「自分でお店をやって自由に働きたい」ーそんな夢を思い描いたことはありませんか?


表通りから一本外れた通りにある、カウンター数席の小さなお店。看板メニューはこだわりのコーヒー。開店するのは週数日のみ、自分の好きなものだけを集めた、常連客や通りすがりのお客さんがふらっと訪れる、隠れ家のようなお店……。


長野県長野市・善光寺に続く中央通りから、脇道にそれた長野市門前エリアにある「サンデーライフコーヒー」は、まさしくそんな隠れ家のようなお店。店主の和田幸夫さんが、2014年に週末のみの間借り営業からはじめた喫茶店です。


開店以来、日々多くのお客さんを出迎え、お店に立ち続ける幸夫さんに、「いつか自分のお店を持ってみたい」という夢をどうやって形にしてきたのか伺いました。



できることからコツコツと作ってきたお店


「サンデーライフコーヒー」は、カウンター6席のみの喫茶店。看板メニューはコーヒーとトーストです。現在は火、金曜定休の週5日間営業しており、カフェ・喫茶店の閉店時間が早めな長野市では珍しく、木曜限定で「夜カフェ」営業も行なっています。市内の観光名所である善光寺からは徒歩15分。メインの表通りから一本外れた道にお店があり、観光客はもちろん、地元の常連客がふらっと立ち寄るお店です。


店主の幸夫さんは、2014年に間借り営業からお店をスタートしました。


「お店をやりたいっていう気持ちはずっとあったんだけど、なかなかチャンスがなくてね。最初は、今みたいな小さいお店というよりは、しっかりした大きいお店をやりたいなと思い描いてはいたんだけど、まとまったお金もないから踏み切れなくて。ダブルワークをしつつ、ご縁と流れに乗ってできるところから始めていった感じかな」



「なんか違うな……」とモヤモヤしながら、足場を組む日々


幸夫さんの出身は長野県松本市。幼い頃に長野市に引っ越してきて、小中高と長野市の学校に通っていました。大学卒業後、一度は長野市で就職しましたが、「東京に出てみたい」という気持ちがあふれ、一度上京をします。


「東京では、河童橋にある卸のお店に勤めていたんだ。グラスや食器なんかを飲食店に卸す仕事だね。営業で東京中の飲食店を回るうちに、いつか自分のお店をやりたいなと考えるようになって」


数年間の東京生活を経て、「いつまでもふらふらしていられない」と地元の長野に戻ってきた幸夫さん。「お店をやりたい」という思いはありつつ、次のステップが具体的に見えず、親戚の誘いを受けて鳶職に就きました。


「結局、そのまま6年ほど現場仕事をしていたね。当時の自分にとっては、目の前の選択肢を選ぶのが最善の道だったとは思うんだけど、毎日足場を組みながら『なんか違うな……』とずっとモヤモヤしていたなぁ」


その後、30代半ばに差し掛かった頃に鳶職を辞め、2012年から友人のつてで長野市のレストランで働き始めた幸夫さん。これが最初の飲食業勤務となります。約2年間に渡り、半分アルバイト、半分社員のような形でホール勤務を続ける中で、「自分のお店を持ちたい」という想いはさらに膨らんでいきました。



「家賃も全部折半なら、ここでお店をやっていいよ」夢が現実味を帯びてくる


間借り営業時代の面影が残る店内の壁。


当時の長野市では、善光寺近くの門前エリアを中心に、古い建物をリノベーションした新しいお店が増えていました。地元の人はもちろん県外からも人が入ってきて、大きな流れが生まれつつある街の活気に、幸夫さんは惹かれていきます。


「当時このエリアが古民家改修でちょうど盛り上がってきた頃でね。地元の人に、県外の人がどんどん入ってきて、町の編集室『ナノグラフィカ』、コーヒーのお店『ヤマとカワ』、ゲストハウス『1166バックパッカーズ』と、いろんなお店が街に出てきた。なにかのヒントになるかもと思って新しいお店ができたらぐいぐい顔出しに行ってたね。自分もお店をやるんだったら、この界隈でお店をやりたかったんだ」


現在「サンデーライフコーヒー」がある店舗も、元々はそうして通うようになったバーの一つでした。当時は「Flat Bar」という、芸術家二人が夜だけ開店するお店でした。店に通うにつれ、店主の二人は普段は創作活動をしており、日中はお店をやっていないと聞いた幸夫さんは、飲みの場の勢いもあり「昼間にここでお店をやらせてもらえませんか?」と声をかけます。その場では「先約がいるから」と断られましたが、「逆に先約がいなければここでお店ができたのか」とお店を持つ夢が一気に現実味を帯びてきます。


「それから2週間後に、近くのパン屋さんでバーの店主にばったり会ってね。『このあいだの昼営業の話なんだけど、先約がなくなったんだよ。家賃もかかる費用もざっくり折半でどう?やってみる?』って声をかけられて。そこから話がどんどん進んで、本当にお店をやってみることになったんだ」



まずはコーヒーとトーストからお店をスタート


現在の「サンデーライフコーヒー」のメニュー。


「間借りっていったって、『じゃあ今日から営業できます』ってわけにはいかなくてね。同じ店舗だからいいだろうと思っていたら、別で営業許可が必要だってことがわかって。店主の方に協力してもらいながら、書類を揃えてまずは許可を取るところから始めたよ。『お店をやりたい』と思ってはいたんだけど、実際のお店の開き方はその時始めて知ったんだ」


手探りながらも営業許可を取り、まずは間借りで自分のお店を開いた幸夫さん。開業当初はレストランのホールの仕事がお休みである日曜日のお昼のみ営業していたことから、店名は「サンデーライフコーヒー」に決めました。


「自分は、コーヒーを淹れるのとトーストを焼くしかできなかったから、メニューはコーヒーとトーストから始めたんだよ。コーヒー豆は、当時からずっと東京の国立コーヒーロースターから仕入れてる。飲料メーカーに勤めている友人がいて、彼なら舌はたしかだなって信じていたから、何軒か一緒にコーヒー屋さんを回って扱うコーヒー豆を決めた。神経質なんじゃないのってくらいほんとに細かい人なんだけどね。俺はその人と比べるとざっくり系だから(笑)」


和田さんのこだわりが詰まった、丁寧にドリップされたコーヒー。


「国立コーヒーロースター」は、直火式の手回しロースターを使って自家焙煎をしているお店。豆が少しスモーキーなところと、お客さんの目の前で手作業で焙煎しているところに和田さんは魅力を感じました。信頼している味覚を持つ友人のお墨付きも得た和田さんは、店主に「自分の店で豆を使わせてほしい」と相談します。大量生産ではないため、国立市内のカフェ以外に豆は卸していませんでしたが、何度もお店に通って関係を築き、「サンデーライフコーヒー」で豆を取り扱うことを快諾されました。


コーヒーはハンドドリップ式。同じく「国立コーヒーロースター」の店主からやり方を直接教わり、現在はそのやり方を基本に試行錯誤を重ね、自分なりに調整を加えています。コーヒーに使っている水は、長野県松川村の天然水。これも和田さんが「おいしい」と純粋に感じたものを使ってるそう。こだわるところはこだわり、あとは流れにまかせてできるところから。こうして幸夫さんのお店づくりは始まりました。



ダブルワークをしながら店舗を拡大するうちに、自分の「いい塩梅」に気づく


現在の「サンデーライフコーヒー」。


一方、ダブルワークも続けていた幸夫さん。日中に自分のお店をやるためにレストランのホールスタッフを辞め、当時長野市にあった大手スーパーマーケットのお惣菜売り場で夜勤を始めました。「お店をやりたい」という気持ちと、現実の収入と仕事のバランスを取りながら、毎週日曜日のみの営業から、徐々に週3日間に営業日を増やしていきます。間借り営業も4年目に差し掛かる頃、ついに自分のお店を持つチャンスがやってきました。


「たまたま、隣の店舗が閉店するというニュースが舞い込んできたんです。隣の店舗とは、裏口を通じて繋がっていたので、せっかくなら隣でもやろうと。インテリアにも興味があったので古物商の許可を取って、古道具屋兼カフェの『サンデーライフストア』としてお店を拡大してみたんです。旅好きの紳士『Mr.サンデートリップ』の仕事場っていうコンセプト。彼が旅に出ている間に僕が場所を借りてるって設定でね」


額縁に入っているのが「Mr.サンデートリップ」の肖像画。


「サンデーライフストア」では、お料理担当に和田さんのお母さんも加わり二人体制でお店を切り盛りしていました。また、市内で飲食店を営む知人から「うちの店でも間借りランチをやっていいよ」と声をかけられ、毎週水曜日にランチ営業をすることに。この間も、スーパーマーケットの夜勤はずっと続けていました。「サンデーライフコーヒー」、「サンデーライフストア」、出張ランチ出店と、自分のお店が少しずつ大きくなっていくうちに、次第に幸夫さんの中に違和感が芽生えてきました。


「隣でもやろう、違う業種もやろう、メインの仕事もやろうって毎日毎日行ったり来たりで1年間やってみたんだけど、同時進行が忙しすぎて、これはもうだめだ!って早期撤退。もっと仕事に集中すれば違ったのかもしれないけど、あまりに忙しすぎてね」


それから、お店を大きくするよりも細く長くお店を続けようと決めた幸夫さんは、広げていたお店を元のカウンター6席の一店舗のみに集約しなおしました。規模を縮小し、店舗で再スタートを切った幸夫さん。もともと夜に営業していた「Flat Bar」が撤退してからも、スーパーマーケットの夜勤、毎週日曜日の昼と月・木曜日の夜のみ「サンデーライフコーヒー」の営業、水曜日の間借りと、ランチトリプルワークで再スタートを切ります。


「最初はね、店舗を増やして、もっと商売を大きくしていこうっていう野心があった。一度お店を広げたんだから、もっとその気にならなきゃって。でも、言ってしまえば自分の考えが甘かったんだよね。お店を広げるには、その分もっと家賃がかかる。お金を借りて、場所を借りて……ってしているうちに、湯水が流れるようにお金が動いていくのが怖くなったんだ。そういう不安を乗り越えて、それでも踏ん張る人が、お店や会社を大きくしていくんだろうね。俺はそうじゃなかった。このへんでやめないといけないのかもって思ったから早期撤退したんだ。でも、これは実際にやってみたからわかったことだね」



ダブルワークから、初めて「本業」に乗り切ってみて


開店当初の幸夫さんの写真と、常連さんが描いてくれたという似顔絵。


こうして、「まずはやってみる」を繰り返してお店を続けてきた幸夫さん。次の転機は、善光寺の「御開帳」でした。「御開帳」は、数え年に7年に一度執り行われる行事。期間中は、絶対秘仏といわれている善光寺の御本尊の身代わりである前立本尊が公開されます。例年は、4月から5月末までの2ヶ月間の実施ですが、2022年度は新型コロナウイルスの感染対策のため、4月3日〜6月29日までの3ヶ月間に渡り開催されることが決まりました。


街の雰囲気がガラッと変わり、観光客の増加が見込まれる「御開帳」。前回の開催時は、間借り営業を始めた直後でしたが、お店を始めて9年の月日がたち、「これまでお店一本でやったことがなかったから、この機会にやってみよう!」とダブルワークをやめ、「本業」として、開業以来初めて週5でお店をやっていくことを決めました。


4年前からずっと通っているという常連さんと談笑する幸夫さん。


「実際は、観光客というよりも、メインの道が混んでいるからって流れてくる地元の人が増えたね。『こんなところにお店があったんだ!』って入ってきてくれて、そのまま常連になってくれた人もいるよ。うちはカウンターだけだから、昔からのお客さん、最近来た人、観光客の子なんかが居合わせておしゃべりしていくこともある。そういう出会いの場になるとうれしいよね」


御開帳に合わせ、2022年の春から始めた週5営業。もうすぐ1年が経つ今、念願の「自分のお店をやる」を実現した感想を伺うと、「これで次の春からダブルワークに戻るかも」と意外な返事が。


「ずっとダブルワークでやってきたから、お店をやる割合を増やしたいなって思っていたんだよ。でも、実際にやってみたら週5でずっとお店にいるのがちょっと窮屈になってきたんだよね。考える暇がないくらいひっきりなしにお客さんがくるならまだしも、そういうわけにもいかなくて。ずっとカウンターの内側にいると、鬱々としてきちゃってね。お客さんが来ない時間帯には自分で動いてバランスを取る生活のほうが性に合ってたんだね。これもやってみてわかったよ。でも、興味のないことはやりたくないから、興味のあることが見つかればまたダブルワークに戻りたいな」



やるか、やらないかの二択だけではなく、グラデーションで考える


「自分もお客さんも前向きな言葉を見てなんとなくでも気持ちが上を向くように」という気持ちで書いている黒板のメッセージ


「自分でお店を持って自由に働きたい」という、長年あたためてきた夢。しかし、具体的に何が必要なのか、どれくらいの規模でやりたいのか、どれだけ働きたいのか、具体的なイメージが掴めるのは、実際に動いた先にしかありません。


「こうして振り返ってみると、あっちにふらふら、こっちにふらふらしてきただけに思えてきたな」と笑う幸夫さんですが、まずは動いて、違和感を感じたら早めに手放し、無理せず自分に合う形を探ってきたからこそ、9年に渡り「サンデーライフコーヒー」を続けてこれたのではないでしょうか。


「やるかやらないかの二択ではなく、まずは週1日、自分が出せるメニューから。そうやって、夢と現実にグラデーションを持たせてもいいのかもしれません。大事なのはバランス。徐々に『やりたいこと』の比率を増やしていけば、自分の『やりたい』に近づけると思います」


ほっと一息つける空間は、その都度「心地のいい方」を選び続けてきた幸夫さんの人柄によるものなのかもしれません。「まずやってみる」、小さな一歩から始まったお店が、これからどう穏やかに変化を続けていくのかが楽しみです。



和田幸夫さん

1974年生まれ。長野県松本市出身。幼少期に長野市に移り住む。卸売業、鳶職、飲食店勤務等を経て、2014年より長野市で「サンデーラーフコーヒー」をオープン。以来、ダブルワークをしながらお店に立ち続け、2022年春から本業としてカフェ営業をスタート。


■ サンデーライフコーヒー


住所

〒380-0838

長野県長野市南県町477-1


Instagram

@sunday_life_coffee