岐阜県郡上市の最奥地に位置する、石徹白(いとしろ)。11月〜4月にかけて雪が降り積もる日本有数の豪雪地帯です。8年前、この地域に移住をした田中佳奈さんは、現在郡上市を拠点にフォトグラファーとして活躍されています。自然豊かな豪雪地帯でフォトグラファーになったきっかけや現在の活動、移住について伺いました。
小さな子どものいる家族に特化した撮影を始めた経緯
田中さんは、出張撮影サービス「百穀レンズ」で、家族や子どもの成長に特化した撮影サービスを提供しており、普段の日常を切り取った写真が人気です。
元々撮影は好きだった田中さんですが、まさか自分がプロとして活動するとは思っていなかったそうです。カメラを本格的に始めたのは、石徹白に移住しツーリズム支援隊として活動をするようになってからでした。ツーリズム支援隊とは、アウトドア型・体験型ツーリズムの情報発信をし、地域おこしを目的としている取り組みです。そこで自然風景だけでなく、参加者の表情をよく撮っていたそうです。さらに石徹白の、古くからの歴史や文化に触れながら地域の方々の写真を撮影していくうちに、写真の魅力に気付いたと語ります。
「ツーリズム支援隊が任期付きだったため、任期後は何をしようかと思っていました。そんな時に今までやってきた撮影を仕事にできないかと考え始め、周囲の勧めもあって、最初は勢いに任せて始めた感じですね。」
現在は家族や子どもの成長に特化した撮影を行っていますが、フォトグラファーとして独立をした当初は、イベントやウェブマガジンの撮影など幅広いジャンルで活動をしていました。現在のスタイルへシフトチェンジする転機となったのは、愛娘の存在がありました。
「娘の写真をアルバムにしているのですが、そのアルバムを眺めていると当時の娘が、精一杯私に話しかけているような気がして……すごく感動したんです。よく撮影しているお子さんは、新生児や1歳〜2歳の、まだ言葉が話せない子どもが多いです。私の写真を通して、体の動きや表情から伝わる子どもの心の声を、写真に収めたいと思ったのが、家族や子どもの成長に特化し始めたきっかけです。」
「物語のある写真を撮りたい」というコンセプトを田中さんは持ち続けており、現在もそれを根幹にしながらフォトグラファーをしています。
日常を映し出す「紡ぐ365 Project」で自分のために写真を撮る
田中さんはフォトグラファーと並行して「紡ぐ365 Project」を行っています。紡ぐ365 Projectとは、日々過ぎ去っていく日常を記録に残そうと、毎日写真を撮ることを目標に掲げたプロジェクトです。
子育て中のママやパパを中心に海外で流行り出したもので、田中さんはFacebookを通してこのプロジェクトの存在を知りました。日本でも類似するプロジェクトを探しますが、ほとんどなかったそうです。そのため田中さん自身が主となり、去年から「紡ぐ365 Project」を立ち上げました。
貴重な新生児期や乳幼児期の写真を収めたい!
紡ぐ365 Projectを始めたのは、田中さんの中にある大きな後悔がきっかけでした。
「フォトグラファーという仕事をしているにも拘らず、産後1年間は意外と子どもの成長を撮っていない日が多かったんです。貴重な新生児の記録をもっと写真に残せたらよかったと思うことが多々あって、自分のためにもやりたいと思ったのがきっかけです。また、同じように写真に残したいというママやパパも多いと思います。そんな人たちと励まし合いながらサポートできるプロジェクトを作りたいと思い、紡ぐ365 Projectを始めました。」
365日写真を撮っていると、どうしてもネタ切れになってしまうため、田中さんはこのプロジェクトの中でテーマ出しを担当しているそうです。「机の下」や「家の中の未開拓地」など、撮影の引き出しを増やす目的で少し捻ったテーマを提供し続けています。また、参加者同士で撮った写真をSlackを活用して共有し、ちょっとした子供の変化や、面白い写真などを気軽にシェアしています。
本当に自分が撮りたいと思う写真を撮る
紡ぐ365 Projectの役割は、毎日写真が撮りたくなるモチベーションを作ることだと語る田中さん。参加者の中には、「三日坊主だから続けられるか心配」と話す方が大半でしたが、楽しく続けている方もたくさんいらっしゃるそうです。紡ぐ365 Projectは立ち上げ当初から、うまく写真を撮ることを目的とせず、ママたちが自然な子供たちの姿を撮れたらOK!という意識を持って取り組んでいます。
「近年は撮った写真をSNSに投稿することが多くなっています。映え写真やイイネをもらうことが目的になってしまって、本当に撮りたかったものってなんだろうと撮影に悩んでいるママが多い印象でした。紡ぐ365 Projectに関しては、ただただ自分や子ども、家族のために写真を撮ることを大事にしようと、参加者であるママやパパたちと心がけています。なので、自分が撮りたい・残したいと思える子供の成長を撮れている満足感はあると思います。」
このプロジェクトの中で、自分は扇風機で風を送るような役割だと話す田中さん。
写真を通して共感や喜びを分かちあえることから、田中さん自身もママとして、フォトグラファーとして、両方の楽しみがあると語ります。
365 Projectを実施して田中さん自身が感じる変化
紡ぐ365 Projectを通して、参加者のママさんたちだけでなく、田中さん自身にも変化が現れました。
「今までは、綺麗な光がないと撮れない、子供の機嫌が悪いと撮れないなど色々な制限を自分に設けていました。このプロジェクトを立ち上げてから、なんでもない日常でもシャッターを押せるようになり、そのままの日常が出せるようになりました。今も“どこでも撮ってみる”を念頭におきながら、ありふれた瞬間を印象深く切り取る視点を養っています。」
自然な日常を毎日撮るようになり、引き出しや視点が増えたと語る田中さんは、本業であるフォトグラファーの活動にも良い影響が出ているそうです。普段の日常を表現するために、「どういう風にこの家族が暮らしているのか」を考え、その様子を写真に収められるように、多くの視点を持ちながら撮影しています。
一目惚れをして移住、魅力溢れる石徹白での暮らし
岐阜県石徹白に移住して8年目となる田中さん。この地域に移住をしたのは “一目惚れ” だったそうです。また、田中さんが石徹白に移住するに至ったのは、自分の中にある海外への憧れや、偶然の重なりがあったからだと語ります。
「学生時代からよくバックパッカーをしていました。そこで、自分の手で暮らしを作っていくアフリカのたくましさに感銘を受けました。当時生活していた京都でも、そのような暮らしをしたかったのですが、環境が整いすぎていて、とても真似できるものではなく諦めていました。」
そんな時に、多くの偶然やタイミングが重なり、石徹白の存在を知った田中さん。石徹白を訪れた瞬間「ここだ……」とアフリカのような、広大な自然観を感じたそうです。
「今振り返っても、あの衝撃は何だったのだろうって思います。こんなかけがえのない地域が日本にあるのかと感動しました。初めて石徹白を訪れたのは4月でまだ雪が残っていて、暮らしていくには少し厳しそうな土地柄が逆に燃えました(笑)」
一目で石徹白に魅了された田中さんは、すぐに移住を決意。現代の便利さも享受しつつ、石徹白の昔ながらの暮らしを楽しんでいると語ります。
石徹白だからこそ堪能できるライフスタイルとオススメの場所
「石徹白らしい季節のサイクルを体感できることが魅力ですね。11月〜4月まで雪が積もっているので、都会では経験できない季節感を堪能できます。また、季節に応じた農作物を作ったり、湧水を使用して醤油や味噌を作ったりと、昔の人が大切にしてきたライフスタイルをずっと続けているのも魅力です。」
冬を中心としたサイクルを楽しみながら、暮らしの居心地の良さを感じている田中さん。自分たちで作れるものは作っていくというライフスタイルから、何があってもこの地域なら大丈夫という安心感があると語ります。そんな石徹白を訪れた際に、オススメとなるスポットについて伺いました。
「石徹白には魅力的なスポットがたくさんありますが、石徹白大杉は是非行って欲しい場所の1つです。樹齢1800年の杉の木があり、どっしりとかまえた姿は懐の深さを感じます。」
石徹白大杉は岐阜県下唯一、木の特別天然記念物に指定されています。新緑の時期に森林浴を楽しむのもオススメですが、たくさんの木が寄生している大木のため、秋には杉なのに紅葉しているように見えるのもポイントの1つです。
農薬や肥料を一切使わない農作物!家族でその魅力を発信
田中さんは移住後、岐阜県出身の旦那さんと出会い結婚。現在は家族と一緒に石徹白で生活しています。田中さん自身の得意分野を活かしながら、農家をされている旦那さんのサポートをしています。
「農作業に関してはプロの仕事だということで夫に触らせてもらえません(笑)。その代わりに、撮影やインターネットでの発信を通して、夫のサポートをしています。農的な暮らしはしたいと思っているので、私なりの田畑や食などとの関わり方を模索しています。」
旦那さんが作っている稗(ひえ)と黒米で作られたノンカフェイン飲料「黒稗珈琲」は、綺麗な山水を使用し、農薬や肥料を一切使わないことを強みにしています。それが全国でも評判になっており、地元の販売だけでなくネットでの販売もしています。その際に、田中さんが撮影を担当し、石徹白で作られる野菜の魅力を全国に発信しています。
フォトグラファーとして写真を通して挑戦したいこと
移住後、家族との時間を大切にしながら、自分の信念に向かって前に進む田中さん。最後に、写真を通して挑戦したいことについて伺いました。
「今後も出張撮影や365 Projectを通して、暮らしにささやかな幸せと癒しと添える写真の提供やサポートをしていきたいと思っています。あとは、石徹白で宿泊ができるフォトスタジオも始めようと思って準備をしています。」
田中さんはフォトグラファーとして依頼された際に、ただデータを渡すだけでなく、額に飾れるように加工した状態で、写真をお渡ししています。その写真をふと見た時に、世の中のママやパパたちが幸せな気持ち、救われる気持ちになるように取り組みたいと語る田中さん。
今後も写真を通して、日常の小さな喜びをお届けしたいと意気込んでくれました。
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