真冬には手放せない使い捨てカイロ。数時間から1日使用して、発熱しなくなったら捨てるしかありませんでした。ところが使い捨てカイロの中身を回収して、ある加工を施せば、汚れた水をきれいにする作用があるといいます。


その作用を利用して、ヘドロで汚れた水の浄化に取り組んでいるのが、大阪にあるGo Green Group株式会社代表取締役・山下崇さん。手書きの企画書を携え、たった1人で協力者探しから始めた山下さんの半生を伺いました。




ヘドロで汚れた水をきれいにして生き物が住める水に戻す

大阪府の南部、泉州と呼ばれる地域にある忠岡町は、基礎自治体として日本最小の町です。


2022年8月、忠岡町役場の敷地内にある池のまわりに、大人たちに交じって小中学生らの姿がありました。彼らは忠岡町のキッズクラブと桃山学院中学校と高校の生徒たち。池の水をきれいにする取り組みに参加するため集まりました。


使用済みカイロの中身をリサイクルしたGo Green Cube(画像提供:Go Green Group)


池はヘドロで濁り、ここに生息しているカメの姿もはっきり見えないほど。このヘドロを無害化して沈殿させ、水の透明度を取り戻すため、使用済みの使い捨てカイロが有効だというのです。


ただし、中身をそのまま池に投入するのではなく、ある処理を施すとか。

「処理方法は、企業秘密です」


(画像提供:Go Green Group)


使い捨てカイロの中身は鉄粉です。簡単にいうと、鉄粉が空気に触れて酸化する際に発生する熱を利用して温まるのが、使い捨てカイロの原理です。


山下さんは、使用済みの使い捨てカイロから取り出した鉄粉を再利用して、キューブ状に固めた「Go Green Cube」を開発。これを汚れた水に投入すると、二価鉄イオンの作用で浄化できるとのこと。


後半で詳しく触れますが、この取り組みに、忠岡町と桃山学院中学校と高校の有志生徒らが協力しているのです。


鉄粉が水を浄化する仕組みを、簡単に説明してもらいました。


水を浄化する仕組みのイメージ(画像提供:Go Green Group)


「Go Green Cubeを汚れた水に投入すると、二価鉄イオン(Fe2+)が溶け出します。ニ価鉄イオンと硫化水素が結合して硫化鉄に変化し、ヘドロに含まれるリン酸に反応してリン酸鉄に変化します。富栄養化を抑えて、赤潮やアオコなどの原因となるプランクトンの大量発生を防ぐことで、光合成細菌が活性化して酸素を生み出すため、水性生物に理想的な水圏環境になる、すなわち水質が改善されるわけです。併せて、硫化水素やメチルメルカプタンによる悪臭も抑えます」


(画像提供:Go Green Group)


水を浄化するといっても、人が飲めるようになるのではなく、生物が生息できる環境にまで戻せるということだそうです。


基礎的な研究は、東京海洋大学海洋科学部海洋政策文化学科教授の佐々木剛教授の研究チームで行われ、水質改善や水圏環境の改善が実証されていました。山下さんは佐々木教授と出会ったことで、事業化への道が開けたといいます。



生死の境をさまよう大怪我から生還。ボクシングを始めて仕事も順調だったが……

佐々木教授と出会うまでの山下さんの半生は、波乱に富んでいます。


京都出身の山下さんは、17歳のときバイク事故で頸椎挫傷の重傷を負いました。呼吸が止まり、一時はICUで生死の境をさまよったとか。 

「そのとき、こんな死に方はダサすぎると思ったんですよ」

せっかくこの世に生まれてきたからには、何かを成し遂げたいと考えた山下さんは、以前テレビで観たボクサー・辰吉丈一郎の試合を思い出し「ボクサーになろう」と決心します。


退院したあとボクサーをしている幼馴染を訪ねて「ボクシングをやりたいねんけど、何をしたらいいかな?」と相談。

「じゃぁ、明日から遊ぶのをやめて、俺と一緒に毎朝走ろう」

そういわれた山下さんは、本当に走り始めたそうです。

「毎朝、全力で1時間。初めは全然ついていけませんでした(笑)」

やがて京都市内にあるボクシングジムに入って、本格的に練習をスタートしました。


そして19歳のとき、重量のある機械設備を運搬したり据付けたりする仕事についていた山下さんに、最初の転機が訪れます。

「父親がコンビニをやることになって、僕が手伝うことを前提に話が進んでいたんです」

しかも、京都から離れて、滋賀県大津市で開店するというのです。

「前もって、何も聞いてない。仕事は順調で、現場を任されるくらいにはなっていたんですが……」


決めかねた山下さんは、仕事先の親方に相談しました。そうすると、親方からこういわれたそうです。

「親が生きているうちしか親孝行はできないから、一緒にいってあげなさい」

こうして、父親が経営するコンビニエンスストアを手伝うことになりました。


左・空手修行時代、右・現在の山下さん。(画像提供:Go Green Group)



家を飛び出してプロボクサーを目指したが、ドクターストップでライセンスを取得できず

コンビニエンスストアを手伝い始めて数か月が経った頃、ちょっとした感情の行き違いから父親と喧嘩になり、山下さんは家を飛び出します。友人の伝手で部屋を借り、新しい仕事もみつけて、空手道場へ通い始めました。

「近くにボクシングジムがなかったから、何か近いことをやろうと」


空手を続けるうちに「やっぱりボクシングでプロを目指そう」と思い立った山下さん。大阪へ移り住んで、プロテストを受けました。しかし、結果は不合格。


検査で「くも膜のう胞」が発覚したからでした。先天的に小脳と頭蓋骨の間に隙間があって、プロ選手として試合に出ることが危険と判断されたからでした。「しばらくは抜け殻みたいになっていた」という山下さん。脳の検査がないK-1に活路を見出して、一時はタイへ渡ってムエタイの修行もしました。しかし、プロへの道は開けませんでした。



食品ロスへの罪悪感。一方アルバイトの留学生がカイロを大量に買う理由を聞くと……

父親が経営するコンビニエンスストアは、山下さんが不在の間に大津市から草津市へ移転し、さらに彦根市へ移転していました。その頃になって、高齢の父親から「店を手伝ってほしい」と懇願された山下さん。空手はまだ続けており、ある空手団体から「支部長にならないか」という打診を受けていたそうです。しかし、その話を断って、あらためて店を手伝う決心をします。


父親と揉めて飛び出した頃とは違い、今度は事実上の経営者として店を切り盛りする立場でした。そうすると、10代の頃は見えていなかった「悲しい現実」があったといいます。


「食品の廃棄が多くて、ハンパな量じゃないんですよ」

とくに弁当やパンなど、消費期限が短い商品が毎日大量に廃棄されるそうです。だからといって、仕入れを減らすことはできないのだとか。

「商品棚がスカスカだと、お客さんの目には、売れ残っているように見えるんです。だからいつも、あるていどの量を置いておかないといけない」


さらに、食品ロスを生む原因の一端は、お客さんの買い方にもあるといいます。

「賞味期限が近い商品を手前に置いています。お客さんはそれを知っているから、わざわざ奥のほうから商品を取るんです。それをされると、手前に置いてある商品がいつまでも残って、結局廃棄せざるを得なくなります」


売れ残った食品は、毎日大きめのゴミ袋4~5つ分は出たそうです。それだけの食品を日々捨て続けながら、山下さんは大きな罪悪感に苛まれていました。

「こんなことをやっていたら、いつか罰が当たると思っていました」


ある日、アルバイトで雇っていた中国人の留学生が里帰りするにあたり、使い捨てカイロを大量に買い込んでいました。

「そんなにたくさんのカイロをどうするの?」

尋ねてみると、故郷・中国には使い捨てのカイロがないため、買って帰ると家族に喜ばれるといいます。


「中国は寒いから、帰るときにたくさん買ってあげると、お母さんが喜んでくれるっていう話をしてくれまして……。そこから、使い捨てカイロってどんな原理で温かくなるのか疑問が湧いて、使い捨てカイロのことをいろいろ調べ始めたんです。そうしたら、中身のほとんどが鉄粉だと知ったんです。さらに調べていく過程で、東京海洋大学の佐々木剛教授が、使用済みの使い捨てカイロの中身を再利用して、ヘドロで汚染された水を浄化する研究をやっておられる記事を見つけたんですよ」


使用済みのカイロは、通常ならゴミとして捨てられてしまうもの。それが環境の改善に役立つなら、自分の仕事にしたいという想いが湧いてきたといいます。



手書きの企画書を携え、異業種交流会やセミナーに参加して協力者を募った

「使い捨てカイロで水を浄化する研究を事業化したいという話を聞いてもらうために、東京海洋大学の佐々木教授を訪ねていきました」


教授の都合で時間は15分しか取れないはずでしたが、気が付くと2時間も熱く語り合い、意気投合していたそうです。


品川の実験池(投入前)(画像提供:Go Green Group)



東京・品川の実験池(投入後)(画像提供:Go Green Group)


「いきなり、あなたの研究を事業化させてくださいっていう話を、よく聞いてくださったと思いますよ」


佐々木教授が協力してくださることになり、本格的に「使用済みの使い捨てカイロで水を浄化する」ことを事業化するために動き始めた山下さん。

「企画書を書きあげるのに、数か月かかりました」 


手書きの企画書(画像提供:Go Green Group)


なぜならパソコンが苦手で、しかも当時はパソコンをもっていなかったため、企画書を手書きしたからでした。


その企画書を携え、数々の異業種交流会やビジネスセミナーの類に精力的に参加した山下さん。周りの参加者に片っ端から声をかけ、自分の想いを説いて回ったといいます。やがて山下さんの想いに賛同する人たちが現れ始め、使用済みカイロの回収、保管、加工する工場や設備など、少しずつ体制が整っていきました。


併せて、兵庫県にあるいくつかのゴルフ場に協力をお願いして、コース上にある池の水を浄化する実証実験も行いました。


2018年には、Go Green Group株式会社を設立。地球環境を守るために役立つ事業として、取り組みが進んでいます。


ところで、彦根で経営していたコンビニエンスストアはどうなったのでしょう。

「7年間やっていましたが、今の事業をやるにあたって畳んでしまいました」



「私たちもお手伝いしたい」……大阪の中学生が自ら声を上げた。

2022年8月から月1回のペースでGo Green Cubeを投入し続けてきた忠岡町役場の池は、2023年1月現在、透明度がずいぶん増してきました。


忠岡町役場の池に使用済みカイロの中身をリサイクルしたGo Green Cube を投入。第1回目の様子。(画像提供:Go Green Group)


Go Green Cubeの効果は急速に現れるものではなく、何カ月もかけて緩やかに現れるといいます。

「即効性のある浄化方法は、環境に大きな負荷をかけます。Go Green Cubeは環境に負荷をかけず、浄化作用が緩やかに現れます」


忠岡町役場の池。透明度を取り戻して鯉の姿が見える。(画像提供:Go Green Group)


二価鉄イオンが水中に溶け出した後のGo Green Cubeは、炭と鉄になるそうです。

「成分の約9割が鉄ですから、最終的には土にかえります」


忠岡町役場の池で、ひとつ発見がありました。浄化されて透明度が増してくると、亀の他に鯉が泳いでいるのが見えるようになったのです。

「Go Green Cubeを投入する前は気付きませんでした」


忠岡町の取り組みには、大阪にある桃山学院中学校と高校の有志生徒ら約20人と、地元である忠岡町のキッズクラブも参加しています。


使用済みのカイロが全国から送られてくる


「桃山学院中学校との出会いは、2021年の春に、使用済みカイロの回収活動を手伝いたいという申し出をいただいたことが最初でした。現在は生徒のボランティア活動『桃山Go Green Project』が発足して、協力関係を築いています」


送られてきたダンボール箱の開封作業を手伝う中学生の有志たち


回収された使用済みのカイロはいったん倉庫に集められたあと、東大阪市にある工場でGo Green Cubeに加工され、製品化されます。


使用済みカイロの回収方法は、宅配便で倉庫へ送ってもらったり、直接持ち込んでもらったりしています。メディアの取材を受けるたびに、送られてくるカイロの量が増えるのだとか。それらは量も梱包の大きさもバラバラです。ですから、在庫管理をするために、段ボール箱に詰め替える作業を月に一度のペースで行っています。


桃山学院の生徒らは、その作業も、先生の付き添いのもとで手伝ってくれるようになりました。


同じ規格のダンボール箱に詰め替えて在庫管理


余談ながら、倉庫へ送られてくる使用済みのカイロには、送ってくれた人から山下さんの取り組みを応援するメッセージが添えられていることが多いといいます。


中には、小学生の女の子が環境問題について考えた絵本を自作して、同封してくれた例もあるとか。あるいは爪の先ほどの小さな折り鶴が、緩衝材の代わりに入れられていたこともあるそうです。

「燃えるゴミで捨ててくださいって書き添えてあったけど、捨てられるわけないですよね」 


「捨てられるわけがない」。緩衝材代わりに入っていた無数の折り鶴。



小6の女の子が手作りした絵本がカイロに同封されていた。



大阪・関西万博に向けて大阪湾を浄化したい

山下さんが次に取り組もうとしているのは、2019年に世界遺産登録された百舌鳥・古市古墳群のひとつ、墓山古墳の周濠を浄化することです。


2023年1月に初回のGo Green Cube投入を行うそうですから、本稿が公開される頃には1~2回の投入が済んでいるでしょう。1年間かけて1.4トンのGo Green Cubeを投入する計画だといいます。


墓山古墳の周濠(画像提供:Go Green Group)


また、忠岡町役場の池は今後も継続して浄化を行うとのこと。さらに、忠岡町と泉大津市との境界になっている横尾川の浄化にもGo Green Cubeを使えないか、忠岡町側と話を進めているそうです。


詰め替え作業では山下氏も自ら汗を流す。


「ゆくゆくは、ふるさと納税で支援してもらえる仕組みをつくろうとしています」


そして現在、動き出そうとしている最も壮大な計画が、大阪湾の浄化だといいます。

「詳細は秘密ですが、2025年に開催される大阪・関西万博に向けて、大阪湾のとあるエリアをGo Green Cubeで浄化しようという計画があります」

そのための協力者らと、プロジェクトチームが立ち上がっているといいます。


コンビニエンスストアから吐き出される大量のフードロスに罪悪感を抱き、手書きの企画書から始まった山下さんの夢は着実に現実のものとなり、いよいよ大阪湾の浄化という壮大な計画へと動き出しています。



■ Go Green Group 株式会社


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桃山Go Green Project

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