北海道新ひだか町。北海道の南部に位置する、人口2万人の小さな町です。そんな街でフードロスなどの社会問題に挑み、注目を集めている農園。それが上島農園です。


「ロスなく、おいしく、健康的に」をスローガンに掲げ、インターネットによる情報発信、「ほうれん草は根っこまで食べられる」と、フードロスの啓もう活動に尽力してきました。「ほうれん草で輪を広げたい」と語る、上島大輔(かみしまだいすけ)さんに、ほうれん草とフードロスに対しての熱い想いをうかがいました。



雪害で6,000万円の被害 そこから有機野菜に出会う


先代は、元々競種馬(けいしゅば)という、競馬などで用いられる競走馬を育てる仕事をしていました。ですが、足が速くて競走馬として戦える馬が毎回産まれるかどうかはわからず、収入も安定しないということから「ギャンブル性が強すぎる」と毎日が不安に。


そのことから、安定的にお金が入る施設野菜へシフト。ビニールハウス内でほうれん草を栽培するために、上島農園を1985年に創業しました。


現上島農園の代表、大輔さんは2代目。先代から8年前に上島農園を引き継ぎました。順調にほうれん草も育ち、いつもと変わらない穏やかな日常を過ごしていましたが、2018年の2月、近年まれにみる豪雪による雪害にあってしまいます。


当時43棟のビニールハウスがありましたが、その内の28棟が雪の重みで倒壊。その被害額は6,000万円にも上りました。事業の拡大、国からの助成金により1年の時間をかけ何とか立て直しましたが、被害は甚大でした。思いを沢山込めて作った野菜たちが無駄になってしまったことや、子供が生まれて間もなかったこともあり、精神的にも深い傷を負った上島さんは「どうしたらいいんだよ」と途方に暮れてしまったといいます。


そんな時、同じく雪害にあった「日本一の有機野菜農家」と呼ばれる大塚ファームの公演を聞く機会があり、「有機野菜の作り方を教えてほしい」と頭を下げ直談判。有機野菜の作り方を教わり、そのやり方に「これなら理にかなっている」と感じた上島さんは有機野菜のほうれん草に移行することを決めました。



肥料と手作業にこだわり、丈夫なほうれん草を栽培

通常のほうれん草は、1年に5回~7回ほど収穫します。量を多く収穫できる代わりに、連作障害で育ちが悪くなったり、水分が無い状態に弱く、収穫後から札幌の店頭に並ぶまでの時間で鮮度が落ちてしまいます。


その一方、上島農園の場合は年に2回の収穫と、半分以下のスパンで栽培しており、水分が無い状態でも瑞々しいままの丈夫なほうれん草を栽培しています。化学肥料を使わず、天然肥料にこだわったり、土を固くしないため重機を入れるのも最低減。窒素分を極力減らせるように徹底的にこだわり、根っこに負担をかけないように丁寧に時間をかけて土を作ることで、土の中で根っこが60cm以上にも伸びるようになり、水をあげなくても育つ、渇きに強いほうれん草ができあがりました。


「水をいっぱいあげたらその分早く育ちますし、収穫のスパンが早くなって利益も上がります。それも1つの正解なんです。ですが、上島農園ではそういった利益重視の栽培はあえてせずに、1つ1つのほうれん草がのびのびと育つように心がけています」


新ひだか町には冷蔵の設備がなく、新鮮な状態での保存ができないという、重大な課題がありました。その都合上、遠方へ出荷することが難しい状態でしたが、日持ちする丈夫なほうれん草を作ることに成功したことにより、札幌の店頭に並ぶまで新鮮さを維持できるようになり、町が抱える長年の課題を解決しました。


往来のほうれん草は消費が落ち込むにあたり、1袋200gから150g~170gへ移行する中、株が大きい上島農園のほうれん草は1袋200gを維持。こうして、普通のほうれん草よりも一回り大きく、味もよく、長持ちするほうれん草が誕生したのです。


当初は「有機栽培でほうれん草を作りたい」と漠然と考えていましたが、結果として他のほうれん草にはない特徴を出すことに成功しました。



コロナにより毎日100箱分以上のロス。無料配布でピンチをチャンスに


土の環境を手作業で整え始めて数年。コツコツと毎日努力を続けた結果、やっと思い描くほうれん草を作り上げることができた上島さん。


ですが、その矢先今度はコロナウイルスの流行により、またしても苦境を迎えます。上島農園の事業所内でコロナの感染者が出たことにより、人手不足に。収穫が想定していたペースでできず、梱包まで手が回らなかった影響で、1日に100kg以上のロスが出るという状態に陥ってしまいました。その重量はなんと合計で2トン。大量のほうれん草が、行き場を失ってしまいます。


元々、ほうれん草は栽培するうえで、どうしても葉っぱの無駄が出てしまうのが気になっていた上島さんは、これを機に「全部美味しく食べられるのに、捨てるなんてもったいない。何とかできないのか」と考えだしました。


そこで、知り合いを通じ無料配布ができないかと各所に相談。その「食べられるのにもったいない」という精神に共感を得た様々な人と巡り合い、人から人へほうれん草を無料で配布。2トンのうち、1トンを配ることに成功しました。


この取り組みから、フードロスに関心を持つようになり、様々な活動を行うようになったという上島さん。まだ配りきれていなかったほうれん草を、クラウドファンディングを通じて販売して、SNS上で多くの注目を集めるようになりました。


その活動をさらに展開していくなかで、札幌に在住している作家のアートワークを知り、イメージキャラクターやフリーペーパーの制作を依頼。フリーペーパーを共同で作成し、フードロスの削減に対しての思いや、根っこまで美味しく食べられる物なんだとアピール。


「社会活動的にフードロスという言葉を使っているが、本来は食に対してごく当たり前の考え方。将来はフードロスという言葉が不要になる社会を作りたい」と、上島農園のほうれん草を根っこまで食べて欲しいという「根っこ運動」について上島さんは熱く語ります。


また、今までやったことのなかった食品加工にも挑戦。フリーズ加工した「ほうれん草パウダー」を制作し、高い栄養価はそのままに、より日持ちのする商品として販売。個人をはじめ、パンやケーキの生地に練り込むために飲食店からも購入されるようになり、少しずつ上島農園のほうれん草が知れ渡っていきます。


また、近所の学生が「捨てるなんて勿体ない」と言いながら持ち帰る姿を見た時「地元の高校とも協力できるのではないか」と考え、農業高校とタッグを組み、ふりかけにほうれん草を使った新商品の開発にも力を入れています。


フリーペーパーに書かれた上島さんの思いである「農園と人をつなぐ“きずな“になりたい」「飲食店や消費者と直接つながりたい」「食材は食財」という言葉を体現し、ほうれん草による輪が広がっていきました。



ほうれん草で様々な事を学ばせてもらった


ほうれん草パウダーを作った際、ある1人のお客さんから注文が入りました。その方は「バセドウ病」という、カリウムが欠乏してしまう病気で、食事で必要なカリウムを摂取するのが大変だという悩みを抱えていました。カリウムを多く含む上島農園のほうれん草パウダーを知り「これなら苦労せずに栄養を取れる」と感じたそうです。この時、自分の知らないところで手塩にかけて作ったほうれん草が社会の役に立っていたことを知ります。


そして、「こんな人のためにも、チルド配送無しで全国に毎年安定して出荷できる上島農園のほうれん草は力になれるはずだ」という確信を持った上島さんは、Twitterで毎日ほうれん草を使った料理を考案しては写真を投稿。


「食事が苦にならないように」そして「同じ食材だとしても、365日飽きずに美味しくほうれん草を食べられるように」と情報発信を始めました。その細やかな気遣いや熱い思いからか、Twitterのフォロワーは3,000人を突破。


上島さんの掲げる、飲食店や消費者と直接繋がって作る「かみしまスタンダード」が少しずつ、実を結んでいます。



ほうれん草は根っこまで食べられる事を伝えて、フードロスを減らしたい


上島農園のほうれん草は、根っこまで大きく育っているのが特徴です。ですが、ほうれん草は根っこまで食べられるのに「なんとなく」で食べられずに捨てられている現状をなんとかして変えたいと上島さんは語ります。


「フレンチだったらほうれん草を根っこまで使って提供しています。ですが、日本は家庭でもお店でも根っこを切り離してそのまま捨ててしまう。もちろん味は変わらないし、美味しく料理できるので本当にもったいないんです。だから、これ捨てるの?もったいないよと思ってもらえるように活動しています」


さらに上島さんは、上島農園の目指す姿について、静かに力強くこんな言葉を聞かせてくれました。


「ほうれん草は根っこまで全て食べられるし美味しい。だから、そのほうれん草を通して、“全て無駄なものはないんだよ”という事を啓もうできたらと思っています。たかがほうれん草かもしれませんが、されどほうれん草。これをきっかけに、世界にフードロスという考えをひろめていくのが上島農園の役割です」


ビジョンは大きく「世界」へ。


様々な啓もう活動を通して、上島農園はほうれん草で世界の社会問題に挑み続けます。そのまっすぐな思いと言葉に、今日もどこかで胸を打たれる人が出てくるでしょう。


上島大輔さんの挑戦は、まだ始まったばかりです。



■ 上島農園


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