「スッポンは警戒心も強くデリケートなんで、ほとんど姿をみせないんですよ」


そう語るのは、新潟県南魚沼市でスッポン養殖の事業を手掛ける井口陸弥さんです。自身が設営した養殖場で、スッポンの特徴をそう説明してくれました。


その言葉通り、目の前に並ぶ大型の水槽の中からは、水面と底の砂は目に出来るものの、スッポンの動きや気配などは感じられませんでした。水槽は塩ビパイプとビニールで組まれた屋根が被せられており、それぞれが井口さんによって製作されています。


2021年12月に『株式会社魚沼スッポン』を設立、飼育環境や成長状態などの検証とともに養殖を進めてきており、事業開始から1年が経過した現在は県内外の飲食店へ試験的な販売・出荷、さらに各種展示会などのイベントでのPRも行っています。


手さぐりの状態からスタートし、試行錯誤を繰り返してきたという井口さんに、スッポン養殖を行なってきたこれまでのさまざまなエピソードを伺いました。


「株式会社魚沼スッポン」代表 井口陸弥さん



大学時代の経験、知識がスッポン養殖のきっかけに

井口さんは現在28歳、高校までを地元の南魚沼で過ごし、その後は北海道の大学に進学、アワビ養殖の研究に携わりました。大学卒業後は都内で営業職に就き社会人生活を送っていましたが、その中で胸に秘めていたある想いが、地元へのUターンと、養殖業を志したきっかけだったと言います。


「学生時代に携わってきたアワビ養殖という経験はなかなか他の人には無い、自分の強みだと考えていました」


また、地元である南魚沼市内には、井口さんの祖父がかつて建設業を営んでいた際に使用していた敷地や倉庫があることに加え、そこには30年程前より温泉が湧出しており、これを有効に活かす手段として、スッポンの養殖事業を決意するに至ったと振り返ります。


「養殖業を始めるにあたり、(水産物の)選択肢はいくつかありました。その中で、スッポンは初期投資が低く、始めやすいと言うこともあり、何より養殖に温泉が適していることが大きかったですね」


スッポンは低温の水では出荷サイズに成長するまで数年の期間が必要となるものの、温泉を利用することで水温を30℃前後に保つことができ、それにより成長の速度を速めることができるそうです。


他にも、井口さんは学生時代のアワビ養殖で、種類によっては外国産との競合により販売面で苦戦することを実際に体験してきており、スッポンは海外企業の参入が殆どない点もメリットと捉えたといいます。井口さんがこれまで積み上げてきた経験、知識をベースに答えを見出し、新たな道としてスッポンの養殖事業に辿り着いたのです。


養殖場の水槽 ホースにて温泉を流入させる


また、起業を検討し始めた当時、南魚沼市では新たに若手起業家育成を目的とする補助金制度がスタート。井口さんもこれに申請し、スッポン養殖事業が採択され補助金を得られたことも大きな追い風となりました。


そして、井口さんの事業では、地元とより深いつながりを生む取り組みも行なっています。南魚沼市内にある複数の酒造メーカーより酒粕を提供してもらい、それを魚粉に混ぜ餌として与えることを発案。これにより、地域の資源を組み合わせる事での差別化を図ることが出来、また酒粕を活用してブランド価値を強固にしていくことはさまざまなメリットがあると言葉に力を込めます。


「スッポンの旬の季節と言えば鍋で食べることが多い冬なんですけど、この地域は日本酒も多く作られる産地でもある。鍋と日本酒は相性も良いですし、そこに酒粕で育てたスッポンも使ってもらうことにより、この地域の魅力として『冬・鍋・日本酒・スッポン』とそれぞれが繋がる形のPRをイメージしています。冬のスキー観光で訪れたお客様にも知っていただきたいですね」


姿を見せたときのスッポンの赤ちゃん



生産者として感じる喜びは「成長を感じた時」

現在、飼育実験を継続させながら、徐々に生産量も増やせていると手応えを語る井口さん。しかし、温泉の利用や酒粕を餌にするなど独自の『色』を打ち出しての養殖を進めてきた過程では、事業開始からしばらくは先行きへの大きな不安や迷い、葛藤もあったと語ります。また、冬は養殖場までの通路が雪で覆われ、除雪も毎日の様に自身で行うため、ここでも相当な労力を要したと言います。


それでもお話を伺う中で、井口さんが特に表情を和らげた瞬間がありました。「スッポンの成長を感じられたときは本当に嬉しかった」と教えてくれた時です。


「養殖を開始してから一年後、水揚げでスッポンを手に持った時は嬉しかったですね。最初の赤ちゃんの時は重さが4グラムで500円玉くらいなんですけど。 餌をやり続けながら、時々ほんのちょっと姿が見えたりするときもありますが、なかなか大きさはわからないんです。水揚げできちんと育った姿を目の当たりにし、重さも測ってみて1㎏にまで増えていた時は『やってて良かった』って感じましたね」 


ダンプカーの保管場所だった建物を養殖場として使用



会社設立から1年 確かな手応えと将来の夢への自信も

「雪国での酒粕を使ったスッポン養殖」はフレーズとしてもインパクトは絶大であることから、現在まで多くのメディアにも取り上げられてきている、株式会社魚沼スッポン。さらに、各種展示会にも出展するなど、井口さんの精力的なPRにより、国内で幅広くその名前や事業内容は広まり続けています。


将来的には、高級食材であるスッポンをより多くの人々にも味わってもらえるような出荷・販売方法も模索していきたいとも明かす井口さん。インタビューの最後には、もう一つ、スッポン養殖を続けていく上での大きな目標を語ってくれました。


「今、敷地内にある池の建設計画を進めているんですけど、ゆくゆくは敷地全体に池を広げてそこでの養殖を考えています。頑張ってさらに大きな養殖場にしたいと考えているんですけど、いずれは新潟県が日本一の生産量になるくらいの会社に出来ると思っているんです。日本国内のスッポン養殖の事業所の中でも、ナンバー1くらいの規模感を目指しています」


「日本一」「ナンバー1」と、井口さんは壮大な目標を発しながらも、やや照れながら首を傾げるなど、どこか遠慮がちな表情も窺えました。


その上で井口さんは言葉を続けます。


「頑張れば、やれるんじゃないかと思っているんです。見えた道筋に対して、トライし、上手くいかない部分は修正する。これまでと同じように、一つ一つを繰り返しながら少しずつ進んでいくつもりです」


まだ遠い先を見据えながら語った意気込みではあるものの、その言葉からは強い覚悟と、内側に秘めている確かな自信が滲み出ているようにも感じられました。




■ 株式会社魚沼スッポン


公式HP

uonumasuppon.com


本社住所

〒949-6765

新潟県南魚沼市岩崎558−1


六日町駅内オフィス住所

〒949-6680

新潟県南魚沼市六日町91番地2 駅東口 1階


電話番号

070-3268-6455(代表番号)


Twitter

@igpna1


Facebook

株式会社魚沼スッポン