宿泊施設を利用する訪日外国人観光客の忘れ物が増加し、スタッフの通常業務に負担をかけていることが、業界では深刻な問題となっています。
忘れ物海外配送のサービス「WASULUCK(ワスラック)」は、膨大な忘れ物の保管や引き取り連絡にかかるコストや時間を減らせるとして注目されています。
WASULUCKを運用する、Lost Item Delivery株式会社(以下、LID)は、大分県大分市と別府市にオフィスを構えています。代表の吉永陽介さんは、宿泊業界が抱える忘れ物問題を減らし、海外ゲストの元へ早く忘れ物を届けたいという思いがあります。
今回は大分市にあるオペレーション事業部で、吉永さんにWASULUCKのサービス内容やその思い、今後の展望を伺いました。
宿泊施設の負担を減らす外国人観光客の忘れ物配送サービス
パンフレットに記載のサービスの流れ(画像提供:Lost Item Delivery株式会社)
WASULUCKとは、宿泊施設での外国人ゲストの忘れ物を宿泊施設の代わりにゲストの元へ海外発送するサービスです。通常宿泊施設側が行う、ゲストとの多言語での配送のやり取りから配達完了まで、さらに細かく分けると、決済、梱包、保険、追跡調査、書類の作成、トラブル解決までの業務を全てLIDで担っています。
宿泊施設は登録料も配送料も無料。ゲストの忘れ物が出てきたら、LIDへ着払いで送るのみです。料金は、ゲストから送料+事務費をいただくシステムとなっています。
忘れ物は全世界に発送が可能ですが、全体の6割はアジア圏で中国、香港、台湾、韓国が占めています。あとの3割がヨーロッパやアメリカなどの欧米、1割がその他の地域で、なかには初めて聞く国もあるそうです。
「海外は100グラム単位で荷物の料金が変わってくるんです。なので一概に送料は提示できず、都度お見積りとなります。荷物の大きさや保険の有無でも変動します。高額な品物でしたら高い保険もつけられますが、もともと基本の保険がついているので、大体はそれでカバーできます」
今のところ破損や海外へ忘れ物が届かなかったトラブルはないそうです。
「途中でゲスト様との連絡が取れなくなり、結局荷物を今でも弊社で預かっているケースは1件あります」
ホテルマンと輸出入業の経験から発案
大分オペレーション事業部内
サービス開始のきっかけは、吉永さんが2020年1月に「訪日外国人観光客の忘れ物が増加し、宿泊施設の通常業務を圧迫している」というニュースを耳にしたことでした。
「忘れ物を海外配送するには、言葉の壁や国によって異なる配送ルールの把握、海外用の梱包など煩雑な作業があり、通常業務にプラスされます。宿泊業界は慢性的な人手不足の業界となっています。私はもともとがホテルマンで、近年は輸出入事業に携わっていましたので、この二つの経験を活かせば、役に立てるのではないか、解決できるのではないかと思い、WASULUCKのサービスを開始しました」
ゲストの忘れ物を送り返すフローチャートを作成していくなかで、さらに引き取り手のない忘れ物が数多く処分されていることに気づきます。LIDの法人設立前、これらを契機に少しずつ忘れ物の配送事業を始めていた折に、イベントを開催する機会が訪れます。
「障がいのある人たちの施設を経営している知り合いが、イベントを開催することになったんです。そこで忘れ物事業の派生として『ホテル忘れ物市』を出展することにしました」
ホテル忘れ物市とは、引き取り手のない宿泊施設の忘れ物を安い価格で購入できるイベント。吉永さんは、地元の宿泊施設の忘れ物問題の負担が少しでも減らせるのでは、との思いから開催をしました。
忘れ物市が好きな多くの人々が来場し、用意したメンテナンス済みの忘れ物150点ほどが、すぐに完売したそうです。 忘れ物の値段は購入者の言い値で、子どもがお小遣いで本を購入する場面もあったそう。イベントでの売り上げは、全額主催者である知り合いの施設に寄付をしました。
コロナ渦のピンチから強みを見出す
(画像提供:Lost Item Delivery株式会社)
しかし、2020年にサービスを開始した1か月後にコロナウイルスが蔓延。海外旅行は以前のようにできなくなりました。
「2年近くWASULUCKでの収入はありませんでした。でも、その期間にサービス内容をブラッシュアップできたので良かったと思っています」
コロナ禍のピンチに陥った経験があったからこそ、海外配送に強い自負があります。
「コロナが流行りだした当初、国際物流が大混乱し、マスク不足がおきたのは記憶にあるかと思いますが、『独自のルートを使ってマスクを日本に入れる』ということを行いました。国際配送に関しては、有事のときにでも荷物を動かせる絶対的な自信があります。2022年の11月から外国人が日本に来られるようになり、徐々に依頼件数も増えてきました」
試行錯誤しながらWASULUCKを進化させていく
(画像提供:Lost Item Delivery株式会社)
LIDでは、現在ゲストに負担してもらっている事務手数料と送料をなんとか無料にできないか、試行錯誤を重ねています。
「私たちが(一般の観光客として)海外旅行で忘れ物をしたときは、旅行会社さんを通して 問い合わせをすると、問い合わせ費用として3,000円程度かかります。そこから送料などが発生するのですが、なかには日本への配送手配は自力ですることもあるんです。当初、忘れ物を届けるのは善意でするものと思っていました」
吉永さんはゲストと宿泊施設の双方に負担がかからない配送方法を模索していくなかで、「0円コピー(裏が広告の紙に自分のコピーしたいものを印刷することで料金が無料になる)」というサービスがあることを思い出します。そこから、忘れ物を梱包する箱の側面や中に広告を入れれば、無料でサービスを提供できるのではと思いついたそうです。
梱包の箱に観光地を印刷するアイデアは、サザエさんのオープニングがビジネスモデルです。オープニングでは日本の観光地が取り上げられていますが、その地域の自治体などが広告費を出しているのです。その広告効果は絶大で、放送後の観光地は賑わいをみせています。
「忘れ物は荷物の性質上、必ず開封しますので開封率100%のDMになります。何らかの興味や関心があって日本に訪れた人に、ダイレクトに再度アピールができるのでリピート率も高くなります」
将来的には、ゲストが二次元コードの広告から読み取ったECサイトなどから買い物ができるシステムを考えています。その売り上げの一部を事務手数料や送料にできれば、ゲストの負担軽減と地方や宿泊施設の活性化になるのではと期待しています。
「他には、活性化を目的に日本や地方、宿泊施設のアピールができる特産品や化粧品のサンプルを同封するサービスも考えています。関税がかかるので難しいところではあります。忘れ物と一緒にお土産品の買い増しの注文を取って、一緒に同封するサービスも有りかな」と豊富なアイディアが浮かんでいるようです。
宿泊施設とゲストもハッピーになれる三方良し
別府観光の広告が印刷されたパッケージ(画像提供:Lost Item Delivery株式会社)
WASULUCKはゲスト第一優先でサービスを行うことにより、ゲストが持つ宿泊施設への心証、そして日本への心証がよくなると考えています。
「強みは一環として、ゲスト様とフレンドリーな関係になるところです。ゲスト様とやり取りしているなかで、『半年後にまた日本に行きたいので、どこかおすすめの場所はありませんか?』って聞かれることもあり、イチオシのとっておきの場所を教えています。さまざまな要望に答えていると、ゲスト様がまた日本に来るきっかけづくりにもなります」
ゲストは忘れ物が無事に届き、同封されていたパンフレットやフライヤーを見て、また日本に旅行したいと想いを巡らすようになる。そして、友達や家族に話し、さらなる再来日の連鎖が生まれていきます。
「WASULUCKを利用すると、宿泊施設は忘れ物業務の負担を改善できるだけではなく、ゲスト様がリピート宿泊してくれ、地域のお店にもお金をたくさん落としてくれる。みんなが潤って“三方良し”になれるように、との思いで取り組んでいます」
ゲストに興味のある地域や地方に再訪してもらえれば、さらに日本の魅力に気づいてくれるでしょう。
広告の他にも、ゲストが使用する言語に翻訳したメッセージやお礼の手紙を宿泊施設側の立場で同封することが可能です。このような温かい対応で、ゲストにとって好評を得られるようなサービスを行っています。
ゲスト最優先を考える従業員の思い
宿泊施設へのオンライン説明の様子
「会社では3つルールがあって、1つめは、ゲスト様最優先です。2つめは、1日1回誰かの役に立つこと。3つめは、3年後に振り返ったときに『昔あんなことしてたよな』と笑える失敗をたくさんしよう、です」
前例のないことに挑戦していくには、試行錯誤を重ねていく必要があります。きっと目標を達成したときには最高の笑顔になれるでしょう。
「私たちがやっているのは前例がないもので、これが正解というのはありません。3つのルールはスタッフみんなでやっていくうちに自然とできたんです。みんなの大前提が他者貢献を目指しているので、社内外でもそういう意識で行動しています」
スタッフ全員が熱い思いを持っており、その一端が垣間見えるエピソードを吉永さんから伺えました。
「オペレーションスタッフは、LIDに届いた忘れ物をできるだけ早く届けたいと、前倒しで手続きを進行しようと動くんです。国際発送なので、今すぐに送っても夕方に送っても、そんなに変わりはないと思うけどね。メールのやり取り1つにしてもゲスト様の困りごとを聞いてあげていて、私が思う以上にオペレーションスタッフは熱い思いを持っています」
ゲストから送られてきたお礼のメール(資料提供:Lost Item Delivery株式会社)
初めてゲストからお礼のメールをもらったときは嬉しく、オペレーションスタッフも涙を浮かべてメールを読んでいたといいます。
「いただいたお礼メールを集めて一覧表にすることをスタッフが始めました。仕事でテンションが下がったときには、みんなでこれを見て元気を出そうって。メールに『日本が大好きです』って書かれているとすごく嬉しいですし、また来ていただけるのかなって思いますよね」
宿泊施設からのお礼の手紙(資料提供:Lost Item Delivery株式会社)
また、忘れ物の梱包時には、丁寧に折った折り鶴を1羽ずつ入れているそうです。
吉永さんやスタッフのみなさんが他者への愛にあふれた方々だと改めて感じさせられました。
WASULUCKから忘れ物配送サービスを業界のスタンダードに
(画像提供:Lost Item Delivery株式会社)
吉永さんは、今後の業界全体の動きについても考えを巡らせています。
「WASULUCKのようなサービスを導入している宿泊施設は、業界全体のほんの一握り。忘れ物配送サービスはまだマイナーな存在です。忘れ物配送サービスが業界のスタンダードになることを目指しています」
忘れ物配送サービスがスタンダードになれば、宿泊施設も通常業務に尽力できます。
「宿泊業務のDX化を得意としている企業と、協業するのもありかなと。みんなで協力して、忘れ物がきっかけで世界から多くの方々がまた日本へ来て、活性化する良い循環になれば嬉しいですね」
国際配送の荷物を動かすノウハウとホテルマンの経験を活かし、DX化システム構築を構想していきます。
雇用を通じた三方良しもつくっていく
(画像提供:Lost Item Delivery株式会社)
「大分県には外国人留学生が多いのですが、卒業生は県外に就職することが多いので、弊社で仕事してもらえるようになると嬉しいですよね」
大分県の雇用状況にも目を向ける吉永さんは、外国人留学生や就職先に困っている外国人労働者が、LIDに就職をして、外国人留学生、そして大分県が“三方良し”になる仕組みが理想的と話します。
「ゲスト様が住んでいる国との時差もありますので、時差を気にせず、好きな時間にリモートで働けるようにDXの面を強化していきたいです」
住む国によって従業員に負担をかけない、より働きやすい環境を整えてくれるのは嬉しいですね。
観光立国の一翼を担う企業へ
観光立国イメージ写真(写真提供:大分県観光情報公式サイトツーリズムおおいた)
吉永さんは、日本にはまだ外国人観光客が知らない魅力にあふれていて、素晴らしい場所がたくさんあると語ります。
「地方は観光地としての可能性がたくさんあると思っています。日本の隅々まで外国の方々に訪問してほしいですが、特に大分県や別府市などの地方に遊びに来てほしいですね。別府は観光地としての土壌があるからなのか、人を受け入れるのに寛容だと思います。それに加えて温泉とノスタルジックな街並みが、外国の方々にとっても魅力的だと思います」
その熱い思いは、LIDが企業として何ができるのかという考えにつながります。
「私たちのミッションは、観光立国の一翼を担う企業になることです。例えば、観光立国のフランスは、ナイトタイム(午後10時から翌朝の午前8時)に楽しめる場所やお店がたくさんあるんです。朝方までお金を使う場所がたくさんありますが、地方はさまざまな事情でその部分が弱いので、外国の方が観光に来たとしても『夜遊ぶ場所が少ない』と言われます。そこを強化するのは私どもではできませんが、今あるものを活かして地方の魅力を広めていきたいです」
吉永さんは、冷静に「でもそこまでたどり着くには色々な人との協力が必要です。宿泊施設や協業できそうなところと手を組むことだったり」と続けます。
今後WASULUCKのサービスを多くの宿泊施設に利用してもらえるためには、地域の企業との協力が必要になってくるでしょう。
「個人手配の旅行者へのPR広告を入れたり、WASULUCKが周知されるように積極的に情報発信をしたりして、サービスの魅力を伝えていきたいです」
またSDGsを意識した取り組みとして、引き取り手のない忘れ物を再利用していく構想もあるようです。
宿泊業界の忘れ物問題が解消されるよう、精力的に活動している吉永さん。WASULUCKや忘れ物配送サービスが宿泊業界のスタンダードとなり、地方や日本が観光立国として活性化していくことを願っています。
いつの日かLost Item Delivery株式会社がロールモデルとなり、忘れ物配送サービス業界を牽引していくことでしょう。
■ 忘れ物海外配送WASULUCK
ホームページ
TEL
050-3579-4962
メールアドレス
lostitem@lost-item.net