東京から電車で1時間半ほどの場所に位置する千葉県いすみ市。千葉県の三大ブランド米でもある「いすみ米」の産地です。


ほどよい粘りと強いコシをもち、甘みのあるいすみ米の魅力を伝えるべく「おにぎり工房かっつぁん」をオープンした坂本さん。イベントへの出店をメインとし、冷めても美味しいおにぎりを10年以上前から多くの方へと届けています。



都内の会社への遠距離通勤覚悟で決めたいすみ市への移住


坂本さんはもともと東京都・亀戸で奥さんとお子さんと暮らしていました。当時、奥さんとお子さんがアトピーと喘息だったことから、空気や環境のよい場所へ引っ越しをしたほうがよいのかと悩んでいたといいます。


田舎への移住のきっかけとなる決定的な出来事は、当時暮らしていたマンションで起こりました。住人から「子供の足音がうるさい」と注意を受けたそう。子供がうるさくしてしまうことは仕方のないことだと思いつつもできる対策をしましたが、再度指摘をされてしまいます。


「『やっぱり俺はこのまま都会で生活して子育てするのは絶対に無理だ。ちゃんと地べたで生活をしよう』って決心したんです」


もともと釣りが好きで房総半島には毎週のように通っていた坂本さん。いすみ市への移住の決め手は、のどかな里山風景でした。


「いずれは田舎で暮らせたらいいなって思ってたんです。田舎への移住を決心してからは都内の会社への遠距離通勤を覚悟の上で真剣に住む場所を探しました。いすみにきた時にピンときたんです。自分が子供の頃に育ったような自然がたくさんある里山の風景に似ていると感じました。目の前に田んぼがあって、いすみ鉄道が走っていてという感じで。『ここだ!俺はここに住む気がする!』そう感じましたね」


現在お店と自宅がある場所は移住を決めた当初、更地だったといいます。22年ほど前にそこに家を建て、いすみでの生活が始まりました。


当時IT企業の役員をしていた坂本さん。突然会社から遠い場所で暮らし始めた様子を見て、社長が会社に部屋を設けてくれたといいます。トップ営業マンとしても活躍されていたので、新幹線や飛行機に乗って、月の半分は全国各地で働く日々。月のもう半分は会社で寝泊まりをし、週末はいすみ市で家族との時間を過ごしていたそうです。


「いすみに移住して奥さんのアトピーも喘息もすごく良くなって、子供もちょっとずつ改善したんです。その点に関しては移住を決心して正解だったなと思えます」



いすみ米との出会い


そんな忙しい日々を過ごす中、移住したことで「いすみ米」の美味しさに気づいた坂本さん。千葉県でも「多古米」「長狭米」と並び、三大ブランドとされているお米です。


もともと米作りに興味があった坂本さんは週末を利用して近所の米農家さんにお手伝いをさせてもらうことにしました。そこで気がついたことは、一生懸命作られているお米が安く売られているという現状でした。


「米作りの流れがなんとなくわかってきた時に、こんなに手間暇かけた美味しいブランド米なんだからもっと適正な値段で売れるのでは?と思ったんです。農家さんにそれを伝えると『農協の買取価格が安いんだ』と文句しかでてきません。そんなやりきれない状況に腹をたて『だったら俺が売ってやる』とお米の販売を始めたんです」


当時はまだ会社員だったため、休みの日を利用し、近所の農家から仕入れた米の販売をしていました。しかし、どこのお米も見た目は変わらず、味の違いがはっきりとわからないため、なかなかお客さんにもいすみ米の美味しさを理解してもらえなかったといいます。


「『なるほど、これが現実か』と挫折を余儀なくされました。日本ってどこのお米も炊き立てなら美味しいんですよね(笑)美味しくないお米の方が少ない。そんな中で差別化を図って、普通よりも2〜3割増しの値段で売るのは本当に難しいことだとわかりました。でも、将来的にはいすみ米で商売をしていきたいという気持ちは残っていたんです」


そんな時に出会ったのが、いすみ米で作ったおにぎりでした。子供の運動会でおにぎりを食べた時にあまりの美味しさに衝撃を受けたといいます。


「食べた瞬間『え?何このおにぎり。めっちゃうまいじゃん』って思ったんです。そこで確信したのが、いすみ米は冷めてからの方が格段に美味しくなること。冷まして食べてもらったらいすみ米のうまさが伝わると気づきました。それでいすみ米で勝負するなら、ご飯としてじゃなくておにぎりだと確信しました」


そこから坂本さんの頭の中はおにぎり屋さんを開くことでいっぱいになりました。役員をしていたこともあり、会社をやめるまでにそこから1年半かかったといいますが、その間におにぎりの研究をしたり、事業計画を作ってイメージを膨らませたりしていました。



おにぎり屋さんオープン後、波乱万丈の日々


ついに2011年の5月に会社を退社。そこからはおにぎり屋さんの出店場所探しの日々でした。いすみ米のおにぎりを地元で販売するのは難しいと考え、最初は人口集積地である千葉市への出店を目指します。千葉市内にある商店街を徹底的にあたりましたが、当時40強の商店街があった中で、まともに稼働している商店街は10ほど。難しい戦いでした。


そんな状況でも諦めるわけにはいかないと探し続け、仕事をやめてからちょうど3ヶ月後に千葉市の千城台でおにぎり屋さんを無事オープンしました。

当時は、おにぎり屋さんにいすみ市のアンテナショップを併設していました。


「いすみ市から千葉市内におにぎり屋さんを出店するからには『なぜいすみ米を使ったおにぎりを販売しているのか』ということをお客さんに理解してもらう必要があると思いました。そのストーリーを作り出すために、いすみ市のアンテナショップを併設したんです。いすみからきていて、地元のお米いすみ米で作るおにぎりが美味しいよってストーリーを伝えるためにね」


ちょうどおにぎり屋さんをオープンした当時、いすみ鉄道を観光鉄道化しようとする動きがあり、いすみ鉄道が全国的に知られ始めたタイミングでした。今でこそ「いすみ」はそこそこ知名度がありますが、当時は千葉市内ですら「いすみ」は知る人ぞ知る場所でした。それもあって、おにぎりだけでなく、いすみ鉄道のグッズや物産、観光情報までを揃え、いすみという土地まで宣伝してしまおうと考えていたといいます。


「そんな様子を、IT会社にいた頃のスキルを活かして作った、お店のホームページで発信していたところ、千葉都市モノレールの社長さんから注目してもらえたんです。いすみ鉄道と千葉都市モノレールそれぞれのイベントにも出店させてもらえて、TVや新聞からの取材もどんどん舞い込んできた時期でした」

サテライト店舗も作り、どんどんお店の規模を拡大していくと、人手が足らなくなります。アルバイトスタッフを雇い始めてからお店の状況が一変しました。人件費や新店舗の運営費がかかる日々。仕事があるときとないときの差が激しい一方で「暇だから今日は休んで」と簡単には言えない状況が続きました。


もともとおにぎり屋さんをオープンするにあたって奥さんから猛反対を受けた坂本さん。お店を始める条件は、会社の持株の売却益のみで始め、退職金や家のお金には一切手をつけないというものでした。しかし結局、お店の経済状況が厳しくなり家のお金を持ち出すまでの状況に。


「当時は本当にきつかったね。特に娘が高校に行きだした時は死ぬかと思った(笑) でもイベントでの出店依頼が増え始めて鉄道関連のイベントだけじゃなくていろんなイベントに呼んでもらえるようになったんです。それで、人件費と2店舗分の運営費を支払いながらお店でおにぎりを売るより、経費があまり掛からないイベント出店をメインにした方が、効率がいいと思い始めたんだよね。それなら千葉市に通う必要はなくて、いすみ市の自宅でおにぎり作ればいいじゃんって思い始めました」



いすみ市でおにぎり工房として再スタート


いすみ市では「おにぎり工房」と名前をつけ、お店としてではなく、おにぎりを作る場所としての運営を検討していました。しかし、千葉市内のお店を引き払って、店内のものをいすみに持ってきたところ結局お店の風貌になり、製造だけでなく、販売するお店も併設することにしたといいます。


当時、おにぎり工房の近くには眼鏡屋さんとカフェがありました。周りは田んぼばかりで何もない場所でしたが、お隣にあった眼鏡屋さんとカフェとの相乗効果もあり遠くから多くの人がきてくれるようになったそうです。しかし、悲劇は突然訪れます。その眼鏡屋さんとカフェが火事になってしまった関係で、1年間くらいはお客さんがお店にこられない状態が続いてしまいました。


それでも、その間にイベントを中心に、委託販売を増やし、業務用米の販売と3つの柱で運営するスタイルにスイッチ。お店は仕込みのために中にいる平日のみ開けるという現在のやり方に変えました。



地域全体として好循環が生まれる活動をしていきたい


経営状況がやっと落ち着いてきた頃、今度はコロナ禍に突入します。最初の頃はほとんどのイベントが中止になる状態でした。イベントへの出店をメインとしていたため、本当に仕事がなくなると危機感を抱いた坂本さん。それはイベントで出会った仲間も同じ状況でした。仲間の中にはイベント出店で生計を立て、お店を持たない人も多くいたといいます。


そこで坂本さんは、ドライブスルーマルシェを開催することに。


「完全予約方式でお客さんには車を降りずに注文をしてもらって、こちらが準備して受け渡せば、コロナ禍でも問題ないと思ったんです。仲間と一緒に、うちの店の駐車場でドライブスルーマルシェを毎週開催したところ、新聞でも取り上げられるほど評判を集めるようになりました」


引用:ナカガワminiマルシェ | Facebook
https://www.facebook.com/events/497995424553184/?ref=newsfeed


1年以上開催し、コロナが落ち着いてきたタイミングで、通常のリアルなマルシェに変更し現在でも毎月開催しているそうです。コロナ禍でもイベントやマルシェの開催といった地域活動を通して、少しでもみんなが無理なく暮らせる状態になって欲しいという想いで活動している坂本さん。

 

現在は、2つのイベントを毎月主催しています。1つはおにぎり工房、もう1つは千葉県市原市にある廃校を借りて開催しています。


「地元の方々が一生懸命整備をしている廃校でマルシェを開催しているんです。月に1回、人が集まる場所があれば廃校の活用にもなるし、使えば綺麗に保とうとするため好循環が生まれます。自分たちが人を集めて集まったお金を環境整備費用として提供する代わりに、当日の会場準備をしてもらうようにしました。そういった地域全体として好循環が生まれるような活動を今後もしていきたいと思っています」



おにぎりへのこだわり


おにぎり工房かっつぁんでは、おにぎりは店頭に並べておらず、注文を受けてから作ります。他のお店やイベントでも坂本さんのおにぎりは食べられますが、作りたてが食べられるのはおにぎり工房だけです。


お店の一番のおすすめは「千葉おにぎり」。お米、塩、海苔の全てのものに千葉県産のものを使用。シンプルながらお米の旨味を存分に堪能できるおにぎりです。


おにぎりは毎回同じものを同じように提供するのが難しいといいます。だからこそ、お米の炊き加減にムラがでないよう慎重になり、具材は常に同じ品質の物を提供できるようにしているといいます。


「『ここの焼き鮭や塩おむすびが食べたくてきた』ってお客さんも結構多いんです。前回食べたおにぎりと違うって感じさせてしまってはいけないので、塩や海苔も常に同じものを使います。お米を炊くのも、ムラなく安定的に一定水準のものを炊くためにガス釜を使っています。それが一番いすみ米の美味しさを引き出すと思っているので」


おにぎりに使用する具材はなるべく自分で育てた食材を使いたいと思っているとのこと。実際に使用されている梅や梅酢、茗荷、唐辛子などは工房にある畑で坂本さんが育てたものです。



チャレンジしたい人のサポート役をしていきたい


今年還暦を迎えるという坂本さん。今後はチャレンジをしたい若い人たちを育てることに力を入れたいとのことでした。


「俺は小商をしている人間からしてみると、もう棺桶に片足を突っ込んでいる人間なんだよね(笑)だから、これからはこれまでの自分の経験を、自分より若い人に伝えて相談役みたいな立場になっていこうと思っています。多分小商をしている人でいろんなチャレンジをしたい人ってたくさんいると思うんだよね。それを一から十までサポートするから自分でやってみなと後押ししてあげたいです」



田舎は楽しいけど忙しい


最後に田舎暮らしの魅力について語ってくださいました。


「とにかく田舎生活は楽しいけど忙しい。庭の畑を手入れして、収穫したもので具材を作って、草刈りをして、手作りの醤油や味噌の手入れをして......やるべきことが多すぎて、楽しいけれど本当に時間が倍欲しいなって思います。あとは、いすみ市にもう一軒くらいおにぎり屋さんがあってもいいから、誰か修行に来ないかな??なんて思います(笑)千葉県は米所でお米が美味しい地域なのに、おにぎり屋さんが少ないんですよ。修行にきてくれた人には自分のノウハウを全部提供します!!」


人情味あふれる坂本さん。作りたてのおにぎりを食べに、ぜひお店に行ってみてはいかがでしょうか。



■ おにぎり工房かっつぁん


ホームページ

https://katsu3.jimdofree.com


住所

〒298-0117

千葉県いすみ市増田587-2


電話番号

090-8859-8769


営業時間

10:30-14:30


営業日

火曜日・水曜日・金曜日

※土曜日・日曜日・祝日はイベント出店。

イベント情報はホームページ内の営業カレンダーやfacebookを確認してください。


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