近頃、ジャンルを問わずに耳にする機会が多くなった「SDGs」。SDGsが掲げる17個の目標で「飢餓をなくす」というキーワードがあります。貴重な食料が人々の口に入ることなく捨てられている「フードロス問題」は、世界共通で抱えている問題です。
神奈川県藤沢市にある飲食店「Bistro RIKYU」のオーナー、角田健一さんは「昆虫食」を通じて、フードロス問題の解決に向き合っています。生い立ちや飲食店をはじめるきっかけを交えて、角田さんが取り組んでいる挑戦について詳しくお話を伺いました。
「山あり谷あり」の人生を送り、たどり着いたシェフへの道
角田さんは21歳からの2年間飲食関連の専門学校へ通い、卒業後はアルバイト先の飲食店にそのまま就職。しかし飲食店で働く中、好きで続けていた「あるスポーツ」でプロ選手になろうと、勤めていたお店を退職。飲食業を一度離れます。しかしその挑戦で高い壁にぶつかってしまった角田さんは一念発起、26歳で再び飲食業へ再就職します。神奈川県茅ヶ崎市の酒造会社「熊澤酒造株式会社」のレストラン事業で10年以上シェフを務めていました。
そして、2022年2月、同県の藤沢市でカフェ&ビストロ「Bistro RIKYU」を出店。ご自身で飲食店を立ち上げ、現在に至ります。
高校卒業と同時に祖母の暮らす藤沢に転居
転勤族の家庭に育った角田さんは幼少期から高校時代まで、千葉や名古屋、水戸、横浜など様々な土地で育ちました。
角田さんの暮らす街 神奈川県藤沢市の風景
藤沢との縁が繋がったのは高校を卒業してから。母方の祖母が暮らす藤沢に一家揃って転居し、現在のBistro RIKYUを立ち上げるまでの間、藤沢で暮らしているそうです。
「幼少期、年に1回か2回、藤沢へ家族で帰省する機会があって、江ノ島水族館に行ったり、海へ泳ぎに行ったりしました。水着姿で砂浜を歩き回って楽しんでいましたね。今でも、その時の楽しかった思い出が強く残っています。大人になってから長く飲食業で働いてきて、いつかお店を開くなら地元の藤沢でやりたい、そう考えてきました」
Bistro RIKYUが誕生するきっかけとなったのも、「いつかは飲食店を藤沢で」との目標を達成してみたかったからとのこと。
幼少期の楽しかった思い出と、高校を卒業してから祖母と同居するための転居。2つの要素がきっかけで藤沢との縁が深まり、飲食店を開いてみたい気持ちが強くなっていったそうです。
下北沢のカフェがきっかけで飲食店を志す
居酒屋などでのアルバイトを通じて、飲食業に触れてきた角田さん。当時は「お小遣いを稼ぐために働いている認識でしかなかった」と、飲食業で本格的に働きたい思いはなかったそうです。しかし、20歳の頃、東京の下北沢へ遊びに行った際、偶然立ち寄ったカフェに衝撃を受けます。
「そのカフェがもっている落ち着いた雰囲気、居心地のよさが強く印象に残ったのが飲食店を始めようと思ったきっかけです。私が20歳の頃はおしゃれなカフェが流行していて、東京の各所にお店が点在していた時代でした。当時は漠然とした夢でしかなかったですが、そのカフェがきっかけで飲食店を持ってみたいな、という気持ちになりました」
角田さんが学生の頃は、ちょうど平成のカフェブームがピークを迎えていた時代。アメリカから大手のコーヒーチェーンが日本に進出してきたり、フランスのパリにある名門カフェをモチーフとしたお店が東京に出店し始めたりしたのもこの頃です。
飲食店を持ちたいという想いが芽生え始めたものの、当時はまだ漠然としていたという角田さんでしたが、それでも前に進むべくレストランのシェフとして腕を磨いていきます。
店内の様子 奥様と二人三脚でお店の運営を行っている
飲食関連の専門学校を経てアルバイト先の飲食店へ就職
20歳の時に下北沢で出会ったカフェがきっかけで、飲食業で本格的に働くことに興味を持った角田さん。しかし、高校を卒業してからは居酒屋などでのアルバイト以外は特に技術・経験はなかったそうです。
飲食業で働くなら技術を身に着けるべきだと考え、21歳の時に一念発起して飲食関連の専門学校へ進学しますが、周りのレベルや意識の高さに衝撃を受けたと角田さんは語ります。
「とにかく、周りの人たちのレベルや意識が高かったです。本気で飲食店をやりたい、シェフや料理人として働きたい人が私の周りに多く集まっていました。皆がやる気を強く持って来る学校だったから、私ももっと頑張らなければ、とモチベーションを高めることに繋がりました」
ふとしたきっかけで興味をもち、飲食関連の専門学校に入学した角田さんは、周りの環境からも影響を受け、さらに飲食業への思いを強めていきました。そして、専門学校で2年間学んだのち、無事に卒業。専門学校と両立して働いていたアルバイト先の飲食店へそのまま社員として就職することとなります。
そのままアルバイト先の飲食店へ就職した理由を、角田さんは次のように語ります。
「昼はカフェ、夜はバーという形式で、和洋折衷の料理を提供しているお店でした。フランス料理を提供できるシェフと、和食を作れる料理人がそれぞれお店で働いていて、それぞれの特徴を学べる環境だったのが魅力に感じました」
JR藤沢駅南口より徒歩5分程度のビル内に「Bistro RIKYU」がある
プロボクサーに挑戦するも壁にぶつかり、気持ちを新たに飲食業へ復帰
飲食業に邁進していた角田さんですが、もう1つ強く持ち続けていた興味がありました。趣味として取り組んでいた「ボクシング」です。空いた時間にボクシングジムへ通うなど、好きで続けていたボクシング。角田さんは、プロボクサーになりたい気持ちを密かに持っていたのです。
「プロボクサーを目指すにあたって、減量など身体の調整もしなければなりませんでした。そのため、一度飲食業を離れ、工場で働いていた時期もありましたね」
角田さんは一旦飲食業を離れ、プロボクサーの試験に合格。公式戦デビューを果たします。しかし、「惨敗でした」と振り返るほど、現実は甘くありませんでした。プロボクサーとなれたものの一度も公式戦で勝利を挙げることは叶わず、道を閉ざされてしまいます。
「実際にプロボクサーとなって感じたのは、“才能がある人しか上には上がっていけない”ということ。ボクシングは好きだけども、それだけで上にあがっていくのは難しい。将来のことも考えて、プロボクサーの道は断念しました」
気持ちを切り替え、再び飲食業に復帰することを決めた角田さん。26歳で地元の酒造会社へ再就職。酒造会社が運営しているレストラン事業でスタッフとして働き始めます。
「一度飲食業から離れてブランクがあったので、私と同時期に入社した10代の若い子たちとは横並びか、あるいは差をつけられていました。遅れを取り戻そうと、仕事以外でも料理だけに限らず関心のあるジャンルを、本を読んだり調べたりして知識や知恵を蓄えていました」
角田さんはボクシングで得た体力・根気を活かしつつ、再び飲食業で経験を積み上げていき、シェフの一員として認められていきます。
年齢も40代へ。「最後のチャンス」と捉えて飲食店を開業
「専門学校に通っていた頃は、30歳までに一度はお店を立ち上げたいと思っていました。しかし、ボクシングへの挑戦や、再就職した会社に長く勤めていたこともあり遠回りが多く、タイミングとチャンスが丁度よく回ってこなくて」
家族を養う中で40代となり、「そろそろ一度はチャレンジしないと、体力的にもこの先できるかわからない」と考えた角田さんは、15年間勤めていた会社を退職。2022年2月、地元藤沢に念願となる自身のお店、Bistro RIKYUをオープンしました。角田さんが「最後のチャンス」と捉えて挑戦を決意し、Bistro RIKYUで新たな人生が始まったのです。
ランチタイムのメニューは「プレート」「パスタ」「カレー」の3種から選べる
偏見があるイメージが定着しながらも、なぜ「昆虫食」のメニューを扱うのか?
Bistro RIKYUを運営していくにあたり、角田さんが大切にしているのは「もったいない」という思想です。もったいないとの考え方から「昆虫食」のメニューが生まれました。昆虫と聞くと、見た目が悪い、体に有害な毒が入っているのではと考える人もいるかもしれません。
しかし、昆虫食は近年話題となっている「フードロス」(賞味期限切れや廃棄される食品の総称)問題の解決に繋がると注目されています。昆虫食と出会った経緯やBistro RIKYUで取り組んでいきたい活動を引き続き伺いました。
「木」をモチーフにしたお店のロゴが環境問題への意識を感じさせる
「もっと素材を活かせたら…」と強い思いを抱き、昆虫食の知名度向上へ挑戦
角田さんが昆虫食と出会ったのは2017年頃でした。前の会社でレストランのシェフを務めていたタイミングで、偶然テレビ番組やインターネットで昆虫食を取り上げていたのがきっかけです。
「“昆虫食”と聞くと、昔テレビのバラエティー番組で、罰ゲームで芸能人が食べさせられている印象があると思います。私も幼い頃から虫が好きでしたが、食べるとまでは考えていなかったです。しかし、ある特集番組やインターネットの動画で昆虫食の良さ・メリットに触れる話を聞いて、興味が自然と湧いてきました」と当時を振り返ります。
湧いてきた興味が行動へ移り変わり、角田さんはSNSで昆虫食の研究を行う研究者さんと繋がりを持ちます。そしてある日、その研究者さんから「昆虫食の試食をやるので来ませんか」との誘いを受け、試食会へ参加することとなります。試食会で角田さんは衝撃を受けました。昆虫の調理は、ほとんどが油で揚げただけの“素揚げ”で、料理と呼べる代物がほとんどなかったのです。調理された昆虫と、かつてのバラエティー番組で見た様子が重なりました。
「もっと、素材を活かせる方法はないものか」
見た目を工夫すれば、昆虫に抵抗がある人でも食材として受け入れてもらえるのではないかと考えるようになりました。
そこから角田さんの昆虫食への研究が始まります。仕事後や休日も試作をし、どうしたら人々が受け入れられるメニューを提供できるかを考え、実行していきました。その時の努力が今、Bistro RIKYUで提供されている昆虫食に繋がっているのです。
タガメサイダー 昆虫食を研究・開発している会社から仕入れて販売している
昆虫食をきっかけにしてお客様が「食の大切さ」を考える機会を与えたい
また、角田さんは昆虫食をメニューとして提供するだけではなく、昆虫食をきっかけに「食の大切さ」をお客様に考えてもらいたいと語ります。
「日頃から食べている食材のことも考えてもらえるようになったらいいなと考えて(昆虫食を)メニューとして出しています。昆虫食をお客様が気軽に食べてもらえるようにするのも大切ですが、今現在騒がれているフードロスへの関心も持ってもらいたいんです」
そして、次のように続けます。
「例えば、昆虫の食材を使っていない通常のスープでも、規格外になった野菜などを農家の方から仕入れてペーストにして加えるなど取り組んでいます。腐らず痛んでいないのに、形だけが整っていなくて市場に売りに出せない野菜でも、処分してしまう前に救い出して、有効活用することを心がけています」
ただ昆虫食を提供するだけでなく、今まで何気なく口にしてきた食材のこともフードロスを考えるきっかけにできると、角田さんは考えてきたのです。
ランチメニューの前菜 ポタージュスープはコンポストを意識して形の整わないニンジンを使用している
「フードロスの問題は、口にすることなく捨てられる、あるいは見た目だけで廃棄になってしまうことにあります。ひとつひとつの食材を大切にし、無駄なく使い切ることで問題の解決に繋がるかもしれない。“人間が食べられるものがなくなったから、昆虫食”というのではなく、昆虫食を通じてお客様にフードロスの問題を今からでも考えてもらえるきっかけになればいいなと。限りある資源を大切に、長く使える時代にしたいですね。加えて、昆虫食は、“選択肢”として美味しく食べてもらえるようにしたいです」
角田さんはその他にも、野菜の調理方法にこだわりをもって取り組んでいるそうです。通常のレストランで行っている調理なら、ゴミとして捨てられてしまうものをペーストやポタージュにして小鉢料理やスープに使用し、極限まで生ゴミを生み出さないように食材を有効活用しているとのこと。「限りある資源を長く使いたい」というメッセージを、Bistro RIKYUの展開を通じて角田さんはお客様に発信しています。
コオロギやタガメ!手作りの昆虫食メニューを紹介
Bistro RIKYUで展開されている昆虫食関連のメニューは以下の3点です(※2022年3月時点)
・コオロギチーズパイ
・コオロギコーヒー
・タガメサイダー
コオロギチーズパイ 一品500円にて販売している
今回は、いずれのメニューもご用意いただけるとのことで、試食させていただきました。
「コオロギチーズパイ」は、角田さんご自身で考案され、ひとつひとつの工程で手作りされています。コオロギをパウダー状にすり潰し、生地に配合して焼き上げるという手法です。 また、コオロギだけでなく、チーズも加えることでほどよい塩気が引き立ち、ワインやお酒などのおつまみに最適な味付けとなっています。
試食した感想は、コオロギが入っているのが想像できず、食べる前に何も知らされなければコオロギの存在を知らないままおいしく食べてしまうでしょう。角田さんいわく、コオロギを生地に配合するバランスを意識しているとのこと。クセがなく、美味しくいただけました。
コオロギコーヒー 一目見ただけでは至って普通のコーヒーに感じ取れる
また、Bistro RIKYUでは、順次新しい昆虫食のメニューを加えていきたいとのこと。今後正式にメニューへ加えることを検討している「コオロギアイス」も、お客様に提供して試食してもらっていたとのことです。
今まで多くの人々が触れたことのない昆虫食ですが、実は意外と身近に感じやすい存在となりつつあるのではないでしょうか。
藤沢から昆虫食を通じて、フードロス解消に役立ちたい
昆虫食だけでなく、フードロス削減を意識したメニュー作りにも力を入れている点も注目ポイント
高校卒業と同時に移り住み、長く人生を過ごしてきた藤沢で「漠然とした夢」であった飲食店をついに立ち上げた角田さん。
Bistro RIKYUでの今後の夢・目標は、「昆虫食の魅力を発信し、フードロスの解決。同時に、地域も盛り上げていきたい」とのこと。
「昆虫食を通じ、お客様や地域の人たちと触れ合い、フードロス問題について考えるのを続けていきたいです。例えば、東京でも同じことができると思いますが、海をはじめ自然と触れ合える藤沢ならもっと強く昆虫食の魅力を伝えられると考えています。ご当地の食材や地元藤沢の学生・企業さんと繋がりをもって、コラボレーションも実現できたら嬉しいですね。藤沢もきっと盛り上がると思いますから」
さまざまな経験を積んできた角田さんだからこそ、思いの強さを感じられます。きっと近い将来、昆虫食をはじめとした角田さんの取り組みが実を結ぶでしょう。まだ、始まったばかりのBistro RIKYUですが、ぜひ藤沢へいらした際は、角田さんの思いが込められたお店に立ち寄ってみてください。
■ Bistro RIKYU
住所
〒251-0055
神奈川県藤沢市南藤沢7-10グランドール藤沢2F
営業時間
平日 11:30-14:30 / 17:30-22:00
土日祝 15:00-22:00
定休日
日曜日
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