旦那さんと、5年前に保護したオス猫ノイくんの3人で暮らす人形・造形作家Yoko-Bonさん。


1日の大半を過ごす自宅は、奈良県にある古民家。ここから生み出される作品は、レトロでノスタルジックな独特の雰囲気があります。


作家としての活動や、ノイくんとの暮らしについてお話を伺いました。


コロナ禍前に制作された作品「ノイとおかっぱちゃん」(画像提供:Yoko-Bonさん)



コロナ禍の閉塞感で表現者としての存在価値を意識する中で作風に変化が

奈良県にある築約70年の古民家が、人形・造形作家Yoko-Bonさんの自宅とアトリエです。


Yoko-Bonさんの作品はフェルトを使った人形と、さまざまな素材を駆使した造形です。人や動物、ときには魚まで、フェルトを独自の技法で加工し、ミシンで縫い合わせて制作されます。


作品を制作するときは、イメージをいったんスケッチすることなく、すぐに形をつくっていくというYoko-Bonさん。展開図や手順は、頭の中に出来上がっているそうです。


案内されたアトリエの中央には、第25回岡本太郎現代芸術賞に入選した「Reincarnation(リインカーネイション)」とタイトルのついた大型作品が置かれていました。


コロナ禍後に制作された「Reincarnation」(アトリエにて)


Reincarnationとは「転生」や「再生」を意味する言葉で、コロナ禍で世の中が閉ざされたような状況下で、Yoko-Bonさん自身の意識が変化して生まれた作品だといいます。


「表現者としてすべてが閉ざされた中、自分ができることは何だろうか。おそらくアーティストなら誰もが『本当に社会から必要とされているのか』を考えたと思うんです。一方で、表現者だからこそ伝えられることがあるかもしれないと意識したところから、作風が変わりましたね。可愛い人形をつくっているだけでいいのかなと」


作家活動を始めた初期の頃の作品(画像提供:Yoko-Bonさん)


それまで、可愛い雰囲気のある人形を多く制作していたYoko-Bonさんが、コロナ禍で意識の変革が起こった後に制作したという「Reincarnation」は、高さ約3メートル、円形土台の真ん中に、体の細胞を表現した塔の上に妖精が鎮座しています。無数に張り巡らされた赤い糸は血管を表現し、そこに配置された「狛猫」と「神鹿」は命の循環を表しているそうです。


以前はたくさんの人が見に来てくれた展覧会という夢のような世界が燃え尽きた感覚の中で、Yoko-Bonさんにはさまざまな心情が通過したといいます。


展示状態の「Reincarnation」(画像提供:Yoko-Bonさん)


「私の周りでも、大切な人たちが生死の境をさまようことがあって、自分が何にもできないのはすごく嫌だなと思いました。大切な人が戦っている中、自分がコロナ禍の中で見てきた奇跡的な世界とか命の大切さを作品で表現したいという、猛烈な勢いのエネルギーが湧き上がってきて生まれたのが、この作品です」


「Reincarnation」の構成は一部が天井から吊るされていて、空間を目いっぱい使った作品でもあります。


妖精の翼(フェルト)に施された細かい彫刻


よく見ると、フェルトに細かい模様が施されています。

「フェルトを彫刻するんですよ」

フェルトの彫刻とは初耳です。

Yoko-Bonさんが試行錯誤しながら、独自に研究して編み出した技法で、今もまだ進化の途上にあるとか。


これだけ大きな作品の保管や展示会場までの運搬はどうするのかと思ったら、土台は2分割でき、他の部分も分解できるため、意外にコンパクトに収納できるとのことでした。



足に包丁を落とした傷の療養中にフェルトで人形をつくったことが人形づくりの始まり

作家活動を始める前のYoko-Bonさんは、水族館や動物園、あるいは博物館に展示されるサンゴや岩石、樹木などを樹脂やモルタルを使って本物そっくりに立体表現する造形工房で働いていました。恐竜やキャラクター人形などの造形制作にも携わりながら、立体造形の基礎を身につけたといいます。


同じ工房には、後に旦那さんになる方も、一緒に働いていたそうです。結婚を機に旦那さんは木工職人になり、Yoko-Bonさんも自分で何かを始めたいと考えていました。


そんなある日、アクシデントが起こります。


「朝食の支度をしているとき、足に牛刀を落としてしまって、親指に刺さったんです。傷は見た目には大きくなかったけど、その場から立てなくなって、おかしいと思っていたら指の腱が切れていました」


傷が癒えるまで、歩くことがままならなくなり、療養中はたまたま自宅にあったフェルトを使って、ブタとパンダの人形をつくってみたそうです。


ブタとパンダ(画像提供:Yoko-Bonさん)


「動けないし、時間もあったので。つくってみたら、夫が『こういうの、面白いんじゃないか』って。いわれてみれば面白いかもと思ったのが、人形づくりの始まりでしたね」


人形づくりの技法は学んだことがなく、独学で身に着けたといます。


「怪我をして動けないときにつくった人形は単純なものでしたから、歩けるようになってから百貨店で商品として展示されているぬいぐるみの縫い目をじっと観察したり、頭の中で展開してどういうパーツでできているのか想像してみたり。あるいは本を読んで勉強しました」


また、人形づくりを始めるまで、ミシンを使ったこともなかったそうです。


「最初は手縫いでした。それだと時間がかかるし、いろいろな縫い方をするにはミシンを使ったほうがいいなと思って」


初期の頃に使っていたミシン


人形づくりの腕前が上達してくると、百貨店で開催されるハンドメイド作品の展示会に参加するようになり、お客さんが徐々に増えてきたそうです。


やがて百貨店側や展示会関係者などから「東京にも作品を出してみませんか?」と声がかかり、日本テディベア協会が主催する「日本テディベアコンベンション」ほか、東京で行われる展示会にも参加し始めました。



出版されなくなって久しい人形絵本に取り組んだら思いのほか大変だった

使用する素材は恐竜やキャラクター人形とは異なりますが、造形工房で立体造形の基礎を身につけていたためか、Yoko-Bonさんの人形づくりはみるみる進化し、2004年に伊豆テディベアミュージアムで個展「Yoko-Bon展」を開きました。


それ以後は、「ディズニーキャラクターテディベア&ドールコンベンション」や「日本テディベアコンベンション」ほか、グループ展などにも作品を出品しています。


そして2015年には、人形絵本「まんまるパン」(群像社刊)を出版します。人形絵本は、物語を絵で表現するのではなく、人形や小道具を制作して情景を再現します。情景に合わせて人形をつくる手間とコストがかかるためか、日本では半世紀以上前から新刊が出ていなかったそうです。


「あるにはあったのですが、かつて人形絵本で活躍された飯沢匡さんや土方重巳さんのクオリティを再現しようという企画は、半世紀以上ぶりと聞きました。あの世界観をリスペクトして、私がデザインした作品でやってみないかと、編集の方からお声がけをいただいたのです」


制作に3年をかけた「まんまるパン」と登場したぬいぐるみ(画像提供:Yoko-Bonさん)


それはロシアの民話に題材をとり、ロシア人の文学者に監修をお願いする本格的な企画でした。制作に取り掛かってみると、予想をはるかに超える難産になったといいます。


「たとえばキツネの毛の色は、日本だったらいわゆるキツネ色、こんがり茶色ですよね。それがロシアでは、赤なんですよ。しかも日本でキツネのキャラクターは男性的なイメージですけど、ロシアでは必ず女性と決まっているそうなんです」


また、背景にある家の構造やキャラクターが着る服の色やデザインに至るまで、細かい指摘が入ったそうです。


「膨大な資料を読み込んで制作しても、出来上がったものを見てもらったら、丸ごとやり直しといういのもありました」


そんなやり取りをしながら、3年の月日をかけて出版された人形絵本「まんまるパン」は、Yoko-Bonさんにとって思い出深い1冊となりました。



保護猫ノイくんとの古民家暮らし。早朝4時から始まる1日のルーティン

Yoko-Bonさんが今の家に住み始めたのは20年前。


前に住んでいた家を出ることになり、古い日本家屋を探していたそうです。不動産屋さんから斡旋されたときは、相当荒れた状態だったといいます。


「不動産屋さんは、好きなように使っていいと仰ってくださいました」


旦那さんと協力しながら、ボロボロだった壁を塗り替えて、畳敷きの部屋を板張りに改装。ジメジメしていた中庭の土も入れ替えて、薔薇を植えたそうです。


なんとか満足できる形に落ち着くまで10年近くかかったといい、今でも少しずつ手を加えているそうです。 

「家は人が手を入れていないと朽ちてきますからね」


古民家暮らしの良いところは何かと尋ねると、夏でも冷房が要らないくらい風通しが良いとのこと。

「5月頃でも、訪ねてきた人が『もう、冷房入れてる?』というくらい涼しいです」


また、同じく5月頃には、中庭の薔薇が一斉に咲くそうです。

「何百っていうバラが咲き乱れるんですよ。庭と家とがひとつになっている感じで、見事ですよ」


薔薇が満開の中庭(画像提供:Yoko-Bonさん)


風通しがよく夏場が涼しい反面、冬はそうとう冷えるとか。

「でも、外に行かなくても家だけで季節を感じられるし、すごく満たされる感じですかね」


その家に5年前から一緒に暮らしているのが、オス猫のノイくんです。ノイくんとの出会いは、運命的なものを感じたといいます。


その年の2月、17年間飼っていた保護犬のダックスフンドが天寿をまっとうしました。

「またいつか動物と一緒に暮らしたいと思って、自然に出会えたらいいなと考えていたんです」


6月になり、農具小屋から不意に「にゃあ」という声を聞いたYoko-Bonさん。


「誰も開けたことがない部屋があるんですけど、扉をしめ切っているから、入れないはずなんですよ。でも声が聞こえるし、覗いてみたらカーテンの隙間から小さな子猫が顔を出していたんです」


どうやら壁に穴が開いていて、親猫が入り込んで子供を産んでいたようだったといいます。子猫は5匹いて、親子ともども保護。親猫は避妊手術を施して地域猫になり、子猫たちはそれぞれ里親さんの元へ引き取られていきました。


Yoko-Bonさんのもとに残ったのが、ノイくんでした。 


立派に成長したノイくん(画像提供:Yoko-Bonさん)


「ノイは、農具小屋を探していたとき、キャンプ用のマットを巻いてあって、持ち上げたら重みがあるから振ってみたらポンと出てきた子なんです。連れて帰ってきたら、5分後にはお腹を出して寝ていました。爪切りをしてもおとなしいし、もしかしたら、入れ替わりでやってきた運命の子かもしれないって思いました」


ノイくんの影響で、Yoko-Bonさんの作品には猫がよく登場します。


猫は身近な存在ではあるけれど、まじまじと観察したことがなかったというYoko-Bonさん。ノイくんと出会ってから「猫の目って、こうなってるんだ」、「関節はこう曲がるのか」といった発見があって、日々驚きだったそうです。


ノイくんのお散歩(画像提供:Yoko-Bonさん)


「ご機嫌なとき、喉をゴロゴロ鳴らしますよね。なんだか幸せな音楽を聞いている感じで、まるで楽器のように響くのが魅力的です。やっぱり自然に、何かつくりたいっていう気持ちになります」


そんなノイくんと一緒に暮らすYoko-Bonさんの1日は、早朝4時の起床から始まります。


「夫が出かける時間が早いことと、私が朝型なので、いつも早く起きます。7時くらいから体幹を鍛えたりトレーニングをしたり。ノイを散歩に連れて行ったら9時にはアトリエに入って、夕方までずっと制作しています」


アトリエで作品を制作中のYoko-Bonさん(画像提供:Yoko-Bonさん)



平和を願いながら戦争をする人間の矛盾は妖怪の二面性とリンクする

Yoko-Bonさんが今後、作品を通して訴えかけていきたいテーマは「平和」だといいます。


「世界中が平和を願っているのに、一方では戦争が起こって殺戮が繰り返されている矛盾があります。作品でダイレクトに戦争を取り上げるのではなく、やっぱり平和は大切であることや、小さな命を大切にしなきゃいけないんだという目線で、子供たちにも伝わるようにしたい」


これもコロナ禍後に制作された作品「インスタレーション」(画像提供:Yoko-Bonさん)


いま制作に取り掛かっているのが「日本の妖怪」なのだそうです。


「日本の妖怪は人間にイタズラをする悪の存在なんですが、一方で神様のように崇められている側面もあります。平和を願いながら殺戮を繰り返す人間の世界と、なんとなくリンクするものがあると思ったのです。さらにいえば、妖怪って表裏一体で人間の心を表す存在じゃないのかな。そういうところを表現したいなと思って、妖怪をつくっています」


最後に、自身の作品に対して、どのような見方をしてほしいかを尋ねてみました。


「私がつくる作品はひとつひとつが細かいので、見れば見るほど違った世界が見えるはずです」


正面から見るだけではなく、横や裏から見たときに新しい世界観を感じたり、最初に見た印象と違って見えたりする面白さがあるかもしれません。Yoko-Bonさんの作品は、隅々までじっくり鑑賞すると、より楽しみが増す作品だと思います。





Yoko-Bonさん


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