今では多くの人に認知されるようになったブルーライトカットレンズは、目を守る道具としてパソコンやスマートフォンを使用する際には欠かせないものになりつつあります。


「ブルーライトカットレンズは自分のために考えました」


そう語るのは、70年の歴史を持つ株式会社乾レンズの常務として長年レンズ製造に携わってきた諸井晴彦さん。2023年4月29日には、諸井さんの想いが詰まった“目を守る”をテーマにした複合施設「Lens Park」をオープンさせました。


今回は諸井さんに、ブルーライトカットレンズの開発秘話やLens Parkを通じた地域の産業を盛り上げるための活動などについて詳しく伺いました。



タクシーやバスの運転手、トラックドライバーにもサングラスを 


Lens Parkの外観(写真右奥の建物が乾レンズの工場)


パソコンやスマートフォンから出るとされるブルーライトは目に良くないイメージがありますが、実際はどのようなものなのでしょうか。


「じつは、ブルーライトは太陽光にも含まれているものです。ですから、ブルーライトが目に悪いわけではありません。夜寝る前にパソコンやスマートフォンの光を目に浴びせることで、脳が昼間と勘違いしてしまうことが良くないだけです」


日本の神様といえば天照大御神であり、太陽そのものだと諸井さんは続けます。


「昔から、お天道様に顔向けできないことはするなと教えられてきました。そういった意味でも、太陽の光、ブルーライトも人にとっては必要なものです」


諸井さんがブルーライトカットレンズを考案したのは、乾レンズの商品ではなく、自分のために作ったといいます。



39歳のときに患った脳腫瘍をきっかけに


ブルーライトカットレンズを考案した経緯を語る諸井さん


「39歳のときに脳腫瘍を患いました。一時は半身不随か植物状態か……と家族は覚悟したようですが、57歳になった今も何とか生き延びています。手術は成功したのですが、後遺症で左目が光に過敏になってしまって、裸眼での生活が難しくなりました」


当時、乾レンズの営業部長だった諸井さんは、イメージが悪くなるために色の付いたサングラスの使用ができなかったといいます。そこで考案したのが、透明でも減光できるレンズでした。


じつは、タクシーやトラックドライバー、バスの運転手はお客様対応を共通として営業職と同様の理由により、仕事中にサングラスの利用ができません。仕事の性質上、必要であることは明白であり、透明のサングラスに多くの需要があることが考えられました。


しかし、当時発表した商品は、透明のレンズのためにサングラスとしての認識をしてもらえなかったといいます。今は有名ですが、商品発売当初はブルーライトではなく、青色光線と呼ばれていたそうです。


「青色光線なんて話をしても何のことかわかりませんよね?実際、減光できるレンズであることを知らずに販売している眼鏡屋さんが多くて落胆しました。紫外線の知識すらないのです」


開発当初は全く売れなかったといいます。有名になったきっかけは、健康食品等を扱う株式会社ファンケルが「ブルーライトカット眼鏡」として取り扱いを始めたことでした。


諸井さんは、レンズの良さを自分の言葉で伝えることの必要性を感じ、目を患った自分こそが伝える役目だと気がついたといいます。



自分の言葉で伝えるためLens Parkを建設


館内2階からの眺め


諸井さんは大阪の大学を卒業後、地元の静岡県で自動車メーカーに就職します。就職後は自動車販売の激戦地区である大阪に出向し、営業職に就きました。


「他の人よりも多く売るには、ユーザーが何を求めているかを知らなければなりません。常に勉強し、年間360台の自動車を販売していました」


自分の言葉を使って商品の価値を伝えることで、お客様がその人から買う理由ができるといいます。そのためには常に知識を蓄え、顧客が商品を使用することでどのような未来が得られるのかを考えることが重要です。


しかし、乾レンズで製造している製品は半完成品のOEM製品(Original Equipment Manufacturer / メーカーが自社ではないブランドの製品を製造すること)であり、直接エンドユーザーに説明することができないばかりか、ユーザーの声が部品メーカーに届くこともありません。


そこで、ユーザーにレンズの必要性を伝える場所として「Lens Park」の建設を決意します。また、眼鏡業界や製造業界のイメージをポジティブに変えたいとの想いもありました。


「眼鏡屋さんに行くときは、眼鏡が壊れたときや眼鏡の度が合わなくなったときなので、どうしてもネガティブなイメージです。また、製造業についてもあまりポジティブなイメージを持たれないことが多いので、楽しい空間を創りたいと考えました」


Lens Parkは「またあそこの眼鏡屋さんに行きたい」と思えるような、多くの工夫がされています。



「また行きたい」と思ってもらえる眼鏡屋さん


豊富なLens Parkのカフェメニュー(画像出典:Facebook)


Lens Parkには、乾レンズの製品が購入できるショップがある他、こだわりのコーヒーやSNSで注目されたカフェメニューを楽しめるカフェがあります。


また、ワークショップに参加したり、隣接する工場で製造工程を見学したりすることも可能です。


「お母さんが家族の決定権を握っているご家庭が多いため、女性やお子さんに喜ばれるように工夫をしています」と諸井さん。Lens Parkは家族単位でのマイクロツーリズムを想定して作られました。


多くの来訪者はインスタグラムに投稿された写真を見てLens Parkを知るそうです。写真映えする空間演出もさることながら、館内の利用方法にも工夫がされています。


複合施設の良さを活かし、大人がディスプレイされている商品を選んでいるときには、お子さんはソフトクリームを食べたり、ワークショップで自分だけの眼鏡を作ったりできます。


ワークショップで世界に一つだけの眼鏡を制作(画像出典:Facebook)


「お父さん、お母さんがおしゃれな眼鏡を選んでいたら、お子さんも『私も欲しい』と言うかもしれません。そんなとき、ワークショップで自分だけの眼鏡が作れるって楽しいじゃないですか」


自分だけの眼鏡づくりでは、紙の眼鏡フレームに色を塗ってデザインもでき、その他のワークショップではレンズをデコレーションしてペンダントも作れます。


また、館内二階にはお子さんが寝転がったり、おもちゃで遊んだりできるスペースや、何かのトラブルが起こったときのためにシャワールームも設置されていました。お子さんが遊んでいる間に、大人は商品をじっくり吟味して選べる工夫が盛り込まれていました。



実際に選んだレンズで風景を見てもらう


整然と並べられた色とりどりのレンズ


机の上からレンズが生えているかのように整然と並べられた約300種類のレンズは、レンズ選びの際に持ちやすいようにチタン素材の柄が取り付けられています。ひとつひとつを見ると、まるで漫画に出てくるペロペロキャンディーのようです。


ペロペロキャンディー風のレンズを持ちながら、諸井さんはお客さんを外へ案内します。実際にレンズを選ぶ際には、駐車場や2階のテラスから外に出て、遠くの山や建物を見比べ、レンズによる見え方の違いを確かめます。


「眼鏡のデザイナーは見た目しか考えていないので、実際にお客さんが使用した際の見え方については重視していません。しかし、目の色や見え方は人それぞれ違います。ですから、Lens Parkではお客さんが選んだレンズでどのように見えるのかを、実際に外の風景を見て確かめてもらいます」


館内の鏡へのこだわりを語る諸井さん


ペロペロキャンディー風に加工されたレンズは最適なレンズを選ぶだけではなく、フレーム素材であるチタンの軽さについても知ってもらえるといいます。


また、館内に置かれた反射率97%の鏡や「越前箪笥」の棚、越前漆器の椅子、カフェ用のコーヒーメーカーなどについても細部に渡るこだわりが感じられるものばかりでした。「高いレンズを扱っているため、館内の備品にもホンモノへのこだわりがある」と諸井さんは語ります。



見た目ではわからないレンズの違いも確認

館内ではサングラスの役割やレンズの違いについて、スタッフから詳しく教えてもらえます。特に紫外線による目や皮膚への影響、商品によってサングラスの価格が大きく異なる理由など、冗談を交えたわかりやすい説明で、正しいレンズの知識を伝える工夫が随所に感じられました。


2階に設置されたプリズム度計測機


ときには測定器(サングラスのプリズム度計測機)を使用して、裸眼時とレンズ装着時の見え方の違いを実演します。


「人間の目はあまりにも賢くて、勝手に映像の修正をしてしまいます。裸眼と比較して、サングラスをかけたときの修正が軽微であればあるほど、目に楽な見え方のサングラスといえます。こんな測定器のある眼鏡屋さんなんて、他にありません」


諸井さんは笑いながら言いますが、大事なことだからこそ知ってほしいとの熱い想いが伝わってきました。じつは、諸井さんの想いが詰まったLens Parkは、次の世代のためでもあると語ります。



次の世代へつなぎたい

1階のショップにディスプレイされている眼鏡フレーム


39歳で生死の境をさまよった諸井さんは、今生きているのは何らかの意味があることだと感じ取り、次の世代にできることは何か、と考えるようになりました。


「鯖江は眼鏡の産地ですが、年々技術者が減っています。そんな中、昨今のインボイス制度によって、年配の技術者たちはさらに離れてしまいました。メーカーは多くの作業を内製化せずに外注化しているので、このままでは今までと同じような方法で生産ができなくなってきます」


現状を嘆く諸井さんは、鯖江で作っているホンモノが日の目を浴びない状態だと続けます。次の世代でもホンモノが日の目を浴びるために、本気でぶつかり合える仲間や弱音を吐ける仲間を育てたいとの想いもあり、Lens Park建設に取り組んだとのこと。



コワーキングスペース・ポップアップショップとしての場所も開放


ポップアップショップに利用できるスペース(写真左・奥)とコワーキングスペース(写真右・手前)


Lens Parkにはいくつもの席が設けられています。基本的にはマイクロツーリズムを考慮した造りになっていますが、中にはコワーキングスペースとして利用できる席もありました。コワーキングスペースの隣には、椅子のないスペースがあります。


「ここはポップアップとして利用できるスペースにしてあります。百貨店のポップアップは商品が売れても次につなげることが難しいのが現状です。その点、この場所は申請すればコワーキングスペースを利用しながら気軽に商品を置いて販売できるため、将来的なビジネスにもつながります」


自分が作った商品がどのくらいの金額で、どのように販売されているかに興味を持つことは自然なことでしょう。しかし、メーカーが一番強い力を持つ「自動車業界」から、販売会社に主導権がある「北陸の下請け工場(眼鏡業界)」に転職した諸井さんは、鯖江の人たちは自分で作った商品の値段を付けられないと指摘します。


「鯖江のメーカーは下請け工場としての意味合いが強すぎるため、販売することの大事さを軽視する傾向があります。これは私が転職して最初に思ったことです」


諸井さんは自分の経験をもとに、次の世代の人たちが自分で作ったものを自分で販売できるスペースを設けたそうです。百貨店のポップアップとは異なり、場所の利用料ではなく商品売り上げの20%を支払うシステムを取り入れています。コワーキングスペース・ポップアップスペースともに、若い人たちに利用してほしいとの想いを込めて作ったとのこと。



もっと地元の自慢を


館内を案内する諸井さん


静岡県出身の諸井さんは、縁あって福井県に移住しました。福井県での生活は毎日が楽しいと感じているそうです。


「新幹線が開通することで、福井県に少しでも興味を持ってもらえたら嬉しいと思っています。福井県は最後に残されたスーパー僻地です。蛍が自生してるってすごくないですか?冬には雪が降って、除雪作業ができるんですよ。楽しくないですか?」


福井県の人たちに対する不満があるとすれば、地元の自慢をしない点だけだと漏らします。「日本人であること、福井県民であることを誇りに思いながら、息子たちの次の世代のために、いつまでも楽しそうに仕事ができれば良いと思っています」と語ってくれました。


工場見学の様子(画像出典:Facebook)


Lens Parkでは、わざわざ鯖江に足を運んでくれるお客さんの期待を裏切らないようにとの想いで、工場見学ツアーにも取り組んでいます。


工場見学の事前予約をすれば、諸井さんの熱い講義が聞けるかもしれません。おすすめは製造現場の様子も見られる工場の稼働日です。





■ Lens Park


ホームページ

lens-park.com


住所

〒916-0019

福井県鯖江市福井県鯖江市丸山町1-3-31


Instagram

@lenspark_sabae




■ 株式会社乾レンズ


ホームページ

inuilens.com


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