シート状に加工された野菜のラインナップは現在7種類。


大手証券会社の元営業マンで、成績はトップ。出世が約束されていた早田(そうだ)圭介さんが会社を辞め、苦心惨憺の末に開発した保存食品です。なぜ出世の道を捨てて、故郷の長崎県で野菜シートの開発に取り組むことになったのかを伺いました。



歯が弱った高齢者や野菜嫌いの子供にも食べやすいシート状の野菜

色とりどりの薄いシート。一見しただけでは、これが食品だとは分からないでしょう。ましてや、野菜からつくられているなんて想像すらできないはず。


味、色、栄養価を原材料である野菜のままシート状に加工した「VEGHEET(以下、ベジート)」の開発者で、株式会社アイルの代表取締役社長・早田(そうだ)圭介さんは、はじめに7色のラインナップを意識したといいます。それがニンジン、大根、ほうれん草、トマト、カボチャ、玉ねぎ、紫芋です。


「原材料は野菜と寒天だけです。保存料や着色料は、一切加えていません」

基本的な製法は、洗浄した野菜をボイルしたあとペースト状にして、寒天を加えて温度を上げ、形を整えたら乾燥させます。ニンジンと大根は、繊維を柔らかくするために、ペースト状にしたあと「酵素分解」という工程を経るとのこと。


シート状にするメリットは、なにより保存期間が長いこと。生の野菜は日持ちしづらいですが、ベジートは通常2年間は保存でき、栄養価も味も元の野菜のままだそうです。

「栄養価が半減してしまうものもあるんですが、ほぼ残ります」


ベジートジュースジュレ


ベジートは口どけがよいので、歯が弱って固い物を噛みづらくなった高齢者の食事に最適だといいます。また野菜の形をしていないため、野菜を見ただけで拒否反応を示す子供でも、食べやすいとのこと。

ベジカラフル寿司


「調理例としては、巻物に使いやすいですね。おにぎりとか巻き寿司に海苔の代わりに巻いたり、春巻きにしたり」

シート状である利点を活かして、水分の含ませ方を工夫してスープにしたりジェル状にしたり、あるいは盛り付けで飾ったり、さまざまなバリエーションを楽しめそうです。


また、乾燥させてあるため、野菜がもつ栄養素が凝縮されています。たとえば生の人参100gに含まれる食物繊維は2.8gですが、ベジートには44.5g含まれています。


栄養素一覧:https://www.vegheet.jp/details



ヒントは乾燥海苔の製造工場

早田さんは1965年、長崎県生まれ。大学を卒業後、証券会社に入社し、営業を担当していたサラリーマンでした。

「基本的には顧客開拓ですね。『投資しませんか』とお声がけして、お客様の資産をお預かりして運用するというスタイルです。退職する前の半年間、営業成績は同期の中でトップでした」


証券業界には「人の行く裏に道あり花の山」という格言があるそうです。「利益を得るためには、他人とは逆の行動をとらなくてはならない」という意味だそうで、早田さんは「人がやらないような手法や視点で営業していたので、そこが成績が良かった要因かなと思います」と当時を振り返ります。


ベジロールサンド


営業成績トップの座をキープし続けて、順風満帆に見えたサラリーマン生活に変化が訪れたのは1994年。故郷の長崎県平戸市で食品卸業を営んでいた父親が体を壊し、戻ってきてほしいと懇願されました。

「父親から『戻ってこなかったら死ぬ』とまでいわれて、やむなく戻りました。会社を辞めるといったときは、人事担当から『お前の成績なら、将来社長になれる可能性もあるのに』といわれました。でも、故郷にはいつか戻るつもりだったんです。子供の頃から、やはり跡継ぎといわれていたので」


長崎に帰った早田さんは、まず半年かけて故郷のマーケット分析をしました。 

「具体的には、平戸市から直線距離で50km圏内にある自治体をすべてまわって、人口分布図と産業構造図をつくりました。その結果、私の故郷にある2つの問題が明らかになりました」

ひとつは、可処分所得の多い18歳から28歳までの人口が極端に少ないこと。もうひとつは、製造業がないことでした。

「だからといって、人口を増やすのは難しいですよね」


ならば交流人口を増やそうと考えて、34歳のときにバス事業を始めました。バス3台からスタートした事業は、その後会員制のバス事業となり、7万人以上の会員がいたといいます。


バス事業と並行して、製造業にも取り組もうと業態を模索していた1998年、熊本県玉名市にある海苔業者との出会いが、後々ベジートを開発するきっかけになりました。

「当時は日本でベスト3に入る大手の乾燥海苔メーカーさんの工場を、見学させていただいたんです」


ベジート蕎麦海苔


その頃、野菜シートをつくるために乾燥海苔メーカーが興した会社に早田さんが出資。乾燥海苔をつくる機械を利用して野菜シートをつくってみました。

「今は私がつくった機械でベジートを製造していますけど、当時は乾燥海苔をつくる機械を利用してつくってみたんです」


ところが、当初できあがった野菜シートは「無味無臭で、ゴワゴワしていて、紙を食べているような食感だった」といいます。

「営業をやっていた人間ですから、健康食品メーカーに10万パックほど売りました。でも、リピートが全然ありませんでした」


それでも新工場を中国に建設し、生産体制を拡大しようとしていましたが2004年、乾燥海苔メーカーが民事再生法の適用を申請し、他社に吸収合併されました。

「工場が完成した頃でしたね」


その結果、早田さんは、1人で野菜シートの改良に挑み続けることになったのです。

「まずは食感を改良して、味がするものを開発しようと思って、協力を得るためにいろいろな大学を訪ね歩きました」



着色料を使わずに野菜の色を維持する方法はトップシークレット

「国立大学をはじめ、いろいろな大学を訪ねました。そしてさんざん断られましたね。『そんなの、できっこない』といわれました。食感がよくない最大の要因は、口の中に繊維が残ってしまうことでした。その分野の研究で権威といわれる先生を訪ねてみたんですが『できねぇよ』と一蹴されました」


それでも諦めなかった早田さん、今度は野菜シートを携えて長崎県庁を訪れ「大学を紹介してください」と頼み込みました。

「たまたま基礎研究をなさっている先生が長崎女子短期大学におられるというので、紹介していただけました」

そのとき紹介された先生が取り組んでいた基礎研究の延長線上に、早田さんの野菜シートがうまくマッチしたようです。


ベジートデコ弁


「酵素分解と、寒天を入れるアイデアでした。じつはそれまで7~8年も試行錯誤を繰り返してできなかったのが、ものの3か月で味も食感も改良できたんですよ」

早田さんは「よーし、できたぞ」と意気込んで売り込みにまわる傍ら、商品化するにはラインナップも必要なので、先生に「7色のシートをつくれませんか」とお願いしました。


 早田さんが売り込んだのは、日本でいちばん歴史が古いといわれる海苔メーカーでした。

「お会いした社長が『おおすごいね、すごいのができたね』と喜んでくださいました」

ところが1週間ほど過ぎて、その海苔メーカーから「全部、茶色になった。変色して売り物にならない」とクレームが入ります。


「先生にフィードバックすると『添加物を入れないと無理だよ』と。でも私としては、入れたくない」

早田さんは、野菜の色をとどめるための研究に、独力で挑み始めました。

「着色剤を使えば簡単なんですが、それはどうしても嫌でした。いろいろな文献をあたって、仮説を立てて何度も試してたどり着いたのが、今取り入れている方法です」


その方法は、記録はもちろんメモすら残していない、トップシークレットだといいます。

「私の頭の中にあります。特許にも書いていません。息子だけに、口頭で伝えています」


ベジートピザ


ところで、早田さんが野菜シートの開発や改良をしているあいだ、どうやって収入を得ていたのでしょうか。気になって尋ねてみると、父親から受け継いだ食品卸会社、前出のバス事業のほか、学習塾を経営していたそうです。

「バス事業はその後、乗っ取りに遭ってしまいました。野菜シートしかなくなってしまったときに、ある投資会社が投資してくれたので、野菜シートの開発は進められたのです」



塾の教え子が事業で成功……「1000万円貸します。頭を下げて借りに来てください」の真意とは

学習塾もやっていたという早田さん。

「平戸には18歳から28歳はいないけれど、18歳まではいます。将来バトンタッチできる人脈をつくるため、塾を経営して全教科を自分で教えました」


そのときの教え子が後々、早田さんの窮地を救いました。

大人になった彼が、あるとき「勉強を教えてもらったけど、商売も教えてください」と早田さんを訪ねてきました。


早田さんは「1年以内に問題が発生したら無償で戻してもらう」という約束で、彼に食品卸会社の営業権を売却。彼は自ら配達にまわって、まさに身を粉にして仕事に打ち込みました。

「その後、どんどん事業拡大して、今はすごく大きくなっています」


野菜と豆腐のベジジュレ


早田さんがバス事業を乗っ取られて、野菜シートしかなくなったときでした。早田さんにこんな話を持ち掛けてきたそうです。

「先生、今苦しいですよね。先生にはお世話になりました。今1000万円もっているから貸します」

早田さんは「彼は、私をずっと見ていたんでしょうね」と振り返ります。

「でも、いっぺんに1000万円を貸してくれるわけじゃないんです」


教え子の彼はいいました。

「上限が1000万円で、足りない分だけ貸します。その代わり、自分の嫁に頭を下げて借りに来てください」

彼の奥さんは、早田さんの食品卸会社での元部下でした。

「たとえば今月140万円足りないので、すみませんけど貸してもらえませんかと、彼女に頭を下げて借りに行くわけです。もちろん、ひとつ返事で貸してくれるんですけど、それをやらされたんです。というか、試された。プライドを捨ててでもやりたいのかっていうのを、当時20代の彼に私は試されたんだなと思いました。実際、私もプライドが一番の敵だと思っていました」


教え子の彼は、早田さんの本気度を測ったのでしょう。

「私は2代目で、苦労もしていない。プライドが邪魔をしているんじゃないかと、彼は肌感覚で分かったんじゃないかなあ……」

早田さんが学習塾を経営した目的が、ひとつ達成された出来事だったのではないでしょうか。


ベジート卵焼き



畑の片隅に打ち捨てられて市場に出ない規格外の野菜を活用する

はじめは海苔工場でシート状に加工した野菜だから「野菜のり」と呼んでいましたが、早田さんの血のにじむような研究開発と改良の結果生まれ変わった野菜シートは、イメージを一新して「VEGHEET(ベジート)」と名付けられました。「VEGETABLE」と「SHEET」を合わせた造語です。


ベジートの原材料は、規格外の野菜を優先的に使うといいます。

「物にもよりますが、形が歪だったりヒビが入っていたりして商品にならない野菜が30%ぐらい出るらしいです」


ベジートオードブル


規格外野菜の活用は、海苔メーカーで野菜シートをつくっているときから実践していたといい、基本的に農家のいい値で買うのだそうです。

「だいたい生産原価ですね」


しかし、ときには高値を吹っ掛けられることがあるといいます。

「それだと市場価格の方が安いんで、そっちで買うしかないですっていうことはあります」

ほとんどの農家さんは良心的で真面目な方なので「この値段だったら嬉しいな」と示された金額で買うそうです。


「たとえばニンジンが二股になっていたり、ちょっと曲がっていたりして形が悪いのは、農協から『もってくるな』っていわれるそうです。だから仕方なく捨てる。端っこがちょっと変色していても、受け取ってもらえない。それを捨てないでくださいとお願いしているんです。例えば雨が降って農作業に出られないときがあったら、悪い部分を削っていいところだけ残して、それを譲ってくださいっていうのが私のやり方です」



いずれはノウハウを公開してフードロスを減らす一助に

ベジートのサイズは、全形海苔と同じ縦21cm×横19cmを基本として、4分の1カットや8分の1カットなどのバリエーションがあります。


今後は96mのロール状に加工した業務用ベジートも開発中で、すでに試作品ができているようです。「全部で70アイテムくらいは考えています」と、早田さん。フルーツのほか、味噌や醤油など調味料もシート状に加工する構想があるとのこと。実現すれば、ベジートだけでつくった料理ができるかもしれませんね。


ベジートがもつ最大の利点は、野菜の味と栄養価を損ねずに長期保存ができることだそうです。

「野菜は冷凍すれば保存できますけど、冷凍するためのエネルギーが必要ですよね。ベジートはコンパクトに常温保存ができるんです。しかも農作物は豊作の年もあれば、そうでない年もあって、収穫量のブレが大きい。獲れすぎた年は、値崩れを防ぐために廃棄しています。そうやって捨てられる野菜をベジートに加工しておけば、フードロスの削減にも貢献できます」


苦難の末にベジートを開発した早田圭介氏


早田さんは、災害時の非常食にもベジートを推しています。嵩張らないので、家庭の防災袋に入れても邪魔になりません。避難生活で不足しがちなビタミンと食物繊維をとれるのは、とてもありがたいことでしょう。


「こういう社会貢献ができる事業は、私みたいなちっぽけな人間がやるんじゃなくて、本来は資金力がある大企業がやるべきだと思います。食材をシート化するのは、保存するという意味では非常に有意義なので、私がノウハウを独り占めしておくつもりはありません。一定の段階に達したら、世界中にお教えしようと思っています」


早田さんは、この仕事を、人類のためにやり続けるとおっしゃっています。


※画像はすべて早田圭介氏提供



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