小学2年生から6年生までの子供14人が、記者になったりカメラマンになったり、あるいはイラストレーターになったりして、約7ヶ月をかけて完成させたフリーペーパーの地域情報誌「うっとこ」。


自分が住んでいる大阪市東住吉区街を取材して、オールカラー20ページの地域情報誌を完成させるまでには、さまざまな想いやエピソードがありました。


地域情報誌「うっとこ」表紙



関東を中心に広がっているコロマガプロジェクトを大阪でもやろう!

小学生が取材と編集をして制作した地域情報誌「うっとこ」。うっとことは、「私(うち)のところ」が転じた関西地方の方言です。地元(うっとこ)のいいところを満載したという意味が込められています。


この取り組みを進めたのは、大阪市東住吉区でYOSIN学院という塾を経営する砂子賢太郎さん。


YOSIN学院は進学塾ではなく、子供たちの興味、好奇心、探究心を元にして、何をどうやるかを子供たち自身が考えて主体的に決めていく活動の中で、自分で答えを見つける力を養うことを目指しています。


子供たちが主体的に動いてローカルマガジンを制作する活動である「コロマガプロジェクト」は、10年ほど前に東京、静岡、山梨など関東を中心に始まったそうです。


もちろん子供だけの力で、すべてを完結できるわけではありません。プロのクリエイターがサポートしますが、主体的にアイデアを出したり行動したりするのは子供たちです。


コロマガプロジェクト

https://www.colomaga.jp


コロマガプロジェクトを知った砂子さんは、「大阪でもやろう!」と決意。


「関西からは初めての参加でした。静岡より西で、コロマガプロジェクトに参加している地域がありませんでした」


参加といっても「こうしなければならない」といった制限はないらしく、独自の取り組みとしてスタートした砂子さん。


「YOSIN学院のプロジェクトとして進めようと思いました」


内容も盛りだくさん



子供ならではの目線でインタビューしたら思わぬ収穫があった

砂子さんの呼びかけに応じて集まったのは、主に東住吉区内の学校に通う小学2年生から6年生までの14人。


この14人をサポートするために、砂子さんのほか、プロのディレクター、エディター、ライターなどプロのクリエイターも「大人スタッフ」として加わって体制が整いました。


「プロのクリエイターは、教えるというよりも、自分がどんな想いでどんな仕事をしているかを子供たちに伝えます。それを受け取った子供たちが自分なりに咀嚼して、どうアウトプットするかを重点にしました」


自分が書きたいように書くのではなく、読者を想像しながら、自分が取材した発見やワクワクをどう伝えるかという、クリエイティブの過程を経験できるのがコロマガプロジェクトの特徴だといいます。


「体制はできましたが、子供たちは当然にプロではありませんし、これはクリエイターになるための教育でもありません。子供らしさを前面に出す必要があると考えました。たとえば、記事の内容に幼さが残っていたり、イラストが下手だったりしてもいい。もしかしたら、そのほうが魅力的かもしれません。ですから上手につくる難しさはなく、逆に子供らしさを引き出すほうが難しかったです」


砂子さんが考える子供らしさとは、何でしょうか。


「大人が取材するときは、華やかな目立つところに注目しがちですよね。ところが、子供が興味を示すポイントは、大人の想定を超えているんです。大人がするような質問ではなくて、いきなり『好きな食べ物は何ですか』とか『好きなアニメは何ですか』、あるいは室内を見渡して『なんでここにこんな時計があるんですか』という感じで、変化球をバンバン投げるわけです」


塩屋幸男東住吉区長にインタビュー(画像提供:砂子さん)


そのような子供ならではのインタビューが、意外に功を奏したケースがあるといいます。


地元・東住吉区の出身で、かつて「レイジー」というバンドで一世を風靡し、今はアニメソングの歌手として人気のある影山ヒロノブさんにインタビューしたとき。あるいは東住吉区長の塩屋幸男さんにインタビューしたときなどは、まるで友達のような感覚の質問が多かったそうです。


「たぶん大人だったら聞き出せなかったと思われる情報を、たくさん聞き出せた印象があります。それはもちろん、出来上がった本誌にしっかり掲載しています」


今回は創刊号で、お手本も前例もない中、どのような基準で取材先を選定したのでしょうか。


「今回は東住吉区の自慢がコンセプトにあって、あらかじめ私たち大人が決めておいた、遊ぶ・食・人・アート・学ぶの5つのポイントをもとに、子供たちがリストアップしました。たとえば『遊ぶ』だったら、長居公園にある自然史博物館、『食』はさらにテーマを絞って、体に良い食材を使っているお店を探しました。また『人』なら、地域のために頑張っている人に取材をお願いしました」


取材をお願いする際は、さすがに子供だけでは難しいため、砂子さんが中心になってプロジェクトの趣旨を説明しながらお願いに回ったそうです。


「皆さん、子供たちの為ならと、二つ返事で応じてくださいました」


インタビューがこのような記事になりました



上手くいかないことが予測できても大人は黙って見守る「苦い経験から学ぶこともある」

取材先の選定が済んでアポが取れたら、いよいよ取材です。記事や写真、イラストなどの担当は、子供たちが話し合って決めたといいます。


「恥ずかしがり屋さんでインタビューが苦手だけど絵には自信があるとか、文章は苦手だけど敢えてチャレンジしたい子とか、子供たちの自発的な意思で決まりました」


中には記事、写真、イラストの3役を担当した子もいたそうです。 初めての取材は3月。子供たちの成果は「惨敗でした」と砂子さん。取材先は大阪市立自然史博物館と、長居公園内に昨年新しくできた「ボウケンノモリNAGAI」というアスレチック施設でした。


「自然史博物館やボウケンノモリNAGAIが長居公園のどこにあるかを、前もって調べていなかったんです。長居公園のどこにあって、公園に入ってからの移動にどれくらい時間がかかるのか、読者に何を伝えたいのか、インタビューでどんなことを質問するのかなど、事前の準備がほとんどできていませんでした。まるで遠足みたいな感覚の子が多かったですね」


砂子さんは、この取材は子供たちにとって苦い経験になると分かっていたそうですが、「君らに任せるよ」と敢えて突き放したといいます。


ボウケンノモリNAGAIはこのような記事に


「取材先には、後で私から「すみません」と頭を下げました。でも、取材に対応してくださった職員の方は、子供たちが失礼なことをしたとは感じていなかったようで、それが救いでした」


初回の取材で苦い思いをしたことで、子供たちの意識が変わりました。


「子供たちが『これではダメだ』と自分で気が付いて、まるで何かに覚醒したように、意識が急激に変わりましたね」


取材先の所在地をノートに書きこんだり、インタビューの質問案を考えたり、しっかりと事前準備をするようになり、その後は経験を重ねるごとに着実に成長していったといいます。


書く人・撮る人・聞く人それぞれ役割を分担(画像提供:砂子さん)


こうして6月に最後の取材を終え、9月の発刊を目指して制作作業が追い込みに入っていきました。


「全員が集まって活動する日が月に1度なので、宿題として自宅で原稿を書いてくる子もいました。親御さんにもアドバイスをお願いしたり、グループLINEで連絡を取り合ったりしながら、進めていきました」


「どの写真がいいと思う?」写真を選ぶ目はさながらプロ編集者(画像提供:砂子さん)


ただ、子供が制作するとはいえ、世に出すためにはクオリティが大事だと砂子さんはいいます。


「学校でつくるクラス新聞のようなものではダメだと考えていましたから、編集の基本的なところはプロの手を借りています。その場合も子供たちに『こんな感じにしょうと思うけど、どう思う?』と聞いたり、写真のキャプションを子供たちに考えてもらったりしました」


編集会議も真剣そのもの(画像提供:砂子さん)



ついに創刊号完成! 発表会では子供たちの報告に涙ぐむ親御さんも

2023年9月16日、地域情報誌「うっとこ」創刊号が完成しました。オールカラー、20ページ。筆者から見て、予想以上にクオリティの高い出来で驚きました。


制作費はクラウドファンディングで支援を受け、発行部数は5000部。YOSIN学院で配布するほか、取材に協力してくださった企業にも置いてもらって、誰もが自由に手に取ることができます。


同じ日、親御さんをはじめ取材に応じてくださった方々や制作をサポートしたクリエイターを招いて完成発表会が行われることになっていましたが、それに先立って、第1期メンバー14人の修了式も、内々で行われました。


砂子さんが1人ひとりの名を呼び、完成した「うっとこ」と手づくりの修了証、と記念バッジを手渡していきます。さらに、制作をサポートしたクリエイターからは「1人でも雑誌づくりに興味をもって欲しい。20年後30年後、一緒に仕事ができる機会があれば素敵だね」と願いを込めて、名前入りのペンがプレゼントされました。


第1期メンバーの修了式


感極まっている様子の砂子さんとは対照的に、子供たちは終始明るい雰囲気です。修了証を手に取った子から、思いもよらない言葉が飛び出しました。


「名前の字が違ってるー」


「え!? うそやん!」と、我に返る砂子さん。するともう1人「こっちもー」と声が上がり、どうなることかと思いましたが、修了証をつくり直すことで解決。


修了式が終わってしばらくすると、この日招かれた人たちが集まり始めました。 14時30分、「うっとこ」創刊号制作の最後を飾る完成発表会が始まりました。


子供たちがコロマガプロジェクトに参加した感想を1人ずつ発表する場面では、涙を浮かべながら我が子の言葉に聞き入るお母さん、ビデオカメラで撮影しながら誇らしげに見つめるお父さんなど、皆それぞれの想いを胸に抱いているようです。


コロマガプロジェクトに参加した子のうち4人に感想を聞いてみました(順不同)。


▽小学6年生・つぐみさん

「最初は自分にできるか不安でしたが、メンバーのみんなとだんだん仲良くなって、最後までできたのが良かったです」


▽小学6年生・なつきさん

「最初は取材の名目とか、その道のプロの人たちに教えていただけることって、すごく緊張して、今でも自分たちがやったことが雑誌になるのは実感がなくて……。でも、楽しかったな」


▽小学5年生・りょうた君

「初めての取材は緊張したけど、最後は楽しめました。作文を書く力が伸びたと思います」


▽小学5年生・しづく君

「カメラの技術が個人的に上手くなったり楽しいと思ったりしました」


親御さんたちの前で制作過程を報告


しづく君のご両親にも、コロマガプロジェクトに参加する前と後で、お子さんに変化が見られたかを伺いました。


▽お母さん

「何をするのか初めは理解していなくて何となく参加した感じでしたが、回数を重ねていくごとに自分の役割が分かってきたみたいです。本人が楽しんで参加していることは実感しました」


▽お父さん

「引っ込み思案な子なので、本当にできるのか心配したのですが、仲間と一緒に取り組むとできるんだなと感じました。このプロジェクトを通して、子供の成長を実感しています。本人にその気があれば、同様のプロジェクトがあったらまた参加させたいです」


コロマガプロジェクトに参加した感想を発表するしづく君


年が明けると「うっとこ」第2号の制作プロジェクトがスタートすると聞いています。メンバーも追加募集するとのこと。取材エリアは東住吉区を中心に、隣接する平野区や住吉区へ広げることも考えているという砂子さん。


「自分が楽しいと思うことは、他の人も楽しいと思うに違いないという勘違いから始まる。そのうえで、提供する限りはより楽しんでもらえるよう工夫は妥協しない。結局は自分が自分でやることの一番のファンであること。ここは譲れないし、そんな気概が大切なんだと思います」


コロマガプロジェクトは、子供たちが学校の壁を越えて繋がり「地域情報誌を制作する」という目標に向かって、互いに協力し合うことを学びます。


そして「子供でもこれだけのことができる」「僕にも私にも、何かできるかもしれない」と気づいた子供たちが、大きく成長するきっかけになったことは間違いないでしょう。




■ YOSIN学院


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