長野駅前から善光寺に向かって伸びる中央通り。石畳の道沿いには、芝生の公園、オフィスや銀行、お蕎麦屋やおやきのお店が立ち並び、地元の人から観光客までが行き交う賑やかな通りです。


そんな中に、一際異彩を放つお店があります。看板を読んでみるとサウナ、レストラン、シーシャ、バー、ゲストハウス……? 一体どんな場所なのでしょうか。


「WORLDTRECK DINER & GUESTHOUSE - Pise」(以下Pise)は、カフェバーを併設したゲストハウス。オーナーの辻和之さん(46)は、28歳で関西から長野県に移住し、アジアン雑貨とタイ料理のお店「Asian Night Market」をオープンしました。


その後、2015年にゲストハウス「Pise」としてリニューアルオープン。2023年の6月からは、Pise店内で本格サウナ「SAMBO SAUN(サンボサウン)」の営業をスタートします。


「よく、『一体なんの店?』って聞かれるんだよね(笑)。俺が作りたいものを作り続けてたら、結果入りづらいお店になっちゃった。でも、来るべく人は不思議とうちを見つけて入ってきてくれるんだよ。でも、新しいサウナはチームでブランディングまで練って作っているから、入りやすいお店になるはず!」


長野の市街地にいるのを忘れさせる、まるで洞窟のような入り口です。


和之さんは、「サンボさん」という愛称で店を訪れる旅人や地元の人に親しまれています。


これまでは自分の「これがしたい!」の熱量のままに、DIYで自分のお店を作り続けてきましたが、今回はサウナのオープンにあたり、常連客である20−30代のクリエイターたちとチームを組み、コンセプトからじっくり固めて「SAMBO SAUN」作りを進めています。


長野で暮らし始めて20年、絶えず形を変えながらこの場所にあり続けるお店の歴史を聞きました。



好きなことが仕事になり、また次の好きなことを追い続けてここまできた


改めてサンボさんの肩書きを聞くと、ゲストハウスのオーナーの他にも、プロスキーヤーでカメラマン、猟師かつシェフであり、大工仕事に花火職人。そして世界を飛び回る旅人であり、自分の足で買い付けを行うバイヤーの顔も持ち、とても一言では語りつくせません。


興味関心のままに、好きなことを仕事にしてきたのかと思いきや、「俺はやりたいことを仕事にしているわけじゃない」と意外な答えが返ってきました。


「いやなことはしていないけどね。いわゆる夢とか目標があったこともなくて、日々『これがやりたい』と思ったことをしているうちにそれが仕事になる。その頃には次のやりたいことが生まれているから、お金を生む仕事でお金を作りつつ、儲からなくてもやりたいことをして、それがまた仕事になって、また次、また次って回してきただけ」


高校生の頃は、関西の強豪校でアメリカンフットボールに打ち込んできたサンボさん。大学進学を機にアメフトをやめ、たまたま知ったフリースタイルスキーに夢中になります。フリースタイルスキーとは、整地をメインとしたスキーではなく、不整地や、パークでのジャンプをメインとしたスキースタイル。当時はまだ競技として確立していませんでした。


「なんだこれ、おもしろい!と思って、そこからスキーを始めた。採点競技として確立してきちゃうと、審判の意に沿う滑りをしないといけないでしょ。俺は自分がかっこいいと思う滑りがしたかったから、フリースキーが楽しかったんだよね。夏の間は大阪でバーテンダーをやったり、派遣営業の仕事をしたりしてお金を貯めて、冬は長野の雪山にこもってひたすらスキーをして無一文になる、そんな暮らしをしてた」


冬の雪山で滑っていたら、たまたまやってきたプロの撮影クルーの目に止まり、サンボさんにはスポンサーがつくようになりました。スキー板やアパレルブランドの広告塔として滑ったり、海外に渡りスキー撮影も行なったりするように。さらに、被写体として自分もカメラのことをわかっていた方がいいだろうとカメラを始めたところ、次第に写真の仕事も増えてきたといいます。


旅の写真を集めた写真展を開催。


「でも、スキーも写真も、お金を稼ぐって意味では仕事にしたくなくて。クオリティでいったらプロを超えたレベルでやるけどね。滑りたいように滑る、撮りたければどこまでも行く。そういう自分でいられるようにしたいなとは思ってる。初めての旅は、フリースキーのフロンティアと言われていたアラスカ。そこからはずっと海外の雪山ばかりに行っていたね。そしたら、知り合いから『そんなに海外に行ってるなら、買い付けを手伝って欲しい』って言われて、タイをメインに雑貨の買い付けもするようになったよ」


タイで買い付けをするサンボさん。バックパック一つにサンダルがサンボさんの旅のスタイル。


当時、夏の間は大阪で通信回線の営業の仕事をしていたサンボさん。金曜日の仕事終わりに空港へ向かいタイへ飛び、週末に買い付け、日曜日の夜行便で帰ってきて月曜日の朝に買い付けた商品を渡し、そのまま営業先へ出勤していたそうです。かなりのハードスケジュールの上に、給料は無し。それでも、「楽しかったから全然よかった」とサンボさんは笑います。



「28歳になったら、生き方を変えようと決めていた」大阪との二拠点生活をやめ、長野に移住


「Asian Night Market」の前で、当時のスタッフとの一枚。


「夏はひたすら稼いで、冬は雪山で滑りまくって貯金を使い果たして、また大阪に帰る、ずっとそんな生活。でも、自分の中で28歳になったら稼ぎ方のサイクルを変えないといけないなと思ってた。だって、カート・コバーン、ジミ・ヘンドリックス……、ロッカーたちは27歳で死ぬでしょ?28歳からは、生き方を変えるぞって決めてたんだよね」


18歳の頃から冬の間は長野の雪山に滑りにきていたサンボさんは、地元である大阪との二拠点生活をやめ、長野に移住してきました。それまで、夏の間はバーなどの飲食店で働いていたことや、買い付けの知識があったことから、自分のお店を持とうと決めました。


「自然の中で遊びつつ、遊びと両立してお金も稼ぐことを考えたら、お店をやるのがいいかなと思って。実は、当時からゲストハウスを作りたい気持ちはあったんだけど、俺が長野に移住してきた2005年頃はまだバックパッカーもあまりいなかったし、ゲストハウスもメジャーな文化じゃなかった。今は違うな、じゃあ何をしようかなと考えた時、長野市にはいいタイ料理屋がなかったんだよね。いわゆる多国籍料理屋はいくつかあったけど、日本人向けにアレンジされていたから、本場の味のタイ料理屋をすることにした」


異国情緒あふれる外観。タイの三輪バイク、トゥクトゥクも。


長野市内の古民家を借りて、ボランティアを募りながらDIYで改装を行い、2005年の9月に「Asian Night Market」をオープンしたサンボさん。


最初に目指したのは、日中は雪山に滑りに行くため、ランチの間はお店を任せられるスタッフを育てることでした。順調にスタッフが増えてきてからは、数週間以上買い付けや旅のためにお店を離れることもしばしば。「自然の中で遊びつつ働く」サイクルが回ってきました。



ゲストハウスは若い人の文化。一歩引いてオーナーとしての立場へ


「Pise」オープン時のサンボさん(左)


「Asian Night Market」オープンから10年が経ち、スタッフが途切れたタイミングでサンボさんは一度店を閉じます。しばらく遊んで暮らそうかなと思ったものの、当時サンボさんは38歳。周りに同じペースで遊べる同年代もいなかったことから、再び自分の店を始めることにしました。そこで生まれたのが、国内外から訪れる旅人と、地元の人が交流できるゲストハウス「Pise」でした。


「Asian Night Marketは、ほぼ完全に自分一人で作った。でも、Piseは工事だけでもプロの大工さんが五人くらい入ってるんだよね。自分で全部やれば早いけど、それだと自分の頭の中にあるものしか作れない。人と一緒にやったほうが想像を超えたものを作れるわけよ。俺より得意な作業がある人がいたら、その人にやってもらったほうがいいものができる。チームで仕事をすると、喧嘩になることもあるし、時間もかかるけどね。それはお互い本気ってことだからいいじゃんと思うようになった」


大工さんたちと店内を大改装。


また、飲食店からゲストハウスに作り変えるにあたり、サンボさんは自分が前面に立つのではなく、あくまでオーナーとして一歩引き、スタッフと旅人が主役になるようなお店になるよう意識していたといいます。


「ゲストハウスって、俺の中では若い人の文化であるべきだと思ってて。いろんなスタイルの宿があると思うけど、ゲストハウスで、おじさんが若い子たちに武勇伝を語ってるのはどっちかっていうとあんまり美しいと思わない。旅人はお客さんとして来るのに、スタッフがベテランの旅人で気が引けちゃうのは楽しくないだろうから、20〜30代くらいの若いの子にいい感じに働いてほしいなって」


Piseは、その時々のスタッフの個性を生かしつつ、世界中から集まる旅人たちで賑わうゲストハウスになりました。観光客が激減したコロナ禍の間も、休業要請期間以外は店を閉めず、新しいスタッフを雇ってPiseを運営し続けました。


ウッドデッキで行われるジビエのBBQイベント。サンボさんが仕留めた鹿やイノシシの肉をみんなで囲みます。


「この場所の流れが止まっちゃうのは違うと思ったんだよね。海外からのお客さんが来なくても、長野県内・市内にいる面白い人が集まる場所になればいいなと思って。人がわいわいお酒を飲んで集まるのがよくないっていうなら、本棚を増やしてブックカフェっぽくしたり、コワーキングスペース的に使ってもらえるようにサブスクを始めてみたり。スタッフの子には、最低限の業務は教えるけど、基本的には『お店の顔になって、自分がしたいようにすればいいよ』って伝えてた」


コロナの影響により、留学や旅を断念した人、地元に帰ってきた人、「異国感」に引き寄せられてやってきた人。2020年からの過去3年間も、Piseには様々な人が集まり、交流が生まれていきました。



コミュニケーションツールとしてのサウナの魅力。Sambo Saunのはじまり


こうして、自分の気持ちや時代の流れ、その時々のスタッフと共にスタイルを変えてきたPiseで、サンボさんが現在取り組んでいるのがサウナ作りです。ここまで話を聞いてきて、昨今の「ととのう」サウナブームに乗っかったわけではないのは明らか。サンボさんがサウナを作ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょう。


「ここ数年、Piseにくる若い子たちに『サウナ作ってください!』ってずっと言われてはいたんだけどね。俺、自分が好きじゃないものは作れないから断ってたんだよ。サウナって、健康のためにみんな黙って熱さに耐えるイメージで、何がいいのかわからなかった。でも、2022年の秋にアウトドアフェスの手伝いに行ったらサウナブースがあって。試しに入ってみたら、みんなで飲みながら話をして、いい汗が出てきたら外に出て、夜風を浴びながら星空を眺めて外気浴。サウナに入っただけで、一緒にいた人たちとすごく仲良くなれたんだよね。これは、コミュニケーションツールとしてすごくいいなってイメージが変わった」


地元のお客さん、旅人と混ざり、Pise店内でビリヤートをするサンボさん。


これまでも、サンボさんはPiseの店内で、ビリヤード、ボルダリング、シーシャなど様々なアクティビティを提供してきていました。一見バラバラに見えるこれらに共通しているのは「コミュニケーションツール」であること。言葉が通じなくても、初めて会った人同士でも、同じ時間・空間を共有できます。サウナにもその可能性を感じたサンボさんは、早速サウナの仕組みや作り方を調べ始めました。


「まずは、うちの常連でサウナ好きを公言してたカメラマンのMocchyくんに相談した。そしたら、ちょうど信濃町のゲストハウス『LAMP』のサウナに空きがあるから一緒に行きましょうって誘われて、サウナの中で作戦会議をしたんだよね。他にも、サウナ上級者の二人組と、たまたまランニングしに信濃町にきてたって人たちもいて。サウナの楽しみ方とか、みんなでサウナ談義をしたんだよ。それで、やっぱりサウナはコミュニケーションツールになるなって確信できた」



自分の意思を押し通すよりも、みんなで一緒に楽しめる一番の方法を選ぶ


フィンランド・エストニアに渡り、サウナグッズの仕入れと現地視察。


その後、同じくPiseの常連客であり、WEBデザイナーの吉澤尚輝さん、グラフィックデザイナーのおうがいさんもサウナ作りチームに加わります。サウナグッズの仕入れと視察もかねて、サンボさんと吉澤さんは12月の頭にはフィンランドへ旅立ちました。


「サウナって面白い」という発見から、フィンランド行きを決めるまではわずか三週間。思い立ったらすぐに動くのがサンボさんのスタイルです。


フィンランドに渡ったあとは、現地の人から情報をもらいつつ様々なスタイルのサウナを周りました。エストニアのサウナ文化も面白いと聞き、エストニアへ移動。サウナアイテムを仕入れつつ、構想を固めていきます。


現地で購入したサウナストーブを担ぐサンボさん。(電圧の関係により、現在の「SAMBO SAUN」では別のストーブを使用しています)


旅から帰ってきたサンボさんは、まずPise店内にあったボルダリングスペースを全て解体し、早速工事に取り掛かります。工事には、地元のこれまでのお客さんはもちろん、以前泊まりに来た旅人、近隣の大学生、噂を聞きつけた各地のサウナ好きなど、50人を超える人たちが代わる代わる手伝いにやってきました。


「俺はいつも、一旦壊してから考える。スクラップアンドビルドだね。もう、サウナをやろうと思ったらボルダリングに対しての心がなくなってたから壊しちゃった。図面が書ける人って、多分紙の上で考えるんだけど、俺は図面を書けないから、床に直接チョークで線を引いて、自分でその上を歩いたり座ったりして考えないと作れないんだ」


設計図などの図面は一切引かず、脳内を図解した紙だけをもとに工事を進めていきました。



もともとボルダリングがあったスペースを解体し、サウナ室と水風呂が完成。


Piseの内装に合わせ、土を塗り固めたかまくらのような形状のサウナ。泥の蓄熱効果でサウナ内の湿度管理は抜群。エストニアで体験した、ウェットな体感のサウナを目指しました。水風呂は、もともとの古民家を借りたときから持て余していた、井戸の水を使用。外気浴はウッドデッキスペースで気持ちよく外の風を浴びられます。


お腹が空いたら、Piseのカフェバーで世界の料理やお酒を。サウナ利用客以外の人との交流もできます。サウナで整って、お腹を満たして、酔いが回ったらそのまま宿泊も可能。好きな場所で、それぞれが楽しみながら過ごすうちに、いつの間にか居合わせた人と仲良くなってしまう。そんなふうに、ゲストハウスならではのコミュニケーションが生まれるサウナができました。


SAMBO SAUNのロゴには、サンボさんの似顔絵が。


工事を進める一方で、サウナのコンセプト作り、HPやSNSの運営、クラウドファンディングへの挑戦など、ソフト面の戦略作りもチームで進めていきました。


Piseでは、自分はあくまで裏方としてあまり前面に出てこなかったサンボさんですが、新しいサウナの名称は「SAMBO SAUN」、ロゴにも本人の似顔絵が使われており、自身のキャラクター性が前面に押し出されています。


ロゴの作成、イラストを担当しているおうがいさん。長野移住直後、旅の空気に惹かれてPiseに通うようになったそう。


「俺は、全然自分が前に出たいタイプではないんだよ。俺のキャラクター性を押し出すのは、めちゃめちゃいやだった(笑)でも、チームのみんなが『それが一番いいし、それがやりたい』っていうんだよ。若い子たちがそう言うなら、俺がいやだからやらないよりも、みんなが一番面白い方法をとったほうがいい。最初は、俺が中心になってやるべきだって思ってたけど、ベストを尽くせる施工の部分は俺がやって、あとはプロフェッショナルな子たちを信じて任せるほうがいいし、絶対面白くなる」



「遊び」と「仕事」の境目はない。お金をうまく回して、みんなで一緒に面白いことがしたい


木崎湖のサウナで行われた「SAMBO SAUN」のPRイベント「お外で遊ぼう会」。子供から大人まで50人近くの人が集まりました。


自分自身は一歩引きながらも、広告塔として自分のキャラクター性を自由に使ってもらうという、「サンボさん」の個性が前面に出たPR。自分の好きなことを貫き、その姿をいいと思ってくれる人がついてくればいいというスタイルから、今ではチームで時間をかけて方向性を話し合い、じっくり「SAMBO SAUN」を作り上げています。


「俺は市場ありきで物事を考えてこなかったから、ブランディングって必要なかったわけよ。クラウドファンディングも、わざわざお金集めなくたっていいじゃんと思ってた。でも、せっかくみんなが俺と一緒にサウナを作りたいって言ってくれたから、若い子たちの仕事の仕方を見せてもらうのも面白いかなって。俺自身はやりたいことがないからさ、人がしたいことして活躍してるのを見てるのって楽しいんだよね。長くお店をやってるとね、弟とか妹みたいな子たちがいっぱい出てくるんだ。今は、見守るだけじゃなくて一緒にやれてるから楽しいよ」


「お外で遊ぼう会」の様子。夜はサンボさんが花火を上げました(撮影・編集:Mocchy)


一緒に動いているサウナチームの面々が、Zoomを使ってオンラインで打ち合わせを進めている様子を眺めるのも新鮮で楽しいんだとか。「やるからには、いいものを作るよ。でも、うまくPRできるようにプロにお願いしようというよりも、みんなで一緒に面白いことがやりたかったんだ」と語るサンボさん。


「なんだこれ、おもしろいな」とスキーを始めた18歳の頃から、好奇心を原動力に動くところは変わっていません。 


「若い頃は、お金を稼いでは使い切っていたから、常に『稼がなきゃ』って思ってた。そういうサイクルを抜けてからは、稼いだお金を貯めておくよりも、周りを巻き込みつつ面白いことをしてお金を生み出す流れを作った方が楽しいな。俺は、遊びと仕事の境目がないからさ。今はサウナを作るのが楽しいし、サービスを考えるのも楽しい。いつも過程が楽しいから、出来上がっちゃえばあんまり興味がなくなるかもしれないけどね。そしたらまた違うやりたいことがきっと出てくるから、サウナはやりたい子に任せて、俺は次のしたいことをするよ」


長期的なビジョンも完成形もないお店づくりは、「朝起きて、食べたいものが食べられて、その日の自分がしたいことさえできていればそれでいい」という毎日を繰り返して、今日まで続いてきました。


サンボさんの「おもしろい」を突き詰め、新しいコミュニケーションツールとして長野市に生まれる「SAMBO SAUN」。ここからまた、新しい人の交流が生まれ、きっとその出会いからが次の新しい企みにつながります。


一ヶ月どころか、一日、一時間ごとに変身していく異空間。ぜひあなたの目で見届けてください。


「いつか」ではなく、サンボさんのように「今」の自分の気持ちに従って、まず動いてみたら、見慣れたいつもの景色がガラリと変わるかもしれません。




辻和之(46)

1976年生まれ、大阪出身。18歳からフリースキーを始め、夏は大阪、冬は長野の雪山に篭る2拠点生活を約10年間行う。2005年に長野市に移住し、タイ料理とアジアン雑貨の店「Asian Night Market」をオープン。2015年にはカフェバーを併設した「WORLDTRECK DINER & GUESTHOUSE - Pise」としてリニューアルオープン。2023年には店内の一部を改装し、異世界サウナ「SAMBO SAUN」をはじめる。最近の趣味はゴルフ。



■ SAMBO SAUN


公式HP

https://sambo-saun.com/


住所

〒380-0832

長野県長野東後町2−1 


Instagram

@sambo_saun


クラウドファンディングのページ(支援期間は終了しています)

https://camp-fire.jp/projects/view/647018