羊肉といえば「臭い」「クセが強い」というイメージが定着し、好みがはっきり分かれます。


そんなイメージを覆す羊肉料理を提供するお店が、北海道札幌市と大阪の北新地にあります。経営に乗り出したのは、主にバネを製造している三協精器工業株式会社です。


北海道札幌市にあった料理店を買い取り、自社牧場で育てたサフォーク種の羊肉を提供。さらに大阪の北新地にも、羊肉料理のお店をオープンさせました。


バネの製造と羊肉料理店という一見ミスマッチな業種がどこで繋がったのか、社長の赤松賢介さんにお話を伺いました。



羊肉はクセがあるから苦手というイメージを根底から覆した

大阪市北区の北新地に羊肉料理を提供する「士別バーベキュー はなれ」というお店があります。


羊肉は一般的にクセが強くて、好き嫌いがはっきり分かれます。しかし、このお店で提供される羊肉には、羊肉特有のクセがありません。「これは牛肉ですよ」と出されても、多くの人は見破れないのではないかと思うほどです。


大阪・北新地にある士別バーベキューはなれ(画像提供:三協精器工業)


じつはこのお店は、大阪市東淀川区でバネを製造している会社が経営しています。


「飲食業をやりたかったわけではないんですよ」という社長の赤松さん。

「じつは、25年ほど前から、農業をやりたいと思っていました」


趣味ではなくビジネスとして考えており、「売り先」をつくることも考えていた赤松さんは牧畜に着目。それも、すでにブランド化が確立されている牛や豚ではなく、羊ではどうだろうと考えました。国産の羊は流通量が極めて少ないため、競合する相手が少ないからだそうです。


従来の農地法では、法人が農地を所有することを認めていませんでした。その農地法が2009年と2016年に改正されて、一定の条件をクリアすれば法人が農地を所有できることになっていたのも幸いでした。


同じ頃、M&A(企業の合併・買収)に関する情報を見ていたところ、札幌にある羊肉専門店が売りに出されていました。


折しも2017年、赤松さんのご長男が、大学進学のために北海道へ渡っていました。その年の夏は例年を上回る暑さで、赤松さんは「北海道は涼しいだろうな、遊びに行こうかな」と考えていたそうです。


「その店を買うかどうかは別にして、これの視察を口実に北海道へ行こうと企てました」


そのとき見ていた情報が、後に買い取って「士別バーベキュー」となるお店でした。


札幌へ出発する前、羊肉料理のお店を視察する準備として、赤松さんは秘書を伴い、大阪で羊肉を提供する店を何軒か訪れて食べ歩きをしたそうです。


「秘書は羊肉が苦手で、大阪ではどの店でも食べられませんでした。でも、札幌の店では食べられて、しかも『おいしい』というのです」 


自社牧場でサフォーク種の羊を飼育(画像提供:三協精器工業)


それはつまり、自分が今まで食べたことがない羊なんだと直感した赤松さん。「羊の売り先として、これで勝負をかけられるかも」と心を決め、2018年に店を買い取りました。


こうして士別市に牧場を取得し、2019年には士別三協株式会社を設立。農業事業として「めん羊の育成と販売(主にサフォーク種)」、飲食事業として「士別バーベキュー本店」の経営に乗り出したのです。


「私どもの売り上げのうち25%は、農業機械メーカー向けの製品です。そういうお客様からトラクターやコンバインなどの農業機械を購入し、自分たちで使って農作業を行うことで、ユーザーとしてリアルな使用感が分かりますから、お客様の気持ちに少しでも寄り添えると考えたのです」


2023年10月現在で280頭を飼育(画像提供:三協精器工業)


ご長男が北海道の大学へ進学していなかったら、はたして赤松さんはおいしい羊肉料理に出会っていたでしょうか。出会ったとしても、店を買い取って事業化する話にまで発展したでしょうか。そう考えると、やはり「偶然」と「ご縁」があったのでしょうね。



三協精器工業は猫がいる会社としてご近所でも有名。副社長は保護猫のチャトラン

ところで、この三協精器工業には、ほかの会社では見られないユニークなところがあります。


社内で12匹の保護猫が飼われていて、全員が社員。その中には副社長のチャトラン、常務取締役のロイ、常務付秘書のネリなど、辞令を受けた役付きの猫ちゃんもいます。就業時間中は2階と3階の事務所スペースで自由に行動(勤務)しています。


デスクの上で寛いでいたり、書類棚に潜り込んで昼寝をしていたりする姿は、この会社では当たり前の風景。人間の社員に癒しを与えることが、彼らの日常業務なのです。


常務取締役の辞令を受けるロイ(画像提供:三協精器工業)


最初にチャトランを保護して以来、どこからか迷い込んできた猫を保護しているうちに10匹を超える大所帯になったとか。猫好きの赤松さんをはじめ社員さんたちによって、幸せに暮らしています。


人間の社員さんに聞くと、パソコン作業をしている最中にモニターの前に座られるなど、多少は仕事の邪魔になることもあるそうです。しかし、猫が寄ってくると、仕事の手をちょっと止めてモフモフすることで癒されるのだとか。


実際、職場に猫が一緒にいる環境になってから、社内の雰囲気が和やかになったといいます。これがアニマルセラピーの効果なのでしょうか。


そして 猫社員たちは午後5時には全員が定時退社。与えられた個室(ケージ)へ帰っていくのだそうです。


また2018年の冬から、社屋の白い壁を活用して、3Dプロジェクションマッピングの投影も行っています。


社員と共に仕事をしている副社長のチャトランや常務取締役のロイ率いる保護猫たちの、今にも飛び出しくるような映像が立体的に映し出されています。コンテンツは春夏秋冬の4パターンがあって、 それぞれのシーズンごとに投影しているとか。


2022年12月に投影されたプロジェクションマッピングにはチャトラン副社長(左)とロイ常務(右)が登場


会社の敷地内には、年間4パターンのコンテンツを投影するための機材が常設されています。しかも、あらかじめ時間を設定しておくと、投影開始から終了まで全て自動で行われるとのこと。


会社の前の道は人通りが少なく、街灯も少ないため、日が暮れるとやや物騒な雰囲気になるのだそうで、防犯対策にも役立っているわけです。とくに冬は日が暮れるのが早いため、午後5時から深夜1時まで、壁面に大きな画像を投影しておくと明るくなって、安心して歩けるといいます。


近所の人たちの反応は好意的で、ときにはワンカップのお酒を片手にしみじみ眺めているオジサンがいたり、会社の前で投影を見ているときに、通りすがりのサラリーマンから不意に「ありがとう」とお礼をいわれたりしたこともあるとか。


投影中は、会社の前を走る阪急電車の車窓からも見えるはず。乗る機会があれば、阪急京都線・相川と上新庄の間、西側に注目してみてください。


会社の前を走る阪急京都線(写真左の高架)からもプロジェクションマッピングが見えているはず



多種多様な穀類をふんだんに与えて飼育するからクセの少ない肉ができる

話を戻しましょう。自社牧場で飼育した羊は、なぜ癖の少ない肉になるのでしょうか。それは飼料に秘密があるといいます。


「グラスフェッドか穀類飼育かで変わってくると思います」


グラスフェッドとは、基本的に「Grass」すなわち牧草のみを食べさせる飼育方法です。放牧されて自由に動き回れるため、低脂肪で赤身の多い肉になるといわれており、健康志向の人に喜ばれるようです。


「臭い」「クセが強い」羊肉のイメージを覆す(画像提供:三協精器工業)


しかし赤松さんは、グラスフェッドだと「肉が牧草臭くなる」といいます。


「牛もそうなんですけど、グラスフェッドの牛はやっぱり牧草臭くて、牛本来の匂いがしてきます。もっともそこは、生産者によって考え方が分かれるところではあるのですが……」


そこで自社牧場で飼育される羊は、飼料として穀類を与えているのだそうです。 


「私どもの羊に関しては、大豆、コメ、麦、フスマ系 など穀類をかなり与えています」


飼料には穀類を多く使う(画像提供:三協精器工業)


さらに、従来「クセが強い」とイメージされてきた羊肉は、保存方法にも原因があったという赤松さん。


「羊本来のクセすなわち臭みは、赤身部分よりも脂肪分に多いです。冷凍技術が良くない場合は、その臭みが赤身にまで浸潤しちゃうことが過去あったようです」


赤松さんのお店で提供される羊肉には、オーストラリア産やニュージーランド産もありますが、非常にクセが少ない肉だそうです。


「やはり冷凍技術の問題です。それでも臭みやクセが残るのは、グラスフェットか穀類飼育かの違いかなと思います」


ところで、札幌と大阪のお店でサフォーク種だけを扱う理由はなんでしょうか。 


「サフォーク種は肉用のため品種改良によって開発された羊で、他の品種より体が大きいのです」


イギリスのサフォーク州原産の肉用種で、中世にノーフォークホーンの牝とサウスダウンの雄をかけあわせて、人工的に生み出された品種だそうです。


サフォーク種は肉用に品種改良された羊(画像提供:三協精器工業)


「私どもの牧場の場合ですと、出荷時の体重が80kg前後です。他の種だと、60kg台が多いです。その60kgのうち骨や頭など食用にならない部位を外したら、使えるところはおおむね半分以下しかありません。それは非常に効率が悪いので、サフォーク種を扱う理由になっています」



純血サフォーク種が減少の危機に! 混血種で士別サフォークというブランド種をつくる動き

2021年6月、大阪の北新地に「士別三協ファーム直営 士別バーベキューはなれ」がオープンしました。


札幌の本店がカジュアルな雰囲気なのに対して、北新地の店は高級感を意識したそうです。


「比較的手頃な値段で出すようにはしてるんですけど、羊は安いというイメージを壊したいなと思いまして」


北新地のお店は高級感をイメージ(画像提供:三協精器工業)


ちなみに札幌のお店も北新地のお店も、羊肉はジンギスカンではなく焼肉で提供されています。


「美味しい羊の肉は、素材の味を活かした焼肉スタイルで楽しんでほしい」


士別の自社牧場で飼育しているサフォーク種の羊は、設立当時は45頭でしたが、今年は1月に生まれた子を合わせて280頭に増え、年間100頭を出荷しているそうです。お店は札幌と北新地の2店舗だけですが、100頭では足りないため、ランチタイムと夜の一部にオーストラリア産を使うこともあるとか。


「飼育頭数をもっと増やしたいですね。試算では500頭。年間250頭を出荷できたらと思います」


自給率をもっと上げたいそうですが、100%にはしないつもりともいいます。 


「自社の比率は60%がマックスかなと思っています。自社牧場だけに頼ってしまうと、万が一病気などで出荷できなくなったときのリスクが大きい。地元の農家さんから安定的に購入する手段を用意しておくことと、それが地元農家への応援にもなると思います」


サフォーク種は世界的に数が減っているという(画像提供:三協精器工業)


自給率を上げたいという目標を掲げる一方で、それを阻むような現実にも直面しています。


「牧場がある士別市では、純血のサフォーク種しか士別産と認めないんですよ。その弊害で血が濃くなりすぎて、純血のサフォーク種が、世界的に少なくなってきているのです」


そこで赤松さんを含む地元の生産者が協力し合って、混血で「士別サフォーク種」という血統をつくれないか、自治体を巻き込んで検討を重ねているのだそうです。


今後、お店を増やす構想はあるのでしょうか。


「カジュアルな店と高級店をセットで出したい。士別バーベキューの店舗は、札幌にはカジュアル店、大阪には高級店しかない。 それはちょっと違うと思っていて、札幌にも高級店をつくって大阪にもカジュアル店を出したい。その次に東京へ出すのが理想かなと思います」


羊肉料理の定番ともいえるジンギスカンではなく焼肉でいただく(画像提供:三協精器工業)


北新地のお店では、今はランチ営業をしていませんが、ランチメニューは夜の営業へ引き継がれているとか。


「羊肉はクセが強い」というイメージを覆し、羊本来の美味しさを引き出すべく、調理法やアレンジを日々探求し続けています。




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