店頭に並ぶ美味しそうなパン。店を訪れるお客さんが目にするのは、そこまでです。ベーカリーの奥で一心に作業をするパン職人の姿を見る機会は少ないでしょう。


京都で田村寫眞館を営む田村泰雅(たいが)さんは、パン職人が働く姿に魅せられ、ライフワークでパン屋さんを撮り続けています。



つくる人と食べる人の間にあるものを写真に収めようと

ベレー帽とメガネ、昭和レトロを彷彿させるスタイルで、ひと昔前の赤い郵便用自転車に乗ってやってきたのは、田村寫眞館を営む田村泰雅さん。自前のスタジオをもたず、出張撮影を行う写真家です。


愛用の二眼レフ「ローライフレックスF2.8」(写真提供:田村寫眞館)


白黒フィルムで撮影し、現像もプリントも手作業で行います。使用する機材は、1960年代にドイツで製造された二眼レフ「ローライフレックスF2.8」。人物撮影に適しているそうです。


ただ、白黒フィルムは値段が年々上がっているといいます。若い世代にフィルムカメラを使う人が増えているというのに、これは悩ましい問題です。

「手には入るんですけど、値段がかなり高くなっています」 


そんな田村さんがライフワークとして取り組んでいるのは、パン屋さんです。京都は「和」のイメージが強いですが、じつはパン屋さんが多い街でもあります。

「だからというわけじゃないですけど、単純に僕がパン好きで、パン職人さんにも興味があって撮り始めたって感じですね」


大学を卒業後、京都府城陽市にある給食センターに就職した田村さん。

「厨房の中でつくる側にいて気づいたんですけど、できあがったものは人の目に触れても、つくっている人を見られることはないなぁと。パン屋さんも、厨房の中で働いていますよね。食べる人とつくる人の間というか、職人さんがどんな感じでパンをつくっているのか、すごく興味があったんです。それを写真に収めようとして、始めたわけです」


(写真提供:田村寫眞館)


田村さんが撮るパン屋さんは、実際に買い物客として訪れてみて、雰囲気のよさそうなお店に、まず撮影をお願いする手紙を出すといいます。

「お店に手紙を出して、さらに電話をかけます。OKをもらったら日時を決めて撮影にお伺いするという段取りですね」

やはり、断られることもあるそうですが、撮影させてくださるパン屋さんは好意的に迎えてくれるそうです。


「パン屋さんの職場、それも厨房の中まで撮らせてもらえることに感謝しています」


(写真提供:田村寫眞館)


撮影は2~3時間かけ、50枚くらい撮るという田村さん。もちろん、フィルムで撮ります。

「きれいに撮ることは、とくに意識していなくて、カッコイイポイントを狙っています」


田村さんは、パン屋さんのどこにカッコよさを見出しているのでしょう。

「ひたむきにパン生地をこねているところとか、焼きあがったパンを窯から取り出す瞬間とか。他にも、パンづくりのいろいろな工程での、職人さんの視線ですね。それがカッコイイと思いますね」

「職人さんはカッコイイ」(写真提供:田村寫眞館)


かつて給食会社で働いていた頃の自分とパン屋さんが、重なる部分を感じることもあるといいます。そんな職人さんの動きを追いながら、シャッターチャンスを狙う田村さん。

「こちらは職場にお邪魔している立場ですから、お仕事の邪魔をしないことが前提です。そうやって遠慮しつつも、狙えるところは狙いたいなと」


コロナ禍の前には、年に一度個展を開いていたとか。

「お客さんの反応は、どうでしょうね。風景写真でもポートレートでもありませんから。でも、写真を見に来られたお客さんから、パンをつくっている人の姿が見られて面白かったという感想をいただいたことはあります」


このインタビュー中も、カフェで注文したコーヒーをスマホでサクッと撮影していた田村さん。

「食べ物や飲み物を撮るのが好きなんです」



給食のコッペパンが好きな香川県出身の少年が京都で写真家になるまで

田村さんは京都の新聞社で、パンに関する連載をもっているそうです。そのため、ほぼ毎日パンを食べるといいます。

「食べない日もあるんですけど、1日に3つ食べる日もあるので、平均すると1日1パンは食べています。もう何種類食べたか、憶えていません(笑)」


(写真提供:田村寫眞館)


その食べ方は、気に入ったパンをリピートすることはあまりないらしく、いろいろなパン屋さんでいろいろな種類のパンをまんべんなく食べるのだとか。その中でも、とくに好きなパンを訊いてみると「何も入ってないような、素朴でシンプルな感じのパンが好きです。でも高級食パンがブームの頃は、流行には乗らなかったですね」とのこと。

「ただ、好きなパンは、その時々で回答が変わるんですよね」


ちなみにアンパンは「粒あん派」だとか。和菓子の文化があることと関連があるのでしょうか、京都にはアンパンがおいしいパン屋さんが多いのだそうです。


パンを撮るのも食べるのも大好きな田村さん、パンのおいしさに目覚めたのは中学生のときでした。香川県出身の田村さんは、高校卒業まで地元で過ごしました。

「給食のコッペパンですね。学校を休んだ子の分が余るじゃないですか。僕が通っていた学校では『食べたい人は食べていいぞ』っていわれていたから、食べてましたね」

給食用のコッペパンは、時代によって味も食感も違うといわれています。田村さんが中学生時代のコッペパンは、ふわふわで美味しかったとか。


田村さんが撮るとパンがアート作品に見える(写真提供:田村寫眞館)


写真を撮り始めたのは、大学に入ってからでした。京都の大学へ入学した田村さんは、京都の街並みを撮って、地元の祖父母へ送るためカメラを購入したのです。

「写真部にも1年間くらい入っていました。フィルムで撮って、暗室で現像するというような、技術的なことを教えてもらいました」


2009年に大学を卒業して給食センターに就職した田村さん。毎日大量の給食をつくっていたといいますが、3年後には写真家として独立しています。その間、写真を勉強していたのかと思いきや「趣味で撮っていたくらいですけど、勢いで独立しちゃいました」とのこと。


初めはアルバイトをしながら、写真家として活動していました。パン屋さんを撮り始めたのも、ちょうどその頃からだそうです。

「ほかの(同業の)皆さんがどういう道を選ばれるのか分かんないですけど、自分的にはそんな感じでしたね」

近傍の撮影はこの自転車で 


独立した2年後の2014年に「田村寫眞館」として開業し、2016年に写真表現大学のテクニカルコースを修了。独立してから専門的に学ぶという、珍しいケースではないでしょうか。

「独立したけれど、写真の基本がわかっていないということがありまして。1年だけの短期の大学なんですけど、座学で勉強しようと思いました。主にライティングなど、人物写真の撮り方を勉強しました」


もっとも、やはり自分で撮って、試行錯誤しながら経験を積んだことが、いちばん身に着くといいます。 



田村さんが考える白黒写真の魅力

田村さんが撮る写真は、ドイツ製の二眼レフカメラで撮る白黒写真です。お客さんから要望があればカラーフィルムで撮ったり、デジタルカメラで撮ったりすることはありますが、お勧めはフィルムで撮る白黒写真だとか。


(写真提供:田村寫眞館)


田村さんは、白黒写真のどんなところに魅力を感じているのでしょうか。

「時を経て写真を見返したときに、写真を撮ったときの状況を、カラー写真よりも思い出しやすいんじゃないかなと思っています。いうなれば『深く見られる感じ』といいますか……」

カラー写真は色情報が多いため、写し取られている状況がリアルすぎるけれど、白黒写真は色情報が少ない分、記憶の糸をたぐる作業が必要です。思い出にするには、それがちょうどいいということでしょうか。

「想像しながら見られる。白黒写真には、そういう楽しさがありますね」


田村さんのもうひとつのこだわりが、フィルムで撮ることです。

「枚数が、そんなに多く撮れないのが魅力に感じます」

デジタルカメラは、容量の設定次第で何千枚も撮れて、失敗したらその場で撮りなおすこともできます。


フィルムケース(写真提供:田村寫眞館)


「フィルムは、失敗できない緊張感があります。撮ってから、出来上がった写真を見るまでの時間も長い。その時間も、楽しいと感じています」

写り具合をその場で確認できるデジタルカメラとは違い、フィルムで撮影された写真は現像するまで分からないのです。


でも、田村さんはやはりプロですから、だいたい思い通りには撮れているそうです。しかし万が一失敗したときに備えて、同じ構図をデジタルカメラでも撮影しておくとか。現像してみてもし失敗していたら、お客さんからいただいた撮影料金は返して、デジタルカメラで撮影した写真を無料で渡すといいます。それが田村さんの、プロ写真家としての矜持なのだと感じました。


ところで、フィルムの白黒写真と、デジタルカメラの白黒写真には、見た目の違いがあるのでしょうか。興味が湧いたので、尋ねてみました。

「撮る人の写真のつくり方によるんじゃないかと思います。デジカメでも加工の仕方によって、コントラストを強くしたり弱くしたりできますから、顕著な違いはないような気がしますね」

ただ、プリントしたときに、質感の違いが現れるだろうとのこと。



パン屋さんの写真を集めていつかフォトエッセイ集を出したい

パンが好きで、今はライフワークとしてパン屋さん撮っている田村さんですが、好きなものが変わっていく可能性はあるといいます。 

「パンじゃないものを撮っているかもしれないですね」


田村さんの興味は、パンからどんなものへシフトしていく可能性があるのでしょうか。

「自然とか風景じゃないですね。基本的に職人さんが好きなので、やっぱり“人”でしょうね。いろいろな人がいて、人には魅力があります」 


(写真提供:田村寫眞館)


これからも、好きなものを撮り続けていきたいという田村さん。パン屋さんの写真を集めて、フォトエッセイ集のような本を出したい夢があるそうです。過去にも、数冊の小冊子を出版しています。

「写真はそんなにたくさん入れなくてもいいし、文章も入れたいなという、まだざっくりとした構想なんですけど」


(写真提供:田村寫眞館)


近い将来、田村さんのフォトエッセイが出版される日を楽しみに待ちたいと思います。きっと素敵な職人さんと、おいしそうなパンが満載されていることでしょう。



■ 田村寫眞館


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