医師がいない僻地に住む人が診療を受けようとすると、病院まで車などで長時間の移動を強いられることがあります。そのような地域では、救急車を呼んでも到着まで時間がかかるため、地域内に医師が定住してくれることが悲願となっています。


一方、病院勤務を定年退職した医師の中には、まだまだ元気があって、医療活動に従事し続けたいと考えている人も少なくありません。


株式会社Dプラスは地方自治体と連携して、医師に来てほしい僻地と、定年後も医療現場で働きたい医師をマッチングさせ、医師に僻地へ移住してもらう「僻地医局」という事業に取り組んでいます。


その経験を活かして立ち上げた、定年退職を迎えたシニアドクター専門の転職サービス「シニアドクタープラス」について、代表取締役社長・勝又健一さんにお話を伺いました。



「医師もふつうの人間です」医療に対する国民の理解が少ないことを憂慮

「医療って、どういう印象ですか?」

このインタビューを始めてすぐ、勝又さんから開口一番このような言葉が飛び出しました。


「例えば、無くては困る。水道みたいに、絶対に必要なものだけど、普段は意識していませんね。でも健康を損ねたときに、すがるような想いで頼りますよね。じゃあ、それを誰が担っているか、一般の人たちは意識せずに生活しています。水道の蛇口から、きれいな水が出ます。その裏では、水道局の職員やいろいろな人が関わっているから、いつでも蛇口からきれいな水が出てくるわけです。日本では、水と空気はタダみたいなイメージが強いです。実際、水道は料金がかかるんだけれど、意識は薄いです」


医療を水道に例えて、絶対に必要だけれど、普段の生活では強く意識されていないといいます。


「でも、医療に関して何らかの問題が出たときは『医者が何をやっているんだ!』と、世間から批判に晒されることが多いです」


つまり、医師を神格化しすぎるあまり、些細なミスも許さない風潮が強いといいます。もちろん医療ミスはあってはならないのですが、その重圧が過剰なあまり、かえって医師の手足を縛っているともいいます。


「僕も初めは、医師に対してそんな印象をもっていました。ドクターのエージェントをやりはじめて25年になりますが、先生方と触れ合っていくうちに『先生たちも普通の人間なんだな』という印象に変わりました。なのに、国民が医師に求める期待は一点の曇りもない聖人君子であり、24時間365日、ロボットの如く自分たちの安全と安心を担ってくれているという刷り込み。このギャップに驚きました」


医者は休んではいけないの?


いちばんの問題は、このような重すぎる期待をしていることに、一般の人たちが気づいていないことだそうです。


昨今、ネット上で、医師が自販機で清涼飲料水を買ったりコンビニでお弁当を買ったりすると、「そんな暇があったら患者を診ろ」という心無い批判があったことが話題になりました。


「たとえばバスの運転手さんに、休むな寝るなっていいますか? 安全のために休んでください、よく寝てくださいって思うはずなんです。なんで医者は休んだらアカンの? 寝たらアカンの? それって、おかしいですよねというのが、この事業のスタートラインです」


医療の安全は、医療スタッフの涙ぐましいボランティア精神で成り立っている事態を認識してほしいと、勝又さんは強く訴えています。



医師のキャリアに定年はない。セカンドキャリアは僻地で頑張ってほしい

勝又さんが取り組んでいる「僻地医局」は、勤務医を定年退職したり転職先を探したりしている医師と、医師不足に悩む僻地とをマッチングさせて、双方の条件が合えば医師に僻地へ移住して医療活動に従事してもらおうというもの。セカンドキャリアを求める医師と、医師を求める僻地との橋渡しをする役割を担っています。


では、なぜ僻地なのかというと、いちばんの理由は医師が足りない、あるいは1人もいない地域があるからだそうです。その多くは、交通の便が悪い地域とのこと。


「田舎には田舎の魅力があるとはいえ、転職を考える医師の多くは家庭をもち、学校へ通う年頃のお子さんがいます。当然に家族は大事なので、子供の教育環境が大きなキーワードになります」


立場がビジネスマンや公務員でも、事情は同じだといいます。


「たとえば、山奥にある○▽村の**駐在所勤務を命ずるという辞令を受けて、喜んで赴任する人はいないと思うんですよ。上司から『2年くらいの辛抱だから頼むよ』と拝み倒されて『しょうがないですね』みたいな話でしょ。中には本当に喜んで赴任する人がいるかもしれないけど、きわめて少ないですよね。要するに、医師だけが特別じゃないということです」


田舎での勤務を望む若い医師は少ない(画像提供:株式会社Dプラス)


僻地の医師が足りない理由の一端が見えたような気がしました。子供がまだ学校へ通う年頃だから、中堅クラスの医師に僻地へ移住してもらうことが難しい事情も分かりました。一方で、定年を迎えたベテランの医師ならば、元気でキャリアも豊富ながら、子供に手がかかる時期も過ぎているでしょう。


「60歳定年といっても、今の60歳はまだまだお元気ですし、医師を続けたい方も多いです」


病院という職場の規則で定年が設けられていますが、医師のキャリアに定年はありません。


「70~80歳でも、現役で診療している先生は多くいらっしゃいます。勤務医を定年になった人でも、元気だから僻地の医療でもうちょっと頑張ってもらいましょうということです」


高齢者の数は今後も増えるとみられていて、ニーズはあるといいます。 


地方の医師不足を解決するシニアドクタープラス(画像提供:株式会社Dプラス)



高い理想を求める受け入れ先。現実とのギャップをどう埋めるかが課題 

長らく医師がいなかった地域に住んでいる人たちにとって、身近に医師がいてくれるだけでも安心です。ところが、医師不足の地域を抱える自治体からのオーダーは、なかなか厳しいのが現状だといいます。


「医師不足に悩む地域の辛さをなんとかカバーしたいと思っているのですが、大きなハードルが2つあります」


ひとつめは、前述したように「僻地へ移住したい」という若い医師が多くないこと。ふたつめは「医師に来てほしい(地域)側の、要求レベルが高すぎること」だそうです。要求レベルの高さは、マッチングの際に大きな障壁になります。


「現実的な話をして、いかに納得してもらうか。それが毎回の課題ですね」


医師に来てほしい自治体は、30~40歳代くらいの比較的若い医師に来てもらって、辞めずに永住してほしいという理想をもっています。ところがその年代の医師は、前述したようにお子さんの教育環境が大事な時期ですから、僻地へ移住することが困難なのです。


「そういった希望と併せて、たとえば『消化器内科の医師に来てほしい』というように、診療科を限定して要求されることもあります。こういうお互いのギャップをなるべく寄せていき、接点を見出せたらご紹介という流れになります」


同様のことは、医師にもいえるそうです。


「分かりやすい例は、収入です。僻地へ移住したら、外勤のアルバイト先がないため収入が下がるケースもあります。でも、仮に移住前の年収が2000万円あったとして、田舎の町で2000万円が必要ですかという話です。たとえ半分に下がっても1000万円ですから、一般サラリーマンの水準からいえば十分ですよねという話もさせてもらって、双方の理想と現実のギャップをギューッと引き寄せるわけです」


このように、医師を求める僻地とセカンドキャリアを求める医師、両者それぞれの希望をなるべく近づけて接点を見出すことに努力を傾けているのだそうです。


じっくり話を聞いて理想と現実との差を詰めていく(画像提供:株式会社Dプラス)



理想と現実とのギャップが大きくなったときアンチに変わるリスクも抱えている

マッチングできても、それはまだ自治体レベルでの話です。次に待ち受けているのが、医師を受け入れる地域の住民が、実際にどうやって、どういう形で受け入れてくれるかという、かなり現実的な問題だといいます。


「先ほどからお話している、医師を迎える側の人たちは、医療に対して漠然とした期待と理想をもっておられます。その期待と理想は、個人ごとに異なります。理想と現実とのギャップが大きくなって、やがて許せなくなったとき『あの先生は、けしからん』とアンチに転ずるわけです。医師のほうだって、自分を認めてくれないところで働いてもモチベーションが上がらないし、メンタルが削られていくだけです。結局、医師がその地域にいられなくなって辞めてしまう」


これまでに多数の医師が僻地へ移住し、そのうち3分の1くらいの医師が定住しているとのこと。定住しなかった医師が全員このような事情で辞めたわけではありませんが、双方に歩み寄りが必要だと、勝又さんは感じているそうです。


「それでも、頑張っているほうではないかとも思います。何年住んだら定住といえるかという基準はありませんが、3年頑張ってくださったら良しとする感じです」


では、現に移住した医師と、迎え入れた自治体では、どのように受け止めているのでしょうか。信越エリアに移住した65歳の男性医師(総合診療医)と、その医師を迎え入れた市立診療所のコメントがあります。


▽医師コメント

移住前は都市部の介護老人保健施設(老健)で施設長をしていました。初めての老健勤務でしたが、患者さんを診療したいという思いがどんどん強くなり、できれば地元に戻って外来をしたいと(僻地医局に)相談しました。

家族の住む実家から車で90分程度の田舎の診療所長のお話をいただき、(診療活動から離れていた)ブランクが不安でしたが、思い切って転居して入職しました。平日は単身赴任で現地に居住し、週末に帰省するので家族も喜んでくれています。


セカンドキャリアは新潟県にある診療所(画像提供:株式会社Dプラス)


▽受け入れ先コメント

前任の診療所長が体調面で不安があって入院し、復帰が見込めなくなりました。しばらくは基幹病院からのヘルプで凌いでいたもののフルカバーできず、休診時間が増えて地域住民から不満が出ていました。なんとか後任をと探していましたが、こんな田舎に移住いただけるドクターはなかなか見つかりません。そんな状況が1年以上も続いて、診療所が存続できるか否かという話も出ていました。

先生に入職いただいてから、平日は診療所がフル稼動できるようになりました。以前は10人前後だった外来数が30人ほどに回復し、ひと安心です。


赴任先診療所の内部(画像提供:株式会社Dプラス) 



シニアドクターが活躍できる場があることを理解してもらう活動をしていく

「70歳を過ぎても、元気な人が多い」という勝又さん。しかし、いわゆるシニアドクターは、70歳を過ぎるとニーズが極端に下がるといいます。

「まだまだ元気で活躍できるのに、もったいないですよね」


そこで、シニアドクター専門の事業として立ち上げたサービスが「シニアドクタープラス」だそうです。


「医師を求める地域からの要求は、理想を求めるほど実現から遠ざかります。医師に来てほしい地域は、若い先生に来てほしいといいますが、皆さんの健康管理をしてもらうときに、若い先生じゃなきゃいけない理由はどこにもないわけです。むしろシニアの先生は経験が豊富だし、お子さんも独立されているから、引っ越しがしやすいんですよ」


「多くの成功事例をつくりたい」と語る勝又さん(画像提供:株式会社Dプラス)


併せて、自治体の町おこし事業に、医療の項目が入っていないことが気になるともいいます。


「子育て支援や人を呼び寄せることは一生懸命考えられているのに、なぜか医療がスポンと抜けているんです。その抜け落ちたピースを、私共が穴埋めできればいいですね」


気づいた人が発信しないといけない。そんな想いで「地域医局」を立ち上げた勝又さん。


より多くの成功事例をつくり、多くの地方が支えられたり医師にやりがいを与えられたりして、お互いが幸せになるようなサービスを広げていきたいと、今後の展開を語っていました。




■ 僻地医局


ホームページ

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■ シニアドクタープラス


ホームページ

https://seniordrplus.com/