「小学校」と言えば、居住地域の学校に通う、国語や算数の教科学習をする、北から南までどの地域でも同じような教育が受けられる、などが一般的なイメージとして浸透しています。


令和3年の文部科学省の調査によると、日本の小学生のうち公立の小学校に通う割合は、約98.1%にのぼるそうです。


公立や私立の学校などに対し、公教育とは異なる理念や方針で運営されている認可外の学校をまとめて、オルタナティブスクールと呼びます。フリースクールやインターナショナルスクールという言葉を聞く機会は増えましたが、公教育に比べた存在感はまだまだ薄いという印象です。


「ちいさな学校 ヒトツナガリ」は、2023年に福井市に開校した小さなオルタナティブスクールです。


子どもや保護者と向き合ってきた創始者の岡田さんから、地方でのニーズや、スクールで得られる「学び」についてお話しいただきます。



「ないなら自分で作ろう」とオルタナティブスクールの開校を決意


教室内には子どもたちが作った工作が飾られていました


― 福井市で「ちいさな学校 ヒトツナガリ」を運営している岡田さんにお話を伺います。


県内では、めずらしいオルタナティブスクールを開校されたそうですが、ヒトツナガリはどんなスクールですか?


2023年の4月に開校し、週に4日活動しています。小学1年生から6年生が対象で、現在の生徒数は5名です。自宅の一角に設けた教室を拠点に、アトリエ、畑、森、海など、さまざまな場所で開催しています。


わたし自身は、2019年から自宅横のアトリエでお絵描き教室をしていて、今はその教室と並行してスクールを運営しています。


― 4年以上、お絵描き教室を続けているのですね。


お絵描き教室では「土えのぐ」と呼ばれる自然由来の絵の具を使用しているそうです


もともと絵描きとして、絵を描くことを生業にしてきました。アトリエは自分の制作部屋だったんですね。子どもが生まれて、生活に変化がでて、子どもたちにも絵を描いてもらいたいなと思って教室を始めました。


― そこからなぜオルタナティブスクールを始めようと思ったのでしょう?


娘の小学校進学を迎えたときに、「地域の小学校で学ぶのが我が子にとって最善の選択なのか?」と考えるようになったのが大きなきっかけです。コロナ禍の学校の様子を見聞きしたり、娘自体が大人数のクラスが苦手だったりしたこともあり、校区内の小学校に行く以外の選択があってもいいなと感じていました。


都心部ではさまざまな形態の学校があって、選択肢もいくつかあるかもしれませんが、福井市では公立の学校に行くのが一般的です。わたし自身も公教育を受けてきましたし、それ以外の選択肢はほとんどなし、という状況。


どうしようどうしよう、と悩んでいたときに「ないなら、自分でやればいい」と思い立ち、開校を決意しました。


娘に「近くの学校にする?お母さんの学校にする?」と聞いたところ、「お母さんの学校にする」と返ってきたので、スクールには娘も通っています。


― ないなら自分で始めれば良い、という岡田さんの決意に、子どもの学びに対する想いの強さを感じます。自身の仕事にも、子どもの教育にも関わる大きな決断ですよね。



暮らしと遊びと学びをヒトツナガリにする場の提供 


取材日は小学生2名が参加。手慣れた手つきで野菜を収穫していました


― ヒトツナガリの活動の様子をお聞かせください。屋内ではどんなことをするのですか?


アトリエで絵を描いたり、料理をしたり、イベントに向けて話し合ったりすることが多いです。今はお祭りの準備をしています。


― 勉強や教科学習を意識したカリキュラムもあるのでしょうか?公立の学校の代わりに行く場所となるとどうしても勉強のことが気になってしまいます。


そういう親御さんは多いですね。ただ、読み書き計算のようなことは、本人が「したい」という申し出があった場合は教えますが、そうでないときには教えません。


たとえば、お祭りを開催するために必要な物品を買い物に行くとします。みんなで話し合って、必要なものを書き出して、どこで・なにを・いくつ買うみたいなことを決めていくわけですね。「7個買うんだね。100円ショップで買うならいくら必要なのかな」と問いかけると、子どもたちは黙々と鉛筆を走らせます。


そんなことを繰り返していると、日常のやり取りの中で、学びの機会はたくさんあることに気が付きます。必要があれば手を貸しますが、ワークを開いて計算問題を解くというような時間は設けていませんね。 


焚火が始まりました。枝や葉を組んでマッチで火をつけます


― 日常の生活の中に、学びの要素がたくさんあるのですね。


子どもは、大人の助けや教えが必要なときをわかっているし、必要になったときに「教えて」「手伝って」と発信できると考えています。子どもには自分で育つ力が備わっていると言われるのはそういうことだろうなと。運営側で教材を用意して教える、ということはしていません。


教科の視点で見ると、屋外では理科の要素が多く、屋内では計算や読むことが多くなるイメージですが、意識して分けることはないです。生活の中で、自分が生きている範囲の事象から学ぶ。学ぶというか、子どもたちにとっては遊んでいる感覚なのかもしれませんね。


ヒトツナガリの名前には、暮らしと遊びと学びがひとつながりとなって、子どもたちが育っていく場所にしたい、という思いを込めています。


― 暮らし、遊び、学びに境界線がないことがよくわかりました。屋外ではどんな活動をするのでしょうか?


毎回朝の会で、「やること」を1つ、「できること」を3つくらい提示して、子どもたちになにをするか選んでもらいます。活動メニューは畑に関する作業、散歩、焚火、工作、料理、生き物の観察や採取などいろいろですね。


実際になにをするかは子どもたちの自由で、やりたいことをそれぞれがする、という感じで進めています。先日は、夏野菜を収穫して、焚火をして、せっかくなら採った野菜を焼こうということになって、ナスビを切って焼きました。


朝の会で使用されていたボード。「できること」の中から子どもたちがその日の活動を選ぶそうです


― キャンプみたいで楽しそうです。火を使ったり、調理をしたりも子どもたちでしますか?


大人は安全かどうかを見守って、必要以上に口や手は出さないですね。その日は小学3年生の男の子がほとんど一人で進めていました。必要な場面で、必要な道具を使って、手際よく火をつけていて見事でしたよ。


AIが発達して、仕事がどんどん減っていくと言われていますよね。そういったなかで、自分で問題を解決することを経験している子は状況の変化に強いんじゃないかなと思います。試行錯誤する術を身につけているし、なにが必要かを自分で判断をすることができます。


自然の中での活動は、そういった原体験を培う場になると思いますね。


― イベントとして自然体験を提供するサービスは多いですが、暮らしという文脈で経験を重ねることで、学びが深まりそうですね。危ないから、と大人がつい手を出してしまいそうな作業を見守るスタンスも大切ですよね。 



共働き率が高い福井で感じたニーズの低さ 


畑で収穫された野菜。後日、この野菜で夏野菜カレーを作ったそうです


― 岡田さん自身は公教育を受けてきたとのことでしたが、ヒトツナガリを運営するときに迷いや不安はありませんでしたか?


アトリエという場があったので、スタート時のハードルは低かったです。まずはできることから始めて、スクールに来る子どもたちを見ながら中身を整えていけば良いと考えていました。


人にも恵まれていました。お絵かき教室をやったり、福井県内の「森のようちえん」に関わったり、スクールのプレ活動を進めたりしているなかで想いに共感してくれる人に出会いました。スタッフとして手伝ってくれる保護者、畑や屋外のスペースを活動場所として提供してくれる人など、そんな方たちとみんなで作ってきました。


ただ、自分が思っているよりも、福井でこういった場所のニーズが低いことは、スクールを開いて初めて気が付きましたね。


― 福井でのニーズの低さ、ですか。詳しく教えてください。


想像にはなりますが、オルタナティブスクールのニーズの低さは福井に共働きの家庭が多いことと関係しているんじゃないかなと思います。働いているお母さんが多いので、保育園・幼稚園・小学校・学童などの機関では、毎日朝から夕方まで預けられることが重要な指標になってくるんだろうな、と。


スクールに興味を持ってくれる方はいるのですが、実際に通うとなると、送り迎えや仕事との兼ね合いがネックになるようですね。


― たしかに福井は共働きの家族が多いですよね。「預けられない=働けない」という感覚はよくわかります。


ほかの家族の価値観や周囲の目がハードルになって、「いい場所だと思うけど、実際には通えない」という答えに至るケースも多いと感じます。周りの子どもと同じように、地域の小学校に行くのが一般的で、旦那さんも祖父母もその価値観を持っているとなると、母親の想いだけで通わせるのが難しい。


気になって話を聞きに来てくれる人のほとんどは「子どもが学校に行けなくなったときに考えますね」と帰っていきますね。


選択的不登校という言葉もありますが、その価値観を持ってヒトツナガリを選ぶ人は、今はほぼいらっしゃらないです。習い事や塾と同じで、まずは小学校があって、その次の選択肢にしかならないのが現状です。


スタッフと石に絵を描いていました


― 働き方の選択肢が増えていると感じていましたが、子どもの教育や暮らしにも多様性が見られるようになるのは、「まだこれから」なのかもしれませんね。


そうですね。だれもかれもが、多様な教育の場を求めているわけではないと思いますが、「とりあえず家の近くの小学校だよね」という選択肢しかないことで、気持ちが苦しくなってしまう子もいるかもしれないですよね。


オルタナティブスクールの存在が広まって、選ぶ人が増えて、選択肢として当たり前になってくれば、より学びや生き方に多様性を持たせられると思います。 



「なぜ勉強するの?」の答えは自分の中にある


小学3年生の男の子が手際よくナスビを切って、焼いていました


― 教育の多様性、働き方の多様性、暮らしと学びの境界、いくつものテーマが見えてきましたね。ヒトツナガリとして、今後はどんな未来を作っていきたいと考えますか?


「大人になったらなにがしたい?」「なんで勉強するの?」という問いの答えを、自分の中から導き出せる子どもを増やせればいいなと思っています。


小学校の時期、とくに低学年は、遊びの中からいろんなことを発見して、友達がやっていることを見て真似してみたり、気になることを探求したりする機会をたくさん作るべきではないかなと。教科の学習も大切ですが、まずは知識を乗せていくための土台を作りたい。


遊びの中で、夢中で発見したことは興味の種になり、成長するにつれて枝葉が伸びていきます。その実体験の中から「こんな仕事がしたい」という気持ちを見つけられれば、壁に当たっても折れずに進んでいけると思うんですよね。


どうやって火をつけるか話し合っている様子。紙を丸めて火種にするよう


― 次は算数、次は国語、というようにカリキュラムがあると、「なんのために勉強する?」と考えることなく学習が進みますよね。効率的で良いとは思いますが、進路を決める時期に、いざその問いと向き合ったとき、考えた経験がないのは結構しんどいかもしれない。


対照的に、自分の中に興味の種があって、いろいろな経験を重ねてきていれば「なぜ勉強するのか」「なにがしたいか」の答えは手持ちのカードから見つけられますよね。


もちろん、カリキュラムがしっかり組まれていることが合っている子もいるし、学びへのアプローチ方法の一つとして、優れているとも思います。


ただ「それだけではないよ」「ほかにも選択肢があるよ」という価値観を当たり前にするために、活動を続けて、いろんな人に知ってもらいたいです。


― 暮らしと遊びと学び、暮らしと仕事をつなげることは、この先の社会で心地よく生きていくためのキーになりそうですね。



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わたし自身も地域の学校に進学して、カリキュラムに沿って学習することが当たり前だと思っていました。しかし、今回の取材を通して、従来の道を選ばなくても、学びの場が開かれていることがわかりました。


大人として、親として、自分が持っていた価値観をいい意味で揺さぶってもらえたと感じます。これからの広がりを楽しみにしています。