大阪市内で栽培しているから、市内の店舗へ30分程度で届けられる。そんな地の利を活かして販路を広げてきた「街かどあぐりにしなり“よろしい茸工房”」。


収穫してから店頭に並ぶまでの日数が短いため、お客さんに新鮮なシイタケを提供できるといいます。


障がい者福祉にも取り組んでいて、農業・園芸活動を通じて得られる心身のリハビリテーション効果を得られたり、共同作業によって社会参加を促したりしています。


左端・代表理事の豊田さん(2022年11月無印良品「秋のきのこまつり」記者発表会にて/画像提供:よろしい茸工房)



シイタケ栽培を選んだのは工程が多く適性に合わせて作業を振り分けやすいから

南海電鉄汐見橋線・津守駅から線路沿いを歩いて数分、大阪市内では唯一のシイタケ農場「街かどあぐりにしなり“よろしい茸工房”」(以下、よろしい茸工房)があります。


なぜ都会の真ん中でシイタケ栽培を始めたのか、代表理事の豊田みどりさんにお話を伺いました。


よろしい茸工房では、厚生労働省と農林水産省が連携して推し進めようとしている「農と福祉の連携プロジェクト」の一環として、障がい者を積極的に雇用しています。


「シイタケ栽培は、作業工程が多いです。障がいのある人は、障がいの度合いによってできること・できないことがあるし、人によって得手不得手もありますよね。作業工程がたくさんあるということは、作業の割り振りがしやすく、いろいろな人に従事してもらえるわけです」


具体的に、どんな作業があるのかを聞いてみました。


とれたてのシイタケ


「ここでは、シイタケを菌床で栽培しています。初期の頃は菌床を購入していましたが、今は自家製造しています。菌床を袋から出して、きれいに洗ってから棚に出す作業が最初にあります。1週間くらいでシイタケが顔を出し始めて、10日~2週間くらいで収穫できます。収穫が済んでも菌床は2~3回繰り返して使えるんですけど、収穫した後は休養棟というスペースでいったん休ませるんですよ。そのための移動作業もあります」


菌床とは、おがくずに米、麦、糠などの栄養分を混ぜ込んでシイタケ菌を植えたブロック状にしたもので、原木栽培と比べると収穫量が安定するそうです。


収穫を終えた菌床からは、その後もシイタケが生えてきます。しかし良質のシイタケを育てるために、菌床をいったん休ませたほうが質のいいシイタケが出てくるというのは初耳でした。


「人間でも、働き詰めやったらしんどいでしょ。作業能力も落ちますやん。それと一緒で、シイタケもずっと働かしてたら、いいものは出せないよと。シイタケの気持ちになって考えたら、そういうことですよね」


菌床から顔を出してきた


「菌床は2週間休ませます。休み終えた菌床は水分が抜けてカラカラになるから、専用のプールに浸けて水を含ませます」

プールには3~4時間浸けるそうですが、菌床によって水分の含み方にばらつきが出ます。


「水分量を計測して、軽いものを下、重いものを上に移動させる作業もあります」

ほかにも、菌床を置く棚の清掃、収穫したシイタケの仕分けと袋詰め、販売店へ届けるための発送準備など、さまざまな作業が発生します。


それらの作業を、障がいの度合いに合わせて割り振ることで、いろいろな人が作業に参加する機会を増やしているのです。 


2週間休ませた菌床をプールに浸けて水を含ませる



大阪市内で収穫するから市内のたいていの場所へ30分程度で届けられる

大阪の北新地で生まれた豊田さん。元々就いていた職業は不動産業だそうです。その当時、中小企業の経営者でつくる有志の団体「大阪府中小企業家同友会」に、障がい者雇用に積極的な取り組みを行っている部会があり、豊田さんも所属していました。


会社で管理している物件を管理する一環として清掃会社を設立し、障がいのある人たちを雇用していましたが、やはり一度にたくさんの人を雇うことは難しかったといいます。

「最初に雇用したのは3人でした」


自社の管理物件が対象なので、得意先がどんどん増えるわけでもありません。 


「それでも、なんとか続けてはいたんですけど、私も60歳を過ぎて、いよいよもう一歩先へ踏み出さないといけないと考えたんです」


収穫したシイタケを大きさで選別


不動産業を息子さんに譲ってフリーになった豊田さんは、B型作業所を設立しました。


B型作業所とは、いろいろな事情で企業での就労が困難な人を対象にした作業所です。通所者の都合に合わせた働き方ができる反面、雇用契約を結ばず、自分が行った作業量に応じた工賃を受け取る仕組みのため、月収は多くありません。


そんな折に、A型作業所というものが注目され始め、豊田さんはA型作業所「街かどあぐりにしなり」を設立。


A型作業所とは、障がいや難病のため一般企業で働くことが困難でも、一定の支援を受けながら働ける福祉サービスです。事業所との間で雇用契約を結び、一般企業と変わらない雇用形態で働けるので、収入はB型作業所より多くなります。

袋詰めして出荷される(画像提供:よろしい茸工房) 


「お給料が取れる施設をつくれたらいいなと思って、シイタケは前々から意識していたんですが、市内では無理かなと思ってほぼ諦めていました」


その一番の理由は、場所の確保でした。シイタケ栽培をするには広い場所が必要です。できれば用地を買い取りたいけれど、財力がありません。ならば借りられないかと考えましたが、市内でそのような土地は空いていませんでした。


ところが知人の紹介で、大阪市が所有する土地が20年の定期借地権付で入札を募っていることを知った豊田さん。定期借地権は通常だと3年だそうです。それが20年借りられるというので見に行くと、そこは何らかの工場跡地のようでした。広さもあります。さっそく準備して入札に参加しました。


「入札を希望したのはウチを含めて5社ですが、ウチ以外の4社が入札を辞退したんです。それで自動的に、ウチが借りることができました」


4社が辞退した理由は、使い勝手が良くないことを知ったからだろうと、豊田さんはいいます。

「まず交通の便が悪いよね。駅から歩いて数分といっても、大阪市内を走る電車なのに30分に1本しか来ない。前の道路が狭いから、大型トラックが出入りできない。だから企業は使いづらいのよ」


大阪市内でシイタケを栽培できる目途が立ち、市内のたいていの場所へ30分以内に輸送できる地の利も得たのです。このような経緯があって2016年10月、「街かどあぐりにしなり“よろしい茸工房”」がオープンしました。


そもそも、なぜシイタケなのでしょう。工程が多いから作業の割り振りがしやすいことのほかに、ある種の憧れもあったようです。


「スーパーとか道の駅で、いろいろな野菜が並んでいるじゃないですか。自分のつくったシイタケが並んでいる。それって嬉しいだろうな、こんな仕事ができたらいいなと思いながら見ていたんです」



販路を求めてスーパーマーケットや飲食店へ1人で営業まわり

よろしい茸工房をオープンした豊田さんは、当時を振り返って「川上ばっかり見て、川下を見ていなかった」といいます。つまり、栽培したシイタケをどこへ売るのかを、販売先すなわち川下をほとんど考えていなかったことに気づいたのです。


「まったく考えてないことはないですよ。それでも、先に川下を固めるべきだったことを痛感しました」


採算がとれる生産コストや販売価格ばかりを計算して、つくったら売れるものと思っていたそうです。「大阪府中小企業同友会」に青果業者がいたので、そこへお願いしようと考えていました。


「最初に収穫したシイタケをもって、その社長さんを訪ねたんです。すぐ買ってくれるものだと思っていました」


しかし、社長の態度は芳しくありませんでした。「ちょっと来て」と案内された倉庫には、同友会の先輩でありシイタケ栽培の先輩でもある経営者が、障がい者を雇用して栽培したシイタケが収められていました。


「シイタケ栽培を始めるときも、相談に乗ってもらっていた社長さんですよ。その人が卸していたんです。割り込んだら、義理を欠くじゃないですか。これはダメだと思って、そのまま帰ってきました」


出鼻を挫かれた豊田さん。販路開拓のため、営業活動を一から始めざるを得なくなりました。

「スーパーとか飲食店に電話をかけてアポを取って、トータルで100件近く訪ねました」


ほかにも、食品関係の展示会やイベントに出品した際に知り合ったシェフからも人脈が繋がり、少しずつ販路を広げていったといいます。


マルシェにも積極的に出店(画像提供:よろしい茸工房)


しかし、今はスーパーマーケットへの卸しはやっていないとのこと。スーパーマーケットで販売する商品は、いったん卸売り市場へ納品されます。市場では納品時間が厳格に決められていて、1分でも遅れたら仲買人から厳しく叱責を受けるのだそうです。


「もちろん時間は見ています。納品先が市場だけなら間に合うんですけど、他の飲食店をまわっていたら、道路の混み具合によっては遅れてしまうときもあるんですよ。それでスーパーは難しいということで、2019年には飲食店への卸しに切り替えたんです。そうしたら、その翌年(2020年)にコロナですわ」


政府からの要請で飲食店が軒並み休業したため、販売先が激減してしまいました。


「それでも、営業しているお店はありました。スーパーも、規模の小さい2~3店舗だけお付き合いが続いていましたから、そこだけは配達したり生産量を控えたりして、なんとか持ちこたえました」


今は売り上げが回復し、新しい取引先も増えているとか。


「コープ(生活協同組合)のスーパー部門が、すごく応援してくださっています。市内で4店舗、市外で2店舗の協力をいただいているお陰で、売り上げは好調です」


焼きシイタケ(画像提供:よろしい茸工房)



1日約50kgを365日通して収穫できる

大阪市内でシイタケ栽培をすることのメリットを豊田さんに尋ねると、収穫から店舗に並ぶまでの時間が短いから、お客さんに新鮮なシイタケを提供できるといいます。


「たとえば朝、農協にもっていっても、農協での仕分け作業を経て出荷されるでしょ。卸業者さんに届くのは早くても夕方か翌朝です。そこから店舗へ配送されて、店舗でまた仕分けして並べるから、収穫してから4日近く経ったものが店に並んでいるわけです。お客さんはそれを買って冷蔵庫へ入れたら、2日くらいで傷んできます。水分が多いと傷みが早いから、スーパーに並んでいるシイタケはたいてい水分を控えて栽培されています。だから食感がパサパサなんです」


農家はクレームが怖いから、なるべく長持ちさせるために、水分を控えて栽培せざるを得ないのだそうです。


ハウスの中に菌床がズラリと並ぶ


「ウチは水分たっぷりのシャキシャキ感のあるシイタケで売ってるから、よそのシイタケと比べたら早く傷みますけど、輸送距離が短い地の利を活かして、よそより早く店頭に置けるんですよ。ウチのシイタケも水分量を控えたら日持ちしますけど、それをやるとよそのシイタケと同じになるから、敢えてそれをしないんです」


市内の店舗だと30分程度で届けられるため、お客さんの手に渡ってからの保存日数は他のシイタケより長いのだそうです。


よろしい茸工房で収穫されるシイタケは、1日あたり約50kg。一般的な農作物とは違い、年間を通して毎日収穫できるといいます。そう聞くと、広大な農場で栽培しているようなイメージをもたれるかもしれませんが、栽培されているハウスの広さは450平方メートル。バスケットコートより少し広いくらいです。


この中に、菌床が置かれた棚が整然と並べられて、室温20℃、湿度70%に保たれています。

「夏は涼しく、冬は暖かいです。労働環境はいいですよ(笑)」 


菌床の材料になるおがくず


別棟には、菌床をつくるための設備も整えられていました。


下の写真は、よろしい茸工房が自前でつくっている菌床です。シイタケの菌が培地(菌床)全体に回ると、いったん真っ白になります。


菌が培地(菌床)にしっかり回るとこのように真っ白になる


それが、やがて褐色に変わっていき、全体が褐色になるのを合図に棚の上に並べられて、シイタケの栽培が始まります。


下の写真で下段の菌床は、さらに濃い褐色になるのを待っている状態です。

真っ白からやがて褐色に変わると栽培できる状態になる 


余談ながら、納豆を食べた人は、シイタケ栽培の農場へ立ち入ってはいけないそうです。

「納豆菌の作用で、シイタケが生えてこなくなります。オープンしてから、私も納豆は食べていません」



使い終わった菌床は再利用。畑に撒くと最良の肥料になる

先述したように、菌床は2~3回再利用できます。シイタケが生えてこなくなった菌床は基本的には廃棄されるそうですが、質の良い肥料になるため、取りに来てもらえれば近隣の農家へ無料で譲っているといいます。


「カブトムシの飼育床にもいいですよ」


使用済みの菌床は肥料やカブトムシを飼う際の飼育床に適している


再利用できても、使い終えた菌床の全部を活用できないのが悩ましいところです。また、昨今の原油価格の値上がりが影響して、光熱費の高騰も悩みのタネだといいます。


最後に、今後の構想を聞きました。


「今の規模のハウスを、あと10棟はつくりたいです。そうしたら障がい者の雇用も増やせますし、収穫量も単純計算で10倍になります」


関西圏と関東圏に展開する中堅クラスのスーパーからも、引き合いがあるといいます。しかし、現状では量が確保できないためお断りせざるを得ないそうです。 


「でも収穫量が10倍になったら、大阪に展開する店舗だけでも、ウチのシイタケをシェアしてもらえる可能性があるかもしれないじゃないですか」


いちばんの壁は、場所探しだといいます。


「2016年にここをオープンしてから7年間、培ってきたノウハウや人脈があります。あとは条件に合う場所を見つけるのが大変ですね」


西成区をシイタケの町にしたい


大阪は障がい者の雇用が、あまり多くないともいわれているとか。


障がいをもつ人たちが働きやすいシイタケ栽培をさらに広げて、「西成区といえばシイタケ」といわれるくらい、町のイメージを変えていきたいと、今後の夢を語る豊田さんでした。




■ 街かどあぐりにしなり よろしい茸工房


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