滋賀県長浜市に拠点を置く、クリエイティブチーム「HikU(ハイク)」。使うほどに経年変化で味わいが出る皮革製品の製作と販売を行っています。コロナ禍で外出の機会が減って売り上げが激減した皮革業界を支援しながら、地域社会にも貢献すべく精力的な活動を行っています。


活動にかける想いや今後の展望などを、代表の中村友洋さんに聞きました。



コロナ禍で需要が減少した皮革製品の活路をアウトドア用品に見出す

2020年の初頭から世界中で猛威を振るい始めた新型コロナウィルスの影響で、企業は社員の出社をなるべく控え、リモートワークを推進しました。また感染予防のため外出の機会が減った結果、経済にさまざまな悪影響を及ぼしたのです。


皮革産業も例外ではありませんでした。カバン製造業の株式会社曽我部(大阪府大阪市)、タンナー(皮革製造業)の株式会社山陽(兵庫県姫路市)では、売り上げが約半分にまで落ち込みました。ビジネスマンの必須アイテムともいえるカバン、靴、ベルトなどは革製品です。外へ出なくなったことで、需要が激減したといいます。


皮から革への工程を学ぶ(写真家 辻田新也)


ちなみに、同じ「かわ」でも、動物から剥いだ皮膚を「皮」、その皮を「鞣(なめ)し加工」したものを「革」というそうです。


さて、外出を制限されたり自粛したりしていた期間でも、人が密集しない屋外なら比較的安心と、アウトドアを楽しむ人が増える傾向にありました。その流れで革製のアウトドアグッズに人気が出ていることを知った2社は、滋賀県長浜市で、アウトドアグッズの創作と販売を行っている「HikU」に革製品の販売促進を相談。


革製品の魅力を広く発信するプロジェクトとして「革育(かわいく)SSS Leather Experience Project」が発足することになりました。 


HikUのオフィス兼ギャラリー(写真家 辻田新也)


もっとも「HikU」も、発足して1年に満たない若い集団です。2022年6月5日に、滋賀県長浜市でオフィス兼ギャラリーを構えたばかりでした。


それでも同じ年の10月、大阪府箕面市にある「スノーピーク箕面キャンプフィールド」が開催する「雪峰祭2022秋」に、「革育」の一環として出店。2社をサポートする形で、革製品について学んだり簡単な製品をつくったりする体験の場を提供しました。


このイベントには、ファミリー層を中心に約200人が参加。ワークショップでは、まだ毛がついている未加工の「皮」から24の工程を経て、製品の素材となる「革」へ鞣されていく過程を座学で学んだり、革を縫って靴ベラをつくったりする体験などが行われたそうです。


「皮革製品は本来、経年変化を楽しみながら一生使えるエコなアイテムなんです」と、「HikU」代表の中村友洋さんはいいます。


スノーピーク箕面キャンプフィールド雪峰祭2022秋(写真家 辻田新也)  



5人のクリエイターと2人のサポートメンバーで活動するクリエイター集団「HikU」

「革育」が発足するきっかけとなった「HikU」とは、どのような集団なのでしょうか。


メンバーは、レザークラフトを中心にアウトドア用品を製作販売し、HikUの代表を務める中村友洋さん(兵庫県・写真中央)、写真家の辻田新也さん(滋賀県・同左端)、パッケージデザインと商品開発を手がける柴﨑祐樹さん(埼玉県・同左から2番目)、デザイナー兼イラストレーターの前川有季さん(滋賀県・同右端)、ギアクリエイターで珈琲焙煎士の畠中俊介さん(愛知県・同右から2番目)ら5人のクリエイターに、サポートメンバーとして広報を担当する稲見敦さん(神奈川県)と、ブランディングを担当する田村亮輔さん(東京都)を加えた7人。中村さんが、旧知の仲間に声をかけて集めたといいます。


HikUの5人(写真家 辻田新也)


「それぞれ別の屋号で本業をもちながら、この7人はHikUというブランドのもとで共に活動している仲間です」


チーム名である「HikU」の由来は、「Hike/Hiking」(ハイク/ハイキング)と「あなたたち」を意味する「You(ゆー)」を合わせた造語だとか。


「私たちは、貢献・感謝・家族という3つのキーワードを軸に活動を行っています」


「家族」は、子供を含めた家族が楽しめるようなキャンプ用品の製作と販売。皮革製品に限らず、木工、鉄工などの素材も扱うそうです。


01-TABLE(ゼロイチ-テーブル)とその収納ケース01-10-10 (ゼロイチ-トート)(写真家 辻田新也)


「ひとりひとりのお客様が、手に取った瞬間に感動を覚えてもらえるような製品。どこにでもあるような製品ではない、ここでしか触れることができないものを、デザインの細部にまでこだわって届けたい。お子さんや女性の方にも親しんでもらえるように、オフィシャルアイコンとして『ハイキングモンキー』というキャラクターも展開しています」


ハイキングモンキーは、前川さんが「この生きづらい世の中、もっと優しく柔らかく、一緒に楽しく生きていこう」との思いを込めてデザインしたとのこと。


ハイキングモンキーのクリスマスカード(写真家 辻田新也)  


次のキーワード「貢献」は、かつて豊臣秀吉が初めて城持ちの大名になり城下町を築いた歴史ある街・長浜のために、地方創生に取り組んで貢献したいとの想いがあるといいます。


直近では2022年9月に、滋賀県米原市で行われた夏祭りで、DIYのワークショップをしたり、ハイキングモンキーが会場をジャックしたりするという様々な手法で参加をして、会場の雰囲気を盛り上げたそうです。


そして3つめのキーワード「感謝」は、たとえば「スノーピーク箕面キャンプフィールド雪峰祭2022秋」に多くの人が参加してくれたこと、メーカーさんやタンナーさんなどの応援や支えのおかげでHikUが活動できていることを忘れないことだといいます。


木工製品に塗る蜜蝋ワックス「よねじのミツロウ」(写真家 辻田新也)



命と引き換えに与えられた皮を無駄にしないために

中村さんは以前、サラリーマンをしながら、自ら製作した皮革製品をInstagramで販売していました。


「素材として木工とか鉄工とかいろいろあるんですけど、キャンプをする中で、オールマイティに表現していこうとすると、やっぱり革が必要になってくると思います」


元々ものづくりが好きだったという中村さん。サラリーマン時代から、自らのブランドで革製品の製作販売を行っていたそうです。2021年6月にサラリーマンを辞めたあとは、HikU代表として、製作販売に専念しています。


中村さんは、2人の娘さんのために、父として残せるもの、一生使える物を作りたいという思いで、2人の名を冠した独自のなめし革「ayano to saki」を株式会社山陽と共同開発。それをカバン製造業・株式会社曽我部製品に仕上げてもらっています。中村さんの製品は、Instagramに出すと「出した瞬間に売れてしまう」というくらい入手が困難だとか。 


ayano to sakiのボトルカバー(写真家 辻田新也)


中村さんは、革のどのようなところに魅力を感じているのでしょう。


「これはね、難しい質問なんですよ(笑)。革をつくっているタンナーさんが『どういう言葉で伝えたらいいですか』って、僕に尋ねるくらいですから」


株式会社山陽の社員・森本氏による皮革に関するレクチャー(写真家 辻田新也)


革には、言葉で表現できない魅力があるという中村さん。


「あくまで僕の個人的な想いなんですけど、それは『匂い』なんです。僕がつくっている製品は、パッケージを開けた瞬間の匂いがすごいらしいです。そこは、お客様に伝わりました。子供の頃から身に着けて、大人になっても一生使える。やっぱりずっと愛用するっていうのは、革にしかない風合いとか経年変化の楽しみであり、革の魅力でもありますね。大人になったときに、本物の価値になるものを使ってもらいたい」


株式会社曽我部の職人・原氏(中央)によるワークショップ(写真家 辻田新也)


キャンプを楽しむ人は、環境問題に関心の高い方が多いという中村さん。


「皮革製品は本来、長く使えるエコなアイテムだと知って欲しい」


革の経年変化こそ、他の素材にはない魅力だそうです。 一方で、タンナー(革のつくり手) や製品の製造元は、皮革製品を購入するお客様との接点がありません。中村さんは、商品を製作して販売する立場にいる自分が、タンナーや製造元に代わって革の魅力や感謝をもっと伝えていきたいともいいます。


「お客様との直接的な繋がりとか、ひとつひとつの製品が届けられる背景にあるストーリーをしっかり届けていくことで、接点の価値を高めていって、お客様の感動に繋げていきたい」


これは、中村さんがとくに力を込めて語った言葉でした。



皮革製品の魅力を多くの人に知ってもらい、地域貢献につなげたい

株式会社山陽と、株式会社曽我部の担当者は「消費者の中で『モノを大切にする』意識が希薄になって来ていることを感じることが多くなりました」と口をそろえます。


皮革製品は、適切にメンテナンスすれば一生使えるアイテムです。「生き物から命を引き換えにいただいたもの」という意識を忘れてはならないでしょう。たとえば食肉になる牛は、日本では年間で約104万頭だそうです。そして牛1頭から採れる皮は約56kgあります。仮に、これだけの皮を使わずゴミとして捨てると、約5万8000トンもの量になります。皮は水分が多く燃えにくいため、廃棄処分するには大変な手間がかかるとか。


皮革製品を使うことは、いただいた命を無駄にしないことであり、廃棄物を減らすことにもつながるのです。 

皮革製品は一生使える(写真家 辻田新也)


ちなみに、日本の皮革加工技術、とくに「鞣し」の技術は世界でもかなり優れているとか。 


「世界的に高い技術をもつ国は、イタリアとドイツといわれています。イタリアはファッションセンスに富んだ美しい革づくりが得意で、ドイツは基本に忠実で確かな革づくりが得意です。日本の革は、どちらかというとドイツに近い感じです」


日本の皮革製品は、素材の品質も高いのですね。


余談ながら、筆者の好奇心で尋ねてみたことがあります。いわゆるブランド牛は、皮にもブランド価値があるのでしょうか?


株式会社曽我部さんからの回答は、「ブランド牛の皮は脂肪分が多く、素材として扱いが難しいです。商品にはなりますが、革としてのグレードは低くなります」とのこと。なるほど、ブランド牛といえども、全身がブランドではないのですね。


また、タンナーの株式会社山陽さんからは、このようなコメントがありました。

「山陽で扱う牛革は全て、食肉の副産物です。革をつくるために牛が殺されることはありません」

だからこそ「一生使えるアイテム」として、大事に扱っていきたいですね。


小さな革も元は命ある動物(写真家 辻田新也)


HikUの今後の展望について、中村さんに尋ねました。


「発足してまだ1年も経っていませんが、形にはなってきたと思います。墓石の現場監督をやっていたサラリーマン時代も、長浜にかかわりの深い仕事をしていましたから、長浜に貢献したい。僕らの商品を買い求めるために長浜まで来てくださるお客様を増やすことで貢献になるし、商品だけではなく体験価値を提供できるような新しいブランドとして、今後も全力でやっていきたいと思います」


生き物からいただいた素材を無駄なく使い、長浜の街にも貢献したいという中村さん。今年は「HikUにとって飛躍の年になる」との展望を抱いているそうです。



■ HikU


Instagram

@hiku_story


■ 株式会社 山陽(タンナー)


公式HP

sanyotan.co.jp


Facebook

@sanyoleather


Instagram

@sanyoleather


■ 株式会社 曽我部(製造業)


公式HP

balzo.jp


Facebook

@bagfactorysogabe


Instagram

@balzo_sgb