大阪市平野区加美(かみ)の住宅街に、パン屋とランドリーを併設した「Panndry パンとランドリー」がオープンしたのは2022年8月27日のこと。


昨今はカフェを併設したコインランドリーが増えつつありますが、パン屋が併設されたランドリーは珍しいのではないでしょうか。


SHOP KEEPERの万福公至(まんぷくたかし)さんにお話を伺いました。



コロナ禍で借主が撤退した空き倉庫をコンバージョン。工事のほとんどを地元業者へ発注

奥さんと一緒に「Panndry パンとランドリー」(以下、Panndry)」を切り盛りするのは、地元・平野区出身の万福公至さん。名刺の肩書には「SHOP KEEPER」とあります。


お店には大型のドラム式洗濯乾燥機(乾燥機能付きの洗濯機)と乾燥機がズラリと並んで、レイアウトはコインランドリーそのもの。


しかし万福さんは、このお店をコインランドリーではなく「ランドリー」と呼びます。理由は、料金の支払いにクレジットカードやQRコード決済など、ほとんどのキャッシュレス決済も使えるからだそうです。


「コインランドリーといってしまうと、コインしか使えないイメージになってしまうので、ランドリーと呼んでいます」


三角屋根の形をした食パン


そして、パン屋のスペースに入ると、ひときわ目を引く三角屋根の形をした食パンがカウンターに鎮座し、陳列棚にはクロワッサン、クリームパン、メロンパンなど25アイテムのパンが並んでいます。


季節によってアイテムを少し入れ替えるそうで、秋から冬にかけては、平野区に隣接する大阪府八尾(やお)市で収穫される「夢シルク」というブランド名がついたサツマイモを使ったパンを焼くのだとか。


「大阪でサツマイモが栽培されているイメージは、地元の人でも薄いと思うんです。こんなにおいしいサツマイモがあることを、是非知ってほしい」


万福公至さん(左)と奥さんの真紀さん


ところで失礼ながら、Panndryの外見は、初めから店舗として建てられたようには見えません。それもそのはずで、Panndryを始める前は築50年の倉庫でした。


「ここは僕の祖父の代から所有している倉庫物件で、ある事業者さんへ貸していました。その事業者さんがコロナ禍の影響で利用者が減って廃業したせいで、たまたま空いたんです」


Panndryの外観(画像提供:Panndry)


Panndryがある加美の町は、かつては多くの商店が立ち並んで賑わっていました。いつしか商店が姿を消し、人の往来は激減。住宅は多いのに、人の姿をあまり見かけません。ところが、人口は増えているというのです。購買層を見込んだスーパーマーケットが、新店をオープンさせたほどだそうです。


「スーパーが新店を出すときは、しっかりと商圏調査を行っています。だったら自分も、この町で商売ができる可能性があるのではないかと考えました」


自分が生まれ育った町が、再び活気を取り戻せるかもしれない。地元を愛する万福さんは、この場所に自分のお店を開くことを決めました。


倉庫から店舗へコンバージョン(建物の用途を変更して新たな価値をつけること)するにあたり、設計士をはじめ内装工事、電気工事などは、なるべく地元の業者さんへ発注したそうです。また、内装、イス、作業台を制作する木材には、大阪府千早赤阪村産の河内杉が使われています。 


「商売を始めると地元の人たちからお金をいただくので、まずは地元に貢献しようと思いました」

なるべく地元の業者に工事を発注した(画像提供:Panndry) 



無人店舗が流行の中あえて有人店舗にした理由は「安心して利用してほしいから」

開店するにあたって、万福さんは約1年をかけてカフェ併設のコインランドリーやパン屋を視察したそうです。


「大阪、京都、兵庫、奈良など近畿一円の店舗を50軒以上は訪れて、店のレイアウト、雰囲気、内装、とくにパン屋では商品の陳列、接客サービスを観察しました」


欲しいパンを指差して取ってもらう


万福さんが、ランドリーとパン屋を併せた店舗を開こうと考えた理由のひとつは、店舗を有人化するためだといいます。


「全国には約2万5千店舗のコインランドリーがあるといわれていて、どんどん増え続けています。そのほとんどが無人営業です。そしてコインランドリーの利用率は、日本の人口の10%だそうです。こんなに便利なものをたった10%の人しか使っていない理由は何なのかというと、洗濯機が高機能になってきて使い方が分からなかったり、そもそも店の中へ入ることに抵抗があったりするという話を聞いていました」


女性が入りやすい店舗に


とくに女性は、店内に男性の姿があると入りづらいそうです。店にスタッフがいれば、そのような問題が解決すると考えた万福さん。


「店に誰かがいれば、洗濯機の使い方が分からず困っておられたら教えたりお手伝いしたりもできますし、防犯にも有効です」


後から近くに無人営業のコインランドリーが出店しても、有人店舗のほうが安心して利用できる点が強みになるため、利用客を奪われる心配はしていないといいます。


また、カフェではなくパン屋にしたのも、他店を視察した結果決めたことだそうです。


「洗濯物を洗濯機に入れて、洗い終わるまでじっと待っているお客さんは、ほとんどおられません。特に女性は、洗濯機が回っている間に、他の家事をするためにいったん帰られます。パンなら、テイクアウトして帰れますよね」


パンはテイクアウトしやすい



少量製造で廃棄ゼロ。国産小麦や卵にこだわり、水と油にも健康への配慮が

Panndryは「スクラッチベーカリー」といって、パン生地を粉から仕込んで発酵させて焼き上げる、パンづくりの工程をすべて自前で行う方式で製造しています。そのため、万福さんのこだわりが存分に盛り込まれたパンになっています。


「うちで使っている水は、カルシウムやマグネシウムなどのミネラル分を含まない硬度ゼロの軟水です。しかも水に含まれる余分な酸素や窒素を抜いた『脱気水』を使っています」


脱気水とは、通常の純水に溶け込んでいる窒素や酸素のガス成分を除去した水で、万福さん曰く、硬度ゼロの脱気水は生地によく浸透し、小麦の味と柔らかさをしっかり引き出せるのだそうです。


硬度ゼロの脱気水で国産小麦の味が引き立つ(画像提供:Panndry)


そして、Panndryのウリのひとつであるカレーパンを揚げる油とフライヤーには、健康への配慮がみられます。


「フライヤーに分子調理器を入れて、衣へ浸透する油の量を抑えています」


分子調理器とは、フライヤーの両端に電極を設置し、1秒間に5万回の電子振動を加えることで、生地へ浸透する油の量を最大50%軽減できる設備だそうです。しかも、揚げ時間が最大25%短縮できるため、結果として油の摂取を抑えることができるといいます。


また、卵にもこだわっています。


「生地に練り込んだり仕上げの際に表面に塗ったりする卵は、『近(きん)の鶏卵』を使っています」


「近の鶏卵」は、近畿大学薬学部と東大阪市にある町工場が、産学連携で共同開発した方法で飼育された鶏が産んだ卵のこと。鶏に脱気水を飲ませることで鶏の体が酸性に傾くことを抑えて、酸化に弱い栄養素の消失を防ぎます。これにより健康を助け、含有コレステロール量の少ない卵を産ませることが出来るそうです。


脱気水を飲ませた鶏が産んだ「近の鶏卵」


このように粉と水と油、そして卵にまでこだわって、添加物も一切使っていないパン生地のため、Panndryで焼かれるパンの消費期限はあまり長くありません。


「夏場は、2日目には食べきってほしいです。秋から冬にかけての時季でも、せいぜい3日くらいですね」


そのためPanndryでは、パンを一度に多く焼くことはしていません。


「開店準備の分を焼いて、午前中に売れてしまったら、もう1回焼くようなやり方です。日本では年間800万トン近くの食品ロスがあるといわれているんですが、つくりすぎているだけじゃないかと、僕は思っているんです」


一度に多くを焼かず売れたら補充する(画像提供:Panndry)


万福さんは決してつくり過ぎず、ほぼ売り切ってしまうとか。


「売れ残りが、ゼロなわけではないですよ。売れ残っても、自分たちで食べて無理なく消費できる量です。廃棄はしません」



香りに敏感な人に配慮。100%植物由来の無添加洗剤を使用し無臭に配慮したランドリー

一方、ランドリーにも、健康と地球環境に配慮したこだわりがあって、「自然由来の洗剤」が使われています。洗剤や柔軟剤の匂いは香りの害、すなわち「香害(こうがい)」だと万福さんはいいます。


Panndryの店内は、一般的なランドリーでは当たり前に漂う洗剤や柔軟剤の匂いがしないのです。


匂いに敏感な人への配慮として、Panndryでは一般的なコインランドリーでは当たり前のように使われている、ジェルボール、洗濯ビーズ、柔軟剤は投入禁止だそうです。それらを使って家庭で洗った洗濯物をもってきて、乾燥機に入れることも断っているとのことです。


「乾燥機に柔軟剤の成分や匂いが残ってしまうと、アレルギーをもっている人や香りに敏感なお客さんが安心してご利用いただけなくなります。うちの洗濯機は、適量の洗剤が自動的に投入されるようになっています」


100%植物由来の無添加洗剤「オールシングスインネイチャー」(画像提供:Panndry)


その洗剤も、自然由来の製品が使われています。


「いろいろな洗剤を試してみて、福岡のメーカーさんが製造している100%植物由来の無添加洗剤にたどりつきました」


この洗剤の大きな特徴のひとつは、1回あたりの使用量が、一般的な合成洗剤に比べて約2分の1程度で済むこと。これは、界面活性剤の原料となるパーム油をつくるために行われている、熱帯雨林の大量伐採を抑えることに繋がるそうです。


この洗剤をランドリーで使ったのは、開店した2022年当時は万福さんだけでした。今はもう1軒増えて、滋賀県にある他社経営のランドリーでも使われているそうです。


万福さんは、この洗剤の良さを家庭でも知ってほしいといい、Panndryの店頭で洗剤の量り売りもしています。


「水質汚染を抑えるには、家庭の洗濯で使う洗剤から変えていかないとね。初めは容器入りで買っていただいて、2回目以降は空容器をもってきて中身だけ買っていただく。プラスチックごみを、なるべく出さないようにも配慮しています」


洗剤の量り売りもしてくれる


さらに、お店の屋外スペースには、ペットの衣類専用の洗濯機が1台設置されています。しかもペットを連れて来店するお客さんのために、支柱にはリードを繋ぐためのフックも取り付けられています。


「ペット用品をコインランドリーで洗濯したり乾燥したりすることは、保健所の指導によって禁止されているのですが、店舗が無人なのをいいことに、こっそり持ち込んで洗う人が多いらしいのです。うちは屋外の軒下に専用の洗濯機を用意することで、店内にある機器の衛生面を確保しています」


ペットの衣類専用洗濯機



息子さんの海外留学をきっかけに環境問題を意識し始めた

万福さんがこれほど環境問題に関心をもつことになったきっかけは、息子さんが高校1年のときに参加した海外留学がきっかけだそうです。


「息子が高1の5年前、カンボジアでビジネス体験をするプログラムに参加したんです。日本の高校生たちが現地の特産品についてディスカッションをして、商品化するためのプレゼンを英語でやるんですよ。並行して、現地で貧困層の子供たちを目の当たりにしたり、SDGsについて学んだりもしたそうです。そんな話を聞いて、僕が触発されました。それまでSDGsという言葉は知っていましたが、中身は詳しく知りませんでした。具体的なことや現状について知ったのは、息子や息子の友達から教えてもらったからです」


PanndryはSDGsの先を見据えたエシカルショップ(画像提供:Panndry)


しかし、万福さんが目指すのは、SDGsではないといいます。


「SDGsの達成期間は2030年までです。僕が目指しているのは2030年で終わりじゃなくて、もっと先の『エシカル(ethical)』なんです。この店もエシカルショップと位置付けています」


万福さんは、人、社会、地球環境に配慮した消費行動を意味するエシカルを、Panndryから発信しようというのです。


「未来ある子供たちやこれから生まれてくる子供たちに、環境の良い地球を残したい。そのためには、僕らが変わっていかないといけないし、子供たちも、正しいと思ったことは突き進んでほしいと思います」


店名のプレート(画像提供:Panndry)


最終的には、日常生活に直結する「衣・食・住」に取り組みたいという万福さん。


「まずは、原材料にこだわって焼いたパンと、地球環境にやさしい洗剤を各家庭へ広げていきたい」


そして最終的には、人に安全・安心、地球環境にやさしい「衣・食・住」のサービスを提供し、同じ想いをもつ仲間をPanndryから増やしていこうとしています。




■ Panndry パンとランドリー


公式ホームページ

panndry.com


Instagram

@panndry_pan_laundry