鎌倉駅東口より徒歩10分弱。若宮大路を海岸方面に歩くと、歩道橋の手前右手に、木目の三角屋根が特徴的な一軒家が見えてきます。扉を開けると、一面高い本棚に囲まれた吹き抜けの空間と、カラフルなしかけ絵本の数々が目に飛び込んできます。


鎌倉で15年、親子3人で経営するしかけ絵本専門店「メッゲンドルファー」です。絵本は子どもが読むというイメージから、疎遠になっている大人が多いのではないでしょうか?


大人になった今だからこそ手に取って読んでみませんか?

メッゲンドルファーに踏み込めば、老若男女問わずしかけ絵本の楽しさにハマってしまうと思います。



可愛らしい看板としかけ絵本が出迎えてくれる、入りやすい雰囲気です。



しかけ絵本の営業マンとして歩み、定年後親子3人で専門店設立

取材日に奥様の嵐田晴代さんはご不在でしたが、嵐田康平さん、息子の嵐田一平さん親子に、しかけ絵本専門店を経営するまでに至る背景を伺いました。


お店を構えたのは、ご夫婦が定年を迎える15年前。「定年後は夫婦2人で商売をしたいね」と漠然と話をしていたといいます。元々康平さんは定年まで、日本のしかけ絵本最大手の出版社、㈱大日本絵画に勤めており、40年に渡ってしかけ絵本の営業マンをしていた、いわばしかけ絵本を売ることについてはプロの方でした。


しかけ絵本の歴史は長く、200年ほど前から作られてはいるものの、現在のように色々なしかけ絵本が出版されるようになってきたのは40数年ほど前からだといいます。康平さんはその初期よりしかけ絵本の営業を任され、しかけ絵本とともに人生を歩むことになります。


当時、おもちゃのようだと児童図書として認められなかったしかけ絵本は児童教育にも良くないという風潮があり、専門家ほど評価していませんでした。その様な社会的壁もあり、販売に苦労している中でも、たくさんの親子がしかけ絵本を楽しんでいる様子に営業として直に触れることで、康平さんは楽しさを広げていきます。


「そのときから、しかけのカードのようなものを作ってみたら面白いんじゃないかと考え、始めてみたら結構人気があって。楽しさを伝えることを続けていったことが、しかけ絵本専門店の礎になったのかもしれません」と当時を振り返ります。


「でもそのときはしかけ絵本の仕事をしようとは思わなかったんです(笑)」

出版業界にいたからこそ、本の出版や書店経営が環境的に難しいことは痛いほど分かっていました。定価販売が必須の書籍は利益率の幅が狭い上、今やネット情報社会やカード決済の世の中。書店の経営は非常にひっ迫している状況になってきていたからです。


ところが、しかけ絵本の専門店が無いことに晴代さんは「この力のある本(しかけ絵本)の専門店が無いなんておかしいんじゃないの?誰もやらないならあなたがやらないで誰がやるの?」と康平さんの背中を押します。康平さんの仕事を長く見ている中で、晴代さんや一平さんも昔から、しかけ絵本が面白い世界であることを感じていました。


葛藤を抱えつつ、最初は夫婦2人仕事をしながら「メッゲンドルファー」は週3日の営業から始まります。選書から設営、販売すべてを自店で行いながら、やがて一平さんも加わり、現在の週6日営業となりました。



中央の木も素敵な空間のエッセンスに。緑があることでさらに落ち着く空間となっています。


住まいが近かったこともあり鎌倉に拠点を構え、現在の場所で3ヶ所目だというメッゲンドルファー。


「今はすごく良い建物に出会いまして」とお2人が口をそろえて絶賛する店内は、高い天井から自然光が差し込み、空に向かって伸びる1本の木が印象的な、開放感のある素敵な空間になっています。お花の仕事をしていた晴代さんが、ひん死になっていたこの木を家に持ち込みよみがえらせたという背景があり、ご家族にとって強い思入れのある木なのだそうです。


店内中央に吊るされている蜘蛛の巣のようなオブジェは、「くろまるちゃん」(作・絵:デビッド・A・カーター 出版社:大日本絵画 価格:3,080円(税込))というしかけ絵本の最後のページを、4倍に拡大して作られたもの。これは康平さんの手作りで、天井の高さが活かされ店内に風変わりな雰囲気を作り出しています。


また、天窓まで続く高さが圧巻の本棚は、建築関係の仕事をしていた一平さんが考えて決められたとのこと。しかけ絵本のカラフルな色合いが一層映える本棚です。


晴代さんが以前からずっと好きな建物だったので「この雰囲気を壊さないように」と、内装へのこだわりの強さを感じます。



店内奥には、しかけ絵本の歴史が貼り出された展示室も常設。



アートとしての楽しみも!“専門店”としての発信で変わる固定概念

現在、しかけ絵本の多くはヨーロッパやアメリカなどの1カ国で制作され、言語だけを変えて世界中で出版されているのだそう。その為、売られているしかけ絵本はヨーロッパやアメリカから翻訳されたものが多く、日本の出版社で作られ、海外でも販売される動きは実情少なく、日本の絵本作家が育ちづらい環境です。


また、一般的な書店では、未だしかけ絵本は児童図書のコーナーの一角にあるに過ぎず、アートコーナーには置かれることはほとんどありません。一般的な書店ではしかけ絵本の幅を広げる作業はやり切れず、絵本担当者が兼任して担当することになるからです。大人も楽しめるようにしかけ絵本は制作されているにもかかわらず、何かきっかけがないと触れる機会がないのが現状です。


「実は大人向けなしかけ絵本が多いんです。アートですよね」

子ども向けの絵本という感覚で手に取ると、職人技のような細かい切り絵になっていたり、想像以上の大きさで飛び出してくる迫力ある絵本、抽象的でアーティスティックな絵本もあります。


「インテリアとして、1ページだけ見開きで飾るなんてこともいいですよね」と、楽しそうに語る一平さん。アートを側面に持つしかけ絵本の世界だからこそ、大人の楽しみ方がある様です。


「手前味噌ですけど、“しかけ絵本専門店”を作ったことで、しかけ絵本の理解度が広がったというか、若い人たちから年配の方まで認識していただくことが増えたなという気がしています」

しかし「まだまだ少人数にしか広がっていないのではないかという気しかしていないです」とも吐露する康平さん。


“しかけ絵本×専門店”。まだ世間での馴染みは薄いながらも、嵐田さん親子の想いは熱く、魅力の発信は続きます。



建物の高さを活かした本棚にはしかけ絵本が溢れています。



一から考えて作るしかけえほん教室で、創造力豊かに  

メッゲンドルファーでは販売だけでなく、実際に自分でしかけのカードを作る「しかけえほん教室」をお店の2階で開催しています。康平さん曰く、通常2時間設けても時間が足りないとのことですが、現在はコロナ禍で1時間での開催時間となっています。


康平さんが営業時代に、しかけ絵本の普及を目指すため書店や図書館、絵本フェアなどに出向き、イベントの企画・運営をしていたことを今でも続けているのです。


キットがあるわけではなく、材料は基本、色画用紙と色鉛筆、クレヨン、のり、はさみのみ。様々なしかけのカードを見本にして一から自分で考えて作る為、出来上がるものが全員違うことが楽しいといいます。


「難しいことを教えるのではなく簡単なトリックを教えると、子どもたちは同じものを作ったり、そこから自分で創意工夫して作ってみたりしています。こんなこと出来るかな?と一緒に話しながら作ることが出来るのが、この教室の特徴です」


コロナ禍も相まってワークショップや教室の開催が今や少ない為、お子さんにとって特別な体験になるのではないでしょうか。見るだけに止めず一から考えて実際に制作することで、創造力の向上に繋がることも意識されています。この教室を通してしかけの多様さに気づき、年齢関係なく改めてしかけ絵本に心惹かれるのではないでしょうか。



画用紙と色鉛筆・クレヨンからたくさんの発想が生まれます。



特製のしかけ絵本は嵐田さん母子で制作!鎌倉市「ふるさと納税」の返礼品に


鎌倉市のふるさと納税返礼品「鎌倉 段葛」(企画:嵐田晴代 作:嵐田一平 定価:3,080円(税込))は母子で制作。


メッゲンドルファーのオリジナル商品「鎌倉 段葛」というしかけ絵本は、鎌倉市のふるさと納税返礼品にもなっています。


晴代さんの「鎌倉のお土産としてしかけ絵本があったらいいな」との思いから企画を始め、一平さんが全ての絵を描かれて制作されました。なんと一平さんは絵本作家の経験はなく「見よう見まねで制作したんですよ」とお話しされていたものの、絵やしかけのクオリティに驚いてしまいます。


「覗きからくり」という、200年ほど前からヨーロッパで親しまれている歴史ある手法です。蛇腹になっている本を伸ばして、のぞき穴から覗くと遠近法で立体的に見えるというしかけです。鎌倉の有名な観光地である鶴岡八幡宮の参道までの道、段葛の風景が、まるで自身も歩いているかのような目線で楽しめます。


レジ横で展示されており、店舗または公式HPからの限定販売ですので、ぜひ皆さんもチェックしてみてください。



1つに決められない!800種類以上から一平さん厳選の人気商品を紹介  

選書のこだわりを伺うと「面白い本は入荷していこう!という思いと、小さい子向けの本だけではなく、出来たら大人向けや年齢が高めの方を対象とした本も入れていきたいという思いがあります」とのこと。


新しい商品を 仕入れる際は3人で相談して決めているそうです。なんと、800種類以上の本が店内には並べられており、ほとんどの商品で見本を用意し、実際に手に取り楽しめるよう工夫されています。


特に人気のこの3冊は、目に止まりやすい入り口付近に並べられていました。

・ぴんぴかりんのしゃれたやつ

(作・絵:デビッド・A・カーター 発行:大日本絵画 定価:3,080円(税込))

・まほうつかいのノナばあさん

・不思議の国のアリス



まほうつかいのノナばあさん(作・絵:トミー・デ・パオラ 紙工作:ロバート・サブダ、マシュー・ラインハート 発行:大日本絵画 定価:4,400円(税込))


おすすめしてもらった本の中で、特に筆者の心に響いたのは「まほうつかいのノナばあさん」。子ども向けの内容と思いきや、ノナばあさんが人生で大切なことを教えてくれるという、大人にも気づきを与えてくれる素敵なストーリーになっています。


紹介したい本は読み手によって違う為、ベスト3を決めるのは難しいとのこと。しかけ絵本を手にする人のことを考えて、その人にとっての貴重な1冊を選びたいというお2人の想いの大きさが伝わってきます。


しかけ絵本に興味はあるけれど、どんな本を選んでいいか分からない、なかなかお店に来ることが難しいという方は、メッゲンドルファーオリジナルのサービス「ブッククラブ」がおすすめです。


ブッククラブは、対象の方の年齢に合ったおすすめのしかけ絵本を毎月1冊ないし2冊お届けするサービスです。依頼主の希望を反映して、毎月様々なタイプのしかけ絵本を嵐田さん家族がセレクトしてくれるので、新たなしかけとの出会いに毎月ワクワクしてしまうと大好評です。



時代が変わっても不動の人気作品「不思議の国のアリス」(作:ロバート・サブダ 発行:大日本絵画 定価:4,400円(税込))現在版元品切:2022年8月重版出来 ※在庫はメッゲンドルファーへお問い合わせください。



バリエーション豊富なしかけと、アナログで出会える冒険の数々。

「しかけも色々なタイプのものがあって、もしかしたら来年、数年後はまた別のタイプのしかけ絵本が出て、発展していくかもしれません」と話す一平さん。


しかけ絵本の種類を伺うと、一平さんは次から次へと様々な商品を紹介してくれました。 しかけ絵本は年々進化をし続け、私たちを飽きさせてはくれないようです。


Little tree

康平さんおすすめの作家「駒形克己」さんの作品。日本国内ならびにヨーロッパ、最近では韓国、中国などで活動しており、紙の質、紙の色合い、形などを自分のモチーフ、ベースにしており、シンプルで綺麗なしかけを制作されています。



Little tree(作:駒形 克己 出版社:ONE STROKE 価格:7,700円(税込))


ポップアップ どんなに きみがすきだか あててごらん

(文:サム・マクブラットニィ 絵:アニタ・ジェラーム 訳:小川仁央 出版社:評論社 価格:3,080円(税込))

2羽のウサギが出てくる、とても愛らしく幸せな気持ちになれる内容で、そこに加わる色々なタイプのしかけに心が癒されます。大切なひとへのプレゼントにもおすすめです。


360°BOOK 地球と月 Earth and the Moon

360度ぴったりと広がり、宇宙空間が立体的なジオラマとなる今までにないしかけ。とても細かく精妙で、日本人の職人技が光る作品です。



360°BOOK 地球と月 Earth and the Moon(作:大野友資 出版社:青幻舎 価格:2,750円(税込))


アイラブユー

(作:デビッド・A・カーター 出版社:大日本絵画 価格:1,760円(税込))

著者のデビッド・A・カーターさんは抽象的なしかけ絵本を作る方であり、一平さんが「アートコーナーにあってもおかしくない」と評すほど。店内のオブジェとして飾られている「くろまるちゃん」と同じ作家です。


サファリ

(文:キャロル・カウフマン 作:ダン・ケイネン 出版社:大日本絵画 価格:3,520円(税込))

ページを開くと映像のように動くしかけで、動物の生き生きとした動きがリアルに体感できます。ページをめくる動きを止めるとしかけも止まり、また動かすと動くというトリックのアイディアに興味津々。解説も詳しく書かれているので、動く図鑑のような感覚です。


チャイコフスキーのくるみ割り人形

音の出るしかけ絵本。音楽を入れる技術も近年発達したとのこと。美しく細かい絵と共に、場面に合った音楽を聴くことで感性を養うことができそうです。



左上「チャイコフスキーの白鳥の湖」、左下「チャイコフスキーの眠れる森の美女」、右下「チャイコフスキーのくるみ割り人形」各(文:ケイティ・フリント 絵:ジェシカ・コートニー・ティックル 出版社:大日本絵画 価格:2,750円(税込)) 右上「ヴィヴァルディの四季 1日で楽しむ四季」(文:ケイティ・コットン 絵:ジェシカ・コートニー・ティックル 出版社:大日本絵画 価格:2,750円(税込))



年齢関係なく一緒に楽しめる!形に残るプレゼントとしても最適

訪問した日は平日の昼間でしたが、幅広い年齢層のお客様が絶えず来店され、「すごい!」と店内には驚きの声が度々聞こえてくる、楽しい雰囲気に包まれていました。


実際に客層は幅広く、子ども連れの家族はもちろん、ネクタイをした会社員と思われる男性や、高校生や大学生など色々ですと話す康平さん。店内で大人が自慢げに子どもたちに見せたり、男性が女性を連れてきて自慢げに見せたりする光景も珍しくないのだそう。


「普通、しかけ絵本というと子どもの世界のように考えると思うのですが全然違っていて、生後3カ月の赤ちゃんから100歳くらいの方まで、男の人も女の人も本当にオールラウンドに楽しまれています」


お客様の素直な反応が、嵐田さん親子にとってとても嬉しいことであり、魅力を発信する原動力になっているのかもしれません。



店内の絵本を見て歩いていると、私が幼少期に母から読み聞かせをしてもらっていた「まどからおくりもの」(作・絵:五味太郎 出版社:偕成社 価格:1,100円(税込))を見つけ、思い出が蘇ってきました。お気に入りだったこの絵本も、大人になり20年近く手に取っていませんでしたが、改めて読んでも楽しさとワクワクは色褪せることなく蘇り、しかけ絵本のすごさを実感しました。


誰かと一緒に楽しさを共有したいという気持ちにさせてくれるこのお店。ふと私も絵本の世界を教えてくれた母に、何か絵本を送りたくなりました。


しかけ絵本に触れてきた方も、触れる機会がなかった方も、ぜひ自分自身に、そして大切な人にしかけ絵本を送り、一緒に楽しんでみてはいかがでしょうか。ここ「メッゲンドルファー」は、温かい嵐田さん家族と心惹かれるたくさんのしかけ絵本が皆さんを迎えてくれます。



■ 鎌倉のしかけ絵本専門店 メッゲンドルファー


ホームページ

https://www.meggendorfer.jp/

  

住所

〒248-0014

神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-9-61


営業時間

10:00-18:00


定休日

水曜日


電話番号/FAX

0467-22-0675


メールアドレス

info@meggendorfer.jp



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