かつては地域住民に愛されていながらも、時代の流れとともに忘れ去られた名所がありました。滋賀県長浜市の当目町と大門町にまたがる山の中腹にある、八丈岩と呼ばれる大きな岩がその一つです。


「山裾の土地を借りて登山道や山遊びができる場所の整備を少しずつ始めたところ、年配の方から『それなら八丈岩へ行くといい』と言われました。よく見ると、そこには道だったような形跡があったのです。ですから、最初から『かつての名所を復活させよう』という目的だったわけではありません」


そう語るのは滋賀県長浜市の市民活動団体「Stay Forest」代表の伏木剛さん。地元の仲間10名がメンバーとなり、里山整備に取り組んでいます。


また、山の登り口付近にあった古民家を買い取り、レンタルスペース兼カフェ「森のハジマリ」をオープンしました。「森のハジマリ」ではレンタルスペース経営の他、伏木さん夫妻が制作した木の食器やアクセサリーなども販売中です。


今回はStay Forest代表の伏木さんに、団体設立のきっかけや活動内容、今後の展望などについて詳しく伺いました。



Stay Forest設立と森のハジマリ開業のきっかけ


森のハジマリの看板も伏木さんの自作


伏木さんは山遊びや登山が好きだったわけでもなく、木に対しても薪ストーブの燃料という認識しかありませんでした。もちろん、木を材料にして食器やアクセサリーを作る発想もまったくなかったそうです。


そんな伏木さんが「Stay Forest」を立ち上げ、「森のハジマリ」を開業しました。どのような心境の変化があったのでしょうか。



きっかけは健康維持のために始めたジョギング


2022年長浜あざいお市マラソンのスタート前(画像提供:伏木さん)


「体調不良のため病院へかかったところ『痩せなさい』と言われ、ジョギングを始めることにしました」


ジョギングを続けたところ、体重も減り体調もよくなったとのこと。その後、奥様と一緒に色々な地域で開催されるマラソン大会やトレイルランニングに挑戦するまでになります。


転機が訪れたのは出場を楽しみにしていた「2012長浜市あざいお市マラソン」の前日のこと。伏木さんは靭帯を断裂し、マラソン大会への欠場を余儀なくされます。


落ち込みながらも何気なく観ていたテレビ番組は、日本一過酷と称される「日本縦断トランスジャパンアルプスレース」でした。軽い気持ちで見始めたところ、その過酷さと参加者の挑戦する姿を見て体中が震えるくらいに感動したといいます。


「テレビを見て、『何か自分にできることを始めなければ』と考えるようになり、ボランティア活動や山の整備に取り掛かることにしました」


大門町には標高300m程度の小さな山があり、トレイルランニングの簡易的なコースや山遊びにはちょうど良い環境です。2021年4月、伏木さんは地域の仲間達と一緒に民間団体「Stay Forest」を立ち上げ、少しずつ山の整備をはじめたといいます。



道具を置くための古民家を購入し2年かけてDIYで修繕


伏木さんが購入した古民家の外観(画像提供:伏木さん)


山の整備にはさまざまな道具が必要なため、道具を置く場所が欲しいと考えるようになります。


そんなとき、運よく山の麓にある古民家が空き家バンクに登録されたことを知り、伏木さんはほとんど即決で古民家を購入しました。また、購入と同時に「森のハジマリ」として開業届を提出したとのこと。


森のハジマリに展示されているアクセサリーの数々


「開業届を提出した翌日、家の中の床下を見て愕然としました。よくこんなところに人が住んでいたというのが率直な感想です。そこから2年かけて、DIYでの修繕作業を行ないました。床板を全部剥がしてコンクリートを流し、柱も下の方は切って継ぎ足しています」


DIYで古民家を改修している様子(画像提供:伏木さん)


冬は外から雪が入ってくるような状態だったため、寒くて耐えられなかったそうです。幸い、DIYが趣味だったこともあり、大きな費用をかけずに改修できたといいます。


「古民家を購入してからの2年間は、山の整備と古民家の修繕に明け暮れました」


伏木さんは過去の写真を見せながら語ってくれました。 古民家は道具置き場としてだけではなく、カフェやレンタルスペース、趣味で作り始めた木工作品の展示スペースとしても利用しています。



かつての憩いの場「八丈岩」までの登山道を整備


Stay Forestのメンバー(左から三人目が伏木さん)(画像提供:伏木さん)


「年配の人たちに八丈岩という名所があると聞いたのですが、私も含めて若い人たちは誰も行ったことがありませんでした」


八丈岩は「天狗の遊び場」と呼ばれ、かつては地元の人たちの憩いの場だった、山の中腹にある一枚岩のことです。大門町の人たちは地域の境界調べが必要なため、八丈岩付近には足を踏み入れているはずですが、現在とは大きく異なり景色が鬱蒼としていたため景色に気が付かない状態だったといいます。


伏木さんたちは八丈岩の話を聞いてから改めて山を見てみると、道らしき形跡に気づいたそうです。団体メンバーの中では地域活性化への期待も高まり、登山道の整備に一層力が入りました。


整備前の山は倒木や枯葉で登山道が塞がれている状態だった(画像提供:伏木さん)


主に週末に、登山道の整備を行ないます。約半年間をかけて生い茂った木や枝の伐採や倒木の除去により道を切り開き、切った木を再利用して階段を作ったり、急な場所にはロープを張ったりしました。危険な箇所には迂回ルートも作ったといいます。



学校行事で子供たちと一緒に見た地元の宝「八丈岩」


地域の住民たちと八丈岩までのハイキング(画像提供:伏木さん)


Stay Forestメンバーの努力により、登山道は気軽にハイキングができる状態となりました。そこで地元の人達と一緒にハイキングを企画したところ、約60人もの人たちが参加したそうです。


登山口から八丈岩までの道のりは約1.5km。上りは約40分、下りは約20分かかりますが、かつての名所に気軽に行けるようになったことで、参加者たちにはとても喜んでもらえました。


総合学習でハイキングを楽しむ地元の小学生(画像提供:伏木さん)


八丈岩までの安全な登山道を整備できたことで、子供たちも安全に登山ができるようになりました。地元の浅井小学校からは5年生約30人が総合学習の一環として八丈岩までのハイキングを楽しんだといいます。


八丈岩から見える景色は地元の宝物です。伏木さんは地元の人達だけでなく、多くの人に美しい景色を見てもらいたいといいます。



紅葉の季節にはライトアップが


登山口の紅葉ライトアップ(画像提供:伏木さん)


3年前からStay Forestでは紅葉の季節になると、ライトアップを準備しています。登山口付近にあるタカノツメは、葉が黄色くなり地面に落ちると綿菓子のような甘い匂いが一面に広がり、駄菓子屋ではないかと錯覚するほどです。


「地域の紅葉のピーク時よりも見頃が少し遅れるので、なかなか人が来てくれません。他の地域の紅葉時期に合わせてライトアップをすると、まだ緑がかなり残っている状態です。やはりSNSの告知だけでは難しいのでしょうか」


伏木さんは嘆きます。 2灯で開始したライトアップの企画も、少しずつライトを増やし、2023年の秋には5灯まで増やしたとのこと。


「少しでもStay Forestの活動を知ってもらい、多くの人にこの町を訪れてもらいたいですね。他にもやりたいことがたくさんあるので、まちおこしにつながれば良いと思っています」


現在取り組んでいる事業については少しずつアップデートを繰り返し、さらに新たなことにも挑戦したいと語ってくれました。



今後はメンバーを増やしてまちおこし


Stay Forestの活動内容


現在、Stay Forestで活動しているメンバーは10名ですが、常時集まれるのは4名程度だといいます。挑戦したいことも多く、活動できるメンバーの増強や費用確保が必要です。


伏木さんがどのような挑戦を考えているのか、今後の展望も含めて詳しく伺いました。



山菜の女王「コシアブラ」でまちおこしがしたい

「じつは、この山ではタラの芽は採れないのですが、山菜の女王といわれるコシアブラが自生しています。貴重な山菜なので、コシアブラを使って町おこしのようなことができないかと考え中です。ハイキングでコシアブラが採れるって良くないですか?」


コシアブラはタラの芽と同じウコギ科の植物で、木の芽の部分を食べられる高級食材として知られています。しかも、コシアブラは日持ちがしないため、採取してからすぐに食べなければならず、スーパーでもほとんど販売されていません。伏木さんは、コシアブラが採れる5月頃に何らかの企画ができないかと考え中とのこと。


「他にも、何とかして松茸を栽培できないかと考えているのですが、難しそうです。栽培に適した松はあるのですが、菌を撒いても松茸が生えてくる確率は低いみたいで……」



テント村のライトアップが夢

松茸栽培の勉強会にも参加したことがあるという伏木さんですが、栽培技術が確立していない分野のため、成功確率は低いといいます。環境整備と共に挑戦していきたいと熱く語ってくれました。


涸沢テント村では色とりどりのテントが光に照らされる(画像提供:伏木さん)


伏木さんの夢はさらに広がります。長野県松本市にある涸沢(からさわ)ヒュッテを訪れたことで、地元でもライトアップを実現したいと語ってくれました。


「上高地から6時間くらい歩いてようやく涸沢ヒュッテに到着します。行くだけでも大変なのですが、天然の宝石箱といわれているテント村のライトアップを見たら疲れも吹き飛びました。いつか長浜市内の山でも同じようなライトアップができないかと考えています」


伏木さんが涸沢ヒュッテを最初に見た2013年は、靭帯断裂がまだ完治しておらず上高地までの下見にとどめていました。翌2014年からはほぼ毎年、10月初旬の紅葉時期に家族で涸沢ヒュッテを訪れるようになったとのこと。


涸沢ヒュッテのテント村は北アルプス3,000m級の山々が連なる穂高連峰の中腹に位置し、夜になるとカラフルに輝くテントが宝石のように輝くことで有名です。


伏木さんの居住する近くの山の斜面にテントを張れば国道からも良く見えるのではないかと考えているそう。しかし、まちおこしをするにはどうしても費用と人材確保が必要となります。



費用と人材の確保


八丈岩までの登山を楽しむStay Forest副代表(画像提供:伏木さん)


Stay Forestの活動において、大きな課題は費用捻出と人材の確保です。


「今年までは長浜市森林多面的機能推進補助金をいただいていたのですが、金額が年間20万円と少ないためにできることが限られます。そこで現在は、地元の公益財団法人に環境事業として補助金の申請準備をしているところです」


長浜市の補助金は3年までの支給となっているため、現在は次の準備をしている最中とのこと。公益財団法人の補助金の採択結果がわかる時期は4月上旬。地域を盛り上げるためにも、認可への期待が高まります。


また、Stay Forestのメンバーが増えないことも大きな課題です。Stay Forestの活動は地方新聞にも何度か取り上げられたことがあり、多くの人に興味を持っていただいているのは確かです。


メンバーの中には、伏木さんとの偶然の出会いによって加入した人もいるとのこと。今後の事業展開を考えるとまだまだ人が足りないため、引き続き積極的にメンバーを募集していきたいと伏木さんはいいます。


Stay Forestは里山に遊び場所を作る目的で始まった活動でした。しかし、昔からあった懐かしい景色を守っていくことにもつながります。里山の管理や環境保全は想像以上に大変な作業が多く、気力と体力だけでなく、多くの人の協力や費用も必要です。


次の世代につないでいくためにも、Stay Forestや他の市民活動の応援をしていきたいと思いました。





■ Stay Forest


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