「きれいな字を書きたいと思っている人は多いのに、習いにいったり練習帳を買って独学で練習したりする人が少ないのは何故なんだろう?」


三皷友華さんが、そんな疑問とともに薄々感じていたのは「皆さんが抱いている書道教室のイメージは、畳に正座して筆で書く堅苦しいイメージが強いのではないか」ということと「毛筆ではなく、ペン字だけを指導してくれる教室が少ないこと」だそうです。とりわけ、若い女性がカジュアルな気持ちで通える教室が皆無に近いといいます。


ならばそういう教室を自分で開こうと、ビルの一室を借り、自ら講師になってペン字を習える教室を始めました。 


三皷さん直筆の文字(Instagramより)



“ヘタな字”と“きれいではない字”は似て非なるもの

書道家の三皷友華さんが大阪市中央区本町のオフィスビルに開いた三皷ペン字・書道教室は、大きな窓から明るい光が差し込むおしゃれな佇まい。6人も座れば満席になる木目のテーブルと椅子が置かれていて、壁にドリンクメニューが書かれたボードが掛かっています。


一般に書道教室といえば、畳に正座して毛筆で書くイメージが強いですが、三皷さんの教室にはそういった堅苦しさはありません。敢えてカジュアルな雰囲気を意識した理由があるといいます。


「誰もが字をきれいに書きたいと思っているはずなのに、習いにいったり独学で練習したりする人は、ほんの一握りです」


書道教室の堅苦しいイメージを払拭したかった


街の書道教室は毛筆からスタートすることが多いことと、そのせいか畳に正座というイメージが強く、若い人は敬遠しがちだとか。

「人前で恥をかかない程度のペン字を習える教室は探せばあるのですが、若い女性が気軽に通える雰囲気の教室が少ないみたいです」


ならば自分で教室を始めようと考えた三皷さん。会社を経営する父親から初期費用を借り、堅苦しくならないような雰囲気づくりを考えて、2019年11月に教室をオープンしました。稽古時間は、1回あたり90分と60分のコースが用意されています。ちなみに、父親からの借金は、すでに返し終えたそうです。


壁に掛かるドリンクメニュー。本当に注文できる


三皷さんのInstagramには、ペンや鉛筆で文字を書いている動画が投稿されています。ペン先から描き出される美しい文字を追っているだけなのに、なぜか見入ってしまい癒しすら感じます。


三皷さん自身も、きれいな字を書きたいという想いから書道を始めたのでしょうか。

「物心ついたときには、すでに書道を習っていました。子供時代からきれいな字を書くことが当たり前だったので、ペン字を始めたきっかけは私の意識の中にないです」


三皷さんが使っていた練習帳(Instagramより)


きれいな字の対極にあるのが、きれいではない字やヘタな字。三皷さんが考える、ヘタな字ときれいではない字の違いとは?

「ヘタな字は、きれいに書きたいと意識しているけれども形が歪んでいるとか、きれいに書く方法を知らないだけです。お手本があったらきれいに書けるだろうと、期待をもてる字ですね。一方、きれいではない字は、そもそもきれいに書こうと意識していなくて、他人に見せないから自分だけ分かればいいやと乱雑に書かれた字です」


きれいに書こうと意識して一生懸命に書かれた字は、書いている過程を知らなくても、見ただけで分かるといいます。

「きれいに書こうとすると、ペンの運びが遅くなりますから線が太くなります。きれいではない字は、ペンが速いから、たんに手を動かした残像みたいです」


字を見ただけで、ペンの速い遅いも分かるという三皷さん。ペン字に長年携わっていると、そういった眼力が鍛えられるのかと思いきや、分かるようになったのは教室を開いた後だといいます。

「2021年の春にテレビの取材を受けた後、生徒さんが一気に200人くらい増えたんです。必然的にいろいろな人の字を見るようになったんですけど、個性や筆跡の違いがあっても、指導するポイントが、どの生徒さんにもほぼ共通しているんです」


三皷さんがいうには、ペンが速い人は線が浮いているそうです。だからといって、ゆっくり過ぎるとインクが紙に滲んでいくから、それもよくないそうです。

「ゆっくり書きたい人は、細いペンで書いたほうがいいです。例えば同じ0.5ミリのペンで私が書く字と、ゆっくり書く人の字を比べたら、ゆっくり書く人は0.7ミリぐらいで書いたような太さになります。でも、速いよりはゆっくり書くほうがいいので、ゆっくり書く人には細いペンを勧めます」



きれいではない字には決まったパターンがあるから指導するポイントも決まってくる

多くの生徒さんを指導しながら、書き方の癖は、ペンの「速い」「遅い」と筆圧の「強い」「弱い」という、4パターンの組み合わせに集約されることに気づいたという三皷さん。


「女性は全般に、ペン運びが速いです」

とくに丸文字になりがちな人には共通する、顕著な癖があるといいます。

「普通の線でも最後に止めずはねてしまうから線が短くなり、結果として丸文字になりやすいです。それは、点も同じ。最後まで力を入れて書くように指導しています」


取材に訪れた日は2023年のカレンダーを準備中


また、三皷さんは「きれいではない字には2種類ある」ともいいます。

「癖のある字、たとえば丸文字でも、規則正しく並んでいればきれいだと思います。書くたびに形が変わる規則性のない字は、見た目もきれいじゃありません」

“きれいな字を書くこと”を目標に据えたとき、指導するポイントは、じつは非常に少ないのだそうです。しかも、ほぼ誰にでも当てはまるといいます。


「それを傍から見たり聞いたりしたら、誰にも同じことをいっているし、あんまり指導していないみたいでなんだか楽そうと思われているかも」

三皷さんにとっては同じ指導の繰り返しですが、生徒さんは毎回変わります。

「その生徒さんにとっては初めて聞くことだから、私も初めて指導するようにいわないといけないし……」


そんなことを自問自答しているうち、一時は教えることが苦痛になったことがあるとか。

「生徒さんが変わっても、自分には朝から晩まで同じ内容の繰り返しです。たとえば季節のお手紙を書いてもらうと、不思議なことに皆さん苦手な字が同じなんです」

「迎春の準備に……」という文面だと、ほとんどの生徒さんは、なぜか揃って「準備」の2文字を上手く書けないのだそうです。


「あと、けっこう苦手な人の多い字が『春』です。3本の横棒を長めに引いて、間隔を狭めにするときれいに見えるんですけど、たいていの人は短く広く書いてしまいます。そうすると毎日『準備』と『春』の説明を何度も繰り返すことになり、自分が本当に正しいことをいっているのか混乱してきて……。でも、お稽古を続けているうち、生徒さんの字はそれぞれに個性があるはずなのに、苦手な部分も修正する部分もほぼ共通していることを面白いと感じるようになりました」


しかも、練習してせっかくきれいに書けるようになっても、あまり書かずに日数を空けてしまうと、元の字にリセットされてしまうとか。

「定着するまで、2~3年はかかるんじゃないでしょうか」



大学中退の学歴コンプレックスをバネにして

三皷さんは徳島県出身で、高校を卒業後は薬学部に進学しました。しかし、それは本当にやりたかったことではなかったため1年で中退。予備校へ通いながら1年間の準備期間を経て、工学部を受験しなおしたそうです。

「やっぱり工学をやりたいから受けなおしたんですけど、合格には至りませんでした」


その後、役所の臨時職員として働き、2017年に転職を機に大阪へ移り住みました。大阪では純喫茶でアルバイトをしたり教科書専門の出版社で契約社員として働いたりしますが、三皷さんにはずっと抱えているコンプレックスがあったといいます。

「学歴のことは、わざわざ尋ねられないと話す機会はないんですけど、今の教室を開くまではずっとコンプレックスでした」


そんなコンプレックスを跳ねのけるために、今できること、やるべきことに向き合っているという三皷さん。教室では主にペン字を教える傍ら、毛筆の腕をさらに向上させるべく、自ら先生のもとに通っているそうです。


29歳を迎える前日に書いた「華」


じつは6年間、韓国語も勉強しているそうです。韓国のアイドルグループ・BTS(防弾少年団)のファンになったことがきっかけで勉強し始めましたが、やがて動機が変化してきました。

「勉強は続けないと意味が無いと思ったことと、学歴がないから日本語しか喋れないのが嫌だったこともあって、絶対やめないって決めていました」


また、27歳で教室を開いたのも、三皷さんの強い想いがあったからでした。

「20代の若さで自分の教室を構えられたらカッコイイと思いました」


その想いが、別のコンプレックスを生んだのかもしれません。教室を開いてから、こんな想いが脳裏をよぎるようになりました。


大きな窓から光がたっぷり入って明るい(Instagramより)


「教室の可愛さとか、書道の先生にしては若いというだけで世間から注目されやすいせいか、たまたま上手くいってるような気がする。周りの人も、きっとそう思っているんじゃないか。字だってたいして上手くないのに、お仕事をもらえてラッキーやなと思われていないか。だから、他人にそういう見方をされないために『自分は、これだけは自信をもってやっています』というものをもっていたい。学歴がないコンプレックスが、ずっと根付いてるので」


「自分はこれだけは自信をもってやっています」というものが、今も腕を磨き続けている毛筆であり、韓国語の勉強なのでしょう。


「大学を中退し、浪人、アルバイト、契約社員という生活を送ってきました。一度も正社員で働いたことがなく、ちゃんとしたビジネスマナーを身につける機会がありませんでしたから、仕事で会う人には『失礼な部分が多いかもしれませんが、すみません』って一言お断りするようにしています」



字をきれいに書きたい憧れは誰もがもっている

三皷さんのInstagramには、動画や写真を見た海外の人からも、多くのコメントが書き込まれるそうです。また三皷さんの教室に通ったり、通信講座を受講したりしている人の多くも、最初はInstagramを見て連絡をしてくれたといいます。

「海外の人はたとえ日本の文字が読めなくても、きれいな字には人の心に響く何かがあるみたいです」


ところで、一口に「きれいな字」といっても、人それぞれ好みが分かれるそうです。たとえばワープロソフトのWordで文章を打つ際、好みのフォントに設定している人は多いでしょう。三皷さんの字も「きれいだけど好みじゃない」という人もいれば「この字を習って書けるようになりたい」という人もいるわけです。

「同じ日本人どうしでも好みのきれいな字があって、県外からも私の字を習おうとしてくれる人がいることに、正直いって驚きました。きれいな字を書ける自信はあったけど、人が集まってくれるほどの魅力があるとは思っていませんでしたから」


大阪で書道教室を構え、そこで完結する人生をイメージしていたという三皷さん。しかし、三皷さんを取り巻く世界は、いつしか動き始めていました。


2022年6月には、フランス・パリにあるギャラリー「ESPACE CINKO」からオファーを受けて作品を展示しました。

「作品を見た人が書いたアンケートの回答が送られてきました。フランス語の全てが分かるわけではないのですが、『作者の思いが伝わる素晴らしい作品』と書いてくださっている部分があります」


また、関東に住む人が三皷さんのことを知り、「ぜひ東京でお稽古をしてほしい」とお願いしてきたそうです。それに応えて、年に数回は東京へ出張し、数日間かけて稽古を行っているとか。


フランスで展示された作品(左)と作品を見た人から回収されたアンケート(右)


「これからは、私の字を習いたいという人がいたら、いろいろな場所へ出かけて行きたい。6年間勉強している韓国語も活かしたいです。韓国で日本の書道や、日本語をきれいに書く授業をやりたい」

三皷さんが知る範囲では、韓国には、字をきれいに書く練習をするためにお金を払う人が少ないそうです。


「でも、私が日本語をきれいな字で書くのを見て、母国語をきれいに書きたいという気持ちになってくれているみたいです。言語に関係なく、きれいな文字の魅力をもっと多くの人に伝えられるのではないかと思っています」


絵を描くこともある


「私が書きたいのは、いかにも書道的な字だけではない」という三皷さん。絵を描いたり造形作品を手掛けたりすることもあるそうです。


「今後は、小さな可愛い書道教室から世界へ向けて、きれいな字、洗練された文字の美しさを伝えていきたい」


手で文字を書く機会が激減している時代だからこそ、きれいな字を書きたいという人がたくさんいて、三皷さんが書く字の美しさに憧れて、彼女のもとを訪れる人が多いのでしょう。



■ 三皷ペン字・書道教室


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