【前編はこちらから】
https://megurito.jp/area/fukui/article/226
金四郎プロジェクトと銘打って始まったコミュニティカフェ金四郎(以下、金四郎)は2022年3月にオープンし、1年が経過しました。
その間に吉村さんの考えも少しずつ変化してきたようです。そこで、今後の展望について、どのような想いがあるのか尋ねました。
「大きな目標があるにはあります。ただ、明確に定まっているわけではなく、理念的なものですね。色々な人との縁やお声がけのおかげで、こういう方向性が良いかなという感じで1年間やってきました。だから、今後の展望とか、そんなかっこいいものではありません」
そう語る吉村さんですが、胸の内には熱い想いがあるようです。
まずは現在の金四郎の事業内容を紹介し、それを踏まえて吉村さんが考える今後の事業展開について紹介します。
コミュニティカフェ金四郎の事業内容
金曜日のみ『金四郎ナイト』として夜の営業をしている
金四郎はカフェとして営業していますが、下記のような取り組みも行なっています。
・金四郎ナイト
・雑貨、駄菓子販売
・ハンドメイド作品や書籍の委託販売
・ワークショップなどのイベント
それぞれについて詳しく伺いました。
夜のきれいな金四郎を見てほしいという願いで
日が暮れると昭和ガラスが青く見えると共に、店内もノスタルジックな雰囲気に
金四郎の通常営業時間は11時から17時です。ただし、「金四郎」の屋号にちなんで、金曜日のみ「金四郎ナイト」として16時から22時まで営業しています。
吉村さんは「夜の金四郎を見てほしくて。そのためだけに夜の営業をしています」といいます。
筆者が取材に訪れた日は金曜日でした。夜の金四郎は店内から漏れる光が夜空に映え、昼間とはまったく違う顔を見せてくれるので、外観を眺めるのもおすすめです。
しかし、吉村さんのおすすめは店内からの眺め。金四郎で使用されている窓ガラスは昭和ガラスを使用しており、現代の一般家屋で使用されているガラスとは光の通し方が異なるので夜になると青く見えます。
日が暮れ始めるとガラスの青色と昭和レトロな照明の美しさが重なり、店内は一層ノスタルジックな雰囲気になりました。
夜の金四郎は中から見ても外から見ても美しく、全世代がワクワクするような、それでいて少しだけ胸がキュンとなるようなおしゃれさです。そんな雰囲気でいただくコーヒーと焼き菓子は格別でした。
納得のできるものだけを提供するカフェ事業
吉村さん手作りの焼き菓子
金四郎の主軸となるのが喫茶店事業です。
吉村さんは飲食店での勤務経験もなく調理は苦手なよう。しかし、経営をするうえで飲食要素はどうしても必要でした。「美味しいものがあると、みんなの顔がほころぶのがわかる」といいます。
「それまではお客として食べる側の専門でした。私はあらゆるジャンルのプロに対するリスペクトがあるので、自分が作った中途半端な商品を提供しないと最初から決めていました。そこで、仕入れるものと作るものを分けることに決めたんです」
仕入れる商品に関しても自分が納得したものを提供するとともに、できる範囲でプリンや焼き菓子などを作って提供している吉村さん。少しずつ軽食メニューも増え、最近はトーストも提供するようになりました。しかし、自分で作るものも、納得のできるレシピしか提供しないと決めているそうです。
実は、金四郎で提供されている飲食は、喫茶メニューだけではありません。
駄菓子によってつながる輪
取材当日も3人の小学生が来店
金四郎では、雑貨や駄菓子の販売も行なっています。駄菓子は喫茶店内での飲食もできるので、子供たちには人気のコーナーです。取材当日も3人の小学生が来店し、駄菓子を購入して友達の家のような感覚でくつろいでいました。
セルフレジも取り入れることで、子供たちは勝手にお金を支払って食べることもできます。金銭感覚や購買システムを理解する勉強にもなっているようです。
また、駄菓子があることで、小さなお子さん連れのお客様もゆっくりできます。お子さんたちが駄菓子を食べている横で、お母さんたちが井戸端会議に花を咲かせる場面も多いようです。
ハンドメイド作品や書籍の委託販売
「1棚の本屋さん」では書籍の委託販売も行なっている
一階のカウンター横では「1棚の本屋さん」として書籍の委託販売もしていました。
このコーナーでは、お客さんが月額で書籍棚をレンタルして、おすすめの書籍を紹介・販売をしています。棚主自身がこれまでに強く影響を受けたり、心を揺さぶられたりした本を「読む薬」として他の誰かに味わってほしいそうです。
また、前編で取り上げた「ツナグ箱」ではハンドメイドの委託販売をしています。ハンドメイド作家とお客さんをつなぎたいとの想いが込められています。
このように、金四郎には人と人とをつなぐいくつかの仕掛けが施してありました。ツナグ箱では出品者と購入者だけではなく、出品者同士のつながりもできたといいます。
また、人と人をつなぐ仕掛けは、イベントにも反映しています。
見て考えて学ぶイベントを開催したい
マーブリングワークショップ(出典:Facebook)
金四郎は、以前ワークショップやおしゃれなイベントを開催していました。
吉村さんはオープン当初からイベントを開催したいと考えて実施していたのですが、最近は小浜市内でもイベントが多く開催されるようになり、あえて同じようなことを金四郎で実施する必要はないと考え直したそうです。
「他の施設ではできない何かを、ここで作ったり補ったりしたいという考えがあります。最近は『学べる系』のイベントを開催したいと思うようになってきました」
第6回「順子の部屋」の様子(出典:Facebook)
昨年から「順子の部屋」と題したトークイベントを開催しています。ゲストは吉村さんのかつての教え子や関係の深い人。トークのテーマは、ゲスト自身の生き方や誰もが直面するであろう問題を取り上げています。対話することでお互いの考えも整理できる、見て考えて学ぶイベントです。
トークイベントの客席からは「自分と同じように考えている人がこれだけたくさんいるんだな」という共感と安堵感が漂うといいます。
「そういう空気って、何かすごく美味しいんですよね。見ていると、またそういうイベントを企画しようかなって思えてきます」と意気込みを語ってくれました。
金四郎シアター(出典:Facebook)
また、昨年の10月と今年の5月には「金四郎シアター」と題して映画の上映会が実施されました。上映された作品は豪田トモ監督の「うまれる」と「ずっといっしょ」。どちらも家族のつながりをテーマにしたドキュメンタリーです。鑑賞したお客さんは、それぞれに命の連鎖について考えたとのこと。
常に手探り状態で前に進み続けている吉村さんは、これからもトライ&エラーの精神で挑戦し続けることでしょう。
金四郎はおしゃれ要素を兼ね備えた出会いの場
金四郎ではアナログおもちゃでお客さん同士がつながることもある(出典:Facebook)
金四郎プロジェクトの事業内容は、子供向けのワークショップや映画上映などが実施されていることから、地域の公民館の事業内容に似通っている印象を受けました。
しかし、地域の公民館は金四郎のすぐ近くにあるので、公民館と同じでは意味がありません。そこで、公民館と金四郎の違いについて尋ねてみました。
地域に縛られない公民館の役割を担う
吉村さんはカフェをオープンする前に、宮川地区の公民館で勤務されていました。そのときにお世話になった宮川地区に住む人たちもわざわざ足を運んでくださるそうです。
「公民館は宮川地区や中名田地区のような中山間地帯にとって本当に無くてはならない大切な施設なんです。正に、小さい市役所、で……」
しかし、小さい市役所であるために、どうしてもその地区の住民以外は利用しづらい雰囲気があります。地区を超えて交流することが難しく、女性や若者にとって身近な場所ではないといいます。
「人間は普段、職場や学校、家庭など、自分が属している場所によって色々なペルソナ(社会的仮面)を使い分けています。金四郎はそれらとは違うもう一つの場所でありたくて、イメージとしては『地区を超えて誰もが利用できるお洒落な公民館』なんです」
実際、金四郎には吉村さんが宮川地区でお世話になった方々など、中名田地区だけでなく他の地域からも多くの方々がわざわざ足を運んでくださるそうです。
おしゃれなカフェをしたいわけではない
使用している食器類にもおしゃれなこだわりが感じられる
吉村さんはインスタグラムを活用し、日々多くの情報発信を行なっています。インスタグラムでは「自分が何を考えているのか」を発信すると同時に、お客さんとの間に生まれた物語を掲載しているとのこと。
一年間とにかく意識したのは、「おしゃれなカフェをしたい人」だと思われないようにすることだったそうです。
金四郎を立ち上げたのは、誰もが気楽に利用できる公民館のような施設をつくるためでした。その際、旧中名田郵便局舎という歴史的建造物の価値を伝えつつ、自身が表現したい世界観も発信してきたとのこと。その結果、多くのお客さんやインスタグラムを見てくれている人たちに金四郎プロジェクトの理念を理解してもらえるようになってきたそうです。
ただ、市街地から離れた場所に金四郎が存在していることは、プラスの面とマイナスの面のどちらも含んでいるといいます。
お客さまの中には「何もないところにあるからいいのよ」「日常から離れて気持ちが切り替えられるから、ゆっくりできるわ」とやって来られる人も多いそう。
一方で、「わざわざ行って混んでいたら座れないし、吉村さんとゆっくり喋れないからイベントの日は行きにくい」と気を遣われるお客様もいらっしゃるとのこと。
吉村さんは、インスタグラムを頻繁に更新することで「賑やかな金四郎」のイメージがついたことを心配し、「オープン当初とは違い、今はゆったりのどかな喫茶店、という感じなんですけど(笑)」と笑顔で漏らします。
また、観光方面に営業をかければ来客数を増やすことができるかもしれないと思う一方で、地元の人たちが入りづらくなるかもしれないとも思うそうです。だから吉村さんは、インスタグラムの発信もハッシュタグをつけないことを徹底されています。
「本当にバランスが難しいですね。金四郎の理念をわかっているお客さまが来てくださることが一番だと感じています」
吉村さんは悩まし気に眉毛を下げて語ってくれました。子供たちの笑顔を守るためにも収益を出すことは必要です。子供たちの毎日が楽しくなるために金四郎は絶対に無くしてはならない場所だといいます。
「そのためには私にはもう少しビジネス的な部分の勉強も必要だと感じています。その上でお金以外の『価値』をどう定義するか、今、必死に落とし込んでいる段階です」
駄菓子屋スナックのママが考える今後の展望
金四郎では子供たちのために駄菓子も販売している
よく「飲食店でしょ?」と聞かれることがあり、吉村さんはその度に「よろず屋です」と返答しているとのこと。あるとき「駄菓子屋スナックのママだね」と言われ、「なんてぴったりな表現!」と胸にストンと堕ちたそうです。
金四郎をオープンして1年が経過し、吉村さん自身も大きく成長して、考え方も少しずつ変わってきたと話します。
駄菓子屋スナックのママとなり成長を感じている
カウンターに座る子供たち(出典:Facebook)
吉村さんは、調理などの苦手分野に挑戦することで、自分の得意分野についても再認識できたと語ります。
「金四郎を経営し始めてから、私が得意なのは『人を応援する』とか『その人の成長を助ける』部分だと改めて気がつきました」
お小遣いを持って訪れる小学生も、大人のようにカウンターに座って話すことがあるそうです。「お喋りが大好き」と人懐っこい笑顔で語る吉村さんは、小学生にも悩み事を相談されるといいます。
意外にも若い頃は小さい子供が苦手だったという吉村さんですが、地域の子供たちへの愛情が芽生えてきたそうです。
「最近、色々なお客様に対して『あなたも辛いよね、頑張ってるよね』と、色々な立場の方を受け入れられるようになってきたんです。ママ感がすごくなっちゃって。金四郎をオープンしてから、私自身が人として大きく成長したと感じています」
人間模様のアートを作りたい
今後の展望を語る吉村さん
吉村さんは、金四郎での出会いはショートムービーを観ているような感覚だといいます。
「金四郎へやってこられた、その人の一つの物語が生まれて、次の日にはまた違う人が来て……みたいな。たまにそういう映画があるじゃないですか。そんな感じの、ストーリーがいっぱいネタ帳として溜まっているような感じです」
金四郎に訪れる人は親切で思いやりのある優しい人ばかりだといいます。人間の良い面を見たいし、他の人にも見てもらいたい。そんな世界をショートムービーのように捉えているので、現実世界で遊んでいるような気がしてとても面白いそうです。
「子どもたちの工作のためにビーズや貝殻をいただいたり、お客さんが片付けやオーダーを手伝ってくれたりなど、お客さんからの優しさをインスタグラムで発信しているのですが、読んでいる人たちは温かい気持ちになるそうです。1棚の本屋さんで購入した書籍の感想として温かい感想のDMが届くこともあり、『日本もまだ捨てたもんじゃないな』って思います」
人間には汚い部分があるのは重々承知しているという吉村さん。それでも人間は元来綺麗なもの。金四郎を人の優しさを体現できる空間にしたいと力強く語ってくれました。
「最終的に、人間模様のアートを作りたい」
それが吉村さんの夢の形なのかもしれません。人間模様のアートは、これからも金四郎で紡がれていくでしょう。それに子供たちの成長も重要な鍵となります。
他者の成長が自分への報酬
少し前から、地元の学校が授業として金四郎を利用することや、吉村さん自身が学校に出向いて話をすることが増えてきたそうです。
当然、施設として授業で利用してもらうよりも、カフェとして営業した方が利益は出ます。生徒たちの対応をする必要もあるので、時間も取られるでしょう。一般的な個人経営の飲食店なら、そういった申し出を受け入れることは難しいかもしれません。
しかし、吉村さんは金四郎をどんどん子供たちに利用してほしいといいます。
「私から学べることがあったら搾りカスになるくらいに全てを差し出したい」
この金四郎でビジネスを学び、チャレンジし、子供たちが社会に出たときに生かしてほしいとのこと。
吉村さんにとっての報酬は、お金ではなく他者の成長を見ることなのでしょう。吉村さんの役割は、子供たちの成長の手助けをすることだと気がついたそうです。
最後に、まちづくりや地域活性化について、吉村さんの考えを伺いました。
“まち”は作るものではない
仕事の合間にはDIYの庭で草むしりをしている(出典:Facebook)
吉村さんは「まちづくり」という言葉自体に嫌悪感を抱いているといいます。
「最近、『吉村さんはまちづくりを頑張ってるわよね』『中名田地区を良くしたいんでしょ?』などと言われることが増えました。でも、本当にそんな気持ちはこれっぽっちもありません。まちを作るという発想はないんです。“まち”って作るものじゃないと思っているので」と語ってくれました。
それでは、吉村さんの考える“まち”とはどのようなものを指しているのでしょうか。
まちづくりや活性化は地元の人の生活に直結しなければならない
吉村さんは、住民のみんなが一生懸命生きていることで“まち”ができているといいます。
「たとえば、建物や店などの箱を作って、『まちづくりだ』『活性化だ』ということが多いですよね。けれどそれって、地元の人の生活に直結はしていないんです」
外からの力によって作られた“まち”ではなく、住民自らの時間を削って景観を維持したり、何か新しいものを作り出したりしなければならないというのが吉村さんの考え。仕事の合間に庭の草むしりをするのも、まちづくりの一環です。
「それぞれ自分が持っているスキルでできることを地道にやっていくことが重要だと思っています。無理に見栄を張るんじゃなくて、自分の能力の範囲で楽しむ。その結果として、そのエリアは“まち”が作られる。それが本来のまちづくりだと思っています。だから、よく『まちづくりをやっています』とメディアに登場する人に対してはすごく距離を感じます」
また、行政の実施しているサービスには地域差があり、誰もが同じサービスを受けるのは難しい状況。特に中名田地区のような中山間地域では、人口の多い地域と同じサービスは望めません。
「不便に耐えないといけないときに必要なものって何かなと考えたら、楽しさとかトキメキだと思うんです。人口減少の時代に入り、公共サービスも低下していくであろうこれからは、住民たちがその要素を感じながら、今まで当たり前のように与えてもらっていたものを我慢できるか、手放せるかっていうのがこれからの私たちに与えられた課題だと思います」
おしゃれや遊びの要素が鍵
金四郎を訪れるお客さんたち(出典:Facebook)
現在の公民館は女性や若者向けではなく、必ずしも遊び要素のある施設とはいえません。だから以前よりも楽しく毎日が過ごせるような施設として、地域を維持する活動にも力を入れたいと語ってくれました。
「『本来公民館ってこういう場所だよね』を金四郎で実現したいなという考えがあります。だけど、そこにはやっぱりおしゃれ要素を取り入れたいという想いもありました」
行政が取り組んでいるまちづくりは、「これをしてください」「これをしなければならない」などの義務的な押し付けや、地域負担が多いイメージだといいます。吉村さんは、そこにもおしゃれ要素や遊び要素を取り入れたいと考えます。
「中名田地区は、自治防災であったり、見守りであったり、学校の子供たちのフォローであったりとか、公民館の役割が必要とされる地域だと思っています。しかしながら、そこにおしゃれ要素や胸がキュンとときめく部分があったらいいなって常々思っていました。だから、公民館と金四郎で補完し合うことで、おしゃれな要素を埋めたいと思っています」
金四郎には、吉村さんの求めている心がときめく要素の多くが敷き詰められています。これからもそれらが重なり合って数え切れないショートムービーが紡ぎ出されるでしょう。
■ コミュニティカフェ金四郎
住所
〒917-0355
福井県小浜市下田41-17