大阪日日新聞(2023年7月31日で休刊)のデスクを務めていた加星宙麿(かぼしおきまろ)さんは、新聞づくりの技術に基づくプレスリリースの整理法を考案して起業。
さらにその実践を応用し、小学校の先生と連携しながら授業に活用する取り組みを進めています。必要な情報を要領よくまとめる力がつくため児童たちの反響がよく、実際に成績がアップする成果もあげています。
新プリで提唱する文の構成は「逆三角形」と「起承『展』結」
プレスリリースとは、簡単にいうと、企業から報道機関に向けて、新しい情報を発表する文書のこと。プレスリリースを採用するか否かの判断は記者に委ねられるため、内容が不十分だったり分かりづらかったりするプレスリリースは記事に取り上げられません。
そのためプレスリリースを書くためには、必要な情報を分かりやすく無駄なくまとめるスキルが求められます。その力を子どもの頃から育むことが狙いで、活用するのは新聞記事の形式です。
大阪市立鶴見南小学校では、加星さんが、同校の樗木(おおてき)厚先生と共同開発した勉強整理法の型「新聞形式の新しいプリント」、略して「新プリ」を取り入れた授業が2022年9月から行われてきました。
取材した日は、6年生のクラスで加星さんが教壇に立ち、クラス担任の樗木先生のサポートを受けながら、総合学習の授業が行われていました。
この日は「エッセーを書こう」という学習で、児童たちには「平和な世界にする方法」というテーマが与えられました。
新プリエッセーの構成、「起承『展』結」について、登壇して説明する加星さん(画像提供:加星宙麿さん)
この日使った新プリはA4サイズのプリントで、いちばん上に「新プリ★エッセー (起承「展」結型文章)」とあって、その下に大きさの異なる①~⑧の番号が付いた枠が設けられています。
この番号順に枠の中を埋めていくのですが、番号は必ずしも上から順に並んでいません。実際の並び順は、上から①日付、②めあて(学習の目的で、児童自身が考えたり、先生が示したりします)、⑦タイトル、④「起(起こす=印象的な場面)」と⑧「一番大切なポイントに関連した絵」が左右に並び、その下に③「承(受ける=問題提起)」、⑤「展(ひろげる=問題解決策の検討)」、そして一番下が⑥「結(結ぶ=結論)」となっています。
これらの枠を番号順に書き終えたら、ほぼそのままエッセーとして発表できる構成になっているというわけです。
通常の文章構成だと「起」の次は「承」が基本スタイルですが、新プリはそのような常識にとらわれてはいませんでした。しかも「承」の次の「展」も、多くの人が学校で習った構成とは異なります。「転(=変化)」ではなく、加星さんはあえて「展=ひろげる」としています。
児童たちはこの枠にどんなことを書くのか、横から覗いてみました。
先述したように、テーマは「平和な世界にする方法」です。ある男子児童は「承」の枠に「飯が食べられる世界」と書き、「展」の枠には「野菜をいっぱいつくる」と書いていました。
この授業では、正解はありません。自分で考えることが大事なのです。
サクサク書き進んでいく児童が多い
では、新プリの「起承『展』結」には、具体的にどのようなことを書けばいいのか、整理してみました。
「起」は起こす、すなわち取り上げるテーマに関連した印象的な話で始め、読者に「何それ?」「答えを知りたい」と思わせます。
「承」は「起」の話を受けて、この文章で取り上げるテーマを説明します。
「展」は一般的にいわれる「転=変化」ではなく、ひろげる。取り上げるテーマに関連した内容で、たとえば事例、解決策、反対意見などで話を広げます。
「結」は自分の想い、抱負、呼びかけのコメントなどで文を締めくくります。
加星さんが提唱する新プリには、用途ごとに異なる5種類のフォーマットがあるそうですが、この日の授業で使われた作文・感想文用の新プリエッセーは、「起承『展』結」の文体が出来上がります。他の4種は、事件や事故など、前日や当日の日付けとともに書かれているような速報性が高い新聞記事と同じく、大事な内容を最初にまとめる「逆三角形型」の文体を基本にしているそうです。
逆三角形型とは、最も重要なことを最初に書く構成のこと。速報性が高い記事では、見出しと前文だけでもニュースの概要が分かるように、先に要点をまとめて、本文で順に説明する書き方が一般的です。
45分間の授業を終えた児童のひとりに、新プリを使った感想を聞いてみました。
「低学年のときは文章を書くのが好きではなかったんですけど、新プリを使い始めて、文章を書くことが楽しくなりました」
苦手だったことができるようになり、さらに楽しくなるのは、大人でも嬉しいことです。後半でも触れますが、児童たちの反響はよく、成績も平均的に上向いているようです。
取材した日に使われていた新プリエッセーの書き方の事例(左)と児童の記入例(右)・キャラクターの「エヌプリー」は樗木先生考案のオリジナル(画像提供:加星宙麿さん)
記者によって原稿の質がバラバラ。「記事の型」を整理したらクオリティがアップした
加星さんが、プレスリリースの型を考案したのを機に、新聞記事の形式を学校教育に取り入れようと考えたきっかけは、大阪日日新聞のデスクを務めていた頃の経験からだといいます。
当時の加星さんは、ある課題を抱えていました。
「いろいろな企業さんからプレスリリースで情報をいただくのですが、書いてあることがよく分からなかったり、こういうふうに書いたらもっと伝わるのにと思ったりすることが多々ありました」
また、記者からあがってくる原稿の質もバラバラだったといいます。
「極端な例をいうと、一度も区切らずに150字くらい書く記者がいました。『記者は職人』という考え方をお持ちの方もおられますから、その記者なりの考え方があったのかもしれません。しかし、こういう型を踏まえて、こう組み立てようと論理的に考えずにやってしまうと、そんな仕上がりになるんだろうなと思いました」
新聞記事は一定の型を押さえて分かりやすく発信する必要があるため、原稿の手直しに1時間近くかかることもあったそうです。
デスク時代に記事の型を整理して記者に示し、企業の広報担当者にもプレスリリースの型を考案して紹介していた加星さん(画像提供:加星宙麿さん)
そんな状態をなんとか改善したいと思った加星さんは、原稿をどう整理してほしいかを記者へ向けて発信するようにしました。そうすると、一定レベルの原稿があがってきて、原稿チェックが効率よく行えるようになったといいます。その経験を踏まえて、今度はプレスリリースの発信元へも、写真の撮り方や文章の書き方などの要望を伝えてみたそうです。
「初めから最低限必要な情報が記載されていたら、疑問点を確認する時間が大きく削減されて、記者の生産性が向上するはずです」
その結果、発信元とのやり取りがスムーズにできるようになり、記者が原稿を書いたり加星さんがチェックしたりする時間は、大幅に削減されました。
「この手法をもっと普及したいという想いがありました。プレスリリースを書くにあたって、9つの枠に分けたテンプレートを考えて、仕事として広報の支援をなさっている方の協力もいただきながら、テキストとなる書籍もつくりました」
それはプレスリリースの型を整理し、書きあげたらそのまま新聞記事にできるレベルを目指すものでした。
9つの枠で構成するプレスリリースの型を普及するために作った書籍(画像提供:加星宙麿さん)
その後新聞社を辞め、2021年に株式会社プラススターHR(エイチアール)を設立した加星さんは、企業経営者や財界の関係者に向けて講演活動を行いながら、プレスリリース作成の支援に取り組んできました。
18年間も勤めた会社を辞めて独立することに、ためらいはなかったのでしょうか。
「ありました。しかし、会社員でいるより、プレスリリースの型を普及させるほうが、もっと社会に貢献できると考えたのです」
樗木先生と協力して新聞記事の型を小学校の授業に取り入れる
新プリを共同開発した樗木先生は、大阪教育大学を卒業した後デザイン会社に就職しましたが、希望した業務ではなかったことと勤務環境が過酷すぎたため4カ月で退職。アルバイトで小学校講師をしながら、プロの漫画家を目指していました。出版社が主催する新人賞をはじめ、奨励賞や期待賞などの入賞歴もあるそうです。
ところが学校が忙しくなり、やりがいも感じ始めたため教師の道を選んだといいます。漫画を描く力も生かし、子どもたちが親しみやすく、自分も楽しんで授業ができるように独自教材を次々と制作。その成果をまとめ続け、2015年から2022年の間に14冊の著書を出版しています。
加星さんと一緒に新プリをつくった樗木厚先生(大阪市立鶴見南小学校教諭/画像提供:加星宙麿さん)
加星さんと接点ができたのは、樗木先生がよく漫画や俳句を投稿していた大阪日日新聞のデスクが、加星さんに替わったときでした。加星さんが樗木先生に着任挨拶の手紙を出し、教育現場に興味があることも伝えたそうです。
「私が起業したとき、新聞づくりの技術は他のいろいろなところで役に立ちますという話と、樗木先生が独自の教材を工夫しておられたので、これを組み合わせたら教育現場が抱えている課題の解決につながるのではないかという話をしたんです。じゃあ、やりましょうかという話になって、2022年9月から実際に授業で取り入れ始めたわけです」
教育現場が抱えている課題とは、2018年に経済協力開発機構(OECD)が79の国と地域で15歳の生徒約60万人を対象に行った「国際学習到達度調査(PISA)」で、日本は読解力で15位という結果でした。解答方法が変更されたことが影響したとの見方はあったものの、2012年は4位、2015年は8位と、順位が下がり続けているというのです。
また、2023年度全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)では、小学校の国語で「複数の情報を整理して自分の考えをまとめたり、書き表し方を工夫したりすることに課題がある」とされました。そして最新の学習指導要領で重視される9つの教育内容のうちのひとつに「言語能力の育成」が盛り込まれて、「国語を要として、すべての教科等で子供たちの言葉の力を育みます」という項目が掲げられています。
「国語はすべての教科に通ずる基本です。文章が理解できないと、問題文の意味を読み取れませんから」
新聞の号外の型(右)と各単元用の新プリの関係(画像提供:加星宙麿さん)
では、言葉の力を育むのに、新聞づくりの技術がどのように役立つのでしょうか。
新聞記事は一般的に、見出しの主題、副題、リード(導入部)、本文、写真で構成され、全体がレイアウトされています。特に速報性の高いニュースは、リードに大事な内容を盛り込む「逆三角形」の文体で、忙しい人にも素早く分かりやすく情報を伝えられるように工夫しています。
一方、日々の授業で使う新プリ(各単元用)はタイトル、めあて、まとめ、学習内容、意見・感想、絵という構成になっています。それぞれ「主題=タイトル」「副題=めあて」「リード=まとめ(A・B)」「本文=学習内容(A・B)と意見・感想」「写真=絵」に当たります。自ら情報を整理し、自分の言葉で表現する訓練を日々実践することになるわけです。
加星さんは今、大阪市立鶴見南小学校の樗木厚先生(社会科担当)や塩見佳子先生(理科担当)と協力して、6年生、4年生、3年生を対象に、新聞づくりの技術を普段の授業に取り入れる取り組みを行っています。ゆくゆくは各学年のすべての教科で「新プリ」を取り入れたいそうです。
児童たちは「考える力」「意見をいう力」「まとめる力」などが「伸びた」と回答
実際に授業を受ける児童たちの反響はどうでしょうか。2022年度の5年生(取材時に授業を受けていた現6年生)で行った社会科のカラーテストで成果が出ています。カラーテストとは、小学校で単元終了後に行われるテストのことです。
新プリが導入されていなかった1学期の平均点は90点でした。学期の途中から新プリを導入した2学期は91点。3学期は94点と、わずかずつですが伸びています。しかし、加星さんがテストの結果より重視しているのは、新プリを使って授業を受けた児童たちの反響だといいます。
「2022年9月中旬に導入して、同じく下旬にアンケートを取ってみました。回答は当時の5年生114人です。『書き方が分かりやすい』『後で読むと、これまでのノートよりも内容がよく分かる』『今後も使いたい』の3項目全てで『当てはまる』『どちらかといえば当てはまる』が8割を超えました」
しかも、新プリ自体も進化し続けているといいます。たとえば、学習内容を書く枠が狭いから広げたり、教科によっては図式化したほうが分かりやすいからマインドマップを書く枠を大きく取ったりと、児童の意見を反映して改善を繰り返してきたそうです。
授業を受ける6年1組の児童たち
学校教育に取り入れて、一定の成果が期待できることが分かった新プリの実践は、企業の広報に必要な力にもつながっていると、加星さんは力を込めます。
「大きな新聞社には、各業界の担当記者がいて、大手企業から配信されてきたプレスリリースは見逃さず読んでいるそうです。ところが小さな町工場がいくらプレスリリースを出しても、読んでくれる記者は少ないのが現状です。会社の知名度によっては、見向きもされないこともあります。いかに記者の目に留まる情報を発信できるかが大事で、すべての人が所属先や立場に関わらず平等に世間へ発信できるようになったらいいなという気持ちがあります。それと、新プリに関しては、今は紙を使っていますが、将来はデジタル化したいですね」
また、作文のコンクールがあるなら、新プリのコンクールがあってもいいじゃないかということで、本稿を執筆している時点では、10月の新聞週間に合わせて「第1回新プリエッセーコンテスト」を企画し、実施に向けて準備しているとのこと。
授業の締めくくり「新プリは今後の人生に必ず役に立つ」
「この段階にはこれを書くという、自分の考えをまとめる手順を身につけて社会に出たら、さまざまな局面で必ず役に立つはずです」
大阪・関西万博の「TEAM EXPO 2025 共創チャレンジ」にも新プリを登録した加星さん。「TEAM EXPO 2025 共創チャレンジ」は、ワクワクした人たちがワクワクしたことを実現するために、みんなでつくる参加型プログラムです。
TEAM EXPO 2025 共創チャレンジ
https://team.expo2025.or.jp/ja/post/1534
https://team.expo2025.or.jp/ja/post/1552
将来は社会へ出ていく子どもたちの活躍に、少しでも貢献したいと願っている加星さんでした。
■ 株式会社プラススターHR
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