コンピューター専門学校を出た後、システムエンジニアとして就職したものの「やっぱり何かが違う」という感覚を拭えなかった福本大二さん。「自分が歩むべき道はスイーツだ」と、チーズケーキを探求し続ける日々について聞きました。
1階がソラアオで2階より上が和菓子会社
夢をかなえてシステムエンジニアになったけれど違和感が拭えない
東映太秦映画村から徒歩で15分ほど離れた閑静な住宅街。とある和菓子会社の1階にある厨房をまるごと借りて、福本さん夫婦と数人のスタッフがチーズケーキを焼いています。
「まさか、こんなところでチーズケーキを焼いているとは思わないでしょう」
福本さんの営業スタイルは店舗を構えず、ネット通販と卸のみの販売です。今でこそ知る人ぞ知るパティシエで、最高で2年待ちのお客さんがいるくらいの人気を獲得していますが、初めからスイーツの世界を目指したわけではなかったそうです。
「中学生のときに『将来はコンピューター関連の仕事に就きたい』と思って、商業高校の情報処理科へ進学しました」
ところが入学してみると、同級生たちのレベルが高すぎて面食らったといいます。
「上には上がいるものだと思いました。勉強としては身についたと思うけど、楽しくはなかったですね」
それでも夢をかなえるため、高校卒業後はコンピューター専門学校へ進みました。3年間学んで卒業し、晴れてシステムエンジニア(SE)として就職を果たします。
「営業の横についていって顧客にシステムの仕様を説明したり、プログラマーとの調整役をやったりして、実態は何でも屋でした」
SEとして3年間務めましたが、意識の片隅にはいつも「何かが違う」という違和感を覚えていたといいます。
日中はイタリアンカフェで働いて夜は製菓の専門学校へ
「じつは、スイーツの世界へ転身することは、いつも頭の片隅にありました。転身というより、自分の中では『戻る』という感覚でしたが……」
福本さんは子供の頃から、料理とお菓子づくりが好きだったそうです。両親が共働きだったこともあって、趣味と必要からキッチンにはよく立っていたといいます。
また高校からコンピューター専門学校にかけて6年間、ファストフード店でアルバイトをしていました。
「自分がつくったものを食べたお客さんから、おいしいと言ってもらえることが楽しかったです」
やがて上司の信頼を得た福本さんは、アルバイトでありながらお店のマネージャー業務を任せられるようになります。
「アルバイトスタッフの管理とか店舗の運営全般ですね。鍵を預かっていて、最後に鍵を閉めて帰るという生活でした。今振り返っても、18~19歳の学生に、よく任せてくれたなと思います」
雇用形態はアルバイトでしたが、準社員並みの待遇で、新卒初任給に近い給料をもらっていたといいます。福本さんは、このときの経験で、調理作業や店舗の切り盛りに楽しさを見出しました。
「石の上にも3年で、SEを3年やってみて、それ以上続ける気持ちが無くなっていたらSEを辞めようと思っていました」
そして3年が経ち、24歳になっていた福本さんはSEを辞めて、製菓の専門学校へ入ったのです。
「お菓子は、材料の分量や入れる順番が違っただけで別のものになることがありますから、しっかり習おうと思いました」
こうして昼間は修業を兼ねてイタリアンカフェでアルバイトをしながら、夜は製菓の専門学校へ通う生活が始まりました。お店にはイタリアンのシェフとパティシエがいて、チーズショップも併設されていました。そんな環境が後々、福本さんの商品開発に役立ったといいます。
「いろいろな種類のチーズをいただいて食べる機会が多くて、クリームチーズやマスカルポーネなどのライトなチーズから、ゴルゴンゾーラのようなヘビーなチーズまでいろいろなチーズを試しました。日本で入手できる、ほぼ全種類のチーズを食べたかも。チーズを極めるには、最高の環境でした」
自分のカフェをオープンしチーズケーキが人気になる
2010年、リーマンショックのあおりを受けて修行していたイタリアンカフェが閉店することになりました。退職を余儀なくされた福本さんが次に移ったお店は、ベーカリーレストランでした。
「基本はパン屋なんですけど、30席くらいの客席があって、モーニング、ランチ、ディナーの営業もしていました」
そのお店に製菓の担当で入りましたが、勤め始めて1年も経たないとき事件が起こります。
「シェフが飛んだのです。突然、今日から出勤しないと店主から告げられました」
こうしたことは、飲食業界では珍しくないといいます。
「業界あるあるですね(笑)」
福本さんは、イタリアンカフェに勤めている間に、調理師免許を取得していました。
「そういうわけで、シェフが飛んだその日から料理長になりました」
いささか乱暴な人事ですが、やらざるを得ない状況だったのです。
ベーカリーレストランで3年半勤めた2015年4月、福本さんは京都市内の西大路御池(にしおおじおいけ)に自分のお店「ソラアオcafe」を開業しました。
「地下鉄の駅から近くて、大通りに面した立地のいいところでした」
店名の「ソラアオ」とは、お子さんが奥さんのお腹の中にいたときの「胎児名」だそうです。
「お腹にいる子をニックネームで呼ぶお母さんが多いらしくて……」
生まれてきた子供が男の子なら「ソラ君」、女の子なら「アオちゃん」という名前を付けたかったので、性別がまだ分からないときに両方合わせて『ソラアオちゃん』と呼んでいました。
「実際に生まれた子が女の子なので『アオイ』と名づけました。2番目も女の子で『ソラちゃん』だとちょっと違うなという気がして『イオリ』と名づけました」
そのせいか、2番目の娘さんはよく「(お店の名前に)あたしの名前が入ってない」とジェラシーを抱くのだとか。
お子さんの胎児名を店名につけた「ソラアオcafe」では、自家製のチーズケーキが人気メニューになりました。あまりのおいしさに、お客さんから「テイクアウトできないの?」と要望されるほどだったといいます。しかし、お店でつくれる個数には限りがありました。
佐々木酒造を皮切りに京都産の素材とのコラボが始まる
福本さんが京都産の素材を使ってチーズケーキをつくりはじめたのは、「ソラアオcafe」を営んでいるときでした。
「京都に特化しつつ『とがったもの』をと考えたときに、佐々木酒造さんの日本酒を使ってみようと思いました」
京都洛中に現存する唯一の蔵元である佐々木酒造は俳優・佐々木蔵之介さんの実家で、弟さんが代を引き継いで経営しておられます。
「ダメもとで商工会議所にお願いしたら、社長とお会いできることになりました」
日本酒と酒粕を使ったサンプルと、お店で出しているプレーンタイプのチーズケーキを持参して、食べ比べてもらったそうです。
「プレーンはおいしいと言ってもらえましたが、サンプルのほうは『酒粕と日本酒を入れたことで、かえってマイナスになっている』と厳しい評価をいただきました」
しかし社長は、そのまま突き放す人ではありませんでした。
「純米大吟醸・聚楽第の酒粕を使ってチーズケーキをつくってみてくれないか」と提案してくれたのです。何度も佐々木酒造へ足を運び、試食とダメ出しを繰り返した末に、初のコラボ商品「日本酒チーズケーキ」が完成。やがてJR京都駅にあるキヨスクの2店舗に、チーズケーキを毎日卸すことになりました。
「そうなると、カフェをやりながら卸し用のケーキもつくるのが、作業スペースが狭いこともあって物理的に難しいわけです」
悩んだ末、福本さんはカフェ業務をやめて、チーズケーキの通販と卸に専念することを決断しました。それから約1年は、カフェの厨房でチーズケーキを製造していましたが、つくる量がだんだん増えてくるにつれて、どうしても手狭になっていきました。
「そんなときに、和菓子を製造販売している会社の厨房が空くという情報を得ました」
店舗営業をしないので場所にこだわらなくてよいのが幸いし、カフェと比べたら約2倍の作業スペースを確保できました。
カフェが手狭になり和菓子会社の厨房へ移転した
夏みかんを探しに行ったのに落花生を持って帰ってきた
佐々木酒造とのコラボがきっかけになり、チョコレートの「Dari K」や宇治茶の「祇園辻利」など、京都に本拠を置く有名企業とのコラボが実現していきました。
そんな中、福本さんは農家とのコラボも考え始めます。福本さんの祖父母は、兵庫県で専業農家を営んでいました。毎年秋にはコシヒカリ、その他旬の野菜を送ってくださったそうです。
「祖母が亡くなってから、コシヒカリが食べられなくなりました」
スーパーで買ったコシヒカリは、あきらかに味が違ったといいます。
「そのときに気づいたのです。祖父母は、品質が最高のものを送ってくれていたんですね。おいしいものが当たり前という味覚の基準が知らず知らずに鍛えられていたようで、それが今の商品開発に活かされていると思います」
2021年10月、福本さんは、良質の夏みかんを栽培している農家があるという情報を得て、舞鶴を訪れました。ところが10月は夏みかんの時季ではありませんでした。しかし、農場の主人からある落花生を「これ食べてみてよ」と勧められます。
「見た目は塩煎りされた落花生でしたが、その味の濃さと風味に感動しました」
それは舞鶴地方でわずか2軒の農家でしか栽培されていない、幻の落花生といわれる「神崎落花生」でした。海辺に近い砂地で栽培するため、種子に栄養分を蓄えようとして味の濃い落花生になるのだそうです。
京都神崎落花生チーズケーキ
「これでチーズケーキをつくらせてください。コラボさせてください!」
ひとまず少量分けてもらった神崎落花生を持ち帰り、薄皮ごとローストしてピーナツバターをつくりました。それを生地に練りこみ、食感の変化を楽しめるように、ローストした神崎落花生を細かく刻んで上に乗せ、何度か試作を繰り返して「京都神崎落花生チーズケーキ」が完成。
「これは舞鶴市で、ふるさと納税の返礼品に採用されました」
15年間以上研究し続けてきたチーズケーキ「まだ完成じゃない」
チーズケーキの種類は大きく分けて、湯せんで蒸し焼きにする「スフレ」、しっかりきつね色になるまで焼き上げる「ベイクド」、冷製の「レア」があります。福本さんが追及しているのは、スフレとベイクドの中間的な食感だといいます。そのため、トータルで30分の焼き時間に、4回も温度を変えるのだそうです。
「たとえば初めは170度で蒸気100%、そこから100度で蒸気40%という感じ」
また、ケーキのバリエーションによって、温度設定がすべて異なります。
「落花生は、温度を若干低めにします。抹茶は、温度を高くすると緑色が飛んでしまってくすんだ茶色になるから、温度を下げて時間を長めに設定します」
京都宇治抹茶チーズケーキ
とくに抹茶は、コラボしている祇園辻利から「抹茶以外の材料を使わないでください」と要望されているため、最適な温度帯と時間を見つけるまで何十回もの試行錯誤を重ねたといいます。
「お茶の緑色を残す温度調整が難しいです」
さらにプレーンタイプは、趣味でお菓子づくりをしていた頃から15年間以上も研究を重ねていて、未だに納得していないとのこと。
「まだまだ進化します」
京都プレミアムチーズケーキ
チーズケーキで京都を繋ぎたい
福本さんは、チーズケーキに京都産の素材をうまく取り入れて、世の中へ発信したいと考えています。佐々木酒造の酒粕や神崎落花生のほかにも「Dari K」のチョコレート、宇治ベリーファームのイチゴ「紅ほっぺ」、亀山で栽培されているバナナ「はんなりバナナ」など。
京都プレミアム苺チーズケーキ
京都 Dari K チョコチーズケーキ
「農家さんはおいしいものにこだわって作物をつくられているけれど、情報発信がうまくできていない印象があります。チーズケーキとコラボすることで、農家さんが生産したものの価値を世の中に発信できないかと思っています」
その中のひとつ、綾部地方で獲れる和栗「栗峰(りほう)」は、福本さんによると年間収穫量が約800kgという超希少種だそうで、栗峰を使ったチーズケーキ限定1000個をネット販売したところ、たった7分で完売したといいます。
希少な京都丹波和栗「栗峰」チーズケーキ
「買えなかったお客さんには来シーズンまでお待ちいただくのですが、去年で2年待ちという方がおられたので、今年はもっと伸びるかも」
昨年は栗峰が不作で、500kgほどしか収穫されませんでした。福本さんは農家に対して「値上げしてください」と申し出たそうです。ただでさえ収穫量が少ないため、飲食業界では取り合いになっています。「金を出すから分けてくれ」というのではなく、不作で収入が減るであろう農家を気遣ってのことなのです。「値下げ交渉もしたことがありません」という福本さん。生産者を大事にして丁寧なお付き合いをしてきたから、不作の年でもその大半を分けてもらえたそうです。
そこまで素材にこだわり、丁寧につくったチーズケーキの値段は、さほど高いという印象がありません。
「お客さんから『この値段でやっていけるの?大丈夫なん?』と心配されます」
設備上の事情で一度に6~8個しか焼けないため、製造数を増やすことは難しいそうです。
素材探しは生産者と直接会うこと
大儲けしようとは考えておらず、京都にある良質な素材を届けたい。そんな福本さんは、休日になるとチーズケーキに合う素材を求めて京都じゅうを駆けまわっています。
■ ソラアオ
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