飲食店が建ち並ぶ、秋田市で一番の繁華街・川反(かわばた)。かつては多くの人で賑わいを見せていましたが、ここ10数年で一気にひとけがなくなり、コロナで追い打ちをかけるように街の灯りは消えていきました。


そんな中、とある雑居ビルの屋上にオープンしたのが「川反ルーフトップ肉広場」。


春夏秋冬、雨でも雪でも、1年を通して秋田の旬をBBQで楽しめる「まちなかキャンプ場」として、川反の街に新たな灯りをともしています。


迫力のあるかたまり肉をはじめとし、季節に合わせた焼き野菜や鮮度抜群の牡蠣まで、新鮮で品質の高いこだわりの食材をいただけます。


肉広場では、BBQ器材一式を揃えてくれるのはもちろんのこと、準備・焼き上げ・食材の提供・後片付けまで、全てをお任せできます。さらに自宅や会社、公園とさまざまな場所で焼いてくれる「出張BBQ」のサービスもあります。


この川反ルーフトップ肉広場を経営するのは、コスチュームでもあるテンガロンハットに笑顔がよく似合う、代表の伊藤智博さんです。



BBQはライフワーク


夏は子どもが喜ぶプールを設置。親子で楽しめるようになっています。


生まれも育ちも秋田県秋田市の伊藤さん。高校を卒業してからは仙台、そして東京へと移り住みました。 国家公務員として防衛省に勤めており、26年もの間、仕事で毎日を忙しく過ごしていたといいます。


元々BBQやアウトドアが大好きだったという伊藤さんですが、職場の近くの都営公園で月に一度開催される、社内イベントのBBQが楽しみだったそうです。都道府県や世界の国々をその都度テーマにし、いただく食材や料理にも毎回変化があったことで、さらに楽しさが増します。


「11年もの間、季節問わずに毎年行われているBBQだったので、その時点で私自身がけっこうなバーベキュースキルを持っていましたね。まわりを喜ばせる絶対的な自信があったので『これが仕事にできればいいな』とは思っていました」


そんな思いから、BBQを仕事にするため退職のタイミングを決めます。東京は競合も多いこともあり、「やるなら地元の秋田で」と考えていたそうです。スムーズに運営ができるようタネを巻き、じっくりと時間を掛けながら秋田で人脈をつくり、コツコツと準備をすすめていましたが、予定より1年早く開業を促すきっかけが生まれます。


それは、秋田市で初めて募集された「地域おこし協力隊」でした。



予期せぬ世の中の変化でも少しずつ前を向く


その日の天候や気温に合わせ、焚火やテントの設置も可能。テント内ではストーブを炊くことで、真冬でもあたたかく過ごせます。


何かに取り組みたい目的を持つ“隊員”が、秋田市と協力しながらスキルを活かして町をPRする、地域おこし協力隊。


そこで伊藤さんが謳ったのは「BBQで町おこし」でした。その斬新でキャッチーな内容の応募が採用され、退職後は地元の秋田で3年間の地域おこし活動をしていくことになります。


「地域おこし協力隊の活動では、婚活BBQや地産地消のBBQ、移住者交流会をメインに企画しました。そこで改めてBBQの良さを感じたことがあります。それは“人となり”が見えることですね。料理が上手な人、話好きな人、気が利く人、はたまた何もしない人……。色々なタイプが集まって一緒にBBQを作り上げ、みんなで食を囲む。その中で、人同士が仲良くなっていくんです」


予想外の早さでBBQの普及活動をすることとなりましたが、自身のお店の開業に向けて、最後の1年間はプレオープンに向けての準備期間となりました。しかし、ついに開店というときに、新型コロナウイルス流行の影響で、思うような営業はできませんでした。さらに、秋田県からBBQ禁止の発令が出た際には、大きな打撃を受けたといいます。


「団体さんへのアピールを積極的にしていたのもあり、大人数での来店はなく、苦しい時期を過ごしていました。それからは、失った3年間を取り戻すことを最優先にしながら、先の構想を練っていた感じです。コロナが落ち着き、ようやくお客さんも戻ってくれるようになってきて、気持ちに余裕ができてきたように思います」


伊藤さんは叶えたいことに向かって一歩ずつ前進していきます。



BBQはパーティー!“ホスト”はおもてなしを提供する


オープンして最初の1年は、お客様に塊肉などを焼いてもらっていましたが“焼肉”のように焼いてしまい、おいしく焼ける方が少ないことが分かったそうです。そのこともあり2年目からは、伊藤さんが焼き上げて“切り分ける”スタイルに変化させました。


「焼肉は“食事”であってBBQは“パーティー”なんです。焼肉は『おいしいなぁ』って食べるけれど、BBQは『おいしいね』って、相手がいないとできないものなんです」


くわえて、BBQは“ホスト”と“ゲスト”に分かれるといいます。


「肉広場でいうと、私はホストで、おもてなしをする担当。アメリカのドラマで、ホームパーティーやガーデンパーティーってよく見ますよね。そこで登場するお父さんが『ようこそ!』なんて言ってゲストを招くわけですが、実はホストって何時間も前から肉を焼いているんですよ。ゲストが来る時間や食べ終わる時間に合わせて、次々と料理を提供する。こんな感じで、焼肉とBBQってけっこうな違いがあるんですよ」


肉広場ではその場で食べるだけでなく、秋田県産の豚肉を使用した迫力満点の「ぐるぐるフランクフルト」や「骨付きベーコン」、そして「NAMAHAGE(なまはげ)BBQソース」は工場に製造を依頼し、商品販売も手掛けています。


気軽に本場のBBQの味が楽しめるようにと、お肉は冷凍や真空パックになっており、温めるだけですぐにいただけるので、家族や仲間同士のBBQがより一層盛り上がります。



BBQの根底は「なべっこ遠足」


秋田にしかない、幼稚(保育)園・小学校行事である「なべっこ遠足」。


全学年・全児童参加で、学年混合でグループをつくり、それぞれの役割分担のもと、食材・調理道具準備から下ごしらえをして、子どもたちだけで鍋を完成させるという一大イベントです。秋田名物のきりたんぽに芋の子汁、煮込みうどんなどメニューから決める学校も多く、この課外授業に毎年胸を踊らせるのが秋田の子どもたちでした。


しかし、グラウンドや公園を使うにあたって、近所からの苦情や近年の学習プログラムの拡大により、廃止。今や30代から下の世代の子どもたちは、なべっこ遠足の存在すら知りません。


伊藤さんはBBQをもっと知ってもらうだけでなく、秋田独自の食文化である「なべっこ」の復活をすべく、活動の幅を広げています。


お店には「Nabecco&BBQ」と描かれた看板が大きく設置されているように、季節に応じた鍋を店内で楽しむことはもちろん、お店の外でもなべっこに関する活動をしています。


「なべっこイベントは、本当にやりたかったことの一つでした。まずは秋田市の中心である駅周辺の広場でできたら……と思っていたんです。ただ、お金も掛かるしどうしようと考えていたら、去年開催した冬の焼肉大会『極寒焼肉』でお世話になったJR秋田駅の職員さんとお話できる機会があったんです」


そこで伊藤さんの思いを話したところ、秋田駅前でなべっこ行事を復活させるイベント「集まれ100人!なべっこ復活大作戦」を開催できる運びとなったのです。


なべっこの道具や食材を持ち寄って作れるスペースと、手ぶらで訪れて秋田県産のお肉がたっぷり入った鍋を楽しめるスペースと、2つのスタイルを用意。


秋田にしかない貴重な食育であるなべっこを復活させるため、そして秋田独自の食文化を継承していくためのイベントとして、伊藤さんは大きな一歩を踏み出したのです。


「2022年に行った1月の最も寒い時期に焼肉を楽しむ極寒焼肉では、200人ほど人が集まり大成功をおさめ、毎年やろうと話をさせてもらいました。焼肉になべっこ、そして最終的には最も大きな目標である『駅前でBBQ』を達成するために、今は段階を踏んでいるところです」


BBQを広めると同時に、なべっこも同じように復活させ広めていくことを、徐々に形にしていく伊藤さん。 


「なべっこがまた公園でできるようになれば、BBQもルールは同じなので、どちらもできるようになるんです。そして、秋田にもっと防災公園が増えて、そこでBBQやなべっこができると、みんなが集える場所、かつ非常時の避難場所にもなりますよね。ベンチをひっくり返せばかまどになる“かまどベンチ”なんかも、防災公園の防災機能にあります。かまどベンチが普段から活用できれば、人のいない公園がもっと賑わい、万が一の時にも炊き出しができる。そういったことを市に予算付けする構想が頭にあって、ようやく先が見えてきました」


なべっこの開催に同じ思いを持つ同志がたくさんいたこともあり「全日本なべっこ協会」を立ち上げたという伊藤さん。


「ほかの県でなべっこの文化の言い回しがないのなら“全日本”を付けちゃおう!となりまして。だから私は全日本なべっこ協会の会長なんです。このなべっこの文化を、子どもたちに体験させてあげたいですね。『なべっこ遠足』って、名前を聞くだけでワクワクするじゃないですか。なべっここそ、BBQの原点ですよ」


自分たちでメニューを考えて材料を揃えて、仕込んで出来上がりをみんなでいただく。 これがみんなで作り上げる、BBQの楽しさにも繋がっていくといいます。



BBQでおもてなしを学ぶことで“家族のヒーロー”になれる


BBQの普及活動を全県に広め、みんなが楽しく集える場所、そしてなべっこの復活を担うお店にしたい。 現在、お店は川反のみですが、そのうち支店を出したいと話してくれた伊藤さん。


そのために、日本BBQ協会の秋田支部の代表を務め、BBQインストラクターの育成にも取り組んでいるといいます。


「BBQインストラクターになるためには“BBQ検定試験”に合格するのが条件です。インストラクターにはいくつか種類があって、初級・中級・上級、さらにはワンランク上のMC(講師養成)認定まであります。筆記試験はもちろんですが、一人一台のBBQグリルを使って、炭おこしから焼きの作業まで行う実技試験もあるんです。私はBBQ講師でもある、MC認定を保持しています」


秋田には現在約250人ものBBQインストラクターがおり、その内40人はイベント等でBBQ活動に取り組んでいるといいます。BBQインストラクターが増えることで、秋田県内どこへ行っても本格的なBBQが楽しめるネットワークができると、常に先を見据えて自身の活動を進めてきた伊藤さん。


「特にお父さんがこの資格を取ったら、みんながハッピーになれますよ。『こんなに人を喜ばせられるんだ』って感じると思いますし、おもてなしができることで自身も楽しくなる。子どもにとってはヒーローになれるし、お父さんがお休みの日にはお母さんもちょっと楽ができるんですよね」


過去には家族を持つお父さんを対象に、BBQの基礎を学ぶ講座を開講したこともあったそうです。



やりたいことができない人生はもったいない


国家公務員として安定した日々を過ごしていた時代からの方向転換で、まわりからは「もったいない」と言われたことも多々あった伊藤さん。それでも、やりたいことができない人生のほうがもったいないといいます。


秋田に戻ってきたことで、両親と過ごせ、環境の良いところで子どもを育てられる。また、やりたいことを実現する決意ができたのも、多忙の日々の中では手に入らないものでした。


「アウトドアが好き。そしてまわりの笑顔がみれるBBQでおもてなしをすることが好き」


そしてBBQの原点でもある、失われつつあった食育・食文化でもあるなべっこを「懐かしい」から「当たり前」の文化に戻していく。伊藤さんが取り組むBBQとなべっこの普及活動は、秋田のまちと人と共に続いていきます。




■ 川反ルーフトップ肉広場


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