竹炭を使った土壌改良法を取り入れて栽培したサツマイモを「夢シルク」というブランドで展開する渡邊博文さん。


趣味で始めた農業が、いつしか大阪の耕作放棄地をなくし、大阪をサツマイモの産地にしたいという夢に発展。また一方で、子供たちに農業体験をしてもらい、食育にも繋げたいといいます。


渡邊さんが栽培するサツマイモ「夢シルク」(画像提供:オオサカポテト)



初めて栽培したトウモロコシは収穫が遅れて傷んでしまった

大阪府八尾市の新興住宅地に隣接する畑でサツマイモを栽培している渡邊博文さんは、2023年1月、会社員を辞めて専業農家になりました。以前は広告代理店に勤めて、大手フェリー会社に関係する案件に数多く携わったといいます。


今はシルクスイートという品種のサツマイモを「夢シルク」のブランドで展開する傍ら、子供たちや社会人に農業体験をしてもらう活動にも取り組んでいます。


愛知県岡崎市出身の渡辺さんは、東京の大学を卒業後、名古屋にある広告代理店に就職。入社4年目のとき転勤で大阪へ移住してきました。


サーフィンが趣味だったそうですが、大阪へ移り住んだ当初住んでいたのは西成区。そこは大阪市のほぼ真ん中に位置するエリアで、サーフィンができる海までは遠く離れていました。


「それじゃあ新しい趣味を始めようと考えたんです。前から『やりたいこと100リスト』みたいなものをつくっていて、その中に農業があったんですよ。それと、アニメの『銀の匙』で、穫れたて野菜が美味しいというシーンがあったので、ちょっと農業やってみるかと。今思い返すと、農業をすっかり舐めていましたね(笑)」


農業機械の操作も覚えた(画像提供:オオサカポテト)


農作業をさせてくれる畑探しを始めた渡辺さん。Instagramで「大阪」「農業」のキーワードを検索し、ヒットした農家へ手当たり次第にダイレクトメッセージを送ったそうです。


「15軒くらい送りましたね。11軒は返信がないまま無視されて、3軒はけっこう厳しい内容で、ほぼお叱りの返信でした。そんな中、1軒だけ『会ってみようか』と返事をいただきました」


訪ねてみると、八尾市に隣接する東大阪市との境にある花農家でした。それが2019年3月のことで、「やる気があるなら」と、20メートル四方くらいの空きスペースを、渡邊さんの仕事が休みの日に使わせてもらえることになりました。しかし、道具類も用意していなかったという渡邊さん。


「丸腰で行きましたが、必要な道具類は、すべて貸してくれました」


現在のオオサカポテトの畑


渡邊さんが初めて植えた作物は、トウモロコシでした。それも「銀の匙」に、トウモロコシは穫れたてがいちばん美味しいという場面があったからだそうです。他にもナス、トマト、カリフラワー、ほうれん草、サツマイモなど、細かい品種に分けると50品目ほど植えたといいます。


「ビギナーズラックといいますか、トウモロコシは1500株植えて上手く実がついたんですよ。食べてみると美味しいし、売れたらけっこう稼げるかもと喜んでいたんですが、実がついたら1週間以内くらいで収穫しないとダメになってしまうことを知らなかったんですよ。翌週、畑へ行ったらすっかり傷んでいました。ほうれん草も葉が黄色くなってしまって、商品にならないのです」


葉が黄色くなったほうれん草(渡邊さんが失敗したほうれん草とは別物)


その頃から、自身の農業をInstagramで発信していた渡邊さんは、一緒にやりたい人を募ります。そのとき集まった4人が初期メンバーとなって「週末農園」と銘打った活動が始まりました。



週末だけの農業に限界を感じ体験型農業へ方向転換した後、専業農家へ転身

「農業の基本的なビジネスモデルは、作物を栽培して収穫し、小売店へ卸すというスタイルです」という渡邊さん。ところが、収穫した作物を販売するための準備に手間がかかって大変なのだといいます。


「栽培、収穫、袋詰め、納品という一連の作業をやるには、週末だけではとうてい時間が足りないのです。楽しみのつもりで始めたのに、だんだん仕事になってきて、しかも手一杯で収益性も良くない。ならば、どうすれば楽しみながら週末農業が成り立つのかを考えました」


都会で行う農業なので、畑の周囲には多くの人が住んでいます。渡邊さんは、その環境を活かして人を呼び、体験者自ら収穫した野菜を持って帰ってもらう体験型農業へ舵を切り直すことにしました。


新たに「週末農園」という屋号を掲げ、毎週5組程度の受け入れが始まりました。


「週末農園をやっていく中で、サツマイモでこのようなビジネスモデルを組み立てたらすごく面白い農業が成り立つんじゃないかと、都会で行う農業の可能性が見えてきました」


週末農園に遊びに来るお客さんのほとんどが、ファミリー層でした。子供たちが自然と触れ合える場所はどんどん減っていて、幼稚園や学校などの行事で芋掘り体験もできなくなっているのだそうです。


「そのような体験が近場でできると知った親御さんたちが、子供を連れて参加されるケースが多いです。あるいは子供がトマト嫌いで困っていて、自分で収穫したら食べるようになるかもしれないと、一縷の望みを抱いて来る親御さんもいらっしゃいました」


野菜を自分で収穫する体験を通して、子供たちの食育にも繋がることを渡邊さんは期待しているのだそうです。


体験型イベントはファミリー層の参加が多い(画像提供:オオサカポテト)


「都会へ行くほど、物理的な距離も意識も一次産業から遠ざかります。私自身がそうでした。毎日の食事がコンビニ弁当でも、一次産業のことは気にしなかった。でも農業をやり始めてからは『食べること』が豊かになったと思うんです」


渡邊さんがいう「食べることの豊かさ」とは、食事の献立が豪勢になったという意味ではなく、食物に対する意識のことだと理解しました。そして「大阪に住むたくさんの人たちの生活クオリティが食を通して上がれば、みんなが幸せになるんじゃないか」ともいいます。


大阪の耕作放棄地をなくしたいという構想をもっている渡邊さん。それを実現するには、必然的に畑を広げるか増やすことになります。


「農地を広げたいという話をしたときに、いろいろな人から『大阪に農地はないよ』といわれるんですよ」 


しかし、渡邊さんが知っている範囲でも、いたるところに耕作されていない畑があるといいます。


ちなみに「耕作放棄地」とは、農林水産省が5年に一度行う調査の用語で「以前耕作していた土地で、過去1年以上作物を作付け(栽培)せず、この数年の間に再び作付け(栽培)する意思のない土地」とされています。


また、これとは別に、渡辺さん独自の定義もあるそうで「今耕作している人がやめたいと思っているけれど後継者がいない、あるいは栽培のためではなく農地として維持するためだけに耕している畑も、耕作放棄地と考えています」とのこと。


そのような畑を使って、子供たちや近所の新興住宅地に住む人たちを集めて農業を体験してもらったら、良い循環が生まれるだろうとの想いがあるといいます。


「それがやりたくて、サラリーマンを辞めて農業に専念することにしました」


安定した勤め先を辞めるにあたって、上司や同僚の反応はどうだったのでしょう。


「その頃になると、僕がかなり農業にのめり込んでいることを周りに知られていたので、やっぱりそうなんだという感じでした。中でも印象的だったのは、すでに家庭をもっている人から『君が羨ましい』といわれたことです。家庭をもつと自分1人の人生ではなくなって責任が生じるから、そこから抜け出せなくなってしまうというんです。やりたいことに飛び込める君が羨ましいから応援するよという話はたくさんもらいました」


ある日の収穫祭が終わって仲間たちと(画像提供:オオサカポテト)



作物を育てる楽しさと自分の居場所があることの幸福感は大きい

農業に専従することを決意した渡邊さんは、オオサカポテトを創業。名刺の肩書を「大阪さつまいも農家」としました。また、自身が栽培するサツマイモに「夢シルク」というブランド名を付けました。 


耕作放棄地を借りた栽培地域は、週末農園の頃から比べると、大きく広がっています。オオサカポテトが直接管理する畑は八尾市と和歌山県橋本市の2カ所。ほかに生産パートナーとして東大阪市、富田林市、和泉氏、能勢郡、河南町、千早赤阪村(以上いずれも大阪府)、合わせて8地域、4500坪に及びます。収穫量は2022年が5トン、専業になった2023年は23トンに増えました。


「僕らはシルクスイートだけを栽培して、そこに特定の栽培条件や想い、限定した栽培者などの条件を設けることで、夢シルクというブランド名をつけています」


販路もすでにあるていど開拓されていて、阪急百貨店、イオンモール、イトーヨーカドーなどの大手百貨店やスーパーのほか、地元のスーパーへも卸しているとのこと。


「オオサカポテトのスローガンが『大阪をサツマイモの産地にする』なんですよ。そんな夢から生まれたサツマイモということも『夢シルク』のブランド名に込めています」


大阪発祥のブランド「夢シルク」(画像提供:オオサカポテト)


サラリーマン時代に転勤してきた大阪は「サーフィンができる海が遠いから」と、新しい趣味として農業を始めてから4年余り。渡邊さんは当時を振り返って「こんなに面白くて豊かな趣味は、ほかにないぞと思った」といいます。


「作物をつくるだけでも楽しい。仕事も好きでしたが、自宅と会社の他に、土日になったらもうひとつの居場所があることが楽しい。そのためなのか、家庭菜園をやっている若い人が多いですし、この想いはきっと同じ趣味をもっている人が共通してもっていると思います。Instagramで発信すると、ほんとにいろんな友達が増えてくるんですよ。大阪に来てから、農業を介して友達がたくさんできました。作物を育てる楽しさとか、居場所があることの幸福度は大きいと思います。さらにいうと、僕らが日々食べているもののストーリーを知ることができるようになりました」


掘り出された夢シルク(画像提供:オオサカポテト)


しかし、専業農家になることは、慎重に考えたほうがいいと釘を刺す渡邊さん。当然のことながら、仕事と趣味では事情が異なるからだといいます。


「大阪で専業農家をやるのは、かなりハードルが高いと思うんです。僕は専業になりましたが、他の人にはあまりお勧めしていません。兼業で農業を楽しむ方が、心を豊かに保てると思っているんですよ。でも、専業になる覚悟ができたり経営を成り立たせることができたりする人は専業になってもいいと思う。ただ基本的には、本業をもっている人は『半農半X(エックス)』で、余暇を過ごす趣味か副業ぐらいで楽しんだ方が面白いんじゃないかなと思っているんです」



「夢シルク」に付加価値をつける活動も展開。広告代理店時代のスキルが活きる

朝は5~6時に起床して畑に出るという渡邊さん。しかし、畑に1日中張り付いているわけではないそうです。


「サツマイモのいいところは、畑にずっといなくてもいいんですよ。作業量がすごく少ないのが、サツマイモ栽培の特徴なんです」


他のことに使える時間が増えるため、渡邊さんは「夢シルク」に付加価値を付けるためのイベントを企画したり、集客のための営業活動に時間を割いたりできるといいます。


たとえば収穫イベントを企画して、大手電機メーカーへ自ら営業をかけ、実際に社員旅行のような形で参加してもらうことに成功したそうです。


「イベントを企画したり営業をかけたりするのは、前職で培ったノウハウやスキルが大いに役立っています」


収穫されたばかりの夢シルク(画像提供:オオサカポテト)


「夢シルク」は始まったばかりですが、今後はどうなっていくのでしょうか。


「僕らがやりたいことは、八尾でサツマイモを栽培して儲けようっということではなく、大阪の中で夢シルクをたくさんつくって、農業体験で子供たちが遊べる場所を増やす。そして、大阪中に広がっている耕作放棄地を有効活用しようと考えています。その想いに共感してくれて、夢シルクとしての品質を保って栽培できる人に生産パートナーになってもらい、その人がつくったサツマイモは僕らが買い取って、夢シルクとしての販売に責任をもちます」


農地は今後も拡大していくという渡邊さん。同じ想いで「夢シルク」を栽培するパートナーも増えてほしいといいます。「夢シルク」としての品質を保つ栽培技術のひとつが、竹炭をつかった土壌改良だそうです。 


「竹炭を使うと、甘く美味しく育つんです。でも竹炭があんまり出回っていないため価格が高めなので、使っている農家さんは少ないです」


竹炭を使った土壌改良で美味しいサツマイモが育つという


最後に「夢シルク」の美味しい食べ方を教えてもらいました。


「気温15度で最低1カ月以上の熟成期間を経て、糖度をあげてから出荷しています。焼き芋がいちばん美味しいかな。他には、天ぷら。揚げる前に焼くか蒸すかしてからだと、より甘くて美味しくなります」


見るからに甘そうな夢シルクの焼き芋(画像提供:オオサカポテト)


味が良くても、曲がっていたり丸くなってしまったりして形が良くないものは店舗に並べても手に取ってもらえません。そういった規格外は知り合いのパン屋さんで使ってもらったり、ペースト状にした「夢シルクペースト」に加工したりしているそうです。


また、自社製品として、北海道産バターと砂糖を練りこんだ「大阪シルクスイートバター」も開発して、販売されています。


大阪シルクスイートバター(画像提供:オオサカポテト)



知り合いのパン屋さんで製造販売される夢シルクを使ったパン(画像提供:オオサカポテト)


「農業は楽しい」という渡邊さん。インタビュー中も、その想いが全身から溢れている印象が強烈でした。 


渡邊さんの活動に関心をもったり賛同したりした人は、とにかく一度お会いして、畑で作業をしながらお話をしましょうとのことでした。大阪をサツマイモの産地にする夢を、渡邊さんと語り合いませんか。





■ オオサカポテト


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