オーナーの上野さん曰く「お店というより、ほぼ焙煎工場みたいな雰囲気」というお店の店頭では、麻袋のまま置かれた生のコーヒー豆が焙煎される順番を待っています。Qグレーダーの資格をもち、専門学校で後進の育成にも努めながら、上野さんはおいしいコーヒーを追求し続けています。



一見するとおしゃれなカフェに見えますが、基本的にテイクアウトのみです。  



コーヒーの勉強を始めたのは、嫌いなコーヒーを売る罪悪感から。

兵庫県神戸市にある広大な人工島・ポートアイランドでコーヒー卸の「LANDMADE(ランドメイド)」を営む上野真人さんは、Qグレーダーの資格をもつコーヒーのスペシャリストです。あとで詳しく伺いますが、Qグレーダーとは、コーヒーを飲んでみて点数を付けることができる、SCAA(アメリカスペシャルティコーヒー協会)の認定資格です。


コーヒー好きが高じてこの道に入ったのかと思いきや、コーヒーは苦手で飲めなかったそうです。

「苦味が苦手でした。牛乳9.5に対してコーヒーが0.5の『ほとんど牛乳やん』っていうコーヒー牛乳でも飲めなかったのです」


大学を出てレストランに就職した上野さんは、ドリンク全般を任されました。

 「コーヒーがよく出る店でしたね」

仕事としてコーヒーを提供していましたが、やがて胸の内にある想いが湧いてきます。

「嫌いなものをお客様に提供してお金をいただいている、ある種の罪悪感ですね」


ならば、飲めないまでも正しい知識を身につけたいと考えた上野さんは、上司の許可を得てスターバックスでアルバイトを始めました。しかし、スターバックスで扱っているコーヒーの知識は得られるものの、さらに枠を広げて深い知識を広げることは難しかったといいます。

「先輩に尋ねても『そこまで知らなくていい』という雰囲気がありました」


それでも上野さんは、スターバックスが取り組んでいるある事業に感銘を受けます。コーヒー業界においてコーヒー豆の生産者は、一言でいうと不当に安い賃金で働くことを余儀なくされている現状がありました。

「スタバは、自社の基準に合う豆を生産してくれたら、正当な報酬+αを支払って、しかも継続して購入する契約を結んでいました」


さらに勉強をしていく中で「スペシャルティコーヒー」という高品質な豆の存在を知り、さらに深く学びたいと思ったそうです。


一度に5kgの豆を焙煎できる完全熱風式ロースター。  



技術を習得するために転職したイタリアンバール在職中に独立を決意。  

「スタバは心地よく働けて大好きだったのですが、1年も勤めなかったですね。コーヒーの勉強をするなら外へ出たほうがいいと考えました」

ここで上野さんは知識より先に、技術をおぼえようと考えました。


「いちばん忙しそうなお店を探して、大阪の梅田にあるイタリアンバールで雇ってもらいました。スピードさえ身につければ、どこへいっても働けると思ったのです」

ドリンクをつくったりラテアートをやったりして、さまざまな技術の習得に努めながら、信頼できる仲間にもたくさん出会って10数年たった今でも親交があるといいます。

「コーヒー豆に関して専門的な知識は得られませんでしたが、オペレーションはめちゃくちゃ早くなりました」


しかし、上野さんがイタリアンバールは働いていた当時は、日本ではバリスタという職業の知名度が高いとはいえず、ラテアートという言葉が出始めの頃でした。スタッフはみんな技術を学びたいのに、社員になると社員としての業務が入ってしまうため、技術の習得に専念するためにはアルバイトという選択しかなかったそうです。


「とくに女性は、結婚して出産のためにいったん店を去ると、復職はほぼ叶いません。優秀な人がたくさんいたけど、結婚もしたいし子供も産みたいという理想と現実の狭間で、泣く泣く辞めていくのです。当時は結婚・出産のブランクがあっても復職できるお店がなかったから、理想のお店を自分でつくろうと考えたのです」



焙煎を終えた豆は、すぐに冷まして余熱をとる。  



厳しい師匠のもとで修業中に味覚障害を起こす。

独立して店を構えるには、豆と焙煎の知識が必要です。一(いち)から修業をすべく、神戸市兵庫区でスペシャルティコーヒーの生豆を専門に扱う卸問屋へ入ることになりました。そこの社長は商社が買い付けてきた豆を仕入れるだけではなく、商社と一緒に産地や農園まで出かけていく人でした。「味より人柄や」という考えのもと、生産者を直接訪ねて人柄を見たうえで「この人がつくった豆を仕入れたい」と思ったコーヒー豆だけを輸入。それを自社のオリジナルロットとして、日本全国の豆屋さんへ卸していました。


修業先では「今から○○を教えるぞ」という時間はなく、やるべきことに自分で気づかなければいけなかったといいます。あるとき、社長から「豆を焼け」といわれた上野さん。焙煎することを「焼く」といいます。


「焼き方は教えてくれません。せめてロースターのスイッチの入れ方だけは教えてくださいとお願いして焼いてみるけど、素人がうまく焼けるわけありませんよね。でもボロクソに怒られるわけです」



今日もいい感じに焼けました。  


そんな日々を過ごして2年が経ったとき、上野さんに異変が起こります。

「味覚障害になりました。何を飲んでも、お湯にしか感じなくなったのです」


味が分からないから、うまく焼けたかどうかは、焙煎のデータとお客さんの反応をみて判断していました。同時に、味覚を取り戻す努力も試みました。

「真っ黒に焼いた豆と、ごく浅煎りの豆を飲み比べてみるのです。若干違うぐらいは分かるので、何段階かに煎り分けて違いを把握していきました。もういちど味覚をつくりなおそうと考えたのです」


そのような状況でも、コーヒーの道を諦めることは考えませんでした。

「梅田のイタリアンバールで一緒に働いていたスタッフやお客様との良好な関係を捨ててまで修業に入ったので、ここで辞めるわけにはいきませんでした」


コーヒーのほか、ワイン、日本茶、紅茶、日本酒、ビールなどの飲料、パンやチョコレートに至るまであらゆる嗜好品を試しながら、その道の専門家に教えを乞い、味覚をつくりなおしていったそうです。

「味覚障害は1年くらい続きました。たぶんストレスからでしょうね」


余談ながら、この修業中に上野さんが克服したことがもうひとつあります。

「ブラックコーヒーが飲めるようになったんですよ」

それは意外に早い時期のことでした。

「初めて面接にいったときかな、社長から『飲め』といわれて。それが飲みやすくて、めちゃくちゃおいしかったんです」

家庭用の安いコーヒーメーカーで淹れたコーヒーでした。あれほど苦手なコーヒーをブラックで飲んで、しかも「飲みやすい」「おいしい」と感動していることに、上野さん自身がいちばん驚いていました。

「あまりのおいしさに、思わず『何ですか、これ?』と訊いたほどです」 

はじめは浅煎りから飲めるようになって、いまは深煎りも飲めるようになったといいます。



高級な器具を使わなくても、おいしいコーヒーを淹れられる。



コーヒー屋さんだけど、じつはコーヒーアレルギー。  

味覚障害で苦しんでいたほぼ同じ時期に、さらなる試練が上野さんを襲います。

「正式に医師の診断を受けたわけじゃないのですが、コーヒーアレルギーです。コーヒーの生豆を触ったらクシャミが出て、体調がよくないときは腕から首筋あたりまで蕁麻疹が出ました」


焙煎が不十分で生豆の成分がわずかに残った豆で淹れても、胃がもたれたりお腹を下したりするそうです。そのせいで、よそのお店でコーヒーを飲んだあと、症状が出ることもあるとか。

「ちゃんと火が入っていない豆を使ってしまうと、体が反応するようですね」

だから自分で焙煎したコーヒーは平気なのだそうです。まれにスタッフが焙煎したコーヒーをチェックしたときに症状が出ることがあるらしく、そのときは「お客さんには出しません」とのこと。



入荷したコーヒー豆が入った麻袋。


修業時代には、60〜70kgの袋で入荷した豆を10kgずつ小分けにして、取引先へ発送する作業がありました。その作業で粉塵が舞い、顔が真っ赤になるくらい酷い症状だったといいます。今は当時ほど酷くないものの、スタッフが休みのときに自分で豆を触っていると、蕁麻疹が出ることがあるそうです。



2年以内にカフェも開きたい。  

「修業時代に産地へ行ったことはありませんが、生産者はよく訪ねてきました。LANDMADEでも、修業時代にお会いしたことがある方のコーヒーだけを扱っています」


農園主⇒流通⇒焙煎⇒卸という流通の過程をつぶさに見ることができたのは、貴重な経験になっているそうです。LANDMADEはカフェだと思っていましたが、小売店やカフェへの卸業務が中心で、売り上げの95%以上を占めているそうです。


「本当はカフェをやりたいのですが、先に物販をやっています」

その理由を、上野さんはこう説明します。


「カフェだけでは利益を出しにくいことです。卸業務なら、発送業務にはあまり時間がかからないので、営業時間を短くしても利益を出せます。卸で利益を出して、カフェの利益が薄くても大丈夫になってからつくろうという結論に至りました。カフェがオープンしたら、女性スタッフの働き方が変わるでしょう。たとえば独身時代はカフェで働いてもらい、結婚・出産を経て復帰してもらう際は稼働時間の短い卸業務へまわってもらえたら、無理なく働いてもらえると思います」


あと2年以内には、ポートアイランドか三ノ宮にカフェをオープンさせたいそうです。



店内にイートインはないけれど、こうして常連客が寛いでいることも……。  



Qグレーダーってどんな資格?

コーヒーの専門職というと「焙煎士」や「バリスタ」というワードを、よく目にします。上野さんがもっているQグレーダーもそのひとつなのでしょうか。

「焙煎士やバリスタは、資格ではありません」

ある程度、業務ができるようになった人が自由に名乗っているだけだそうです。


ではQグレーダーはどうかというと、SCAA(アメリカスペシャルティコーヒー協会)が認定する資格で、取得するには時間とお金がかかるとのこと。取得すれば、コーヒーを飲んでみて点数を付けられる、すなわちコーヒーのグレードを決めることができるといいます。


「Qグレーダーの『Q』は『Quality』の頭文字です」

採点用紙のフォーマットも決まっていて、次の10項目をそれぞれ10段階で評価します。


1. Fragrance/Aroma(フレグランス/アロマ)

 ⇒ 粉と液体の香り。その強弱と質。

2. Flavor(フレーバー)

 ⇒ 液体を口に含んだとき鼻と口にぬける風味。

3. Aftertaste(アフターテイスト)

 ⇒ 液体を口に含んだ後の余韻。

4. Acidity(アシディティ)

 ⇒ 酸味の強弱と質。

5. Body(ボディ)

 ⇒ コーヒーを口に含んだときの粘性(コク)の強弱と質。

6. Uniformity(ユニフォーミティ)

 ⇒ 味の統一性。5カップの味のバラつきが無いか。

7. Balance(バランス)

 ⇒ FlavorとAcidityとBodyのバランス。

8. Clean cup(クリーンカップ)

 ⇒欠点や雑味がないこと。

9. Sweetness(スイートネス)

 ⇒ 甘さ。

10. Overall(オーバーオール)

 ⇒ 総合評価。


これらを正しく理解して点数を付けられる資格がQグレーダーなのです。その点数を付けた結果、100点満点中80点を超えたものがスペシャルティコーヒーとして流通することを認められるわけです。Qグレーダーは、それをジャッジできる資格ともいえます。それだけに責任の重い資格でもあるわけで、取得するには6日間の研修と30万円の費用がかかるそうです。


「日本でQグレーダーの資格を認定できる施設があるのは、東京・熱海・神戸の3カ所だけです。試験はコーヒーの味をみたり、コーヒーを使わずに香り成分を嗅いで名称を当てたりする科目が22科目あって、すべてに合格すればQグレーダーを取得できます。そして3年に1度、資格を更新するための試験もあります」


上野さんは味覚障害やアレルギーに悩まされた修業時代に、Qグレーダーを取得しています。ちなみにスペシャルティコーヒーとは、生産・流通・管理を徹底的に管理された高品質のコーヒー豆で、品質評価の上位5%しかスペシャルティコーヒーとして流通していないのです。



コーヒーのプロとは、味をコントロールできる人。

ハンドドリップやサイフォンなど、コーヒーの淹れ方はいろいろあります。どの淹れ方がいちばんおいしくなるかと尋ねたら、上野さん曰く「器具と方法が違うだけで、どの方法も技術的には同じことをやっています」とのこと。


たとえば何グラムの粉(挽いた豆)に対して何グラムの湯を使うかで『濃度』が決まります。挽き目(粒度)の細かい粉を高い温度の湯に長い時間浸けると『出すぎ(過抽出)』になり、逆に湯の温度が低いと出にくくなります(未抽出)。

「豆を挽いて粉にするのは、短時間で抽出するためです」

『湯温』『挽き目』『時間(湯と粉が触れている時間)』のバランスによって、過抽出に振れたり未抽出に振れたりします。高い温出で短時間のうちに抽出するのとは逆に、湯を使わず粉を水に長い時間触れさせることで抽出したコーヒーが『水出しコーヒー』というわけです。 


つまり、粉の量・湯量・湯温・挽き目・時間 という5つの要素を速やかにコントロールして、おいしいコーヒーをつくれるのがプロのワザなのだといいます。 


図表を描いて縦軸を濃い・薄い、横軸を過抽出・未抽出で表してみると分かりやすくなります。縦軸と横軸の交点を中心に、わりと広めのストライクゾーンがあります。それが「おいしい」と感じる範囲です。



コーヒーの味のイメージ  


「サイフォンだろうとドリップだろうとエスプレッソだろうと、味をみてストライクゾーンに入っているのか否か。入っていなければ軸のどこにあるのかを判断できれば、5つの要素を使ってストライクゾーンにもっていくだけ。どんな器具を使ってもおいしくなります。プロは一口飲んでみて軸のどこにあるかが分かって、いち早くストライクゾーンに入れることができる人です」



店頭では、これだけの種類を試飲できる(冷めてもおいしい)。


上野さんに、今後の展望を聞きました。直近では、Qグレーダーの資格を4月にいったん返納して、取り直すことにしているそうです。

「もういちど基礎から勉強しなおそうと思います。資格が欲しいわけじゃなく体系的に学んで、学んだことをシェアしたいのです」


専門知識のアウトプットとしては、バリスタやパティシエを目指す人が学ぶ専門学校で、毎週日曜日に焙煎と抽出の授業を3年半にわたって担当しています。お店のスタッフにも、教え子が多いとか。


将来的には豆の産地で焙煎して、現地でカフェを開く構想もあります。まずはラオスで成功させて、そのあと1か国ずつ増やしたいという夢を語ってくださいました。



■ LAND MADE


ホームページ

https://www.landmade-kobe.com/

  

住所

〒650-0046

兵庫県神戸市中央区港島中町3丁目1-2-14



電話番号

078-954-5077


営業時間

11:00-17:00


定休日

日曜・祝日・月曜


アクセス

神戸新交通ポートアイランド線

みなとじま駅 より徒歩3分


Facebook

@Landmade.kobe 


Instagram

@landmade_coffee



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