香川県丸亀市からフェリーで45分ほど(旅客船では25分ほど)の距離にある、瀬戸内海に浮かぶ島「讃岐(さぬき)広島」。スーパーやコンビニなどが一切ないこの島で、大阪から移住してきた唐﨑翔太さんは、島旅農園ほとりという農家民宿を経営する傍ら、幻のトウガラシ「香川本鷹」を栽培しています。現代人の「逃げ場」になれば、という強い思いを実現するために始めた宿で、ひとり奮闘する唐﨑さんの姿を追いました。



離島「讃岐広島」で味わう、ほとりでの交流とは


港から歩いて10分ほどのところにある島旅農園ほとりは、おばあちゃんの家に遊びに来たかのような、どこか懐かしさを覚える古民家。1日1組限定・貸切の農家民宿です。


入り口にある大きな本棚には、唐﨑さんが厳選したたくさんの本が並び、思わず立ち止まってしまいます。気になる本を読んでいるうちに、時間が過ぎてしまう……なんてことも、ほとりでは大歓迎です。



島に暮らす鳥たちの鳴き声がよく聞こえるのどかな場所で、薪で沸かしたお風呂に入ったり、縁側から瀬戸内海を眺めたりと贅沢な島時間を楽しめます。


宿泊される方には、農薬・化学肥料を使用しない採れたての野菜を使った調理体験や、ガッツリと体を動かす農業体験といった、島でしかできない企画を実施しているといいます。




「学生時代にトルコへ1年弱留学していたということもあり、和洋中だけではなく、トルコ料理もお客さんと一緒に作っています。あまり口にしたことのないトルコ料理に、宿泊される方はみな喜んでくれるんですよ。」


お客さんと一緒に料理を作ったあとは、ご飯を共にしたり、夜までおしゃべりをしたりと、お客さんとの交流を楽しむのが好きという唐﨑さん。朝までお客さんと喋っていた、なんてこともあるそうで……


「僕はおしゃべりで、お客さんとずっと話しているからか、よく『宿感のない宿だね』といわれます。もちろん、ひとりでゆっくりと過ごしたい方と無理やり話すことはありませんが、そういった時間がほとりの良さなんじゃないかとも勝手に思っているんです。」



ほとりを現代人にとっての「逃げ場」にしたい

移住当時は人が住めないような状態だったというほとり。オーナーの唐﨑さん自ら半年ほどかけて清掃・改修し、2021年7月に宿をオープンさせました。



「宿を始めたのは、誰かにとっての「逃げ場」を作りたかったから。大学院で「人はなぜ旅に出るのか?」なんてことを真剣に議論する観光学を専門していた僕にできることが、たまたま宿だっただけです。」


大学院を卒業後、家具を取り扱うメーカーに勤めたという唐﨑さん。しかし、待っていたのは上司による度重なるパワハラでした。一生懸命働いていても、降りかかる上司からの罵詈雑言。耐えられなくなってしまった唐﨑さんは、適応障害を患い、退職という道を選ぶことになります。


「適応障害になったとき、僕を支えてくれたのは両親や友人たちでした。彼らが助けてくれたから元気を取り戻していけたんです。もし周囲の助けがなかったら、どうなってたんやろう……と、今でも思いますね。」と当時の様子を話してくれました。「だからこそ、もし誰かが適応障害やパワハラなどのしんどい状況に陥ったとき、その人が親や友人にすら頼れないのはマズイと思うんです。」と唐﨑さんは続けます。


唐﨑さん自身、上司のパワハラによって適応障害になったとき、周囲の人々に助けられた経験があります。でも、もしそうじゃなかったら?日本のどこかに、誰にも頼れず、甘えられず、心のどこかで助けてほしいと叫んでいる人がいるとしたら……?

唐﨑さんは、自身の経験からそうした現代人の「逃げ場」になるような宿を運営していきたいといいます。



「島には、コンビニもスーパーも、喫茶店もありません。だけど、目の前にはきれいな海や山があります。綺麗なものをただ綺麗だと、感じられる環境があります。僕は医者ではないので根本的に治すことはできないけれど、そうした当たり前を感じられる「ほとり」で、非日常化した日常を少しでも取り戻してほしいと思っています。」と、唐﨑さんは話してくれました。


「お客さんにとって僕は、両親や友人のような親密な関係ではなく、程よい距離感にいる他者でありたいと思います。しんどいときや辛いときは、大事な人よりも第3者の方が素直に話しやすいことがあるじゃないですか。実際僕も、パワハラの渦中、家族や友人にも相談しなかったのに、なぜか数回しか会ったことのない宿のオーナーには愚痴をこぼしていました。「ほとり」での僕も、そういった存在でありたいと思っています。」



香川本鷹のおいしさを広めたい。唐﨑さんの感情が動いた出会い

宿業と並行して、幻のトウガラシ「香川本鷹(かがわほんたか)」の栽培に力を入れているという唐﨑さん。しかし当初は、せっかくお客さんが宿に来るなら、自分で育てた野菜の方が喜んでくれるかな、という軽い気持ちで栽培を始めたといいます。毎日せっせと時間をかけて栽培をしていき、やってきた収穫のとき。唐﨑さんは、香川本鷹のおいしさに度肝を抜かれたそうで……


「初めて収穫した香川本鷹を食べたとき、そのおいしさに衝撃を受けました。同時に売れる!と思ったんです。日本では、唐辛子を栽培する農家が少なく、競争率が低い。おまけに、香川本鷹の歴史が面白いんですよ。」


そう嬉しそうに語る唐﨑さんは、香川本鷹が幻のトウガラシといわれるようになった所以を教えてくれました。



「香川本鷹は、豊臣秀吉の時代に讃岐広島など塩飽諸島に伝わった、香川県で最古の特産品の1つです。長さ7〜8センチと大ぶりで、大きいものは10センチを超えます。上品な甘みとピリッとした辛みがおいしく、料理のアクセントとしても最適です。しかし次第に生産者が減り、1度絶滅してしまった歴史があります。だけどある日突然、香川県の本土で香川本鷹の種が見つかったんです。」


それからというもの、1度絶滅した香川本鷹を復活させようという取り組みが、讃岐広島を含む塩飽諸島や香川県内でスタート。現在、プロの農家として香川本鷹を生産・販売するのは、唐﨑さんと唐﨑さんを指導する農家のみですが、香川本鷹のおいしさを多くの人に知ってもらいたいといいます。



「初めて香川本鷹を栽培したとき、そのおいしさに感激しました。『唐辛子って、生で食べるとこんなにおいしいんだ!このおいしさをたくさんの人に知ってもらいたい!』と、純粋に思ったんです。だからこそ、しっかりと丁寧に育てていきたいと思います。」


農業は宿業の補助ツール程度だと思っていた唐﨑さんでしたが、自身で香川本鷹を栽培し、丁寧に育てることで香川本鷹への愛情も芽生えたといいます。これからも香川本鷹を広めていきたいと、嬉しそうに話していたのが印象的でした。



島旅農園ほとりを運営する唐﨑さん、になりたい

宿業と農家の二足のわらじを履く唐﨑さんに、今後の展望を伺いました。


「現在はありがたいことに「香川本鷹を栽培している唐﨑さん」と認識してもらう機会も増えましたが、「島旅農園ほとりを運営する唐﨑さん」として認識してもらうことがこれからの目標です。」


ストーリー性に富んだ香川本鷹を栽培していると、多くの人が目に留めてくれると嬉しそうに話す唐﨑さん。しかし、今後はより宿業をメインにして動いていきたいといいます。



「僕にとっては「逃げ場」を作ることが最大の目標なので、ほとりの存在をもっと多くの人に知ってもらいたいです。これまで、多くのお客さんに来ていただきましたが、まだまだ「逃げ場」としての目標は果たせていません。」


2021年7月にオープンしたばかりのほとり。唐﨑さんが目標とする「逃げ場」としてはまだまだ機能していませんが、お客さんとの関わりの中で気づいたことがありました。


「例えば、ほとりを訪れたことのあるお客さんが、数年後にしんどい状況に陥るかもしれない。そういったときに、『そういえば、ほとりという宿があったなあ』と思い出してもらうのが大事なんだと思います。だから僕は、訪れるお客さんにほとりの存在意義を伝え続けていきます。」と、嬉しそうに話してくれました。



フェリーでしか足を運べない離島「讃岐広島」。しかしそこには、現代人の「逃げ場」として宿を提供する、強い思いを持った人がいました。


ストレス社会と呼ばれるほど、多くの人々が悩みを抱えている現代。悩みを打ち明けられる場所があればいいけれど、実際には誰にも相談できず抱え込んでしまう人もいるのではないでしょうか。もし、これを読んだあなたが何か道に迷ってしまったとしたら……、どうか島旅農園ほとりのことを思い出して欲しい、と筆者は思います。

朝寝坊をしてみたり、昼寝をしてみたり、思う存分本を読んでみたり、はたまた島の住民とおしゃべりをしてみたり……、そういう非日常と化してしまった小さな幸せを、島旅農園ほとりで叶えてみませんか?程よい距離感にいる宿主の唐﨑さんとの交流も、これからのあなたにとって、糧となることでしょう。



■ 島旅農園ほとり


ホームページ

https://shimatabi-hotori.wixsite.com/official

  

住所

〒763-0102

香川県丸亀市広島町江の浦247



電話番号

070-8409-5969


アクセス

丸亀港より備讃フェリーにて江の浦港(讃岐広島側)へ。

江の浦港より徒歩10分。

※ 丸亀港は丸亀駅から徒歩10分。


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