黒インクとペンを使って、特徴をとらえた絵を描く舞木和哉(もうぎかずや)さん。


特別な道具を必要とせず、シンプルな線で対象の特徴をとらえた絵は、どこか懐かしく、見る人を温かい気持ちにさせてくれます。


舞木さんは現在東京都を拠点に、絵描きとして活躍されています。活動の場であるアトリエは自身で倉庫を解体し、解体した際に出た廃材を使って作られたのだとか。 2021年には犬の絵を集めた作品集「犬」を出版され、全国のさまざまな場所へ自ら赴き、紹介しているのだそうです。


今回はそんな舞木さんに、現在のご活動や「犬」を制作して感じたこと、今後の活動などについて伺いました。



舞木さんのご経歴


舞木さん提供「新宿のMUJICAFEでの展示 壁面に落書きをしているところ」


舞木さんは香川県ご出身。幼い頃からモノづくりに興味を持ち、工芸高校にて漆芸を学びました。


その後上京し、デザイン事務所に勤務。27歳で渡米、ニューヨークにてシルクスクリーンなどを学びました。シルクスクリーンとは、メッシュ状の版板にインクをつけて印刷する手法のことです。


帰国後は設計事務所勤務を経て、グラフィックデザイナー、アーティストとして独立しました。現在は絵描きとして活動されています。



Instagramで絵を描くことは生活のルーティン

舞木さんは10年近く、ほぼ毎日Instagramに絵をアップし続けています。その絵のモデルになっているのは、その日に誕生日を迎えた人です。


「絵は紙とペンを使って描き、それを写真に撮ってInstagramに投稿しています。だいたいハガキサイズの紙に絵を描いています。長い間描いているので、相当な数になりました。作品を積み上げたら僕の身長ぐらいになるんじゃないでしょうか」


Instagramの活動は、誰かから依頼を受けた仕事ではありません。歯を磨くように、生活の中で繰り返されるルーティンのようなものだとは話します。だからハードルが高くないので、毎日続けられるのだとか。


舞木さん提供「Instagramでは毎日誕生日の人の絵を描いています」


なお絵を描くときには、選んだ人物の経歴や背景についても調べてから絵を描いています。自分自身が興味を持って描きたいと思うからなのだそうです。


Instagramの絵は、一枚だけでなく何枚も描くこともあります。自分が気に入った絵を投稿していますが、何年たっても慣れることはないと舞木さんは話します。


「始めたばかりの頃と、今の絵は少し違いますね。初期は対象物に似せようと思いながら描いていたので、線の数が多めです」


現在の舞木さんが書かれるInstagramの絵と、初期の絵を見比べてみると、楽しいかもしれませんね。



0から作品を生み出す


舞木さん提供「キャンバス作品」


舞木さんの絵は、基本的に0から作り上げます。作品のアイデアは、どのようなときにひらめくのかを伺いました。


「キャンバスを組んでいるときなど、体を動かしているときが多いです。何かしているときに『これは何かいいな』『こんなことをやってみたいな』と、ぼんやり思い浮かんでくるかんじですね」


思い浮かんだものを一度形にしてみて「いいな」「違うな」と思ったり、長い間悩んだりすることもあるのだそう。作品作りは、選択の連続だと舞木さんは話します。


舞木さん提供「アトリエにある作品」


「誰でも書けそうだけれど、誰にも描けないような絵が描けたらいいですね。お客さんから見て『なんかわからないけど、なんとなくいいな』と思ってもらいたい」


「なんかわからないけど」の部分を、大事にしたいと考える舞木さん。絵を描く際に意識しているのは、こだわりをなくすことなのだそうです。


「大人になると、いろんなことを知った気になってしまいます。でも実際に人間が知っていることはとても少なくて、人間が考えたルール内のことを知っているだけだと思うんです。だから色眼鏡や偏った考えをなくして描いたほうが、よりよい表現ができるのかなと思いました」



アトリエの内装や間取りはDIYで

アトリエは、舞木さんの自作です。アトリエ制作は業者に依頼せず、内装や間取りも全て自身で考えて、作り上げました。


舞木さん提供「資材倉庫を解体して、でた廃材で作ったアトリエ」


アトリエ作りにかかった年数は、およそ3年。 床・壁・天井の解体から始まり、壁面の穴の修理や断熱材の施工、シルクスクリーン用のシンクの設置まで自身で行っています。なお解体によって出た資材で使えるものは、再利用しているとのこと。


アトリエ作りの方法は図書館へ通い、独学で学んだそうです。


「納期があるわけではないので、時間をかけて自分で作りました。アトリエ作りで大変だったのは、扉が大きすぎて持ち上げられなかったことです。半年ほど放置していましたね。最終的には後輩が手伝いに来てくれて、設置できました」


自分にとって必要なものは自分が一番よくわかっている、というとのことで、他人任せではなくDIYで作りあげた舞木さん。


約40平米のアトリエには週に1〜2回ほど通い、作品を作っています。



余計な情報を省いて「絵」を見てほしい


舞木さん提供「青山HBギャラリー HB FILE COMPETITION Vol.21 副田高行賞 2014年」


あるとき、IDEEが倉庫を改装してIDEEガレージ期間限定の店舗をオープンするタイミングで、作品を売ってみないかと舞木さんに声がかかりました。


そしてこれまで描いた絵を販売すると、想像以上にお客様からのニーズがあったのだとか。


「絵を描いて生計を立てることができるのは奇跡ですよね。ありがたいと思っています」


舞木さん提供「IDEE自由が丘の展示風景」


それからはIDEEでの展示販売が通年で行われるようになり、現在も作品を販売しています。今でも自身の作品が売れると、びっくりすることもあるのだそうです。


個展の開催や本の出版など、さまざまな場で活躍していく舞木さん。もうすでにファンも多くいらっしゃるのでは?と尋ねると、少し首を傾けて「うーん」と言葉を濁します。


ネームバリューがあると人は集めやすいと思うものの、やはり絵そのものを気に入ってもらいたいとのこと。


「ネーミングなどの余計な情報を極力省いて、できるだけ作品だけを見てほしいなと思っています。展示しているところへ足を運んでもらって、いい一枚だなと思って買ってもらえたら一番うれしいですね」



人間の体をトレースして描く、等身大の似顔絵「ジンタク」


舞木さん提供「ジンタクはこうして作られます」


舞木さんが、みなさんに楽しんでもらいたいと思って活動されているのが「ジンタク」です。


ジンタクとは、人間の体をトレースして描く、等身大の似顔絵のことです。まるで魚拓のようであるため、このような名前がつけられています。


先日、舞木さんは愛知県蒲郡市のラグーナ蒲郡の「森、道、市場」にて、ブースを出店。多くのお客さんに楽しんでもらえたのだそうです。


舞木さん提供「森、道、市場で隣のブースの方から購入したタイのアカゾクのミチェ(竹を割るナイフのようなもの)」


「なかなか他では味わえない楽しさだと思っています。自分の体をトレースしてもらう機会ってそうそうないと思うので。お客さんから『私にそっくり!』と喜んで驚いてもらえるのはとても楽しいですね」


似ていなくてもジンタクをとってしまえば似顔絵のハードルは下がるんですよと謙遜して話す舞木さんですが、実際にはそんなことはありません。似顔絵もそっくりに描きあげます。


「トレースするときに、鉛筆を避けちゃう人が多いんですよ。左右に避けられるとやたら細いジンタクになってしまうので、いかに怖がらせないかが大切ですね」



犬と人間との間には愛がある


舞木さん提供「『犬』について」


2021年にはZINE「犬」を出版しました。ZINEとはファンブックのようなもので、個人や少人数の有志で作る本のことです。


「犬」は700ページを超える、犬の絵が描かれた本です。さまざまな種類の犬の絵が描かれています。


当初は本を出版するつもりではなく、ドッグカフェオーナーからお店のロゴマークを作ってほしいという依頼があり、犬の絵を描き始めたのだとか。


「犬と一言でいっても、本当にたくさんの犬種がいるんです。どの犬がよいかわからなかったので、100枚ほど犬の絵を描いてみました」


ドッグカフェのオーナーは舞木さんの描いた犬の絵を、時間を気にせず一枚ずつ丁寧に見てくれたそうです。そのようにしっかりと見てくれる人がいるなら、本にしてまとめたい!と思ったのが「犬」を出版するきっかけでした。


「それから2倍以上の犬の絵を描いて、自分で気に入った絵を抜粋しました」

舞木さんは図鑑や友人の飼っている犬などを参考に、大量の犬の絵を描きました。


出来上がった本は、なんと700ページ以上。犬にまつわるエピソードや歴史背景なども調べ、描きあげたとのことです。


「最初、犬はしたたかな動物だと思いました。人間に仕えることによって、犬は繁栄している。鳥や豚や牛は食べられてしまうのに、犬はかわいがられるじゃないですか」


ところが犬について調べていくと、一部の犬は食用として扱われたり、飼いやすくするために体を小さくさせられたりなど、犬の歴史に「闇」の部分を見つけた舞木さん。


「牧羊犬や番犬など、犬は人間にとって、道具のように扱われていた動物でもあるんです。そうした闇の歴史の積み重ねを表現するために、この本の厚さにしたというのもあります。背だけ黒くしているんですけど、その色の名前はサタン(悪魔の意味)ブラックっていうんですよ」


そしてさらに調べていくと、犬と人間との関係には闇だけでなく、同時に「愛」も感じたと話します。


「犬を描いていると、人や当時の社会背景などが見えてくるんです。つまりそれだけ犬と人間はとても近い存在で、愛情でつながっている特別な関係性なんだなと感じました」


「犬」の1ページは空白になっています。定期的に開催している「犬」のイベントで飼い犬の写真を持っていくと、空白ページに舞木さんが似顔絵を描いてくれるサービスが行われています。 


舞木さん提供「犬の似顔絵。特徴が捉えられていて、そっくりです」


次回は横浜のドッグカフェで予定しています。タイミングがあえば世界に一つだけの似顔絵を描いてもらえますよ。



今後は新しい本の制作、海外展示も視野に入れたい


舞木さん提供「東京と名古屋を往復した自転車。グレーのスタンドは木で制作しました」 


現在、舞木さんは新しい本の制作に取り組んでいます。仕事の関係で在廊するために、自転車で東京から名古屋へ向かった様子を1冊の本にまとめているとのこと。


「自転車が好きなんです。箱根の山も越えたんですよ。大変でしたが、楽しい旅でした」


普段あまり文章は書かないそうですが、今回は舞木さんの手記が読める本となっているそうです。本の半分以上は舞木さんの絵を楽しめるので、こちらも楽しみです。


また海外展示もやってみたいと話します。


「今、日本でやっていることを、そのまま海外でできたらいいなと思います。海外で拾った木材や廃材でキャンバスを組んで、向こうで作成して向こうで販売したいですね」


日本から材料を持参すると、どうしてもエネルギーが必要となるため、現地で調達するのが理想なのだとか。


このように無駄なエネルギーを使わず、その場にある自然の材料で作品を作ろうとする舞木さん。


東京のアトリエで、また時には日本のどこかで、今日も作品を作り続けます。




舞木和哉さん


Instagram

@tabemononituitenokodawariwa


舞木さんの作品が購入できるのはこちら

イデー

https://www.idee-online.com/shop/e/eMougiK/

G.E.M

https://gallery-excellence.shop/collections/art