりを実感したと言います。


『このチームは仲が良いチームだと感じています。それは単にじゃれ合うのではなく、一人ひとりが社会人として集まってきて、きちんと切り替えを行えるということで、さらに団結できているのではないでしょうか。サッカーと仕事、両方でのチームメイトだからこそ、これだけまとまることができる、本当に仲のいいチームだと思っています』


「農業×サッカー」という旗印のもと、全国でも類を見ない活動に邁進する農業実業団チーム、FC越後妻有。選手の皆さんは2022年シーズンも、地域に元気と活力を届けていきます。



Photo by ホシノミホ



■ FC越後妻有


Twitter

@fcechigotsumari


Facebook

@FCECHIGOTSUMARI 


Instagram

@fc.echigotsumari



関連記事