豊臣秀吉が初めて城持ちの大名になり、城下町として栄えた滋賀県長浜市。NHK大河ドラマの時代背景が戦国時代になるたび、多くの観光客が訪れるそうです。
そんな歴史ある街は、昭和の終わり頃に衰退の一途をたどり、商店街はシャッター通りと化していました。それが復活するきっかけになったのは、当時すでに築88年を迎える古い建物でした。これが後に黒壁ガラス館として蘇り、黒壁スクエアを象徴する存在になります。
黒壁スクエアを運営する株式会社黒壁の、広報室担当者にお話を伺いました。
飽きることなく1日じゅう見ていられる黒壁ガラス館と黒壁オルゴール館
JR北陸本線・長浜駅から歩いて数分の北国街道に沿って、「黒壁スクエア」と呼ばれるエリアがあります。エリアといっても、広報担当者によると「どこからどこまでの範囲を黒壁スクエアと呼ぶのか、定義づけはしていないのです」とのこと。
その理由は、黒壁スクエアの歴史を知ると納得します。が、それは後段で詳しく伺うことにして、まずは黒壁スクエア発祥の地となった「黒壁ガラス館」を中心に、いくつかの店舗を案内していただきました。
初めは、「黒壁」の名の由来にもなった「黒壁一號館」こと「黒壁ガラス館」。外観は黒漆喰の重厚な建物で、黒壁スクエアの象徴にもなっています。
元々は第百三十国立銀行長浜支店として、1900年(明治33年)に建てられました。黒漆喰の外観から、長浜の人たちは「黒壁銀行」と呼んだそうです。その後、長浜カトリック教会が入ったり、紡績会社の配送所や煙草専門公社の営業所として使われたりするなどの経緯を経て、1989年に黒壁ガラス館としてオープン。
今年(2023年)で築123年を迎える建物は、まだまだ現役です。
雛飾り
ガラスペン・螺旋状のペン先にインクを含ませたらハガキ1枚は書けるそうです。
内部は、国内外から取り寄せたガラス工芸品を扱う店舗になっています。当時の洋風建築の特徴に、天井が高いことが挙げられます。黒壁ガラス館1階の天井も、現代のビルと比べると1.5倍くらい高い印象です。
しかも明治の職人が手作業で丁寧に仕上げた亀甲模様が、そのまま残されていました。レトロな階段も当時のままで、2階へ上がるとレリーフ模様の天井が目を楽しませてくれます。
1階2階とも、建築当時の佇まいとガラスの輝きが絶妙にマッチしていました。
黒壁ガラス館1階・天井の亀甲模様
時代を感じさせるレトロな階段
隣接する「黒壁二號館」こと「黒壁ガラススタジオ」では、職人さんが溶けたガラスを加工する姿を、透明ガラス越しに見学することができます。
「約1300度のガラスが溶けているので、蓋が開けばガラス越しでも熱気が伝わってきます」
吹きガラスの体験もできるそうですが、今は感染対策のため、人数をかなり制限せざるを得ないとか。
吹きガラス工房
黒壁の吹きガラス工房でつくられた作品
続いて案内していただいたのは、「黒壁三號館」こと「黒壁オルゴール館」。
木造の外観は、まるで時代劇に登場する蔵みたいだなと思って眺めていたら「この建物は、銀行時代は蔵でした」とのこと。
元は銀行の蔵だった黒壁オルゴール館
中へ入ってみると、そこはもちろんオルゴールの世界。
大型のディスクオルゴールが鎮座する店内に、デコレーションオルゴールというものを見つけました。
大型のディスクオルゴール
真っ白い小さなボディに、別売りのパーツをデコレーションして、自分だけのオリジナルオルゴールをつくれるのだとか。
自分でデコレーションしてオリジナルのオルゴールをつくれる
「お好きな曲を選んでいただいて、お好きなパーツを接着していくだけで、簡単につくれます」
また、透明のケースに入ったオルゴールは、中の機構がよく見えます。メカ好きの人には、聴く以外の楽しみ方もできるかもしれません。
オルゴール
最後に案内していただいたのが、「黒壁十一號館」こと「ステンドガラス館」。
こちらではステンドガラスの制作体験ができます。ちなみに長浜駅には、こちらで制作されたステンドガラスとモザイク画が飾られています。
ステンドガラス館
黒壁の店舗は、かつて北陸と京阪神を結んだ北国街道を中心に点在しています。併せて、後段でご紹介する黒壁の趣旨に賛同する昔ながらの店舗も合わせると23館あり、あえて境界線を定めないゆるい範囲を「黒壁スクエア」と総称しているのです。
閑散とした商店街。地元の人には「長浜曳山祭が存続できなくなる」と危機感が。
長浜には、もともとガラスを扱う産業はありませんでした。
伝統的な産業といえば、絹織物の浜ちりめんが挙げられます。最盛期には100軒ほどの織屋(はたや)さんが軒を連ねていたそうです。そこで織られた「浜ちりめん」は白生地のまま出荷され、京都で染色されると「京友禅」になり、金沢で染色されると「加賀友禅」になるとか。そのため、「浜ちりめん」として市場に出ることは少ないといいます。
また、戦国時代あたりから生産されていたといわれる仏壇は、「濱仏壇」や「濱壇」として知られています。
1980年代前半の4月に、筆者は長浜の街を訪れたことがあります。子供歌舞伎で知られ、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている長浜曳山祭の時季でした。
長浜駅に展示されている「長浜曳山まつり」のステンドグラス(制作・画像提供:黒壁)
祭の時季なので、観光客がふだんより多いのは当たり前としても、商店街はほとんどの店舗が営業していて活気がありました。広報担当者のお話を伺うと、1980年代の前半頃から、急激に廃れていったようです。
長浜城の雪景色(画像提供:株式会社黒壁)
「国道沿いに大きな量販店ができると、人がそっちへ流れてしまいますし、商店街で営業していた店主が高齢になって閉店したり、2代目3代目と代が換わるタイミングで、お客さんを求めて量販店の近くへ移転したりしてしまうケースもありました」
クリスマスの黒壁ガラス館(画像提供:株式会社黒壁)
湖北地域15万人の商圏を誇っていた商店街には、月に4000人しか来なくなっていたといいます。経済の衰退もさることながら、市民は「このままでは、長浜曳山祭が存続できなくなる」と危機感を募らせていました。
その当時、黒壁銀行と呼ばれていた建物には長浜カトリック教会が入っていましたが、1987年に郊外へ移転。跡地は売却された後マンションが建設される計画が明らかになります。
すでに街のランドマークとして認知されていた建物がなくなるかもしれない危機に瀕し、初めに動いたのは行政でした。長浜市が市内の財界人に声をかけ、建物活用して保存するために、事業を起こそうと動き始めたのです。
底を透明にして月をイメージしたというグラス
1988年4月1日、事業内容が決まらないまま、長浜市との第三セクター・株式会社黒壁が設立されました。4月20日に開かれた第1回役員会でも、進展はみられなかったといいます。
役員らはその足で、旧黒壁銀行の前で通行人調査を行いました。そして衝撃的な現実を目の当たりにします。その日は日曜日でした。ほんの十数メートル先に商店街があるのに、1時間で通ったのは人が4人と犬1匹だけだったのです。
それから何日か過ぎ、初代社長・長谷定雄氏(長谷ビル会長)が「ガラスをつくっているところには人が集まる」と発言。それをきっかけに役員らは、国内やヨーロッパのガラス工芸の盛んな都市へ視察に出かけました。とりわけヨーロッパのガラスには歴史と文化があり、デザインも優れていました。
このカブトもガラス製
ガラス工芸を新しい文化として長浜に導入することが決まり、準備期間を経て、1989年7月1日に黒壁一號館・黒壁ガラス館、二號館・スタジオクロカベ(現ガラススタジオ)、三號館・ビストロミュルノワール(現黒壁オルゴール館)がオープン。黒壁スクエアは、この3館からスタートしたのです。ガラス工芸が、既存の商店街と競合しないことも幸いでした。
その後、空いている建物を買い取ったり借りたり、あるいは黒壁の取り組みに賛同する商店の協力を得たりしながら黒壁グループ協議会が設立され、現在の形になったといいます。
雪景色の黒壁スクエア(画像提供:株式会社黒壁)
どこか懐かしさを覚える街並みとガラスの親和性を楽しんでほしい
「長浜を訪れるお客様には、歴史的な建造物とか街並みにどこか懐かしさを求めて来て下さる方が多いです。その中にガラスがある設(しつら)えを感じていただけたらいいなと思っています」
漆塗りのガラス器(手前)
平成の初め、この街にガラス工芸の文化が持ち込まれ、黒壁スクエアという観光スポットができました。それは、長浜の街が醸し出すノスタルジックな雰囲気と絶妙な親和性をもって受け入れられたのです。
「お陰様で、リピーターになって来てくださる方もいらっしゃいます。ガラスを見ていただいたり、つくっていただいたりという体験もできますし、その風景をご覧になっていただくこともできます。そういった文化やアートの他にも、雄大な琵琶湖もある自然豊かな風景が広がるエリアなので、いろいろな楽しみ方ができるかなと思っています」
昭和を意識したグラス・どこか懐かしさを感じる
コロナ前までの30年間で、累計5000万人の観光客が訪れたという黒壁スクエア。それがコロナ禍に見舞われた2020年の4月5月には、約1カ月にわたって全館休業を余儀なくされたといいます。その影響で、客足は今も完全回復に至っていません。
「黒壁のガラスを見に来ていただくことはもちろん、長浜曳山祭やその他の伝統文化にも触れていただきたいです。また、琵琶湖など自然の豊かな街でもありますから、いずれ皆様が旅の選択肢として長浜を選んでいただけるように願っております」
「長浜曳山祭をはじめ伝統文化に触れていただける街でもありますから、いずれ旅の行先に長浜を選択していただけるよう願っております」
歴史を感じ、自然を感じ、街並みを楽しんで、ガラス制作の体験もできる黒壁スクエア。この次は観光客として、ゆっくり訪れたい街です。
■ 黒壁
公式HP
アクセス
JR長浜駅から北東方向へ徒歩5分
北陸自動車道 長浜ICから自動車で10分