「日本製品の品質が良いことは、海外ではよく知られています。しかし、日本から直接取り寄せたことがある人は、驚くほど少ないのが現状です」
そう語るのは、大阪で越境ECビジネスを展開する「ZenGroup株式会社」に4人いる共同代表のうちのひとり、スロヴェイ・ヴィヤチェスラヴさん。
言葉や商習慣の違い、決済方法の違いなどが障壁になり、取引が煩雑になっているといいます。ならば、取引を簡素化すれば取引が増える。そんなサービスを提供するため、留学生仲間と一緒に起業しました。
「日本へ恩返ししたい」と語るスロヴェイさん(画像提供:ZenGroup)
日本製品の良さは世界中で認識されてるのに日本から買う人が少ないアンバランス
越境ECとは、あまり聞きなれない言葉です。ZenGroupで提供しているサービスの概要を、簡単に説明してもらいました。
「越境ECにはいろいろな形があるのですが、一言でいうと海外にいるお客さんと日本の企業を繋げる架け橋のようなものです。私どもは、日本の商品を海外に売ることをお手伝いしています」
日本製品の品質の良さは世界中で認識されてるのに、日本から買う人が非常に少ないアンバランスな状態だというスロヴェイさん。
「いろいろな壁がありますね。言葉の壁や商習慣の違いは日本だけではありませんが、国によって決済方法が異なることがあります。国内ではクレジットカードが使えても、海外だと詐欺のリスクを避けるため、クレジット決済がNGの場合があります」
飛行機に載せられないものは、国によって細かい規制があるものの、一般的には大きくて重いもの、スプレー缶、香水、電子タバコなどのほか、食品も国によっては送れないものがあるそうです。船便にも対応しているそうですが、当然ながら到着まで日数がかかります。
「もちろん、それらの壁を無くしただけで売れるようになるかというと、ならないですね。やっぱりプロモーションとマーケティングが重要です」
オフィスの休憩スペース(画像提供:ZenGroup)
現在、ZenGroupで展開しているサービスは、大きく4つあるといいます。
1つ目は、購入代行の「ZenMarket」。例えば楽天市場やヤフオク!に出品された商品が欲しいお客様から依頼を受けて、お客様の代わりに購入して海外へ送ります。
2つ目は「ZenPlus」。ショッピングプラットフォームを用意して、海外へ商品を売りたい日本の企業に出品してもらって、決済や物流などをZenGroupが代行します。
3つ目は、サブスクリプションの「ZenPop」。日本の文房具、カップラーメン、スナック菓子、そして数量限定でサブスクリプション登録不要の期間限定ボックスから選んでもらい、1カ月に1回届けるサービス。
「お任せで弊社で選んだものをお届けします。例えば九州のラーメン特集だったり、季節のものを選んだりしています」
「ZenPop」お菓子(画像提供:ZenGroup)
そして、4つ目が海外向けプロモーションサービスの「ZenPromo」。30カ国から集まってきた従業員らによって19カ国語でサービスに対応しているノウハウを活かし、自社製品を海外で売りたい企業のサポートを行っているとか。
「主力は、購入代行です。そこからスタートしましたから」
海外で好まれる日本製品とは、具体的にどんなものでしょうか。
「本当に様々で、どの商品に焦点を当てればいいのか困るぐらいです。全体のトレンドとしては、たとえば趣味系なら現地で手に入らないアニメ、漫画、フィギュアなど。それと、釣り具ですね。日本製のリールやロッドは人気があります。そして中古の電化製品ですね」
ZenGroupが代理購入する製品のうち、7割以上が中古品だといいます。
「発展途上国では、新品は高価で手が届きません。日本の中古品は、まるで新品のように状態がいいのです」
母国語で考えて日本語と英語でミーティングを行い奥さんとはロシア語で会話する
ところで、スロヴェイさんはなぜ日本語を学ぼうと思ったのか、動機を尋ねてみました。
「今は、海外での日本のイメージはアニメとか漫画ですけど、私が学生の頃は格闘技とか日本文学のイメージが強くありました。そういったところに憧れがあったので、日本語を学んでみようと思いました」
スロヴェイさん。ウクライナにて(画像提供:ZenGroup)
大学で日本語を専攻し、来日してからは合気道を始めて、黒帯を取得したとか。
「日本文学もさんざんやりましたし、あの当時のイメージはやり尽くしましたね」
スロヴェイさんが話す日本語は淀みがなく、ほぼネイティブに聞こえます。ここまで流暢に話せるようになると、頭の中でものを考えるときも日本語なのでしょうか。
「いいえ、そこは母国語です。母国語で考えたことを、日本人のスタッフには日本語で、外国人のスタッフには英語で伝えます。社内ミーティングは日本語と英語です。その場その場で、ウクライナ語を日本語に変換したり英語に変換したりして、1日のうち何回も切り替えないといけなくて……。夕方には疲れてきて、頭の回転が遅くなりますね。そして妻がロシア人なので、家ではロシア語で会話するんです(笑)」
留学時代のスロヴェイさん(画像提供:ZenGroup)
英語は比較的話しやすいそうですが、日本語を話すときは「頭の中で、日本語スイッチを入れないと出てこない」といいます。
母国のウクライナ語の他、日本語、英語、ロシア語の4カ国語を操りながらの生活は、いったいどんな感覚なのか、日常語が大阪弁オンリーの筆者には想像できない世界です。
またスロヴェイさんは、言葉に関してこんな悩みを漏らしています。
「間違った日本語を使っても、誰も注意してくれないから、学生時代より下手になっているかも」
筆者が聞く限り、スロヴェイさんの日本語はいわゆる正統派。現代の日本人が使う、カタカナ語だらけの日本語より聞きやすいと感じました。
日本で出会った4人がアパートの一室で起業
ZenGroupには、共同代表という形で4人の代表取締役がいます。この取材に対応してくださっているスロヴェイ・ヴィヤチェスラヴさんのほか、オレクサンドル・コーピルさん、ナウモヴ・アンドリイさんの3人はウクライナ出身で、お互いウクライナの大学で来日前から知り合っていました。あと1人はロシア出身で、スロヴェイさんの奥様でもあるソン・マルガリータさん。
スロヴェイさんは2006年から東京大学の修士課程と博士課程、オレクサンドルさんは2007年から早稲田大学の修士課程、ナウモヴさんは2007年から大阪大学の博士課程、ソンさんは2009年から東京大学の研究生として来日していました。また、スロヴェイさんとソンさんは、それより前に留学していた富山大学で出会い、意気投合していたそうです。
4人は大阪と東京で離れていても定期的に会っており、誰がいい出すともなく、自然に「日本で起業しよう」という目標をもっていたといいます。
若い頃のスロヴェイさんとソンさん(画像提供:ZenGroup)
そして2014年、ZenGroupの前身であるゼンマーケット合同会社を4人で設立。
「Zen」の由来は、無駄なものを削ぎ落とし、限りなくシンプルに日本の商品を海外ユーザーへ届ける仕組みをつくりたいという想いから「禅(Zen)」を採用したそうです。
「海外でも知られている言葉であり、日本らしさを表現できる『禅』という響きを採り入れたい想いもありました」
起業した当時、すでにナウモヴさんが1人で起業していました。
「だから自分たちの母国ではない日本でも、なんとかなるだろうと思いました」
ナウモヴさんが借りていた50平米のアパートに、自作のパソコンを組み上げ、システムの構築も自分たちの手で行ったそうです。
「弟がIT技術者なので、手伝ってもらいました。銀行からまだ融資を受けられなかったから、自分たちで出し合ったお金を節約するために、やれることは何でも自分でやりました」
起業した当初に手がけたのは、オンラインペット霊園とウクライナ語・ロシア語のオンライン辞書でした。しかし、利用者が思うように伸びなかったため、早々に事業転換を決めたといいます。
「ウクライナの実家へ帰省したとき、家族や友達に日本のお土産をもっていくと『あれも欲しい、これも欲しい』とよくいわれるのです。日本のものは、外国人に好まれるんだなと実感しました」
オフィスのカフェスペース(画像提供:ZenGroup)
また、友人が購入代行を行う会社に就職した話も聞いており、需要があることも知っていたそうです。同時に、他社がやっている購入代行事業で改善するべき点も見えていたといいます。そのひとつに、料金体系の複雑さがありました。
「他社のサービスは、たとえばお客様が欲しい商品をヤフオクで買います。代金の振り込み手数料も一緒にお客様へ請求します。商品を1個だけ送ると送料が割高になるから、3つ一緒に梱包してくださいと要望を受けたら、梱包手数料もいただきますというように、それぞれのステップで料金が発生するんです。お客様にはその仕組みが分かりづらいため、コメント欄に不満を投稿されてしまう。弊社では、それぞれのステップで料金が発生する仕組みをなくして、一律300円にしたのです」
ZenGroupで働くメンバー(画像提供:ZenGroup)
越境ECは、手始めにウクライナとロシア向けにスタート。
「自分たちの出身国で、お国柄もよく分かっていますから」
そして今は、174カ国へ向けて日本の商品を送り出しているそうです。
コロナ禍で国を跨いだ行き来がストップしたときは、発送した荷物が3000個も戻ってきたことがあったそうですが、それも今は解消。さらに、戻りつつあるインバウンド向けの、新しいサービスもスタートしています。
「例えば日本を訪れた外国人が『あのお店のスイーツが美味しかったから、また欲しいな』と思ったときに、取り寄せができる仕組みをつくりました。お店にZenGroupが指定するショップカードを置いてもらって、そのカードから情報を読み取ってお店の商品をお客様が自分で発注できるようにしました」
「ZenPlus」のショップカード(画像提供:ZenGroup)
社員の国籍は30カ国。考え方や習慣が異なる集団の根底にあるのは「日本が好き」という気持ち
日本と海外では雇用の習慣が異なるため、初めはこんな失敗があったそうです。
「日本では今でも終身雇用が根づいていますが、海外の多くの国では企業と社員は契約関係です。私たちの感覚では、雇用といえば契約社員といったイメージしかありませんでした。採用を始めた当初、契約社員での採用を主体に進めていましたが、なかなか難しくて、求めている人材が集まらないのです。やがて、日本人は正社員を好むことが分かり、正社員での採用に切り替えたところ、採用がうまく進むようになりました」
また、職場における習慣の違いもありました。
「海外では、会社に到着した時点で仕事が開始されたとみなされますし、ほとんどの会社では交通費の支給もありません」
従業員の国籍は30カ国に及ぶ(画像提供:ZenGroup)
ZenGroupの従業員数は、今年3月末現在358人(業務委託と派遣社員を除く)。国籍は30カ国にも及びますから、まとめるのは一苦労ではないでしょうか。
「大学の頃も、南米、ヨーロッパ、アジアなどいろいろな国や地域から集まっていました。今になって思えば、あの当時の意識のもち方が活きていると思います。まとめるのは確かに大変ですが、助かっていることがひとつあります。それは、日本が好きで来日しているという、共通した前提があることで、共有しあっている部分が大きいと思います」
30カ国から集まった従業員をまとめる4人の代表取締役、それぞれの役割分担もあるといいます。
スロヴェイさんは、ZenMarket、ZenPop、物流、広報を担当しています。併せて、システムをつくったり新しいプロジェクトをつくったりするのが得意だそうです。奥さんのソンさんは、スロヴェイさん曰く、人を見る目があるので人事と労務を担当。ナウモヴさんは、いち早く自分の会社を経営していた経験を活かして経理を担当。オレクサンドルさんは、4人の中で最も広い人脈をもっているのでZenPlus、ZenPromo、営業を担当しているというように、それぞれの特性や得意がうまく融合しあっているそうです。
「専門の技術者がいるわけでもないけれど、関連する本を読んで勉強したり、実際にビジネスを動かしたりしながら身に着けたことも多いです。9年間やってきて、お陰様でずっと黒字が続いています」
またスロヴェイさんは、外国人の人材をもっと活用したいといいます。
「外国人が就く仕事は英語教師が多いのですが、英語を喋れる以外にも優れた能力をもっているので、それぞれがもっと活躍できる場をつくる。それが会社のためになりますし、生まれた国が違う者どうしが理解しあうことにもつながると思います」
右から、スロヴェイさん、ナウモヴさん、ソンさん、オレクサンドルさん(画像提供:ZenGroup)
国費留学生として来日し、学費も生活費も日本のお世話になった恩返しをしたいというスロヴェイさんら4人の方々。外国から来た人材が活躍できる職場を目指し、日本の社会にもそうなってほしいと願っているとのことでした。
■ ZenGroup
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