神奈川県最西端の町、山北。日本の滝百選や全国名水百選に選ばれた「酒水の滝」の入り口に位置する古民家カフェが、今回ご紹介する「恭月」です。
古民家の落ち着いた雰囲気の中で、昔ながらの生地にこだわったパンケーキを味わえる恭月。古民家カフェ開店までの経緯やレシピへの思い、これからの新たな挑戦について、オーナーシェフの沼田陽子さんに語っていただきました。
鎌倉の老舗パンケーキ店の味を受け継ぐ
ご実家が魚屋と寿司屋を経営していたというオーナーシェフの沼田さん。料理が好きで、10代のころからご実家のお手伝いをしていたこともあり、自身が飲食業の道へ進むのは自然な流れだったのだそう。
沼田さんが本格的に飲食業の道に進むことになったのは大学生のころ。山北町に住みながら、都内のケーキ教室での講座と、鎌倉のパンケーキ店でのアルバイトに通い、忙しくも充実した日々を過ごしていたと沼田さんは話します。
「距離は遠かったけれど好きなところへ通うんだから、まったく苦ではなかったですね。実家の手伝いをしながら鎌倉ではアルバイトをしていたので、今でいうダブルワークを続けていました」
沼田さんが特に影響を受けたのが、アルバイトをしていた鎌倉の「パンケーキハウスHige」。恭月で提供しているパンケーキの生地は、パンケーキハウスHigeのレシピを受け継いだもの。
「40年ほど前に、パンケーキハウスHigeのパンケーキを初めて食べたときの感動は今でもよく覚えています。その味が大好きで、恭月でも受け継いでいます」
パンケーキハウスHigeについて「活気があるお店でとにかく楽しかった。」と語る沼田さん。恭月で人気の「クリームチーズパンケーキ」は、パンケーキハウスHigeの伝統の味とスタイルをそのまま再現したメニューなのだそう。
筆者も早速クリームチーズパンケーキを実食。モチモチのパンケーキ生地にクリームチーズ・レモン・バターがかかったシンプルなパンケーキですが、とても味わい深い逸品。人気の理由が瞬時にわかる一皿でした。
27歳で独立し自身の店をオープン
ご実家の経営が順調だったこともあり、沼田さんがパンケーキやケーキの道に進みたいと話したときに、ご家族は賛同してくれたのだそう。
そして、27歳のころに山北町のお隣、松田町の仲町商店街で自身のカフェをオープン。しかし、当時はパンケーキを知る人がほとんどおらず、全然売れなかったとのこと。「パンケーキの売り上げは、1日に1~2枚程度でしたよ。」と、楽しそうに当時を振り返った沼田さん。幸いにもケーキがたくさん売れていたため、経営に困ることはなかったそうです。
もっとパンケーキを作りたいという想いが日に日に強まっていたところ、地元の山北町で古民家を使った店舗経営の募集があることを知ります。山北町出身の沼田さんは、即座に応募。
「ラッキーなことに応募者が少なくて、すんなりと採用してもらえました」
心機一転、地元での再スタートを決意し、2013年7月に恭月をオープンしました。
祖父の雅号とともにスタートした古民家カフェ
「生まれてから64年間山北町に住んでいます。のんびりとした日常があり、山も川もある山北が大好き。恭月にいらっしゃるお客様にも山北を好きになってもらえたらなと思っています」
このように山北町への想いを話してくれた沼田さん。
「恭月」という店舗名は、俳句が趣味だったご祖父様の雅号なのだそう。「古民家に似合いそうな名前だと思って。」と、雅号を採用したエピソードも話してくれました。
店内に入ると、温かい雰囲気と歴史の重みを感じることができます。それもそのはず、恭月は築100年以上の古民家を改装したお店なのです。「建具がステキですよね。囲炉裏には木を張ってしまったんですけど、それ以外はほとんど前に住んでいた人が使っていたそのまま。これだけの良い状態でよく残してくれましたよね」と、古民家の魅力について話す沼田さん。
古民家のオープンな雰囲気も気に入っているとのこと。ジャズ風の音楽が流れる店内で過ごす時間は、居心地の良い空間そのものでした。
料理研究家でもあるオーナーシェフの沼田さん。バターや卵などの素材にもこだわり、季節のメニューを含めると年間約30種類のメニューを常備しているとのこと。恭月ではパンケーキだけではなく、ドリンク類にも力を入れているのだそう。定番メニューは、南部鉄瓶で提供している紅茶。たっぷりサイズで、最後まで温かい状態でいただけます。
また、季節に合わせてお店で仕込んだシロップをベースにしたドリンクも。取材をしたのは2月の中旬。筆者が頂いたホットレモネードは優しい味わいで、酸味が苦手な人でも美味しく頂けそうなお味でした。
レシピへのこだわりと改良
松田町で初めてお店を開いてから、30年以上のキャリアを誇る沼田さん。都内や鎌倉に通っていたころから数えると、勉強したレシピの数は2000種類以上にもなるとのこと。ただ、「本当に好きなレシピは、10本の指で数えられるぐらいです。本当に美味しいレシピは、20年以上前のものでも美味しい。そういうものは、やっぱり素晴らしいレシピだなって思いますよね」と、レシピへのこだわりも語ってくれました。
そんな沼田さんですが、つい最近他店のケーキを食べて刺激を受けたのだそう。
「以前から知っている山梨県のお店だったのですが、久しぶりに行ってみたら刺激を受けましたね。杏がたっぷり敷き詰めてあるチーズケーキを食べたんですけど、すっごく美味しくて。私ももう少し頑張ってみようという想いになりました」
ケーキ作りにもこだわりを持ってはいたものの、今まではパンケーキがとにかく好きだったと話す沼田さん。「ケーキ作りが本当に面白いと思ったのはここ数日かもしれない。」と、笑いながら語ってくれました。
さらに、これまでケーキの種類ごとにサイズを変えて作っていたものを、大胆にもすべて7号に統一。今までいろいろな方法を試したそうですが「みんなが選びやすいようなものにしてみました。」と沼田さん。
「この仕事何年もやっているのに、今さら変更するのかとは思いましたけど、何かに気づくときって一瞬なんですよね。昔食べに行ったときにはなかった刺激を、今回は受けたんです。きっとあちらがものすごく成長されたのだと思うんですよね。何かに夢中になって突っ走るって、こういうことなのかなと感じました」
このように話す沼田さんからは、長年のキャリアを積み重ねていても、パンケーキやケーキを作る過程を心から楽しんでいる様子が感じられました。
娘さんと共にキッチンカーで新たな挑戦
さらに沼田さんには「クラシックなフルーツケーキをもっと売り出したい」という想いも。というのも、沼田さんはリンゴやレーズンをラム酒に漬けたフルーツケーキの種を貯蔵。
ケーキ作りを教わった先生から「ヨーロッパのお菓子屋さんの財産は、どれだけケーキの種を持っているかなのよ」と教わり、それ以来40年近く漬け込んでいるのだと教えてくれました。
「クラシックなフルーツケーキは『年月を売るものだからね』と教わって。その言葉に感化されて、とにかくたくさん漬けていましたね」
ただ、恭月では生クリームやマスカルポーネを使用したケーキの人気が高く、クラシックなフルーツケーキはあまり売れないのだそう。
そこで、娘さんの提案もあり、キッチンカーでの出店を決意。知人の紹介で、神奈川県の逗子市でクラシックなフルーツケーキを展開していくつもりなのだとか。
「東京の人にとってのケーキは、紅茶を飲むためのケーキというイメージを私は持っています。だからクラシックなフルーツケーキのような、焼き菓子の需要もある。逗子なら同じような文化もあるんじゃないかなと思っていて、出店を決意しました」
娘さんのことを「運営が上手なんです。」と話す沼田さん。娘さんとの二人三脚で、新たな挑戦がスタートします。
最後に今後の抱負を伺うと、力強いお言葉が返ってきました。
「今まではこんなこと考えてこなかったけど、この年になって、最後の手ごたえをキッチンカーで感じたいなと思っています。また、パンケーキやケーキの味を守りつつ、新しいことにもチャレンジして、まだ恭月を知らない人にも足を運んでもらえたら嬉しいですね。まだまだ頑張ります!」
■ 古民家カフェ 恭月
築100年以上の古民家を利用したカフェ。オーナーシェフこだわりの生地を味わえるパンケーキのほか、ケーキやドリンク類も充実。「恭月」という店名は、オーナーシェフの祖父の雅号からつけられた。
ホームページ
住所
〒258-0114
神奈川県足柄上郡山北町平山205
電話番号
0465-76-3558
営業時間
11:00-18:00 (LO.17:00)
定休日
水曜
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