福島県の最北に位置する伊達郡国見町は、福島を代表する桃やりんごといった果物の栽培が盛んな町です。また源頼朝率いる鎌倉軍を奥州藤原氏が迎え撃ったといわれる阿津賀志山をはじめとした史跡も多くあり、歴史と自然に恵まれた場所といえます。


緑に囲まれた静かな印象の町でしたが、ここ最近はJR藤田駅前を中心に人が集まる様子が見られ、たびたび話題にあがっています。



国見町のエリアデザインを行う「家守舎桃ノ音」

人が集まる中心にいるのは、国見町のエリアデザインを行っている「株式会社家守舎桃ノ音」代表の上神田健太さんです。


上神田さんは7年ほど都庁の土木関係部署に勤めたのち、パートナーの実家がある国見町に引っ越し、家守舎桃ノ音を設立しました。


会社名に入っている「家守」とは江戸時代に不動産管理業を営んでいた人たちのこと。「桃ノ音」とは福島県では特産品の桃をさくさくと音が鳴りそうなくらい硬い内に食べることから、この地域の豊かさの象徴として社名に入れたそうです。


上神田さんが手がけている代表的な事業は複合施設「Co-Learning Space アカリ」の運営と、現在進行中のエコタウン開発事業です。



国見町の学びの場「Co-Learning Spaceアカリ」

「Co-Learning Space アカリ」(以下アカリ)は、学びの場をテーマとした複合施設です。


「共感できる仲間と空間も価値観もシェアし、1人1人に灯る“想い”を大切にする場所にしてほしい」との思いが込められています。


1階のレストラン「Trattoria da Martino(トラットリア・ダ・マルティーノ)」は、実際にイタリアのシチリア島で修行を積んだシェフによる、シチリア料理専門店です。地元・近郊でとれた新鮮な野菜や魚介類を使った料理をカジュアルな雰囲気の中で楽しめることから、年齢層を問わず多くの地元客で賑わっています。



同じく1階にあるコワーキング機能を持ったラウンジは、アカリの中でも重要な役割をもつ場所です。居心地のいい空間には電源やFree Wi-Fiが完備されていますが、驚くことに無料で使用できるスペースとなっています。


「地域に開放するスペースがないと、地域の人との関わりがなくなってしまう。こういう場所があれば、そこで出会った人たちが新しいアイディアを生み出したり、町に還元してくれる偶発的なものが生まれたりするんじゃないかと。社会貢献といった意義が強いスペースになっています」


仕事で利用する人や、地元の学生、そして2階に開塾した町営塾「放課後塾ハル」に通う子供たちが自主勉強をする姿も。また町外から利用しに来る学生も来ることから、アカリが地域で広く知られていることがわかります。


2階はシェアオフィスで、地域の魅力を高める事業者を中心に貸し出しています。シェアオフィスの利用をきっかけに国見町へ家族で移住した利用者もいたとのことで、アカリが国見町で大きな役割を担っていることが伺えました。


他にも不定期的でワークショップなどのイベントを企画したり、国見町からの委託事業として「エリアデザインラボ」という実践的なまちづくりを学ぶラボをアカリ主催で立ち上げたりと、活動の幅も多岐にわたっています。


エリアデザインラボの様子



国見町をよりよい町に。エコタウン「森のスミカ」

環境に配慮した断熱性能の高いエコハウスだけで構成されたまちのことを「エコタウン」と呼びます。


国見町のエコタウン開発は、現在上神田さんが力を注いでいる大きな事業です。2022年の秋には、エコタウンに1棟目の家が完成しました。優れた断熱性能で、太陽光発電を設置したゼロエネルギーを実現できるエコハウスです。


日本建築における断熱性能には一定の基準が設けられていますが、この基準値の低さが、日本の住宅は断熱性が低いと世界から言われる原因になっていると、上神田さんは語ります。


「生活にかかるエネルギーを全て自然エネルギーで賄うには、日本の基準値より上の性能が必要です。熱が建物の外に逃げないようにすれば電気代もかからないし、エアコン1台あれば平屋一棟の空調が全て賄えます。太陽光発電を乗せ、家の中で使えるものは全部電気にして、自然エネルギーだけで暮らすことができるんです」


隙間なく敷き詰められた断熱材


性能の高さへのこだわりはもちろん、シンプルな外装デザインにも上神田さんの狙いがありました。


「土地は借地にしています。間取りは自由設計が可能ですが、外観のデザインについては色味などを統一するという建築条件付の建物。ある程度敷地全体で統一することで、エリアの価値を下げないということに挑戦しているところです」


エコハウスでは実際にどういう暮らしができるかを体感してもらいたいという考えから、2棟目は自社事業として、1階がカフェ、2階がゲストハウスの施設を建設予定です。


また2023年夏以降の一般分譲に向け、全力を注ぎ取り組みを進めています。



自ら動いて見つけた「街」ができる仕組み

上神田さんは元々岩手県にある普代村という、県内で最も人口が少ない村で幼少期を過ごしました。まちづくりに関わり始めたのは大学生のときでしたが、学びたいと感じたきっかけは、実家が商売替えをしながら自営業を営んでいたことでした。


「個人事業主をやることも、時代に合わせて職種や売るものを変えるというのも、当時は結構普通のことだったと思います。だけど社会人になっていざ地方の街を見てみると、30年くらい前からお店自体も、売っているものも変わっていなくて。(商業の流れが)止まっているなという感じがずっとありました」


地元・岩手県での1枚


街が停滞していることに対してさまざまな思いを持ちながら、大学で建築土木やまちづくりについて学び、街の発展と衰退の仕組みについて研究しました。当時はまちづくりに携わるなら行政と考え、採用面接でまちづくりへの思いを伝えて都庁に入職しましたが、希望の部署には配属されませんでした。


ジレンマを感じていた上神田さんでしたが、ある街との出会いが転機となります。


「最初の配属先が蔵前という街でした。空きテナントや空き家が大量にあったのに、若手の作家やクリエイターが入ってきて再生するという流れを間近で見て、これは街を変える仕組みみたいなものがあるぞと思って。そこから自分で研究を始めました」


蔵前で店を開いた人へインタビューをしたり、大学時代にお世話になった教授と街歩きをしたりと積極的に街の発展について研究を進めると同時に、全国の空き家や空きテナントの事業化を手がけるリノベーションスクールに参加し、建築的な空き家の活用を学びます。


研究する中で、蔵前には廃校になった小学校をアトリエとして貸してる「台東デザイナーズビレッジ」を中心とした人材育成のシステムがあること、そしてカバン屋や靴屋、バックの部品を売っているような店が多くあり、元々ものづくりの文化が根付いていたことが見えてきました。


「元々ものづくりの文脈がある場所に新しい人たちが入ってくることで、街が一気に発展していくことがわかりました。どこか別の地域に行っても、その地域の文脈やその地域資源、どんな人がいるかを分析し、組み合わせれば街ができるというのがわかったので、国見町でそれを実現しているという感じです」



「まちづくり」に潜む誤解を解きたい

上神田さんは自治体や学校で講演を行う際、多くの人が勘違いしている「まちづくりに潜む誤解」に対しての考えを発信しています。


「高校生に『まちづくりとはどういうことだと思うか』とアンケートをとってみたところ、イベントを開催することという意見が9割でした。もちろんイベントも大切ですが、多くの人が勘違いしている部分です」


上神田さんの実家がある岩手県普代村は、2013年に放送されたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」のメインロケ地の1つです。当時、周辺ではドラマに登場したまめぶ汁を出す店や、特産のうにを観光地価格で販売する店が急に増えたそうです。


多くの観光客で賑わいましたが、だんだんと人通りがまばらになり、数年後には元の様子に戻ってしまいました。


地元の人が食べる瓶入りのうに


「たとえばうにをお手頃価格で販売すれば、この地域ではこんなにおいしいうにが安く食べられる、という本来の価値が伝わります。本来の価値や魅力を伝えることをしなかったから、元通りに。なので一過性の大規模集客イベントのようなものは経済的な街の持続にはつながらない、という話をよくしています」


地域の特性を生かした産業や商業を作る必要があると考えた上神田さんは、まずは国見町にアカリを作り、そこから新しい経済の循環を作り事業として拡大しようと試みました。


「レストランでは地域食材を活用し、ラウンジの薪ストーブも桃農家さんから桃の木をもらって熱源にしています。地域に眠っている資源を再利用し、そこから売上を入れて国見町に家賃を払っています。支払った分から、地域の子どもたちの教育事業に再投資をお願いしていて、そこからできたのがエリアデザインラボなんです」


ラウンジの薪ストーブ


「まち自体の魅力を上げていくようなコンテンツを作った方がいいと考えていて。着実に詰め将棋みたいに積み重ねていくと、最終的に大きい成果につながると思うんです」と上神田さんは語ります。



今後はエコタウンの暮らしを広めたい

「国見町のように、市街地から15キロぐらい離れた鉄道沿線にある同じような条件の地域が他にもたくさんあるので、今後はその他の地域とも組んで事業をやっていけると面白いなと思っています」


国見町のエコハウスは断熱性能と耐震性能が高いこと、駅前にあることから家の価値が下がらないというメリットがあります。またこれまでは駅前にもかかわらずその土地のほとんどが駐車場、かつ利用率も30%程度と駐車場としても余っていました。


「月極駐車場として貸していた時の売上と比べて、今度は敷地が半分でも倍以上の売上になるんです。土地の所有者にとっても、エコタウンを作った方がお得になります」


「国見エリアデザイン会議」資料より


また転勤族の人はこれまでアパートを借りるのが当たり前でしたが、エコハウスを購入する選択肢があれば、アパートと一戸建ての間くらいの満足感がある暮らし方が可能になります。


「この仕組みが全国にあって、転勤する先にエコタウンがまたあったとして。どこに住んでいても同じような暮らし方をできる人が増えると、世の中がちょっとだけ変わるんじゃないかって思うんです」


木の温もりが感じられる、エコハウスの内装


「断熱性能や耐震性能を上げ、改修しながらであれば、日本の住宅でも50年や60年は持ちます。家の文化のようなものを一度作り変えたいと思っていて、そうしないと何も変わらないなと。国見町のエコタウンがうまくいけば、今後他の人にも勧められるなと思っています」


今回のインタビューを通じ、国見町におけるエリアデザインの展開によって、今後はまちづくりへの考え方や家の在り方が大きく変わる可能性があると感じました。


今後SNSでプロジェクトについて発信をしながら事業を進めていくとのことなので、これからも家守舎桃ノ音の動きから目が離せません。




■ 株式会社家守舎桃ノ音(Co-Learning Space アカリ)


公式HP

yamorisyamomonone.com


住所

〒969-1771

福島県伊達郡国見町山崎舘東14−8 アカリ1F


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上神田さんのTwitter

@kamikamida0621