フラッグ(旗)やライフル、あるいはセイバー(サーベル)を操りながら、音楽に合わせて演技を行う団体競技カラーガード。「カラーガード」という名称を知らなくても、多くの人が一度は目にしたことがあるはずです。
活動しているチームは高校や大学の部活が多く、社会人は自衛隊、警察、消防の音楽隊に付随する臨時編成のチームがあるものの、民間のチームは非常に少ないといいます。
大阪で活動する社会人チーム「MooNDusT Colorguard」を2020年に立ち上げた坂田千種(ちぐさ)さんをはじめメンバーの皆さんに、カラーガードの魅力について伺いました。
坂田千種さん(画像提供:MooNDusT Colorguard)
高校生から始めたり社会人になってから始めたりカラーガードとの出会いはそれぞれ
カラーガードの本来の意味は「旗衛隊(きえいたい)」といって、国旗や軍旗を守る衛兵のことです。それが競技として発展し、今ではマーチングバンドで3次元の空間構成を行う存在として、重要なパートになっているのです。
大阪市を拠点に活動するカラーガードチーム「MooNDusT Colorguard」は、2020年4月に結成。コロナ禍の2年間は活動を休止して、2023年の今年から再開したばかりです。
チーム代表の坂田千種さんは、今年でカラーガード歴8年。地元の女子高に入ったとき部活でカラーガードを始めたといいます。
「先輩に勧誘されて、練習を見学したんです。『面白そう!』って思ったのが始まりです」
いざ入部してみると、バリバリの体育会系で、練習は厳しかったそうです。土日はもちろん夏休みも毎日練習に明け暮れ、休みになるのはテスト前の1週間だけだったといいます。
「初めはバレエ的なダンスの要素を取り入れた練習、フラッグやライフルなど手具の基本的な扱いから、少しずつレベルアップしていきます」
秋に行われる関西大会の前には、朝9時から夕方5時まで、ときには夜9時までみっちりと練習が組まれていたそうです。 高校を卒業した後は、大阪にあった別の社会人チームに参加しました。
「MooNDusT Colorguard」の副代表を務める金山雄軌(ゆうき)さんは、チームで唯一の男性。カラーガード歴は15年で、坂田さんが高校卒業後に入った社会人チームのチームメイトでした。
金山雄軌さん(画像提供:MooNDusT Colorguard)
金山さんとカラーガードとの出会いは、中学生時代でした。
「中学生のとき、マーチングバンドでトロンボーンを演奏していまして、演奏しながら行進するとき、カラーガードが一緒にいたことがありました。高校に入ったときに、社会人のチームでカラーガードを見学体験する機会があって、高校1年からそのチームに入っていました。それ以来、気が付いたら15年経っていたという感じです」
ちなみにマーチングバンド協会関西支部に加盟登録(2022年度)している社会人のカラーガードチームは4チームだそうで、公式の大会に出場するチームの多くは高校の部活だとか。
もう1人、今年4月から「MooNDusT Colorguard」に加入したばかりの安藤鈴(りん)さん。大学へ通うため関東に住んでいましたが、大阪府警の警察官として勤務するため出身地の大阪へ戻り、大阪府警を退職後は秋田県で観光関係の仕事に就いていたそうです。
「カラーガードという競技があることは以前から知っていて、興味もあったので、いつかやりたいと思っていました」
高速道路の下で練習することもある(画像提供: MooNDusT Colorguard)
大阪府警のカラーガード隊に入りたかったそうですが、希望は叶いませんでした。「もう一生できないだろうと思っていました」という安藤さん。しかし、警察官を辞めたのはそれが理由ではなく、自分の人生を今一度見つめ直したかったからだといいます。
「社会人のチームがあることを知って、まだできるって思ったのですが、秋田ではできませんでした。できるところをいくつか探した結果、大阪にチームがあることを知り、実家から通えるので戻ってきました」
ですから安藤さんのカラーガード歴は、チームの中でいちばん浅い2カ月(取材時)とのこと。
新チームを発足、代表はいちばん若い坂田さんに
高校卒業後に加入したクラブチームを、3年で脱退した坂田さん。別のチームに入ることを視野に入れて、見学に行ったこともあるそうです。
「じつは、チームを新しくつくろうという構想は、前からぼんやりと考えていました」という金山さん。
「見学先のチームを見て、本当にこのチームでやりたいのかを考えたら、ちょっと違うかなと」
このフラッグは坂田さんが染めた(画像提供: MooNDusT Colorguard)
考えた結果、自分たちのチームをつくることにしたといいます。坂田さんと「一緒にやろうか」と自然に話がまとまって、新チームの発足に至ったそうです。
こうして新チーム「MooNDusT Colorguard」を結成したのが2020年4月。世間はコロナ禍の真っ只中に突入していました。「練習を2年ほどお休みしていました」と坂田さん。現在のメンバーは3人。金山さん曰く、理想は15人くらいだそうです。
「メンバーがたくさんいて、会場のフロアを埋めたら迫力があるし、それだけの人数で動きが揃ったら綺麗ですよね」
ところで、チームでいちばん若い24歳の坂田さんがチームの代表、15年のベテランで30歳の金山さんが副代表になったのは、特別な理由があるのでしょうか。
「カラーガードをやりたい気持ちは、坂田さんがいちばん強かったからです」と金山さん。金山さんはベテランとして、坂田さんを支える役割だといいます。
このような環境で練習できるのが理想(画像提供: MooNDusT Colorguard)
「チームの意思決定を行うのは代表です。僕の立場は代表とイコールではないものの、ちょっと下がったポジションで、代表ができないことを僕がやる感じです。その逆もあります」
では坂田さんは、チームを運営するうえで難しさを感じることはあるでしょうか。
「他人と接する仕事に就いたことがないため、他チームの代表さんや大会の主催者さんとメールで連絡を取り合うときに、どう打ったらいいのか言葉に困ることがあります。社会人のルールに自信がなく苦手なところを、副代表に助けてもらっています」
代表ではあるけれど、チーム最年少であるが故の悩みもあるといいます。
「練習やチームのことで、どこまで言っていいのか考えて、遠慮してしまうところがあります」
これに対して、金山さんは「言うべきことは、はっきり言ってくれたらいいですよ」と、優しくフォローしていました。
「MooNDusT Colorguard」のメンバーは、取材した時点で4人でした(この日は1人が欠席)。練習の体験に訪れていた女性が、この取材の後で正式に入団したので、現在は5人になっています。また、坂田さんによると、この後も体験を希望している人がいるそうで、本稿が公開される頃にはもう少し増えているかもしれないとのことです。
練習場所探しと演技で流す音楽の著作権が悩みのタネ
「MooNDusT Colorguard」は、決まった練習場をもっていません。毎週日曜日を練習日と決めていますが、その都度場所が変わります。 大阪市が所管するスポーツ施設を借りることはできますが、オンラインで申し込んだ後、抽選に当たらないと利用できません。これには、月に一度くらいしか当たらないそうです。
抽選に漏れると、地域コミュニティの施設や広場を借りたり、知人の伝手で月に2回程度借りられる遠く離れたスポーツ施設まで移動したりするとのこと。場所によっては天井が低いため手具を高く投げ上げることができなかったり、足元が土だったりして、実際に演技する環境とは異なります。理想の環境で練習できる機会は少ないといいます。
取材した日は地域コミュニティの施設で練習
そのように限られた環境の中でも工夫をして、出来得る限りの練習をするとか。取材で訪れたときは、天井が低い地域コミュニティ施設の中での練習でした。
「環境に合わせて、練習メニューを変えます。たとえばこの場所だったら、壁に大きな鏡があるので、ダンスベーシック(基礎練習)と、手具を片手で振る練習とか、小さめの旗を振る練習もできます。でも大きく振ると天井に当たってしまうから、少し手加減しながら振りを覚える感じですね」と坂田さん。
さながらジプシーのように場所を変えながら練習を続ける「MooNDusT Colorguard」の皆さんには、もうひとつの悩みがあるといいます。
「音楽の著作権ですね」と金山さん。大会で演技する際に流す音楽に、著作権使用料が発生します。その仕組みが、日本と海外では異なるのだそうです。
「日本の曲は日本レコード協会に、まず『使っていいですか?』と問い合わせて、許可を得たら申請して使用料を払えば使えます。地方大会から全国大会へ進んで同じ曲を複数回使う場合も、大会の主催者が同じなら1回とみなされます」
動きが揃うと美しい(画像提供: MooNDusT Colorguard)
ちなみに日本の音楽を使う場合の使用料は、何千円単位と比較的安いとか。1万円を超えることはないそうです。扱いが難しいのは、海外の音楽だといいます。
「こっちから『使っていいですか?』と問い合わせて、先方から『いいですよ』と返事が来た時点で『使用する』という前提になっていて、使用料が発生します。しかもキャンセルができません。先方は先方で、いろいろなやり取りを経てそうなっているのだと思います。ですから、専ら日本の曲を使っています」
また、比較的使いやすい日本の音楽でも、レコード会社によっては「15秒カットしてください」と条件が付く場合があるとか。
「フルで使えるのが理想ですが、曲のどこでもいいから、合計15秒削らないと使えないらしいです」
ライフルの重さは1kg強ある(画像提供: MooNDusT Colorguard)
ところで、音楽と振り付けの、どちらを先に決めるのでしょうか。
「私が、バレエ的な要素が多いダンスが好きなので、今はしっとりした曲を選ぶことが多くて、曲が決まってから振り付けに入ります。曲のメロディーに合わせた振り付けだったり歌詞の意味から振り付けを考えたりします」
ちなみに、演技時間は5分以内という規定があるそうです。フラッグやライフルは軽くつくられているとはいえ、それでも1kg強はあります。それらを振りながら5分間の演技をこなすには、そうとうな体力が要るはず。
「練習ではヘトヘトになります。でも、大会では、本番が始まってしまえば気が張っているせいもあって、疲れはあんまり感じないですね」
軽量とはいえ演技しながらフラッグを振るのは体力が要る(画像提供: MooNDusT Colorguard)
目下の目標は10月に行われるマーチングバンド関西大会で金賞獲得
「MooNDusT Colorguard」の当面の目標は、10月に行われる「マーチングバンド関西大会」で金賞を獲得すること。昨年は銀賞だったこともあり、練習に熱が入ります。
6月末まで、新規メンバーも募集していました。期限を設定したのは、10月の大会に一緒に出るための練習期間が必要だからです。それでも、一定レベル以上に達している人なら、期限が過ぎていても相談のうえで判断しますとのこと。
最後に、メンバーそれぞれ、今後の目標を語っていただきました。
坂田千種さん
「カラーガードの知名度は、まだ高くないと感じています。(取材の前日)イベントで1日2回の演技をさせていただきました。前もって知らせていた知り合いが1回目に集中して来てくださったため、2回目はお客さんが数えるほどしかいなくて……。たまたま通りすがりに見かけて足を止めてくださる方はいたのですが、わざわざ私たちの演技を見るために来てくださった方はごく少数でした。ですから今後は地域のお祭りとかイベントにも参加して、もっと多くの人に見てもらえる機会を増やしたいです」
多くの人に見てほしい・坂田千種さん(画像提供: MooNDusT Colorguard)
金山雄軌さん
「カラーガードの関係者じゃない人たちが来るお祭りやイベントでやるのがいちばん大事だと思っています。特に観客席を設けず、通り道で演技をすると、足を止めて見てくださる人が多いかなと思います」
空中で回転するライフルを確実に受け止めるライフルトス・金山雄軌さん(画像提供: MooNDusT Colorguard)
安藤鈴さん
「4月から始めたばかりで、まだ分からないことが多いのですが、足を止めて見てくださる方がいるのは、それだけ魅力があって引き付けるものがあるからだと思っています。じつは私、以前はバトントワリングをやっていたんですよ。バトントワリングは全員の動きが揃ったときの美しさがあります。カラーガードは、動きの美しさプラス圧倒されるような迫力を感じました。その迫力とカッコよさを感じてほしいです」
いちばん手前・安藤鈴さん(画像提供:MooNDusT Colorguard)
10月にはあべのキューズモールで行われるイベントへ出たいと考えているものの、その後に関西大会を控えていることもあり、まだ思案中だとか。
カラーガードという競技名を知らなくても、一度は演技を見たことがあるはず。
「MooNDusT Colorguard」の演技を見に、足を運んでみませんか。
■ MooNDusT Colorguard
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