人は本来「泣きたい衝動」をもっているのではないでしょうか。「わざわざ泣くために集まるイベント」は、あまり聞いたことがありません。


人はなぜ「涙活」に参加するために、会場まで足を運ぶのか。橋本さんが提唱する「涙活」とはどういうものか、お話を伺いました。



恋愛に限らず「想い」を伝える手紙は全てラブレター

とある会議室に10人ほど集まった、年齢も性別も職業もバラバラな人たち。前に立っているのは放送作家で株式会社ブック・ブリッジ代表取締役の橋本昌人さん。彼が「手紙」を読み始めると、涙を流す人が少なくありません。


これは橋本さんが提唱し、自ら実施している「涙活」の様子です。意図的に涙を流すことで、心身への癒し効果が期待できるといいます。橋本昌人さんが定義する「涙活」とは「積極的に感涙する時間を設け、心のデトックスを図りながら、人との繋がりに感謝する活動」とのこと。


ちなみに「涙活」という言葉は、実業家で文筆家の寺井広樹氏による造語です。橋本さんは、ある番組が縁で寺井氏と面識があり、承諾を得て「涙活」を謳っているとのことです。橋本さんが行っている講演活動を「涙活」と呼びますが、「私、涙活に参加しています」と参加者の視点からも「涙活」と呼ぶことができます。


著書に収録された手紙の内容を朗読する(写真提供:橋本昌人さん)


橋本さんはこの定義に沿った「涙活」を、2013年から10年にわたって続けています。きっかけは、大阪にある民放のラジオ番組で、リスナーから募集した手紙でした。

「週に一度放送する『音楽のソムリエ』という番組の制作に、放送作家として関わっていました。番組の中の『歌うラブレター』というコーナーで、リスナーさんから感謝の手紙を募集しました」


パーソナリティを務めていたのは、関西を拠点に活動しているテノール歌手・加藤ヒロユキさん。加藤さんが手紙を朗読した後、内容に即した歌詞とメロディを即興で弾き語りする「不思議なコーナーだった」といいます。


「恋愛に限らず感謝だったり家族の愛情だったり、誰かに想いを伝える手紙は、全てラブレターと呼んでいます」


橋本さんのもとに集まる多くの手紙(写真提供:橋本昌人さん)


番組で取り上げる手紙は橋本さんが選ぶため、リスナーから届いた手紙は収録前にいったん自宅へ持ち帰り、全てに目を通していたそうです。

「お手紙は、手書きを条件に募集しました。もちろん事情があって手で書けない人を排除するわけではありません。いただいたお手紙を読んでいると、どれにも書いた人の想いが溢れていて、泣けてくるんですよ」


そんなことを毎週繰り返しているうち、橋本さんはあることに気が付いたといいます。

「当時はいくつもの番組を掛け持ちしていて、2日間徹夜することもありました。疲れて帰宅し、リスナーさんから届いたお手紙を読んで、泣いたあと就寝すると、翌朝スッキリと目が覚めるんです」


そのようなことが何度もあって「泣くことは、体にいいのかな」と思い始めたそうです。吉本興業に所属する芸人のネタ台本を書いていたこともある橋本さんは、「お笑いでは経験済みでした」といいます。

「笑うことは、健康に良いといわれていますよね」


じつは、NGK(なんばグランド花月)で、お客さんの忘れ物で意外に多いのが杖(つえ)だそうです。吉本新喜劇は、ふんだんに盛り込まれている笑いの要素と併せて、ホロリと泣ける部分もあります。

「足腰の弱ったご高齢のお客さんが、杖をついて劇場まで足を運んで来られます。劇場で腹の底から笑って泣いたあと、杖を忘れるくらい元気になって歩いて帰るんです。お笑いと同じように、泣くことも、心身の疲れを癒す効果があると確信しました」


そのとき考えたのが「笑いの劇場があるのに、泣かせる劇場がない」ということでした。

「お笑いの劇場みたいに空間と時間を共有し、誰がいようと思いきり涙を流せる場って、無いですよね」


ラジオのリスナーから「歌うラブレターだけのイベントはないのですか」という問い合わせもありました。そこで橋本さんは、加藤さんと一緒に「魂ホッとライブ」と銘打ったイベントを開いたのです。


2014年「魂ホッとライブ なみだのラブレター」・ピアノを弾くのはテノール歌手の加藤ヒロユキ氏(写真提供:橋本昌人さん)


「魂がホッとするライブという意味です。会場は、天満橋にある小さな会議室でした。『涙活』という言葉も、当時はまだありませんでした」


手探りで行われた「魂ホッとライブ」には、ラジオのリスナーと、橋本さんが声をかけた人を合わせて、10人くらいが参加したそうです。



タマネギを切るときに流れる涙には「涙活」の効果がない!?

「涙には3つの種類があります」という橋本さん。目を保護するための「基礎分泌の涙」、外部から刺激を受けたときに流れる「反射の涙」、感情が昂ったときに流れる「情動の涙」だそうです。


橋本さんが経験した安眠効果やリラックス効果があるのは、情動の涙だけだとか。

「涙を流そうと思ってタマネギを切っても、ただ目に沁みるだけです」

情動の涙にはストレスホルモンを体外へ出すデトックス効果があるといわれています。(出典:医療法人社団 平成医師会/ハウス食品)


医療法人社団 平成医師会

https://heisei-ikai.or.jp/column/tears/#:~:text=%E5%89%AF%E4%BA%A4%E6%84%9F%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E3%81%8C%E5%83%8D%E3%81%84%E3%81%A6,%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%84%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82


ハウス食品

https://housefoods-group.com/activity/e-mag/magazine/183.html


その効果は、多くの人が経験的に知っているはずだという橋本さん。

「映画やドラマを観て泣いた後、スッキリした気分になっていませんか」

「涙活」という言葉を知らなくても、今日は泣きたい気分だというとき、感動して泣ける作品のDVDを借りたり動画サイトを観たりしないでしょうか。

「それが涙活なんです」


こうして橋本さんは、2013年から、ライフワークとして「涙活」に取り組み始めます。ちょうどその頃、リスナーから届いた手紙を44通選んで収録した著書「なみだのラブレター」を出版しました。


「誰かに宛てた、感謝と本気の想いが詰まった手紙を、承諾を得て収録しました。想いを届けられなかった人へ宛てた手紙もあります」

想いを届けられなかった人とは、亡くなってしまった家族や、遠く離れて暮らしているため気持ちを直接伝えることが叶わない大切な人を指します。


「手紙を書くタイミングは、皆さんそれぞれです。出来事があってからすぐ書く人もいらっしゃいますし、想いを胸に秘めたまま過ごして来られて、何十年も経ってから書く人もいらっしゃいます」


(写真提供:橋本昌人さん)



災害復旧に取り組んだ鉄道会社へ嫁いでいく、娘へ贈るなみだのラブレター

橋本さんと出版社の承諾を得て、「なみだのラブレター」から2通の手紙をご紹介します。

「お読みになって、泣きたくなったら遠慮なく泣いてください。泣けなくても、何かを感じてもらえたら結構です」

※数字を本文の表記に統一。文章、改行、句読点、記号は原文のまま。


◇タイトル:阪急電車と阪神・淡路大震災


「阪神・淡路大震災の起こった1月17日になると毎年、被災者を支えて下さった方々への感謝が、改めて思い起こされます。色々な思い出が頭を駆け巡りますが、僕がお世話になった中に、あの阪急電車があります。不眠不休の復旧工事を目の当たりにした者として、阪急電車の職員の方々に感謝の思いを込めて、ラブレターを書かせていただきました」(兵庫県・40代男性)


阪急電車さまへ

当時26歳で、会社に入って3年目だった僕は、居候していた、同じ会社の友達の家で被災しました。幸いなことに2人ともケガはなく、建物も全壊を免れたので気を取り直し、出勤の準備を整えて、とりあえず仁川の駅まで歩きました。電車が動いているわけもなく、途方に暮れたまま、梅田の会社まで歩きだした僕たち。


途中、駅舎が崩れ落ちている伊丹駅が目に飛び込んできて、まるで映画のセットのようにヒシャゲている電車や駅をボーッと立ち尽くして見ていた僕は、その時、「もう、阪急電車は、いや、兵庫の街は終わりなんかなぁ」と、虚脱感の中でそう呟いていたのを憶えています。


あとでわかったことですが、駅舎・線路・橋など、およそ200カ所もの施設が被災していたのですね。比較的、被害の少なかった京都線と宝塚線は間もなく全面復旧を果たしましたが、神戸線の被害はものすごく、かなりのペースで工事をやりたいのは山々だったと思いますが、そうなると騒音や振動など、地域住民への負担が大き過ぎます。だから、復旧までに2~3年は覚悟すべきだといわれていました。


でも、住民からは苦情が出るどころか、「深夜に工事をやってもらっても、ガマンしますよ」「がんばって!」などの励ましを阪急電車の関係者に届ける人もいて、思いのほか、工事がはかどったのですね。実は僕も、ささやかながら激励を送らせてもらっていた者の1人です。


でも、その不眠不休の作業を続けるのは、並大抵ではなかったでしょう。人々の、鉄道に対する、かけがいのない存在だと再認識する思いと、そんな人々のライフラインを「一刻も早く復活させてあげたい」という阪急電車の義務感が加速させた復旧工事は、なんと、長くて3年どころか、わずか5カ月で終了したのです。


そしていよいよ全線開通の日、万感の思いを胸に乗っていらっしゃる乗客の皆さんと共に、僕も阪急神戸線に乗車していました。すると、夙川(しゅくがわ)駅の線路沿いの堤防の上で、幼稚園児たちが集まっているので「遠足かな?」と見ていたら、電車に向かって何か、大きな紙を笑顔で振っています。


その紙には、こう書かれてありました。

『阪急電車、 ありがとう』


それを見て、僕の目にはめったに見せない涙が、不覚にも込み上げてきました。僕だけではありません。隣に立っていた年輩のビジネスマンも、座りながら振りかえっている杖をついたおばあさんも、香水のニオイがきついオバさんも、赤ちゃんを抱いたお母さんも……。きっと、一番うれしかったのは、運転士さんではないでしょうか。


今でも毎年1月になると、あの時の光景と共に、感謝の気持ちを噛みしめています。私たちは忘れませんよ。阪神・淡路大震災がもたらした様々なことを。そして、この時の熱い思いも。決して。


今、もう一度、いわせて下さいね。阪急電車、 ありがとう。


NSC(吉本総合芸能学院)の授業で涙活をすることも(写真提供:橋本昌人さん)


◇タイトル:遊園地で 「結婚を控えた娘に」

(滋賀県・60代男性)


娘・ミサトへ

いよいよ来月、結婚するんやね。おめでとう。ジューン・ブライドに憧れてたはずやのに、きみは結局、お母さんの旅立った八月を、式の日に選びました。お母さんも天国で喜んでるでしょう。


あなたの母親であり、私の妻であった、我々の最愛の女性は、ある、小さな記事として新聞にも掲載された交通事故により、きみがまだ6歳のときに亡くなりました。


突然すぎて、悲しみ抜いて、途方に暮れて、精神的に参ってしまった私は、死のうとしたんです。バカなことに、きみを連れてお母さんを追いかけようとした。


その日、最後の思い出にと、家族でよく出かけた遊園地に2人で行きました。きみは嬉しそうに、はしゃぎ回った。いつも家族で乗ったメリーゴーランドにひとりで乗るきみを、私は精いっぱいの笑顔をつくって、だけど力なく手を振って、きみが「お父さーん!」と呼ぶ声に必死で応えていました。


とにかくきみは楽しそうで、これが最後の遊園地になることも知らずに、いや、今日が最後の日であることも知らずに、元気いっぱいに走っては、乗り物をハシゴしてた。きみが楽しげであればあるほど心は痛んで、でも、心が痛めば痛むほど、必死で笑顔をつくるようにしました。


やがて急流すべりを乗り終わって、こちらに駆けてきたきみは、満足げな表情で見上げつつ、私と手をつないで、ニコニコしながらこういいました。

「もういいよ、お父さん。もう、お母さんのところに行こ」


きみは気づいてたんやね。 きみを抱いたまま、ムリヤリ、父親の私がこの世を去ろうとしていたことを、なぜか知っていたんやね。この言葉で、私はハッと目が覚めました。


私はこんなことをいった。

「あほ!お母さんに怒られるぞ、ミサト!いつか、お母さんがゴハンつくって待ってるのに、迎えに来てくれたオマエと駅前の焼き鳥屋に寄り道した時みたいに、『そんな勝手なことするんやったら、2人で出て行きなさい!』って、お母さんスネるぞ!スネたらひつこいぞ~!」


こういうときみは……、お葬式の日以来、お母さんのことでは全く泣かなかったミサトは、セキを切ったように大きな声で泣きだしたね。


24年前のあの日のことを、きみは憶えていないといいます。でも、きみに子供が、そう、私とお母さんにとっての孫ができて成長したら、あの遊園地にみんなで行こうお母さんの分も入園券をちゃんと買って、みんなでメリーゴーランドに乗ろう。そしてみんなで、思いっきり笑おな。


ミサト、本当におめでとう。



今では高校生の保護者や刑務所から「涙活」の依頼が来る

「涙活」は、少しずつ世間に浸透しているようです。小学4年生が使う道徳の副読本に「なみだのラブレター」の一節が収録されたほか、大阪府立淀川工科高校のPTA、病院、あるいは刑務所などから「涙活」を頼まれるようになりました。


とりわけ刑務所での「涙活」は受刑者に向けて行うため、一般の人たちとは反応が異なるといいます。


2015年・ある刑務所での講演(写真提供:橋本昌人さん)


「皆さん姿勢を崩さず背筋を伸ばして、表情も変えず硬いです。ジーンとする表情は千差万別で、無表情な人、歯を食いしばる人、怒ったような顔の人、タオルで顔を覆ったままの人、さまざまです。一見無表情でも頬に一筋の涙が光っていたり、最後の最後に心の箍(たが)が緩んで号泣したりする方もおられます」


大阪府立淀川工科高校のPTAで講演(写真提供:橋本昌人さん)


これからも、なるべく多くの「涙活」をやっていきたいという橋本さん。「涙活」は時間と空間を共有できることと併せて、参加者どうしの息遣いを感じられるライブが原点ですが、依頼があればリモートでの講演も可能だそうです。


「立場や境遇の異なる人が想いを綴った『ラブレター』を読んで、人のあたたかさや優しさに触れて『人って、いいよね』と感じてもらえたら嬉しいです」


「涙活」をライフワークにする橋本昌人さん


泣くことは恥ずかしいことではありません。周りの人も皆泣いています。意図的に情動の涙を流して心のデトックスを行い、人のあたたかさや優しさを思い出すきっかけにしてほしいですね。



■ なみだのラブレター


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