「10年ほど前に掲げた夢が、この眼鏡の街である鯖江にKISSO LANDを作ることでした」


少年のような瞳を輝かせて語るのは、株式会社キッソオ(以下、キッソオ)の代表取締役社長、吉川精一さんです。


キッソオの所在地は世界的な眼鏡の産地として有名な福井県鯖江市。1995年に創業し、眼鏡に関わる金属およびプラスチックなどの材料、構成部品、製造機械の販売を行なっています。


現在は眼鏡関連だけでなく、眼鏡の加工技術と素材を使ったアクセサリーなどのKISSOブランドとユニーク雑貨販売を新事業として立ち上げました。製造からはじまり、直営店、百貨店のポップアップストアやECサイトを通じて販売しています。


今回はキッソオの吉川さんに、新事業をはじめたきっかけや商品の特徴、キッソオの目指す理想像などについて詳しく伺いました。



キッソオの創業から社長交代までの道のり


1995年、吉川さんの父・松郎さんは眼鏡材料の総合商社としてキッソオを創業しました。その後、2015年に二代目社長として吉川さんが就任します。



創業時はバブル経済崩壊後でも眼鏡業界には勢いがあった


キッソオの本業は今でも眼鏡素材(イタリアのマツケリー社で製造されたアセテート)


キッソオが創業したのは、バブル経済が崩壊した約4年後。吉川さんが大阪の大学に在籍しているときだったといいます。


「突然、『会社を辞めて起業したから仕送りができなくなる』と父から連絡があったんです」


吉川さんは当時の衝撃を笑い話のように語ってくれました。バブル経済が崩壊した直後とはいえ、眼鏡業界にはまだまだ勢いがあった時代。キッソオは時流に乗り、順調に売り上げを伸ばしたといいます。幸いにも学生時代に仕送りを止められることはありませんでした。


大学で経済を学んでいた吉川さんが眼鏡産業に興味を持つきっかけとなったのが、イタリアで開催された世界最大の国際眼鏡見本市でした。


「学生時代に2回連れて行ってもらったのですが、とにかく驚きました。日本からも約300人の業界関係者が参加していて、『眼鏡業界ってすごいな』と。眼鏡業界の勢いを肌で感じたことが、働くきっかけになりました」


大学を卒業した吉川さんは、後にキッソオの跡継ぎとなるべく、眼鏡業界に就職します。



リーマンショックにより業績が大きく悪化


アセテートの貼り合わせ装置


吉川さんが就職した企業はキッソオと同じグループ会社の商社でした。就職後は眼鏡関連の企画デザインに携わり、約1年半後にキッソオに入社することになります。


「眼鏡の金属材料は市場が大きいのですが競争が激しく、後発では薄利多売しか生き残れない状況です。一方、プラスチック材料は市場が小さいのですが、競合が少なく利益としては安定しました」


吉川さんが入社した後も、キッソオの業績は順調に伸び続けたといいます。しかし、2008年のサブプライム住宅ローン危機をきっかけとしたリーマンショックにより、業績は大きく悪化しました。


吉川さんは業績を元通りにすべく、新たな道を模索し始めます。しかし、その道は長く険しい道のりでした。


「私たちは眼鏡の企画段階から機密情報を得て、材料の提案をするので、眼鏡を製造するわけにはいきません。一歩間違えば『デザインを盗んだ』と訴えられる可能性もあります」


独自にデザイナーと提携して眼鏡を製造する取り組みも行ないましたが、思ったような事業展開ができなかったといいます。



ピンチの後にチャンスあり!眼鏡素材から作ったアクセサリーで起死回生


アセテートの板を貼り合わせたアクセサリー用の材料ブロック


転機となったのは、2009年の「新しいものづくりプロジェクト・鯖江ギフト組(以下、鯖江ギフト組)」でした。鯖江市の下請け業者が、自分たちで作った商品を独自に売り出す目的で開催された勉強会です。


「唯一芽が出た商品が、眼鏡のフレーム素材として使用していたアセテートを使った指輪やバングルなどのアクセサリーでした」


吉川さんは当時を振り返って語ります。鯖江ギフト組を通じてギフトショーに出展し、1年目にアクセサリー、2年目にルーペを出品したとのこと。ギフトショーでは手応えを感じます。


ギフトショーへの参加は商品・サービスの認知度向上が主な目的でしたが、バイヤーとのビジネスマッチングも目的の一つです。キッソオはギフトショーを通じて、「みんなの地域産業協業活動」に取り組んでいる大阪の有限会社セメントプロデュースデザイン(以下、セメント)と出会えました。


「セメントさんには、『おっさんがアクセサリーなんかやめておけ』と言われまして、雑貨の耳かき(Sabae mimikaki)を制作することになりました」


キッソオが制作したSabae mimikakiは大ヒット商品となった


その後、セメントの企画によって制作したキッソオの耳かきは多くの雑誌にも取り上げられ、2013年グッドデザイン賞を受賞。販売の王道戦略により、大ヒット商品となります。


耳かきのヒットに伴ってアクセサリーの売り上げも伸びていきました。リーマンショック前と同様には戻らないまでも、業績はV字回復したといいます。


しかし、主力商品は雑貨の耳かきであり、吉川さんが想い描いた会社の将来像とはかけ離れていたのかもしれません。現在は方向転換し、世界一のアクセサリーブランドを目指しているといいます。いったい、どのようなきっかけがあったのでしょうか。



世界一のアクセサリーブランドを目指して


アセテート素材から削り出して制作した色とりどりのバングルやリング


2012年、越前漆器の老舗である株式会社漆琳堂の内田氏に誘われ、伊勢丹で開催された大日本市にキッソオも出店することになります。


内田氏から「大日本市の打合せがある」と呼ばれた先は、大日本市を運営する中川政七商店の中川氏を招いて開催されたグループセミナーだったそうです。吉川さんは中川氏との会話の中で「アクセサリーで日本一を目指すべきだ」と言われます。


「アクセサリーなんかやめておけ」とは相反する意見に戸惑いますが、中川氏の助言を前向きに捉え、「これはもう、日本一になるしかないな」と考え始めました。


大日本市で販売した商品は、4000円の指輪、4500円のバングル、1800円のブレスレットや耳かきなど。たった2週間の販売期間にもかかわらず、想定以上の売り上げがありました。


その後、4回目のギフトショーに出展した際、バイヤーとのビジネスマッチングで店づくりを中心とした幅広いプロジェクトを手がける株式会社メソッド(以下、メソッド)代表取締役の山田遊氏との面談が実現。


山田氏の第一声「キッソオさんには大変助けられました。キッソオさんの商品が売れたから、僕らはちゃんと売り上げを作ることができたのです」という言葉に驚きます。じつは、大日本市をプロデュースしたのがメソッドであり、山田氏が担当者だったとのこと。


「『キッソオさんの商品はまだまだ荒削りですが、ちゃんと整えていけばまだまだ売れます。1,000円台の商品(ブレスレット)でこれだけ売れるのであれば、1,000円台のリングを作れば、全部の商品がまた売れます』って言われて、それからメソッドさん通いが始まりました(笑)」


ギフト業界のトップ3(セメント、中川政七商店、山田遊氏)とつながったことで、新たな道が拓けました。その後、山田氏のアドバイスを受け、パッケージを作成しブランドのカテゴリー別に商品販売することになります。


しかし、吉川さんが取り組みたいのはギフト業界における雑貨ではなく、ファッション、アパレル業界のアクセサリーでした。本業は指輪だと考え、本格的にデザイナーと提携して取り組むことになります。 


初期に発売を開始したイヤーカフは時期尚早で売れ行きが悪かったという


指輪は色、サイズ、デザインが多くあるため、在庫を抱えたくない小売店を販売ルートに利用できません。そこで、キッソオ独自で百貨店のポップアップストアでの販売を開始します。ポップアップストアでは場所により幅はあるものの、かなりの売り上げが上がったとのこと。


一方、雑貨販売は毎年新商品を作り、在庫を確保しなければなりません。しかし、雑貨の製造はほとんどが外注加工だったため、費用がかさみ、儲けがほとんどない状態。しかも、雑貨の業界では時間とともに競合が増え、シェアが取れなくなってきました。


苦渋の決断として、キッソオは雑貨からアクセサリーの製造・販売へと大きく舵を切ります。


「他のメーカーが参入してくると、キッソオの手法では勝ち目がなくなります。では、何ができるのかと考えたところ、キッソオの得意分野である材料の貼り合わせ技術でした。アセテート素材の材料を貼り合わせたブロックからアクセサリーを作る方法は、簡単に真似できません」


事業をアクセサリーへシフトしたことで雑貨の売上は激減し、会社全体の売上も大きく落ち込みました。しかし、そのタイミングで新たに女性のデザイナーが加入することで、アクセサリーのクオリティーを大きく改善でき、業績を戻し始めます。


そして、さあこれからという頃、今度はコロナの影響によって再び業績が悪化し始めました。アクセサリー販売の主戦場を百貨店に絞ったことが裏目に出てしまいます。コロナ禍で百貨店が閉行していたり、時短営業だったりしたため、売上が全くなくなりました。現在はようやく売り上げが少しずつ戻ってきたとのこと。


ところで、キッソオのアクセサリーはどのようなコンセプトで作られているのでしょうか。



キッソオがアイテムに込めた想い

アクセサリーの素材であるアセテートは植物由来のため、環境配慮素材として知られています。また、軽くて光沢があり、肌触りがよく、カラフル。透けて見えるときの深みのある色や柄は、見ているだけでうっとりしてしまうほどの美しさです。


キッソオのアクセサリーは身に着けることでわくわくし、その日一日のテンションが上がります。


アセテートの素材を倉庫の奥から入口に向かって見ると光が透けて美しい


しかも、アクセサリーの素材であるアセテートは似通ったものはあっても、全く同じ模様のものはありません。キッソオが提供する商品は職人によっても異なる、世界に一つだけのオリジナルのアクセサリーです。ショップを訪れたタイミングで、運命的な商品との出会いも楽しめます。


また、キッソオでは、商品の魅力を磨き上げることだけでなく、ファンを増やす努力も怠りません。



ものづくりよりもファンづくり


本社に併設されたKISSO STOREには美しいアクセサリーがディスプレイされていた


「キッソオは世界中のファンから愛され、応援され、ともに価値観を共有し、ブランドを育てていく世界一のアクセサリーブランドになります」


吉川さんは誇らしげに言います。キッソオはものづくりを行うと同時に、ファンづくりにも取り組んでいる会社です。その取り組みの一例として、お客様からの要望への対応があります。


「キッソオの商品が破損した場合、ほぼ無条件で新品と無償交換しています。商品の破損なんて、そんなに多いわけでもありません。最初から無償交換のルールを決めておいた方が、お客さんも社員も気持ちが良いですよね」


中には明らかな経年劣化で破損したような商品もあるといいます。しかし、広告費だと思って交換することにしているとのこと。SNSに「キッソオに神対応してもらった」と投稿されることもあり、新たなファン獲得にもつながります。


吉川さんの考えはキッソオのファンを増やすことだけにとどまりません。吉川さんが約10年前から思い描き、構想を温めているアイディアが「テーマパークKISSO LAND」の設立です。


「KISSOブランドを世界一のアクセサリーブランドにして、そのコンテンツでKISSO LANDを作りたいと考えています」


キッソオの会社自体にワクワクできるようなエンターテイメント性を持たせれば、お客さんもワクワクしてアクセサリーを購入できるというもの。


「ものづくりに興味のある人にとって、製造現場はワクワクする環境だと思います。今までは自分で作り、自分で販売するだけでした。でも、これからは過程を見せるプロセスエコノミーの時代になってきます。どういった形かはわかりませんが、最終的にはサブスクになるかもしれません」


吉川さんは、KISSO LANDの構想はキッソオの会社だけでは実現できないといいます。取材に伺った2023年8月下旬の時点ではKISSO LANDは構想段階でした。


しかし、約1ヶ月半後に再度伺った際、キッソオ本社はKISSO LANDとしてリニューアルオープン。驚きを隠せない筆者をよそに、「言ったもん勝ちだと思って、KISSO LANDと書いてしまいました」と、にこやかに語る吉川さん。 



街全体をものづくりのテーマパークに


2023年10月に本社を大幅に改装工事しRENEWがお披露目の場となった


鯖江の眼鏡ブランドや、越前鯖江エリア(鯖江市・越前市・越前町)のものづくりファンを増やすことにも尽力し、壮大な夢を実現させようとしています。鯖江市の眼鏡業界を盛り上げ、産地を活性化させるべく仲間みんなで取り組んでいるという吉川さん。


じつは、9年前に始まったオープンファクトリーイベント「RENEW」の実行委員にも加わっています。現在、RENEWの実行委員会は別会社(一般社団法人SOE)として、通年型の観光産業を育て醸成させることを目標に取り組んでいるところ。具体的には、各社の観光コンテンツ、ツアー、ふるさと納税の受託事業や勉強会などを通じ、自分たちが理想とするまちづくりをしています。


「鯖江には、既にディズニーランドを超えるような素晴らしいコンテンツがあります。実現できれば、まち自体がディズニーランドのようなものづくりのテーマパークです。テーマパークに訪れる人の1割がキッソオに来てくれるだけでも大きいと考えています」


鯖江市のシンボル的存在の眼鏡会館(めがねミュージアム)


現在、眼鏡会館(めがねミュージアム)には年間約20万人が訪れているため、1社ではできなくても100社くらいで取り組めば実現できるといいます。壮大なプロジェクト実現に向け、福井県や鯖江市の行政も協力しているとのこと。


吉川さんは「DMO(観光地域づくり法人)になりたい」と熱く語ってくれました。



KISSOブランドのアクセサリーで人生を豊かに


RENEWのイベントでKISSO LANDを案内する吉川代表


吉川さんは「ときめきと感動」「満足するギフト」「わくわくするエンターテイメント」の3つの価値をこれからも提供し続けたいといいます。


まずはKISSOブランドのアクセサリーを自分自身が身に着けることで感動・ときめきを感じてもらうこと。わくわくするような商品やサービス、世界観の提供です。


さらに、自分自身ではなく大切な人に贈って嬉しい、貰って嬉しい満足するギフトであること。贈る人は選ぶ楽しさを感じられ、贈られる人は身に着けるだけでなく、コレクションとしても楽しめます。


アクセサリーの製造過程を見て体験し、自分自身でも作れる、わくわくするようなイベントの提供にも尽力しています。そこには心地よいコミュニティができ、新たなエンターテイメントが成立するでしょう。


「我々は世界中の人々の生活を楽しく、幸せにすることを信念に活動しています。KISSOのアクセサリーを身に着けることで、その人の人生を豊かにすると信じています」


そう語る吉川さんの誇らしげな表情を忘れることはできません。キッソオにとって、世界一の基準は売り上げや利益ではなくお客様から愛されることです。ものづくりテーマパークKISSO LANDの実現を心待ちにしています。




■ 株式会社キッソオ


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福井県鯖江市丸山町4丁目305-2


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