「健康な大人を一人でも多く増やしたいと思っています」
そう語るのは、福井県越前市のGreen’s Boxing Studio(以下、GBS)とGBP.lab(Green’s Body Performance laboratory 以下、GBP)代表の垣本和行さん。本業は整体師であり、本業の合間に数名のスタッフと共にGBSとGBPを運営しています。
GBSは「楽しく・熱く・安全に」を掲げるボクシングジムです。ボクシングジムとは別に、ワークパフォーマンスを向上させる体の使い方やコンディショニングを指導するチームがGBP。GBPはGBSの事務所を拠点として、ボクシングだけでなく様々なスポーツを通じてフレキシブルに活動しています。
今回は代表の垣本さんに、設立のきっかけやコロナ禍を乗り越えた取り組み、今後の展望などについて詳しく伺いました。
ボクシングジム設立のきっかけ
GBSの仲間たちと(前列左が垣本さん)(写真提供:垣本さん)
垣本さんは福井県越前市の出身ですが、高校卒業後は就職のために上京しました。身体を動かすこと自体は嫌いではなかったが、これまでは部活動や特定のスポーツに熱中することはなかったといいます。
それでは、どのようなきっかけでボクシングを始め、地元でボクシングジムを設立することになったのでしょうか。
辰吉選手を見て笹崎ボクシングジムに入門
垣本さんがボクシングを始めたきっかけは、1990年にたった4戦目にして日本バンタム級王者となった、辰吉丈一郎選手だといいます。 辰吉選手に感化された垣本さんは、職場と自宅の沿線上にあった笹崎ボクシングジムに入門。笹崎ボクシングジムは、斎藤清作(たこ八郎)選手やファイティング原田選手などの有名選手を輩出した名門です。
「会社と自宅の往復で何もやることがなかったので、せっかくだから何かやろうかなって軽い気持ちで入会しました。そうしたら、ボクシングにはまってしまって……」
学生時代は頑張ることが苦手でしたが、ボクシングを通じて忍耐強くなったといいます。何気なく始めたボクシングにますますのめり込み、入門から3年後の1993年にプロボクサーとしてデビューしました。
「プロボクサーだったといえるような戦績ではありません。ですから、プロボクサーというよりはボクシング経験者くらいです」
垣本さんは謙遜して語ります。デビューしてから4試合をこなし、次はいよいよ新人王決定戦に参戦する予定でした。しかし、新人王決定戦までの半年間は試合がないと聞き、ちょうどその時期に出会ったスノーボードにも取り組み始めます。
その後、垣本さんはスノーボードに魅せられてジムを退会。心機一転、プロスノーボーダーを目指し、全国各地や海外で活躍します。最終的に、福井県内のスノーボードショップ、某スノーボードメーカーの2社とスポンサー契約を結べたことで、地元の越前市に拠点を置いて活動を開始しました。
怪我をきっかけにして整体師の道へ
スポンサー契約後もスノーボードに打ち込む日々となりますが、残念ながら順調ではなかったといいます。怪我が多く、大会に出られないことが続き、プロへの道を諦めざるを得なくなりました。
「30歳になる頃だったので、今さらプロスノーボーダーにはなれません。怪我も多かったので、どうせだったら身体に携わる仕事に就こうと思って始めたのが整体でした」
垣本さんは2004年に整体師の資格を取得し、2年間の修行期間を経て2006年に「みどり整体院」を開業。
しかし、整体師として施術を続ける内、整体そのものに限界を感じます。突き詰めていったところ、体の不調を改善するには運動習慣が重要だと気がつきました。多くの患者さんは運動習慣がないどころか、体を動かす場所すらなかったといいます。
「私はボクシング以外の運動ができないので、オフトレ(スノーボードのオフシーズンにおこなうトレーニング)でボクシングをコツコツ続けていました。そこで、『どうせだったら、ボクシングの動きを使って体のバランスを整えるような運動を指導しよう』と思って始めたのが、ボクシング教室です」
2015年、越前市内で知り合いが保有する倉庫と倉庫内に設置されていた3m四方のリングを借りて、前身団体である「Green’s Boxing Club」を立ち上げます。ほぼボランティアとしての活動でしたが、会員数も増えて順風満帆でした。
しかし、新型コロナウィルスが蔓延し、不測の事態が起こります。
突然の閉鎖からボクシングジムの開業へ
2階が現在のGreen’s Boxing Studio(1階は会員が経営するパン屋)
2021年12月、新型コロナウィルスの感染拡大により、Green’s Boxing Clubの閉鎖を余儀なくされました。倉庫とリングを保有している会社の業績が悪化し、2022年いっぱいで倉庫を売却することになったそうです。
しかし、垣本さんは年度末までは倉庫が使用できると思い、呑気に構えていたといいます。
「1月から倉庫が使用できないと知ったのは大晦日でした。会員に年末の挨拶と1月の予定を連絡した直後です。急に練習ができなくなってしまって、慌てて使用できる施設を探しました」
幸いにも基礎的な練習ができる施設は見つかりましたが、部屋が縦に長く、どこまでも逃げられるため、ボクシング本来の練習には適さなかったそうです。
また、リングやサンドバッグ、鏡などのボクシングに必要な設備の用意もありませんでした。 以前使用していたリングは倉庫の持ち主に借りていて、専門家から狭さについて指摘されていたり、サンドバッグもかなり年季がはいっていたりして、新しい場所で使用するには少しはばかられました。
よりボクシングのトレーニングに適した施設はないかと物件を探し続けていたとき、ある会員から「今度、パン屋を開業する予定なんだけど、テナントの2階が空いていて、誰も借り手がいないらしいよ。立地も良いし、一度見に行ってみない?」と誘われます。
新ジム「Green’s Boxing Studio」の開業
スタジオの窓から見える風景(向かいが運動公園のエントランス広場)
立地は体育館やテニス場、プールなどがある運動公園(武生中央公園)のエントランス広場前です。
「運動公園なので立地も良くて、窓から見える景色も気に入りました。駐車場も広くて、停め放題。近くにはフィットネスジムやカフェも多く、環境も最高です。こんなに良い条件はないと思って、二つ返事で決めました」
越前市の中心的な地域であり、元々は消防署の倉庫だったとのこと。ただし、ボクシングジムとして利用するには大掛かりな改装工事が必要でした。
クラウドファンディングを利用してリングを設置
ボクシングリングで練習に励む会員の子供たち
建物の改装には物資の入りにくい状況や物価上昇の影響も大きく、当初の見積りの2倍以上の費用がかかったとのこと。課題となったのは、約120万円のリング設置費用や練習用の備品購入です。
考えた末に導き出した答えは、クラウドファンディングを利用して資金を集める方法でした。 クラウドファンディングの第一目標金額は、リングの設置費用として90万円。さらに、第二目標にはサンドバッグや床材などの練習環境を整備する費用として、60万円をプラスした150万円を設定しました。
蓋を開けてみれば個人だけでなく企業からの寄付も多く、最終的に約221万円の資金が集まったというから驚きです。
「ところが、1階のパン屋さんの改装工事が終わらないと2階の工事に取り掛かれないということで、どんどん遅れていきました。本当は10月の初旬にオープン予定だったのですが、工事も遅れ、さらにリングの輸送も遅れてしまって……」
リングの設置を終え、新ジム「Green’s Boxing Studio」が開業できたのは、2023年1月でした。
今まではほとんどボランティアとしての活動でしたが、開業後には事業として取り組むことを検討し、事業再構築補助金の申請もして無事に通ります。ようやく開始のゴングが鳴り響きました。
気軽に楽しめて体の使い方も理解できるボクシングジム
楽しげな女性の練習風景(写真提供:垣本さん)
ボクシングは格闘技であり、子供や女性には敬遠されがちなイメージです。しかし、実際とイメージは大きく異なります。
「もちろん、本気でボクシングに取り組むこともできますが、どちらかといえばエクササイズ寄りのボクシングジムですね」
GBSでは会員一人ひとりの目的に応じた指導、楽しみ方ができます。具体的にはどのような取り組みをしているのでしょうか。
女性クラスや子供だけの時間を設けている
壁に貼られたトレーニングメニュー
近年、格闘技をモチーフにしたリズムトレーニングが流行ったこともあり、ボクシングジムの入会に対するハードルは下がっています。
「やはり入会前には『エクササイズですか?本気のボクシングですか?』と聞かれることがあります。うちではボクササイズのようにリズムに合わせて運動するようなことはしませんが、楽しみながらトレーニングができます」
現在、GBSの会員数は約60名。内、女性が13名、子供が10名ほど在籍しているそうです。
「特に決めているわけではなかったのですが、子供は火曜日と金曜日の20時までに練習するような流れになってきました。女性クラスは水曜日に設けていて、毎回8名程度が参加しています。その他は個人で自由に来て練習するという感じです」
水曜日の女性クラスは18時〜19時半、20時〜21時半の2部に分けての入れ替え制。通常はトレーニングメニューに沿った個人練習ですが、女性クラスだけは準備体操から全体で一緒に練習しています。
ただし場所が狭く、練習できる人数は10名程度が限度。現在の女性クラスに参加している8名程度がちょうど良いそうです。
ボクシングは怪我が多いイメージですが、会員が増え、場所が狭くなると安全面でも不安があります。GBSでは安全面についてどのように考えているのでしょうか。
ボクシングの練習中にケガをする人はほとんどいない
女性でも安心して参加できる(写真提供:垣本さん)
垣本さんは、ボクシングの練習方法自体も時代による変化があるといいます。
「うちみたいなボクシングジムだと、怪我をすることはほとんどありません。自分で足をグニャってやって怪我をすることはあるかもしれませんが……」
ボクシングの練習イメージは、テレビで見るようなスパーリングではないでしょうか。しかし、実際は本気でスパーリングを行なえば、怪我をする可能性が高くなります。
「うちは拳を握らない練習方法を取り入れています。本気で打ち合わないわけではありませんが、ボクシング自体も昔と違ってきているので安全です」
GBSでは安全に配慮した指導をしているため、誰もがエクササイズ感覚で楽しめます。しかし、全会員がエクササイズ的な要素を求めているわけではありません。
プロを目指したい子供には新たな道を
「うちは基本的に大人から始めてプロを目指せるとは謳っていません。もちろん、お子さんの中には取り組んでいる内にスイッチが入り、プロを目指したいという子もいます」
福井県内には現在、いくつかのボクシングジムがあり、定期的に合同練習や試合なども行っているとのこと。他団体の子供たちとの試合や練習を重ねるうちに、もっと強くなりたいと考えるお子さんが現れても不思議ではありません。
したがって、よりレベルの高いトレーニングを求める会員には、プロを目指せるボクシングジムを紹介するそうです。垣本さんはプロ・アマ問わず様々なつながりがあり、会員一人ひとりの希望に沿った指導ができるといいます。
また、GBSではボクシングの強さや楽しさを追及するだけではありません。最も重要な指導は、体の使い方についてでした。
ボクシングを通じて正しい体の使い方を指導する
体と脳の関係について説明する垣本さん
ボクシングのトレーニングには、整体師の知識を生かし、体の使い方や動かし方の指導も取り入れているとのこと。垣本さんは、勉強した動作改善を取り入れてから、自身の体の痛みが減ったといいます。
「自分の中で軸になっているのが、体軸理論と脳神経学を中心とした身体操作の動作改善です。体の動きは全て脳がコントロールしています。体軸理論に脳神経学を取り入れるようになってから、整体の考え方にも変化がありました」
また、GBSで指導をしているマネージャーの田中さんと共に、スポーツトレーナーチームGBPでも体の使い方を指導しています。田中さんは陸上の専門分野でも指導をしている、日本陸上競技連盟公認ジュニアコーチです。
GBPで学んだことは、ボクシングだけではなく、他のスポーツにも生かすことができます。
2022年、2023の全日本陸上選手権大会においては福井県チームの100メートルハードルのケアトレーナーとして、垣本さんが大阪のスタジアムに帯同しました。また、2021年、2022年には福井高校バレー部のケアトレーナーとして、垣本さんがインターハイに帯同しています。
GBPにおける動作改善指導の様子(写真提供:垣本さん)
2023年6月30日に、YouTuberの「かず兄【走りのお兄さん】」こと村田さんとコラボ配信を行ないました。
村田さんは田中さんが所属していた陸上チームのキャプテンで、田中さんが村田さんのYouTubeの専属カメラマンをしている関係もあり、今回のYouTubeコラボ配信も実現したそうです。
今後の活動
今後の主な活動として、地域の子供たちへの運動の手助けと30歳以上の方に向けた運動機会の提供とのこと。前者はGBP、後者はGBSとしての活動です。
GBPを通じて地域の子供たちに運動の手助け
地域の子供たちに足が速くなるコツを教えるGBPの取り組み(写真提供:垣本さん)
GBPでは現在、地域の小学生向けに「足が速くなるコツ」を指導しています。越前市内の公民館での活動として、第1回目を無事に終了したとのこと。
「少しでも子供たちの運動の手助けができればと思って始めた取り組みです。思った以上に評判が良く、手応えも感じられたので、引き続き取り組んでいきたいと思っています」
今後は越前市内のいくつかの小学校で、同様の指導を行なう予定だそうです。
生涯現役の人を多くしたい
GBS会員の練習風景(写真提供:垣本さん)
GBSの前進であるGreen’s Boxing Clubは、30歳以上で体を動かす場所がない人のためのボクシングジムとして設立されました。垣本さんは、今まで体を動かせていなかった人でも、楽しく体を動かせるようにしたいとの想いもあったといいます。
「近年、子供の数が減って、大人や高齢の方が増えてきました。だから運動の場所を提供して、生涯現役の人を多くしたいと考えています」
運動できる場の提供と正しい体の運用方法の指導。さらに、整体で体のメンテナンスを行なえば、持続可能な社会の良い循環が生まれるのではないでしょうか。
筆者も垣本さんと同年代であり、体の不具合や不安を感じずにはいられません。体を動かしたい人が気軽に始められる、垣本さんのような活動が全国的に増えることを強く望みます。
■ Green’s Boxing Studio / GBP.lab
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